第35話 それはただの好奇心

 スイートルームをチェックアウトし、新しく取り直した安宿の一室。荷物を運び終えた俺とカナリは、静かに連絡を待っていた。

 待っているだけの状態というのは精神衛生上よろしくないけれど、そこは我慢のしどころ。しばらくすると、ドアを叩くノックが聞こえてくる。


「失礼しますよー。……やっぱり昨日の部屋に比べると、見劣りしちゃいますね」

「比べてやるな。値段相応だ」


 鍵を開け迎え入れたサラちゃんは、部屋を見て残念そうな顔をしていた。よぅし、言いそうなことを予想しちゃうぞ。


「私はやっぱりキレイな部屋のほうが」

「カナリと一夜を過ごすにはよかったってか」

「ムッ……」


 当たりだった。嬉しくない。


「またバカなこと言い出しやがって。また操られてるわけじゃないんだろ」

「それは大丈夫だと思います。話してる最中、頭が痛いのと作り笑いで、疲れちゃいましたけどね」


 サラちゃんには、一人でバーナードの家に行ってもらっていた。カナリは宿屋を移動するのに時間がかかりそうなので、先に話を聞きにきた、というていで。サラちゃんに頭痛が起きたのは、マジックアイテムの精神感応に抗ったからだろう。


「サラちゃんにとって一番大事なのは?」

「カナリさんです。正確にはカナリさんの愛と肉体と心と体です」

「おいカナリ、正常っぽいぞ」

「別のところが異常なんじゃないかなぁ……?」

「がんばったので、あとでご褒美くださいね」

「気が向いたらな」


 問答無用で操られるのかと思って全員で会いにいかなかったわけだけど、気を張ってれば大丈夫なのかもしれない。

 実験台にしたみたいで申し訳ないし、こんどカナリの寝姿でも写真に撮ってサラちゃんに進呈しようかな。カナリの許可は……うん、なんとかなるでしょ。ならなかったら、そんときゃそんときで。


「それで、どんな話が出たんだ」

「二日後に、大規模な集会を領主邸前で行うそうです。理由は話してくれませんでしたけど、その日が一番なんだって、何度も言ってましたね」

「レイデンスについては?」

「残念ですけど、追加の情報はなしです。外様なので詳しく話を聞きたいって言っても、昨日と同じ話を繰り返しただけでした」


 変に突っ込んだことをあれこれ聞いても怪しまれるかもと、それ以上は聞けなかったとサラちゃんは語った。


「そっか。ならしかたない。工場のほうは?」

「ニホン語の看板の件ですよね。変な記号を見たってロラーナさんと世間話したんですけど、物心がついた頃にはすでにあったそうです。工場もその頃から、ずっと今の調子で稼動してたとか」

「そうか……なぁ、カナリ。物心っていつつくんだ?」

「さぁな。記憶に家族以外が出たときじゃねぇの」


 小難しく言いやがって。キーボードを打ち軽く調べてみると、他人の心情がわかるようになった頃とある。ある意味、カナリは当たっているのだろうか。わがんね。

 ロラーナちゃんは見た目で年齢がわからないからなぁ。まず獣人ってのがこっちにいないし。


「ロラーナちゃんの見た目だと、何歳くらいになるんだ?」

「あれだと、十六~十七くらいじゃないか」

「まだまだ成長の余地があるってことですね。末恐ろしいことです」


 いやまったく。末永く成長して欲しいものです。あ、でもね、あんまり大きすぎると巨とか爆を越えて、奇になっちゃうからね。そこまでは成長って欲しくない。

 ……そーでなくて。十年前っていったら六歳とかになるか。ちゃんと覚えてる記憶となると、俺もそれくらいからかもな。その頃から看板があったんなら、十年前の勇者が関わっていたとしても時期は合う。


「そうだ。シオンさんから頼まれてたモノ、渡しましたよ。ちょうどベルが壊れたところだったって、喜んでました」

「そりゃよかった。扱いに困ってたし」

「あんなのにもったいない気もしますけどね。でも、あのバーナードからもう一度聞いてみて、はっきり思いました。アレは本気です。本気でどうにかしようとしている熱がありました」


 それは俺も感じたことだ。操られていない今でも、昨日を思い返せば感じ取ることができる。人を集める手段はいただけないが、それも含めてバーナードの本気なんだろう。


「本気だとしても、オレたちやることは変わらねぇ」

「このあとの方針、決めてあるんですか。私にも聞かせてくださいよー」

「サラにもやってもらうことがある。教会に行って、レイデンスとバーナードの関係を調べてくれ。できるだけ外側からの情報が欲しい。バーナードから詳しく聞けなかったんなら、尚更だ」

「わかりました。カナリさんも一緒ですよね」

「別行動。オレは鉱山のほうに行ってみる」

「えー、一緒がいいです」

「二日後になにかあるんだろ。だったら、別れて調べたほうが効率がいい」

「それはそうですけど……」


 それ以上の文句は、サラちゃんから出なかった。わざわざ別行動をするんだ。そうしなきゃ意味がないので心の中で喜んでおく。本当にお礼の品を用意しなきゃな。


「ほら、さっさと行動開始だ。夜になったら、またここに集合でな」


 サラちゃんを宿屋から見送った俺たちは、そのまま教会とは反対へと進む。


「やることは変わらない、ねぇ……」


 レイデンスがどんなにあくどい事業をしていようが、バーナードがなにをしようが――


「どうせ調べても、関わる気がないのに」


 勝手にやってろ。巻き込むな。それがカナリが決めた方針。もし回避できなさそうならと思って、手も打ってはいる。その手も成功するかわからないし、あんまり当てにはできないけど。


「なにに巻き込まれたのか、情報を集めるくらいはいいだろ。街の出掛でがけに、バーナードを殴るくらいはするかもしれないけどな」

「そんときは、俺の分も一緒に殴っといてね。ガルス使ってもいいよ」

「新しい追っ手を追加するつもりはねーよ。俺たちも行くぞ」


 そうして、相変わらずな雑踏へと足を踏み出した。

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