第40話 絶対に許されないこと [改]
通りの封鎖が解かれてから、かれこれ一時間。レイデンスの屋敷には向かわず、俺たちは居酒屋にいた。
なぜ朝から居酒屋にいるのかって? 宿屋をチェックアウトしちゃってるから、他に集まれる場所がないんだよね。もちろん、騒ぎを起こしたのとは別の、個室作りになっている居酒屋だ。また騒ぎになっても困るし。
「いまさら、誰も気にしないか」
二度目の鉱山事故のせいで、働きに出れない作業員がいるわいるわ。これもレイデンスのお達しで、鉱山が立ち入り禁止になっているせいだろう。おかげで居酒屋は満員御礼。店員は飛び交う注文で余計なところを見るヒマなんてないだろう。
「シオン、確認は終わったのか?」
「終わった。頭が頭痛で痛い」
日本語として間違っているけど、強調する意味で。もうね、痛すぎて沸騰しそう。
目の前のパソコンのディスプレイをぶん殴れば、少しは頭痛は治まってくれるだろうか。困るのは俺だからしないけどね。
「その様子だと、確定なんですか?」
「確定っぽいんですよー。困ったことにー」
再生の終わった動画を、もう一度頭から見てみる。
『――れは……したのか……』
『例の旅人から貰ったものですよ――』
画面から流れる、誰かさんの会話。映っているのが天井なのは、壁に張り付けたりしないで、机にでも置いていたせいか。途中で琥珀色の物体が少しだけ映るが、まぁ、会話だけでなにが起こっているかは予想できる。
『――聖女になれるんだからね』
この言葉を最後に動画は終わっている。録画の日付は前日の夜。これはバーナードの声ですね。間違いない。もう一人は声も小さいしわからないけど、ロラーナちゃんの声も入っている。
流れとしては、バーナードがロラーナちゃんを操り、琥珀色のナニかを鉱山に運ばせた。それが原因で鉱山の事故が起きたってとこか。そしてロラーナちゃんを聖女――俺に言わせれば味方を作るための餌――にしたと。
これを見て、まだバーナードが無関係だって信じられる奴は、よほどの聖人か、よほどのバカだろう。
何度も見てると、ディスプレイを殴り壊してしまいそうだ。ロラーナちゃんが病院に運ばれていたときは、まだどこか違っていて欲しいと思う心が少しは残っていたが、キレイさっぱり完全に消え去ったね。
「シオンはソレをナニに使うつもりだったんだ。返答次第じゃタダじゃおかねぇぞ」
「ネタで買っただけだよ。安かったから、ついね」
使うつもりだったら、もう風呂にでも仕掛けとるわ。
手元のプラスチックの板――動体センサー付きの小型カメラを触る。
使い方は簡単。電池とメモリーカードを入れて、ボタンを押すか、センサーの前で動きがあれば、勝手に録画してくれる。今はパソコンにメモリーカードが刺さっているので録画はされないが、こんなんが五千円もしないで買えるとか、さっさと警察どうにかしろよ。
「まったく、教会の騎士が泥棒とか、洒落になりませんよ。実行犯はシオンさんですからね」
「そだね。
これはバーナードの屋敷にあった。俺が音楽を入れ替えて、サラちゃんがバーナードにあげたからね。それをバーナードが留守の屋敷に入り込んで、取り戻してきたってわけですよ。
街から出るのをバーナードに邪魔されたりしたら、交渉の役にでも立ってくれないかなーって思って仕掛けただけなんだけど、ここまでキワどい会話が録れてるなんて驚きの極み。
「穴が薄くてよかった。窓の隙間から入れたし、これはもう完全犯罪ではなかろうか」
「自慢げに言ってどうするんですか。地獄に落ちますよ」
「そりゃ怖い。見つからないように戸締りすとこ」
戸締りするにしても、この程度いまさらすぎるってもんだし。
「じゃ、行くか」
「……本当に行くのか?」
「当たり前だろ。誰が見逃すと思う?」
「俺としては、カナリに危ないところに行ってほしくない」
「オレだって危険が好きなわけじゃねぇよ。だけど、今回は別だ」
店を出て、目指す場所はレイデンスの屋敷。俺にカナリの足を止める手段はない。事故の後始末で忙しいだろうが、どうあっても時間は作ってもらうと、カナリは意気込んでいた。
「邪魔させてもらうよー」
「っ! お待ちください! 領主は現在多忙により」
カナリは乱暴な足取りで、裏口の門番の前を通りすぎようとする。当然、門番はカナリを止めようとするけど――
「サラ、頼む」
「はーい」
門番をサラちゃんが押し留めている隙に、裏口の扉を開く。完全に力技だ。
おじゃましまーす、と。……忙しそうに屋敷を駆け回る使用人が闖入者に目を丸くしてるよ。んで、レイデンスを探して屋敷を歩いていると、前から紙の束を抱えたセリたんと出会った。うーん、相変わらず可愛いなぁ。ちょっと頭痛が和らいだ。
「カナリさん~、どうなさったので~? 資料なら~外でも渡せますけど~」
「ようセリ。ちょっと領主さまに用事があってね。どこにいるかわかるか?」
「おじ様なら~執務室にいますけども~」
「なら、案内よろしく」
「あの~、わたしも仕事が~……あ~~~」
カナリはセリたんを抱え上げ、執務室へと案内させる。カナリ場所代われとも思ったけど、それはまた今度。今はそれどころじゃない。
「ほんとうに~どうしたんですか~?」
「ちょっとな。バカに舐めた真似されたから、ぶっ潰してやろうと思って」
「はぁ~――あ~そこです~」
屋敷の二階奥にある扉をセリたんが指差す。躊躇いなく茶褐色の扉を開けると、中には普段から険しい顔にさらにシワを深くさせたレイデンスと、カダルフを含め使用人が三人ほどいた。机の上には書類がどっさり。忙しそうでなによりだ。
「……誰が入室を許した」
「オレが勝手に入っただけだ。許可なんてしらね」
「ならば出て行ってもらおう。資料は用意させておる――カダルフ!」
「はっ!」
にべもないな。なら――
『この玉を鉱山まで運んでくれ。事故のあった坑道に置くだけでいい――』
音量を上げ再生ボタンをポチっと押すと、動画の声が穴の向こうまで響く。これでも俺たちを追い出すってんなら、レイデンスは領主失格だが……まぁ、合格ということで。ようやくカナリの服から出れそうだ。
「今の声は……」
「事故の犯人の声ですよ。領主様も聞き覚えあるでしょ?」
なんたって、バーナードの声だ。ここまできたんだ。真相を知らせてもいいだろう。このままだと会話にもならないし。昔はよく話してたって聞いたし、怒鳴り声じゃなくてもわかるはずだよな。
レイデンスに動画を見せるため、メモリーカードをビデオカメラに移し、再生してレイデンスに渡す。直接こっちのディスプレイで見せてもよかったんだけど、穴から爺さんの顔だけ出てるなんてシュールな光景、見たくないからね。
「……お、おおぉ……」
信じられないものを見るように、レイデンスの目は小さな画面に釘付けになっている。そして最後まで見終わり、レイデンスは深い息を吐いた。
「…………あのバカ者め……!」
俺もそう思うよ。あいつがやっていることはチグハグすぎる。被害者が出ることを嫌がりながら、自ら被害者を生んでいる。しかもそれを、悲しむ素振りも声に出さずに、いい薬だと言いやがった。
自分の行いに酔っている。それが動画を見た俺の感想。
「バーナードが鉱山の事故に関わっているのは、間違いないと思いますよ」
「そうで……あろうな……」
手で顔を覆うレイデンスの声に、英気溢れていた領主の面影はない。年相応の老人の声に聞こえた。
「儂の……せいかもしれぬな……」
聞いてもいないのに、訥々とレイデンスは語りはじめる。
――前領主であるランディは街を追放された際、まだ幼なかった息子を置き去りにした。人知れずその幼子の後見人となったのが、レイデンスだった。街の病巣であったライフォーン家を疎ましく思う者は少なくなかったが、十にも満たない幼子であり、レイデンスが裏から問題が起きないよう支えたことで、大きな問題は起きなかったという。
「儂は恐ろしかった。父親を追放した張本人が後見人などと、あの幼い目で非難されるのが恐ろしかったのだ……」
「まるで、そのランディって人を死刑にしたみたいな言い方ですね」
「……その通りだ。あれは死刑と同じ。追放した二日後、ランディは何度も剣で突き刺され、死んでいるのが見つかったのだよ……」
何度も剣でってことは物取りとかじゃなく、恨みを持った者が追いかけて殺したってことだろうか。守るモノを取っ払ったんだ。恨みの深さによっては、そうなるだろう。そこまでわかって追放したんなら、それは死刑に等しい。
「儂はランディの息子にも、バーナードにも、心穏やかに育って欲しかっただけなのだ。親の罪は子の罪ではない……」
だからレイデンスは、自分の息のかかった者をライフォーン家の近くに置き、保護していた。優しき隣人を装い、問題が起きそうなら排除しながら、今までずっと。
「んだよ。ただの過保護な爺じゃねぇか」
そうだな。カナリの言うとおり、過保護すぎたんだ。
きっとバーナードは、レイデンスが
これはきっと、優しく育てられすぎた弊害。目の前の悲劇が許せず、自らが正しいと崇高な意思でもって愚行を犯している。そのうえ人は強いと信じきっている。勝手なことだと思う。
「これは儂の責任だ……」
「そうですか」
自分を善と信じているから起きた悲劇か、優しいだけでは世界は回らないというか……簡単にはいかないよね。
だけど――
「くだらねぇ。で、それがどうかした? オレたちになんの関係がある?」
んなもん関係ないと、カナリがぶった
イライラと足を小刻みに揺らし、レイデンスを睨んでいる。俺もカナリを怒らせて殴られたりしたことはあるけど、そんなのが比じゃないほど、カナリは怒りに燃えていた。
「アイツがどう育ってようが関係ない。ああ、まったく関係ないよな。今回の事故で、どれだけ怪我人が出た?」
「それ……は……」
「親の罪は子の罪じゃないんだろう。オレもそれには賛成だ。でもな、
カナリは机に置かれた、事故をまとめた資料をわざとらしく読み上げる。予想はしていたようだが、死者のところで顔がいっそう険しくなった。あんなに血を流してる人を見たんだ、俺だって考えてたことではある。
「ロラーナは意識不明。知ってる顔だし、死んでなくてよかった。で、これで罪はないとか言わねぇよな?」
「おい、カナリ」
「アンタは領主なんだろ。だったら頭抱えてないで……!」
「カナリッ!」
レイデンスに掴みかかりそうなカナリを、声を張り上げ止める。
「もう少し冷静になれよ。バーナードのしたことは許せることじゃない。それは俺にもわかる。でも、なんでカナリがそんなに怒るんだよ」
死人が出てる。魔物との戦いや他国との戦争だったりしたら、事情を知っていれば、そして納得なんてしたくはないが、まだ考える余地はあるだろう。だけど今回は自己満足の抗議活動でときたもんだ。しかもロラーナちゃんを巻き込んでの。そんなの、バーナードを許す余地はない。でも、なんでカナリがそんなに怒るのか。
「こうやってバーナードが関わってる証拠は見せた。あとはこの街の問題だ。これ以上、なにを求めてるんだよ」
「――シオンさん、わかってないですね」
「サラちゃん……」
後ろには、いつのまにかサラちゃんが立っていた。門番の人、通してくれたのか。
「あー、疲れた。暴れるので、ちょっと眠ってもらいましたよ。問題にしないでくださいね」
わーお、リアルでそのセリフを聞く機会があるとは思わなかった。サラちゃんに怪我はないみたいだけど、お相手はどんな眠りかたをしたのかちょっと心配です。
「サラちゃんにはわかるのか」
「わかりたくはないんですけどねー」
でもわかるのか。なんだろう。ロラーナちゃんを犠牲にしたバーナードを許せないのか。狂善に走ったことが許せないのか。
「バーナードのやったこと。そこが問題なんです。それ以上は、カナリさんに直接聞いてくださいね」
「聞けって言われても……」
そんな雰囲気じゃないんだよ。相変わらず怒り心頭のカナリに、どうやって聞けと。それに、聞きたいことは理由だけじゃない。これからのことだ。
「カナリはいったい、なにをしたい」
「んなもん決まっんだろ。バーナードをぶっ潰す」
当たり前だというようにカナリが吐き捨てる。それは街で起きてる騒動を解決するって意味になるんだが。
「自分から危険に巻き込まれに行って欲しくないんだけどな」
「今回は別だ。
「正義感?」
「コーヒー一杯分くらいはあるかもな」
ほぼ別の理由ってことね。
「……それが本当に、カナリのしたいことなんだな」
「ああ、そうだ。シオンがなんと言おうが、絶対に潰す」
「バーナードを殺したい、とかじゃないよな」
レイデンスが驚いたように見てくるけど、そっちは無視で。
もし人を殺すっていうんだったら、俺はなにがあってもカナリを止めなくちゃいけない。あんな下らないやつのことでカナリに罪を背負わせるなんて、考えるだけで恐ろしい。
「正当な裁きを受けさせるなら、自警団に突き出すまでできればいい」
「はぁ……よかった。それなら、なにも言わないよ。俺も協力する。ただ、あとで理由は聞かせて欲しい」
「無事に終わったらな」
だから、なーんでそうフラグを立てるのか。
言いたいことを言って黙ったカナリから、視線をレイデンスに移す。この人も、なにを固まったままなのか。
「領主様にも、もちろん協力してもらいますよ。俺たちが勝手にするより、見てたほうが安心できますよね?」
「……捕まえたあとは、儂に任せてもらえるのだろな」
「領主としての責任を果たすならば」
「…………わかった。協力、しよう」
少しの沈黙を挟み、レイデンスが頷いた。
今回のことは俺も許せない。でも正直、カナリを危険に晒すほどじゃないと思っている。だけどカナリの決意は固い。ならば、俺は俺にできることをやろう。
「……ははっ、どっちが勇者なんだか」
こうして俺たちはバーナードの企みを潰すため、領主を巻き込み動き始めた。
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