第39話 悲劇の撒き餌

 朝――宿屋をチェックアウトしたカナリは、旅立ちの準備を終えたサラちゃんと合流し、レイデンスの屋敷へと向かっていた。

 ……向かっているのだが、遠い。屋敷までの距離じゃなくて、カナリとの距離が遠い。


「当たり前です。寝てる姿を撮るなんて、失礼にもほどがありますよ」


 ですよねー。そんなことしたら、物理的にも距離をあけられちゃいますよねー。そんなことをしちゃったので、俺はいつものカナリの服定位置ではなく、サラちゃんの持つ盾の裏にいるのさ。スマホもイヤホンも、今はサラちゃんが使っている。おかげで横しか見えやしない。

 距離はギリギリ十メートル以内。俺が近くにいるとカナリが不機嫌になるってんで、俺に付き合わされてカナリから距離を置いてるサラちゃんも、そりゃ不満顔になるよね。


「サラちゃんが寝てるカナリを襲おうとした前科を、俺は忘れてないからね」

「あれは愛情が暴走しただけです。つまりは愛情表現です」


 愛は万能薬のように扱われることはあっても、犯罪の免罪符に使っちゃダメだと思う。じゃあ俺の場合はどうなんだって? うーん、控えめに言っても犯罪かな?

 最初は、写真をサラちゃんにあげようかと思って、試しに撮ってみただけなんだよ。部屋の中は暗いし、どんな風に撮れるのかなーって。それだけだったんだ。

 それがね? 興が乗っちゃったといいますかね? あ、意外とキレイに撮れるなーって思ったら、ついつい撮り続けちゃっただけなんだ。惜しむらくはシャッター音を消してなかったのと、俺の部屋の電気が漏れて、カナリの目が覚めてしまったということ。


「気付かれなかったら、消して終わりだったのに……」

「本当に消したんですか? 残そうと思わなかったんですか?」

「俺は品行方正と名高い紳士だよ? そんなこと思うわけないじゃん」


 残念だと思いはしたかもだけど。ああ、サラちゃんの疑いの目が痛い。

 とまぁそんな言い訳はいまさらでして。


「はい、サラちゃん。これあげる」

「なんです? 宝の地図ですか」

「サラちゃんにとっては宝そのものかも」

「……!? こ、これは!」


 サラちゃんに渡した紙には、無防備に眠るカナリの姿がプリントアウトされ写っている。

 カナリにバレたあと、謝り倒して、事情も話して、どうにかこうにかお許しを得た貴重な一枚だ。もっと喜びそうな写真もあったけど、そこはカナリ監修のもと削除されましたとさ。完全に目が笑ってなかったからね。しかたないね。

 俺が距離を開けられてるのは勝手に写真を撮ったからで、カナリもサラちゃんに思うところはあったんだろう。どうせなら前みたいに、おでこにキスでもしてあげればいいのに。……サラちゃんが暴走する危険は危惧しなきゃいけないけど。いや、そのせいでができなくなったのかな。自重しないサラちゃんの自業自得だね。


「ちょっと額縁買ってきますね。すぐ戻ってくるのでここで待っててください」

「やめて。盾だけ宙に浮いてるとか、騒ぎになるからやめて」


 そこまで喜んでもらえたんならよかった。ただ、ハードルが上がった感もある。サラちゃんが活躍したら、次はもっとキワドイ写真を用意しなきゃいけなくなった……かも?


「お……ととっ! なんか、急に人が多くなってきましたね」


 人にぶつかり、サラちゃんがよろめいた。

 やはり額縁なんて買いにいかせなくてよかった。盾の裏から見てても、人がごった返しているのがわかる。サラちゃんの足取りも遅くなってるし、朝の通勤ラッシュ? それともなにかあったんだろうか。


「あ、カナリ」

「…………」


 人の壁に捕まり、追いついてしまった。……うーん、隣にいるというのに、こっちを見ようともしない。悲しい。昨日の自分を殴ってやりたいね。

 この距離に人混み、サラちゃんもカナリにくっついてるし、話しかけても大丈夫かな。


「すごい人混みだ。なにがあったのか、カナリは見えるか?」

「……………………」


 ぐぬぅ……がんばれ俺。めげるな俺。


「見えないなら、誰かが噂してたりとか……その、してないか……な」

「……………………」

「聞こえてないのかな? おーい、カナリー! カナリさーん! カナリたーん!」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 うーん、ダメだ。反応がない。ないね。どうしよう。こうしよう。


「謝る! 謝るから無視は勘弁して! ごめんね! しまいにゃ泣くぞチクショウ!」

「うっわ。逆ギレですか。謝りギレですか。カッコ悪いです」

「そんなん知らん! 悲しいときに悲しいと叫んでなにが悪い!」

「自業自得のくせに」

「はい。そうですね。すみません!!」


 カッコ悪いと言われてもしかたないね。でも悲しいものは悲しいんだからしかたないじゃないか。


「……はぁ……」


 溜息を吐きながら、カナリがやっと口を開いてくれる。溜息といえど、無視されるよりぜんぜんいい。


「次はないからな」

「なにかするときはちゃんとカナリに相談する」

「相談されて、なんでも頷くと思うなよ」

「肝に銘じます」


 やっとカナリの視線が俺を向く。やったぜ。騒いで見るもんだ。本当にごめんなさい。


「また鉱山で事故だとよ」

「事故って……またなのか?」

「らしいな。怪我人を運んでるから、一時的に通りを封鎖してるんだと」

「封鎖までするって、結構大きな事故が起きたんでしょうか」

「また坑道が~とか言ってた奴もいたな。んー……こっからじゃ見えねぇ」


 カナリがいくら首を伸ばしても、通りがどうなってるか見えない。カナリも背が低いわけじゃないけど、それ以上にデカイ作業員なんかも混ざってるみたいだからなぁ。俺でも見えないだろうな。……関係ないけど、俺、カナリより背が低いとかないよな。


「私が肩車しましょうか?」

「さすがにそれは……」


 似たようなことをしてる人もいるけど、大体は親子だったりする。今は男装中だし、女の子に肩車するのは、カナリも勘弁願いたいだろう。

 あ、ならこんな手はどうだろうか。


「カナリ、サラちゃんの盾を俺ごと持ち上げてくれ」

「……なるほど。腕を伸ばせば見えるかもな。顔出したりすんなよ」

「わかってるって」


 サラちゃんの腕から取り外した盾が、人垣の上に持ち上がる。通りは……うん、見えるな。怪我人を乗せた馬車がいて、何人かが手当てを受けている。レイデンスの屋敷のほうに歩いてゆく元気っぽい人もいる。きっとレイデンスが事故の話でも聞くんだろう。


「し、シオン……! 盾、けっこう重い……! 早くしろ!」


 サラちゃんに持ってもらうのがいいんだろうけど、背の高さでカナリに持ってもらわないと見えないしなぁ。まぁ鉄製の盾だし、ずっと持ち上げてるのはカナリにはムリか。

 降ろしてくれと言おうとしたタイミングで、もう一台馬車がやってきた。


「また怪我人か……あそこが病院なのかな?」


 大きな施設から、担架を持った看護師やら白衣の医者が出てくる。直接病院にってことは、重傷者が乗ってるんだろう。

 一人、二人……赤黒く汚れた人が担架で運ばれてゆく。そして、三人目――


「シオン! まだ……か……!」

「あ、ああ。降ろしてくれ……」


 視界が人の背中ばかりに戻り、俺たちは人垣から離れた。


「あー、疲れた。で、なにが見えたんだ?」

「怪我人が……運ばれてた……」

「やっぱり大きな事故だったみたいだな。採掘してる奴らも大変だ」

「……それだけじゃない」


 思わず下唇を噛んでしまう。病院に担架で運ばれた三人目の怪我人が、目に焼きついて離れない。あの髪は……あの角は……あの大きな胸は……


「ロラーナちゃん……」


 メイド服じゃなかったが間違いない。あの大きな胸を忘れるわけがない。あれは確かにロラーナちゃんだった。

 なんで鉱山の怪我人に混ざって運ばれてきたんだ。鉱山を嫌っている主人がいるのに、鉱山で働いていたなんて思えない。カナリと知り合ったときみたいに、バーナードに言われて鉱山の様子を見にきていたのか。

 坑道の事故に巻き込まれたってことは、ロラーナちゃんは鉱山の中に入ってたってことになるけど……


「まさか、そういうことなのか……?」


 ふと頭に浮かんだ考えが離れない。飛躍しすぎだと否定する心を押しのけ、消えることなく大きくなってゆく。

 鉱山嫌いの主人のメイドが、たまたま鉱山にいて、たまたま事故に巻き込まれて、たまたま大規模な抗議の前日だった? これを全て偶然と片付けるには無理があるだろ。


 前回の事故のときも、ロラーナちゃんは鉱山にいた。それはいつから? 様子を見にきたと言っていたらしいけど、その頃にはバーナードはマジックアイテムを手に入れていたはず。ロラーナちゃんがどの程度操られているのかわからない以上、その言葉を信じること自体、危ういものがある。

 もし……もしだ。事故が起きた原因がロラーナちゃんにあったのなら。前回は実験。今回は本番。二日後が抗議に最適だと言った意味が、そこにあるのなら……


「バーナードののヤロウ、ロラーナちゃんを餌にしやがったのか……!」


 街の現状を変えようとしている中心人物バーナードの、身内が事故に巻き込まれた。それはさぞ、耳目を集める餌になるだろう。抗議のタイムリーな話題にもできるし、同情も誘える極上の餌。

 食いつか同情させ、バーナードが釣り上げあやつるための――悲劇の撒き餌ヒロインに。

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