第37話 剣を望む世界

 俺はレイデンスを、採掘会社の経営者に例えてみた。でも、それだけじゃ足りてなかった。フルグドラムが力を入れている産業は鉱石の採掘の他に、武具の製造がある。つまり製造業も含まれている。


「シオンさん、布団に丸まってどうしたんですか?」


 さて問題です。フルグドラムが鉱山を閉めたりしたら、武具の製造はどうなるでしょう。

 答えは簡単。武具は作れない。掘った分がなくなったらお終い。別の場所から鉱石を輸入したとしても、金はかかるし手間も増える。量だってかなり減るだろう。


「落ち込んでるんだとよ」


 フルグドラム謹製の武具は、大陸中に輸出されている。それなりのパーセンテージを占める量を作っている。周囲の街々に出回る武具だけでいえば、ほとんどがフルグドラム製。

 次の問題です。それがなくなったら、いったいどうなるのか。

 答えは――


「……人が死ぬ」


 剣が一本足りなくなっただけで、人が死ぬ。


 顔を押し付ける枕に吸い込まれた言葉が、重く圧し掛かる。

 俺の関わっている世界は、俺の知っている地球せかいじゃない。体当たりで大盾タワーシールドを破壊するような魔物が存在する世界。そんな魔物と戦うにおいて、武具は必需品。自分の命を、家族を、街を、人類を守るための必需品。しかし、それは道具。道具がなければ、己の力だけで戦える魔物とは渡り合えない。


「そんなこともわからずに、俺は工場の稼動を減らせとか言ってたのか……」


 ヒントはそこかしこにあったはず。魔物に襲われ燃える街を目の前で見ている。なのに、カナリに言われるまで気付けなかった。平和ボケと言われて当然。知らなかったんだからしかたない、なんても思えない。そんな大袈裟な話じゃないだろうと思ったら大間違いだ。折れた剣だけが増え続ければ、数百人、数千人の命に関わる。


 修理できるうちはいいけど、壊れれば新しいモノに変えるしかない。セリたんの言っていた限界に近いというのは、この需要と供給のバランスのことだろう。

 武具の需要はあるのに、フルグドラムから供給ができない。なら別の街から買えばいいのかもしれないが、フルグドラム製と同じ値段、同じ質、同じ時間で手に入れるなんてできないだろう。どこかに歪みがる。


「山から鉱石が出なくなったらどうするんだよ……」

「壊れた武器を再利用するっていうのもあるみたいですよ。ホラ」

「……だから俺は読めないんだってば」


 布団から抜け出し、サラちゃんが差し出すガイドブックを受け取るが、相変わらず書いてある文字は読めない。

 きっと俺が考えたことなんて、とっくの昔に考え尽くされているんだろう。たいした知識もなく、簡単に口出ししていいものじゃなかったんだ。こんなことじゃあ、ますますセリたんに……


「わかりますよー、シオンさん。私も経験あります。恥とか情けなさで、いたたまれなくなっちゃってるんですよね」

「サラちゃん……」


 慰めてくれるのか……サラちゃんが眩しく見える……! サラちゃんゴメン! 結局操られてなかったみたいだし、疑った俺を許してくれ!


「私の剣のお師匠様は、それはもう上級な性癖しゅみの持ち主でして。拙い知識しかない私は、なんど鼻っ柱を折られて返り討ちにされたことか。いま思い出しても、顔が赤くなりますよ」

「んーーー、そっかーーー」


 光が急に目に優しくなった。

 俺はどこにツッコめばいいんですかね。師匠にだろうか。サラちゃんにだろうか。ツッコミどころがありすぎる。


「ですが! その恥ずかしさを超えて、私はここにいるんです! 今がダメだったなら、次で見返してやればいいんです!」

「なぜだろう。素直に賛成したくない」

「師匠は技術を磨きに磨き、のちに剣術指南をしていた大きな街の豪商に見初められ、今では街一番の良妻と呼ばれているそうです」

「どっちの技術で見初められたのか気になるね」


 本当に剣術の指南だったのか疑問。つーか師匠って女か。その師匠にしてこの弟子ありということなのかね。


「元気は出たみたいだな」

「落ち込んでるのがバカらしくはなったかな」


 サラちゃん様様。勉強になったと前向きにとらえよう。

 この街フルグドラムは鉱山を閉じることができない。武具を作るのも止められない。そうしなければいけない理由がある。問題を改善しようとすれば、周囲にある街を含め、多くのことを考えなければいけない。やっぱり、俺が口を出せるようなことじゃない。

 アニメの主人公が羨ましい。問題があっても改善策なんか気付くと出ていて、最後にはどんな無理難題も乗り越える。


「……そういやバーナードは、どうやって問題を解決する気なんだろう」


 街を見ている期間は圧倒的に長いわけだし、俺たちでは思いつかないような解決策があるんだろうか。他の街から武具を輸入する手筈が、すでに進んでたりとかかな。それは俺たちじゃできないなぁ。


「ないんじゃないか?」

「…………は? ないって、なにが」

「だから、解決策が」

「それはそれは……」


 なんということでしょう。一番、考えたくないパターンじゃないか。


「バーナードのやつがなんて言ってたか思い出してみろ。街をどうしたいのか、なんて言ってたよ」

「なんてって……」


  鉱山の被害者を減らしたい。子供に青い空を見せたい。鉱山に頼らない方法を見つけたい――だったか。


「ああ、その可能性はあるわ」


 全てバーナードが『したい』と語っただけ。記憶をいくら掘り返しても、具体的にどうするかという話は、どこにも出てこない。


「俺たちには具体的に説明してなかっただけ、とかだったり」

「具体案があるなら道で抗議なんてしてないで、直に話に行きゃいい。いい話があるってんなら、ここの領主さまだったら断らないだろ。空気が汚れてるのだって、気にしてたみたいだしな」

「レイデンスはバーナードの爺さんを蹴落としたやつだぞ? そんな簡単に割り切れるもんなのか」


 そんな話をしたくないくらい、レイデンスを嫌ってるってことも……


「そこで私の情報が役に立つのです!」


 シュタッ! と元気に手を上げたのはサラちゃんだ。教会でなにか情報を仕入れられたんだ。別行動をするためとはいえ、無駄にはならなかったか。


「昔の二人は、今みたいに険悪じゃなかったようです」

「え、仲がよかったってこと?」


 あまり想像ができない。


「そこまではわかりませんけど、道で会えば話をするくらいに関係はよかったみたいですね。自分の祖父がやらかしたことは昔から知っていましたし、そのことに文句を言っている様子もなかったと。ですが……」

「今の状況になった理由もわかったの?」

「はい。二年くらい前でしょうか。鉱山で多くの犠牲者を出した大きな事故があって、それからですね。でも、最初はもっと大人しいものだったそうです。孫と祖父が少し言い争ってる程度に思われてました。ですが時間がたつにつれ、議論になり討論になり、争論になって――」

「今じゃ勝敗つかずの抗議活動になったと」

「抗議に参加する人も、事故の被害者や関係者が大多数ですね」


 そうでしょうよ。理性より恨みを優先しやすくなる人たちだ。さぞかし操りやすかろう。しかし、昔は普通に話してたんだ。それに議論もしてた。なら、ここまでこじれてる理由っていうのは――


「バーナードから、レイデンスが考えるに足る案が出なかったってことかね」


 まともな案がないんだから、レイデンスがバーナードの要求を呑むことはない。当たり前のことだ。

 それでも要求を押し通そうとしてるなら、やっていることは抗議でもなんでもない。ただの我侭になる。思い違いをしている可能性もあるが、本当にそうなら擁護のしようがない。


「って、元からする気なかった。どっちにしても、バーナードは終わりかな」

「二日後になにかするってバレてるんだし、明日にゃ捕まってると思うぞ。情にかまけて見逃すとは考えられない」


 だよねー。百人を超える規模の抗議なんて、先手を打たないと街の運営にも影響するだろうし。さすがに領主としてレイデンスは動くだろう。

 うん。それならバーナードなんかに構ってないで、俺たちは俺たちのことを考えよう。そっちのほうが重要だ。


「カナリさん! 私、役に立ちましたよね! 今度こそ、今度こそご褒美を!!」

「あーもー! 早く教会に帰れよ! 助けろシオン!」

「ごめん。そろそろサラちゃんの恩に報いるべきじゃないかって考えてる」

「はっ!? まさかシオンさんが許しを出すとは! さぁカナリさん! 一緒にチュッチュピッピしましょう!」

「ちょっと待て! ピッピってなんだ! おい待てこっちくんな!!」


 まったく……騒がしいかぎりだね、このパーティーは。騒ぐ前に荷物を片付けようよ。明日の準備しようよ。とは言っても、俺は特にやることがない。ないので、騒いでいるカナリとサラちゃんを眺めているしかないのよね。

 がんばれカナリ。がんばれサラちゃん。どっちも負けるな。おーっと! カナリ選手、手をもきもき動かしているサラ選手に素早いラッシュをしかける! が、効いていない! 効いていないぞ! サラ選手、逆に前に出る! 掴まれたら終わりだぞ! これは目が離せない!

 ……俺はなにをしているんだ楽しいね。


「……あ」


 錬鉄の街の意味やバーナードとレイデンスの関係ばかりで、まだ考えていないことがあった。


「二日後が抗議に最適だって、バーナードは言ったんだよな。なにがどうなって最適になるんだ?」


 どうせバーナードが捕まればご破算。もう考える必要もあまりないことかもしれない。だけど、気にはなる。バーナードが人を洗脳し始めてから四日。どんな策を用意していたのか。


「……考えるだけ無駄かな。あとはこの街の仕事だろうし」


 ――そして、サラちゃんを追い出し、疲れ果てて眠るカナリを写真に撮っていたのがバレた頃。事態は予想を超える最悪へと、着実に進んでいた。考えるだけ無駄。そう結論づけたのは早計だと知ったのは、次の日の朝、レイデンスの屋敷に向かっている最中のことだった。

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