第36話 懐かしき思い出と現実を
サラちゃんと別れた道を真っ直ぐ進んだ先には、街門と鉱山行きの馬車の停留所がある。街を突っ切るように、ずっと進めば、馬車が見えるだろう。だが……
「さて、到着だ」
街の大通りから少し入った場所で、カナリの足が止まる。
そこには、ウマの姿などどこにもない。あるのは、高い鉄柵と大きな屋敷。
「つけられた気配は?」
「ないと思う」
サラちゃんには悪いけど、本当に操られていないという保障がない以上、ウソを
俺たちは領主レイデンスの屋敷の裏にいた。
「領主のやつ、素直にオレたちに会ってくれるのかねぇ」
「
いかにも~な感じで裏門を警備している護衛に、カナリが近づく。カナリが目の前に立つと、二人組みの護衛が殺気立つのがわかる。
「やあ。領主さまはいるかい?」
「……どちら様でしょうか」
「セリトフィラと一緒に街にきた者、って言えばいいか」
「……少々お待ちください」
ダメだったらセリたんを呼んでもらって、事情を説明してもらおうと思ってたけど、その必要はなさそうだ。
護衛の片方が屋敷の中に戻ると、しばらくして裏口に出てきたのは――
「お二人とも~、お久しぶりです~。どうしたんですか~?」
「セリの様子を見にきたのと、領主に聞きたいことがあってな」
「そうなんですか~」
そうですセリたんです天使です天使が微笑んでます。ああああああああ二日ぶりだっけ三日ぶりだっけええいそんなのどうでもいいやセリたん可愛いなあああああ!!
「どうぞこちらへ~。カグラさんは~、もう少し落ち着きましょう~」
「はぁ……」
どうしたカナリ溜息なんて吐いて。護衛さんも顔が引き攣ってるよ。もっと外を睨めよ。セリたんを守るために。
裏口から屋敷に入ると、赤い絨毯の廊下を進み、応接間に通される。
「セリたんってば、どこに泊まってるかと思えば、まさか領主様のお屋敷とはね」
「レイデンスのおじ様のお父様が~、わたしのお婆さまの商売のお師匠にあたるんですよ~。同門のよしみということもあり~、お世話になっています~」
カッツェラング家は、元は商売ごとをメインにした貴族なんだっけか。セリたんのお婆さんはトキレムの商人の顔役だって聞いてるし、そんな繋がりがあったのか。
「では~、おじ様を呼んできますね~」
「俺のこともおにい様って呼んでいいんだよ?」
「カグラさんのお名前って~、タワケさんでしたっけ~」
「そこまで語呂が悪い名前、なかなかないな~」
あーあ、出てっちゃった。残念。おにい様と呼んでもらえるチャンスだったのに。
応接間を見回すと、そこには高級そうな絵画や、動物の剥製なんかが壁に……
「ないね。質素だね」
想像してたんと違う。大きな街の領主でしょ。もっとこう、他にも剣が飾ってあったり頭のついた毛皮の絨毯が敷いてあったりとか、そんなのを考えてたんだけど。ソファーや机の質はよさそうだけど、他には窓際に花の生けられた花瓶がある程度。領主といっても、思ったより儲けてないのか、別の理由か。
「カナリ、俺を外に出しといて」
「いいのか? まーた面倒なことになるかもしれないぞ」
「もう知ってるだろ。セリたん、二人って言ってたし」
しかも護衛もいる裏口でだからね。俺に会えたのが嬉しくて、思わず口にしてしまった可能性もあるだろうけど、それは低いだろうな。だってセリたんだし。裏口に人気がないのも確認してのことだろう。
カナリがソファーの感触を楽しんでいるのを眺めていると、ドアが開いた。厳つい顔で杖をついた老人が、そこに立っている。歴史館で見た顔だ。この老人が、レイデンスか。
「……お待たせした。異世界の勇者よ」
対面のソファーに座るレイデンス。歳を積み重ねた重い声に、老人とは思えない鋭い眼光。なにもしてないのに、こっちも緊張してしまう。
「初めまして、領主様。神楽シオンといいます。こっちはカナリ。そのことはセリた――セリトフィラちゃんから?」
「それだけではない。先日、酒場で騒動を起こしたことも、従者が魔女だということも知っておる」
「
それもセリたんから……じゃなさそうだ。セリたんも驚いてる。漏れたとしたら、教会か。それとも監視砦に行ったときの作業員か。
「さぁて……魔女と勇者が、この老いぼれにどのような用件か、お聞かせ願おう」
「聞きたいことは他でもありません。俺の前の勇者について、知っていることを聞かせてください。昔からあるっていう、工場の日本語の看板。あれは異世界の文字。そして工場の責任者は、領主であるあなたです。あなたは勇者を知っているはずだ」
なにより、俺を見ても驚いていない。レイデンスは、この穴のことを知っている。
「知ってどうする」
「その答えを得るために、情報が欲しいんです」
俺のやりたいことは決まっていても、それは俺個人の事情。なぜ魔王を倒せと俺が言われたのか。どうして異世界なんかと関わってしまったのか、その
「情報の対価はどうする。タダで話してやるほど、儂もヒマではない」
「対価ですか。俺は話を聞きたいだけなんですけどね。……バーナードって男が、二日後に大規模は抗議活動をするって話を聞きました。百人は超えるそうですよ」
「ふん。駆け引きもなく手札を晒すのは、賢いとは言えぬぞ」
「その辺りは素人なもので」
下手に駆け引きなんてしても、どうせ勝てないんだ。だったら、素直にいこうじゃないか。もともと土産にと話すつもりだった内容だし。
「生憎と、あのバカ者がなにか企んでいるという話は知っておる。おぬしらが会っていたということもな。対価としては弱い」
「弱いってことは、得るものがあったってことですよね?」
「……賢くはないが、バカというわけでもなさそうだ」
苛立たしげに、レイデンスは指で杖を何度も叩く。素直に褒められたと思っておこう。
日付に人数……思ったより早いのか、人数が多かったのか、たぶんどっちかだろう。企んでるのは知ってても、そこを知らないとなれば――
「なら……マジックアイテムを使って人を集めている、という情報はお持ちですか? 住人の疑念を煽り、不和を刷り込み、自分の望みを叶えようとしていると」
杖の叩いていた指が止まった。ビンゴ。
「昨日のことです。バーナードと話している――俺は聞いてただけですけど、そうするとどんどん、バーナードの役に立ちたいって気持ちが強くなりました。同情が共感になり、最後にはなにを置いてもバーナードの役に立たなきゃって。捨てちゃいけないものまで、捨てそうになりましたよ」
「証拠は……証拠はあるのか」
「従者の『
穴から出した手の包帯を解き、張っていたガーゼを剥がす。黒ずんだ傷跡は、自分で見ていても痛々しい。俺の手と一緒に、カナリも自分の手の傷を見せる。
「自分の考えに疑念を抱いたとたん、ナニかが疑念を焼きにきました。強制的にね。その火を消すのに、苦労したんですよ。……ああ。言っときますけど、俺もカナリも、自傷癖なんて持ってませんからね」
今のところはね。
レイデンスは横に座っていたセリたんを見るが、それは本当だというように、セリたんも頷いてくれた。手にある傷跡は二箇所。一箇所はセリたんがつけたんだ。痛がっていた俺を見ているし、わざわざ二度目をやる意味は見出せないだろう。二人はドMなんです~とか言い出さなくてよかった。
なんの因果か、そのセリたんのおかげで洗脳も解けたわけだけどね! ありがとう、セリたん!
「事実……なのだな……」
「はい。抗議に集まるほとんどの人は、なにかしら影響を受けているでしょう」
「あのバカ者が……」
おや。予想よりショックを受けているような。カナリから聞いていた様子や、ライフォーン家との関係から考えて、知らない仲じゃないとは思ってたけど、それ以上になにかありそうな。ってかヤバい。なんか勇者のことを聞く雰囲気じゃなくなってきた。
「その洗脳は、解けるのだな」
「自分の行動に疑念を抱ければ、ですけどね」
「さぞや儂に不満を持つ者を集めたのであろう」
そういうことになる。黒を白と言わされているわけじゃない。バーナードは、黒をもっと濃い黒で塗り潰しているだけ。
「一つ伺いたい。お主は、いったいどちらの味方なのか」
「どちらもなにも、どっちにも味方をするつもりはありません」
まずバーナードに味方をする気なんて毛頭ない。かといって、レイデンスに味方をするつもりもない。前の勇者に関係しそうだから、情報を土産に話を聞きにきただけ。そうじゃなかったら、裏口でセリたんに会って話をすれば用件は済む。
「降りかかる火の粉は払い退けても、火元まで消すつもりはないんですよ。どこから火が出ているかくらいは調べますけどね」
「アラクネを倒した勇者とは思えぬ言葉だな」
「振り払った先が、たまたま火元だっただけですよ」
「そうか。お主は、儂の知っている勇者とはだいぶん違うようだ」
「そりゃ別人ですからね。そろそろ、その勇者のことを聞かせてもらえますか」
図らずも話が勇者のことに戻った。十分な対価も渡したはずだ。
「……よかろう。儂の知っている勇者は、それは純粋な男だった」
「純粋とか、シオンとは真逆だな」
「よけいな茶々は入れないでもらますかね」
否定はしないけどね。
レイデンスは部屋を見上げ、視線を遠くへと向ける。見ているのは、過去なんだろう。
「当時の街は、今とは違い荒れていた。鉱石と同じように、盗人や浮浪者も溢れていた。そこにふらりと現れたのが、シェルガドという獣人の従者と、タケヒトという勇者だったのだよ。そして儂に、こう言い放ったのだ」
『あまりにも酷い状況に思わず声をかけてしまった。なに、俺は勇者のようだ。ならば、困っている者を見過ごすことはできないのだろう』
「屈託なく笑う男だったよ、タケヒトという男は。シェガルドはタケヒトの無茶に、いつも眉間にシワを寄せていたがな」
懐かしい友人を思い出すかのように、レイデンスも笑ってた。そこには、領主とは別の顔を浮かばせている。
「儂とタケヒト、シェガルドはともに協力し、街の腐敗の元凶となっていたランディ……当時の領主を追放して、儂が領主となった」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
待て、待て待て待て。領主を一緒に追放したってなんだ。レイデンスの前の領主というのは、バーナードの祖父のことだよな。
「それは……何年前のことになるんですか」
「かれこれ、四十年は前になる。儂にとって、いまだ色褪せぬ記憶よ」
「は、ははっ……十年前じゃ、ない……」
なんだよそれ。なんで四十年前に勇者が現れているんだ。四十年前なんて、ゲーム機どころかパソコンの普及もしてない時代のはずだぞ……!
「十年前にも勇者が現れたという話は知っておるが、その者には会えずじまいだったな。儂が訪ねようとしたときには、すでに街を発っておった。お主が聞きたかったのは、十年前のほうだったのか?」
「い、いえ。勝手に勘違いしていただけなので、話を続けてください」
動揺するな。どっちにしても、勇者の情報に変わりはないはずだ。聞ける話は聞いておこう。
「続けるといっても、あとはたいした話はないのだがな。タケヒトは儂らが知りえぬ製鉄や掘削の技術を、与えてくれた。そうして、旅立っていった。それで終いだ」
「その後の足取りとかは、わからないんですか?」
「何年かたち街が落ち着いた頃、調べてはみたのだ。だが、タケヒトとシェガルドの行方は、ようとしてわからなかったよ。当時も儂と近しい者しか、タケヒトのことは知らなかった。その後も隠していたのだろう」
「そう、ですか……そのタケヒトという勇者は、自分の使命だとか、言っていませんでしたか」
「魔王のことを知りたがってはいたな。だが、人に魔王を倒せるわけもない。あの男は勇者に似た、見過ごせぬモノを見過ごすことができない
ああ、くそっ! それじゃ、俺と同じじゃないか! タケヒトという勇者も、なにもわからないまま繋がれた!
「なら、穴は。どうして穴が開いたのか、聞いていませんか……!」
「それは……たしか、本だな。古い本を読んでいたら、穴が開いたと言っていた」
「た、タイトルとかは!?」
「すまんが、それは儂も知らぬのだよ。ハクライモノだと言っていた気もするのだが」
ハクライモノ――舶来物か。つまりは洋書。よしよし、この情報はきっと重要……とかわかるか! どうしてこう、変な方向に情報が増えてゆく!!
十年前の勇者の他に、四十年前の勇者だって? ゲームじゃなくて、本で異世界に繋がったって? やめてくれよ。他に勇者がいるんなら、俺は俺がしたいことだけしてればいいかな……
「十年前の勇者であれば、多少は調べてはあるが」
「――! その話、聞かせてもらえますか!?」
「そちらについては儂も部下に任せていただけで、詳しくは知らぬのだ。必要なら、資料にまとめさせよう」
「お願いします!」
ああ、最後に希望が見えた。ありがとう神様。俺をこの世界に繋いだのが神なら死ね。
「できれば、明日中に貰えますか。騒動に巻き込まれたくはないので」
「ふむ……懐かしい思いもさせてもらった。承ろう」
レイデンスが懐から出したベルを鳴らすと、ノックとともにドアが開く。ちょっとカッコいいと思った。なんか偉い人っぽくて羨ましい。ファミレスじゃ味わえないだろうな。
入ってきたのは鎧を着けた、それはまぁ大きな男だった。どこぞの戦場ボディービルダーかと思ってしまう。
「お呼びでしょうか!」
「こやつは自警団の隊長をしている、カダルフという男だ。――カダルフ、十年前の勇者について判明していることを資料にまとめ、明日の朝までに用意しろ。客人が御所望だ」
「はっ!」
「それと、バーナードの動向についてはどうした。ここ数日、報告がないようだが」
「そのことなのですが……情報を仕入れていた連中が、四日ほど前から急に口を固く閉ざすようになりまして」
四日前……その頃にバーナードはマジックアイテムを手に入れて、洗脳を始めたってことだろうか。その頃の俺たちは、サージャオを撃退しトキレムに帰りついたくらいかな。
「多少の金は使っても構わぬ。どうにかして情報を手に入れるのだ」
「了解であります。……ぬっ? キミは先日、怪力少女と一緒にいた」
「ああ。アンタか」
「え、このムキムキマッチョマン、カナリと知り合いなの?」
「知り合いってのとは違うな。顔を知ってる程度だ」
「うむ。この少年とは先日……なんだキサマは!?」
はっはっはっ。こういう反応が普通だよね。というか、サラちゃん知らんところで怪力少女って呼ばれてるぞ。事実ですが。
「どうも、勇者とか呼ばれている者です」
「あ、ああ……貴公が……ただの少年のように見えるが……」
「ただの少年で間違いないからなぁ。勇者だって自覚もないし」
やっぱり情報として、屋敷の人間は俺のことを知ってるみたいだな。
「カダルフ、どういうことか説明しろ」
「はっ! 先日の事故の際、協力してもらった少女の付き添いとして、馬車に同乗しておりました」
「結局、手伝いもしたけどな」
「なあっ!? そ、そのことは……!」
なぜか慌てだすコマンドー(あだ名)。なんか変なことあったっけ。カナリからはそんなこと聞いてないけど。
「……どういうことだカダルフ。事故の資料には、協力者にカナリという名前がなかったと記憶しているが?」
「それは、その…………付き添いだから給金はいらぬと、この少年が申しまして……」
レイデンスの顔つきがみるみる変わる。あの、めっちゃ怖いんですけど。仁王像にも負けてないですよ。
「――ッ! 手伝ってもらったのか! そうでないのか! はっきりと言わんか!!!」
「こ、坑道の崩れた岩の除去を、て、手伝ってもらいました!!」
「だというのに、お前は給金を払っていないというのか!!」
「規定の人数を、こ、超えておりましたので……汚れた服のクリーニング代は払ったのですが……」
「それがどうしたというのだ!! 労働には対価が必要だ! 勝手に転んだというならまだしも、他の者と変わらぬ労働をさせておきながら……このバカ者がぁッ!!!」
「すぐに用意しろ! 今すぐにだ!!」
「は、はい! ただいま!」
大きな体を萎縮させ、コマンドーは出て行ってしまった。減給とかされるんだろうか。
「申し訳ない。金はすぐに用意させるので、少し待っていて欲しいのだが」
「断る理由はないし、予定もない。貰えるんなら貰っとこう。……でも、なんか意外だ。バーナードの話とは違うみたいだな」
「まぁ~! カナリさんは~、そんなことを信じてたんですか~?」
「全部を信じちゃいないが、全部がウソだとも思ってない。ってのが正直なところ」
否定する材料もないからね。いま給金を払おうとしているのも、カナリが勇者の従者だからかもしれないわけだし。商人は総じて見た目だけで信用しちゃいけないって、母さんも言ってたっけ。
「支配者と被害者。支配者は、加害者としての責を負っていない……とか言ってたっけ」
「それは当たり前のことですよ~。加害者と支配者の責というは~、まったく別のものです~。加害者が負うべきは罪の償いと罰で~、支配者が背負うのは生活の保障と有事の補償~、そして責任ですから~」
まーた、なんか難しい話になってる。支配者なんて言葉を使うからか……なら、支配者ってのを、経営者、責任者に置き換えるればわかりやすいかもしれない。レイデンスは採掘会社の経営者で、労働者は部下と。
経営者は部下に労働の給金を払う。これは生活の保障。
「……給金が安すぎるとか?」
「そのですね~。鉱山の作業員の募集はここ何年も~、倍率が百倍を優に超えている状況でして~」
「……そんなに?」
「給金もですけど~、他にも魅力がありますからね~」
他の魅力……補償と責任ってことか。
「鉱山で有事があっても、補償と責任は十分とっている、と」
「そのとおりだ。鉱山という場所柄、事故は起きてしまう。怪我を負えば完治するまで生活の面倒をみる。完治が難しいようであれば、それでもできる新しい仕事を紹介してやる。寝たきりや死んでしまったのであれば、家族の面倒はこの街が責任を持つ。素行が悪ければ、その次第ではないがな。これは全て、契約書に書いてあることだ。見たければ、持ってこさせよう」
「興味はありますね。じゃあ、非人道的な長時間労働を設けてたりとか、無茶な採掘計画を推し進めてたりとかは」
「ありえん。怪我をさせれば、それだけで無駄な金になるのだぞ。無茶などさせられるか。事故の件数も怪我人の数も、四十年前から右肩下がりで減っておるわ」
そりゃそうだ。十人雇って三人怪我をしても、払う金は変わらない。追加で雇うにしても、減りはしない。怪我をさせただけ損になってしまう。歓楽街で見た足を失った労働者は、素行不良で契約を解除されたパターンなんだろう。
契約書を見ていたカナリが、細かく書かれた内容を見て目を丸くしている。採用されるには、高い健康基準に一定の一般常識も必要とのことだ。抜け穴的に給金を払わなくて済むような記述もないらしい。俺もあとで読んでもらって、確認してみようかな。
……あれ。これって、危険は多少あるけど、ホワイトな一流企業ってことでは?
「労して働くものに報いるのは、当たり前のことだ」
「それを当たり前だと言えるのが、こっちには何人いるのか。……なら、街の空気汚染はどうするんです。子供に青い空を見せたいと言ってました」
「街を去るのを止めはせんよ。手続きをすれば、違約金も発生せん。新しい炉も、研究を進めておる。まだまだ時間はかかるだろうがな」
「にべもないですね。採掘時間より安全確認の時間を多くしたりとか、工場の稼動時間を減らしたりすれば、危険も汚染ももっと減らせるんじゃ――」
「シオンさんは~、勘違いをしているみたいですね~」
俺の声を遮ったのは、セリたんだった。セリたんの声には、苛立ちめいたものが含まれている。
「勘違い……?」
「そもそもですね~、この街は~、いまの在り方を変えてはダメなんですよ~。いまの状態で限界に近いんです~」
「限界なら改善すればいいじゃないか」
「つまり~、もっと事故を起こして~、怪我人を増やせということですね~」
「いや、違くてね」
「違うんですか~。つまり~、みんなに死ねと~」
なぜにそうなる。だが、だれも答えを喋ろうとしない。レイデンスでさえ、俺を見る目が変わっているように感じた。
「悪いなセリ、領主さま。平和ボケしてるシオンには、オレから説明しとく」
「よろしくおねがいします~」
「カナリはわかるのかよ」
「話を聞いてて思いしった。オレもこの世界の住人なんだって。鼻っから、バーナードに協力しちゃダメだってのものな」
「わかっていただけて~、嬉しいかぎりです~」
カナリは俺を定位置にしまうと、ソファーから立ち上がる。ちょっと待って。俺、挨拶もなにもできてないんだけど。
「じゃ、また明日」
それだけを言い残し、カナリは足早に屋敷をあとにした。
……あ、カナリの給金、受け取ってないや。
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