第34話 蝋燭の火

 今日のカナリの部屋には、お客さんがきていた。


「へ~~! キレイなお部屋ですね!」

「あんまりうろちょろすんなよ」

「でもでも、スイートなんて入ったの初めてで」


 興味深そうに部屋を見回しているが、生憎とカナリの私物は全部クローゼットの中にある。もともと荷物らしい荷物もないので、完全に部屋の収納を持て余している。


「ベッドもふかふかで大きいですね! これなら二人でもらくらく寝れます……よ?」

「いや帰れよ。眠くなったら教会に帰れよ。あと枕のニオイを嗅ぐな。生憎と毎日、新品に交換されてる」


 ……うん、そうなんだ。お客さんはサラちゃんなんだ。なぜサラちゃんが部屋にいるかというと、千Gを貯めてお泊りが許可された――わけでもない。


『明日でチェックアウトすることにしたから、見るだけなら入れてやる』


 というわけで、サラちゃんが部屋へきている。


「クローゼット、開けてもいいですか?」

「なんで開けるんだよ。やめろよ」


 哀れサラちゃんはカナリに引きずられ、ソファーへと投げ捨てられましたとさ。クローゼットそこは俺にも、なにをしまったか教えてくれないんだよな。普通に考えれば下着とかだろうけど、他にもあるのだろうか。


「そうだ。サラちゃん、俺って薄い?」

「薄っぺらい人間かってことですか? ペラペラですよ?」

「そういう意味じゃなくて。穴の厚さってこと」


 人間がペラペラだと言われたことは捨てておく。即答されたのも気にしない。気にしてたらカナリやサラちゃんの相手はしてられないからね! 世界よ滅びろ!


「厚さ……厚さ……」


 机に置かれたおれの周りをくるくる回り、サラちゃんの顔が正面に戻ってくる。そんなに見るなよ、照れるよ。


「シオンさんと一緒でペラッペラですね」

「だーかーらーーー! そういうのはいいの!」


 なんでそうやって捨てたのを拾ってくるの?


「薄いんだね。どれくらい?」

「うーん、小指の爪よりも薄いですかね。横で見たら、わからないくらいには。……ホントにどういう原理なんでしょうね、これ。やっぱり魔法でしょうか」

「だろーな。オレには原理なんててんで見当もつかないけど」


 ソファーにやってきたカナリは、高そうなガラス細工の彫られたグラスをサラちゃんの前へと置く。でも、中には氷以外なにも入っていない。


「シオン、飲みもん」

「人を冷蔵庫みたいに使いやがって……」

「れいぞうことか知らないし。いいから早く」


 文句を言いたいのを我慢して、窓の外に置いてあるプラスチックの箱からコーラを取り出す。窓の外には、鉢植えが置けるくらいのスペースがある。今は冬だし、飲み物を箱に入れて置いておけば天然の冷蔵庫だ。


「なんだこれ。パチパチいってるぞ。酒か?」

「酒じゃない。飲んでみりゃわかる」


 グラスに泡を立てているコーラをいぶかしんでいるカナリだったが、意を決したのか一口、二口とグラスに口をつける。


「甘い……それと舌が痛い」


 それでも気に入ってくれたのか、カナリは何度も口をつける。

 カナリは地球こっち側の飲み物や食べ物が気に入っているらしく、部屋の中にいるとよくあることだ。知らないモノを知るのが楽しいのかもしれない。それで喜んでくれるんだから、文句を頭に思い浮かべつつもやめられないのだ。

 それにこう……ふふっ、あれなんですよ。未知の味に困った顔をしながら、炭酸で痛む舌を小さく出している姿はね、こう、いいものなんですよ。男装じゃなければ、もっとよかった。


「なんだか不思議です……私、酔っ払っちゃったみたいで……今日、ここに」

「酒じゃないって言ったでしょ。サラちゃんバカなの? それとも炭酸で酔っ払う魔物だったりするの?」


 食い気味にぶった切っておいた。

 コーヒーで酔っ払う魔物もいたんだから、炭酸で酔っ払うのもいるかもしれない。そうなったら、サラちゃんは討伐対象だ。捕獲して教会に連れて行くのもありか。


「ちょっとした冗談じゃないですかー。いやですねー、シオンさんはユーモアがなくて」

「その冗談に乗ると、大変面倒なことになりそうな気がして」

「その面倒を期待してるくせに」

「否定はしない」


 合意の上でなら、と付け加えておく。


「では、冗談じゃなくてマジメな話を一つ。カナリさんはどうするんです? あの話、乗るんですか?」

「あれかー。一緒に領主に抗議しようって話しな」


 それは、食堂でバーナードが提案してきたことだった。今は少しでも、抗議に参加してくれる人数を増やしたいと。

 鉱山での被害者をどうにかしたい。他にもバーナードは語ってくれた。街が鉱山に頼らなくてもいい方法を見つけたい。子供のためにも青空を取り戻したい。その熱意は、本物だったように思える。


「オレは……乗ってもいいと思ってる」

「だから長く街にいられるよう、安い宿を探し直すって言ってましたもんね。もちろん私も参加しますよ! 教会は辞めなきゃいけないですけど、それはなんとかします」

「サラは仕事もだろ」

「そうでした。仕事そっちも探さないと。シオンさんはどうするんです?」

「俺はカナリのサポートだな。勇者とか関係ないし。カナリをサポートしてれば、バーナードの役にも立つだろ、きっと」


 一方的な面識しかないが、協力できれば俺も嬉しい。なんたって、バーナードはいい奴だからな。街のことを考え、住人のことを考えている。その情熱には答えてやりたい。


「今までの抗議活動は様子見で、次からは本格的に人を増やして、領主に抗議するって言ってましたからね。水面下では、もう百人は賛同者がいるとか」

「それで一斉にか。なんだか楽しくなってきたな」

「カナリも? 俺もだ。なんか、お祭みたいなテンションになってる」


 頭の中にある芯に、火が灯ったような熱がある。俺たちが街の未来を変えてやるんだ。バーナードと共に、幸せのために。


「そうだ。セリたんはどうしよう。誘ってもいいのかな」


 ここ二日ほど、セリたんに会えていないことを思い出す。思い出したら会いたくなってきた。セリたん、ああ、セリたん……! 一緒にやってくれないかなぁ。そうしたら、毎日一緒にいられるのに。セリたん成分を補給できるのに。


「あー……残念だけどな、シオン。たぶんムリだぞ」

「え、なんで。俺の、お、俺の知らないところでセ、セリたんに会ったの? 会ってたの? なんで俺がいなかったの?」

「落ち着け。今日はずっと一緒にいただろーが」

「じゃあなんでわかるんよ」


 誘いに乗ってくるかどうかはその人次第だろうけど、誘う前から断られるのがわかってる、みたいな言い方しなくてもいいじゃないか。


「昨日、見たんだよ。セリが領主――レイデンスと一緒にいるのを」

「ほぁ……」


 ほぁ? ほぁぁぁぁぁぁ??


「アホ面してんじゃねぇよ。昨日、一緒の馬車に乗ってるのを見た。セリが言ってた知り合いってのは、レイデンスのことだったんだよ」

「じゃ、じゃあセリたんは……」

「一緒の馬車に乗るくらいの仲だし、商売も関係してくるだろうな。つまり、敵対するようなことはしないんじゃないかってこと」


 絶望ですよ? あの厳つい爺さんが、セリたんと一緒に……


「それは二人きりだったんですかね!?」

「それは関係ない」

「そうだけどさ! でも、えー……」

「諦めろ。セリとは敵になるってことだ」

「マジか……セリたんが敵になるのか……」


 思わず天井を仰ぎ見る。

 あの笑顔は、もう見れないのかな。そう考えると、目に熱いものが浮かぶのがわかるよ。悲しい。でも、しょうがないよな。だって、バーナードを手伝うんだもん。セリたんが敵になるのはイヤだけど、バーナードのやることを優先――


「――するわきゃねーだろバカか俺は!!!」


 部屋に響く鈍い音と、額に走る痛み。あまりの痛さに涙が出てくる。机に思い切り頭を打ちつけたんだから、涙くらい出てくるだろうよ。それより、自分のバカさ加減に涙が出て欲しい。


「な、なにやってんだよシオン!」

「とうとう頭の中がおかしくなりましたか?」


 うるさい。ちょっと黙っててくれ。ちょっと自分と話すのに忙しいんだ。

 セリたんよりバーナードを優先するって? カナリの手伝いをしたら、バーナードの役にたつって? バカじゃねーの? するわけないじゃん。なんで今日初めてあったような男のために、セリたんを敵にまわしてがんばらなきゃいけないんだよ。なんでカナリを前に回してんだよ。まだロラーナちゃんのためにがんばるってほうが、俺にはしっくりくる。俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ。でも、俺が優先したがっているのはバーナード。あいつのために、俺も一緒に。


「――ぐっ、あ……っ!」


 頭が痛む。打ち付けた額が、じゃない。頭の中が、だ。頭の中の蝋燭が、ジリジリと思考を焼いてゆく。

 はダメだ。バーナードの想いが本当であったとしても、目的が街のためだとしても、コレは絶対にダメだ。

 ……痛みが足りない。蝋燭の火を消せるくらいの、痛みが欲しい。


「なん、だ。丁度いいところに、あるじゃないか」


 手を伸ばしたのは、机の上に置いてあった小さな指輪だった。二日前、セリたんの指に嵌められていた指輪。血が着いたからって買い取ることになって、俺に押し付けられたやつ。代わりに、なぜかバスタオルを何枚かセリたんにあげたっけか。……いま思い出しても、あれは痛かったなぁ。


「ああ、こえぇ……」


 小さな指輪を指先に嵌めた手が震える。恐怖に自然と背が丸くなる。なんたって、自分で自分に注射を打つようなものだ。出てくる針も、無駄に太いし長いんだよな。でも――


「いっ……づぁ……!」


 思い切り拳を握る。手の平を抉る針が、思考を赤く塗り潰す。塗り潰されて、隙間がなくなって……蝋燭の火が消えた。


「シオン! なにやってんだって!」


 カナリには、俺がやったことが机に隠れて見えていなかったようだ。思いっきり背も丸めてたしね。だけど、それなら好都合。


「なぁ、カナリはなんで、バーナードを信じようと思ったんだ?」

「なんでって、話してみて、いい奴だなーって思ったから」

「いい奴? 最初なんて、面倒なことになりそうだって嫌がってたじゃないか」

「それは……そうだけど……」

「マーニデオの追っ手から逃げるより、ここで領主相手に声を張り上げるほうが大事か? 中央に行くんだろ。そのためにここにいるんだろ」

「っ! そう、だ……オレ、は」


 カナリが頭を押さえる。今頃、頭の中で蝋燭の火が暴れてるんだろう。


「カナリ、手を出せ」

「なん、でだ」

「いいから!」


 手が穴から差し出されると、俺はティッシュで血を拭った指輪を握らせ――内側についたボタンを押した。


「いっってぇ!?!?」


 驚いた声を上げたカナリは、指輪ごと手を引っ込める。その後は……だよね、俺を睨むよね。その振り上げた拳は――


「あー、クソッ! そういうことかよ!」


 振り下ろされることはなかった。理解してくれたか。


「シオンさん! カナリさんになんてことするんですか! カナリさんの手から、血が……舐めると消毒になるんですよね!」

「それ、綺麗な水がないときだけね。んで、次はサラちゃんの番」

「わ、私も傷物にしようっていうんですか!? やめてください、このけだもの!」

「人聞きの悪い……俺は紳士だよ。もし同じことをバーナードがカナリにしたら、サラちゃんはどう思う?」

「そりゃ、バーナードさんになにか事情があるんだって。きっと手違いです」


 とことん、都合がいいほうに書き換わるようだ。これは危ない。


「へー。カナリを傷つけたバーナードを許すんだ。もっと酷いことでも?」

「許さない……いえ、許す……でも、でも……!」

「カナリ、振り下ろすなら今っぽい」

「おうさ――ふっ!」


 カナリの拳が、サラちゃんの鳩尾みぞおちにめり込んだ。振り下ろさずに下からいったね。体重のせたね。指輪を握った手と逆な辺り、冷静で恐れ入る。


「かふっ……! は、はひゅ……は、あふ……っ!」


 地面に膝を着いたサラちゃんは、空気を肺から搾り出すように喘ぐ。

 思考が散って、油断していたところに鳩尾だ。カナリの低STRでも、サラちゃんのDEF値を抜くには十分だったようで。


「でもまだ足りないかもしれない。指輪もいっとくか。おーい、カナリ」

「待った……! 待って、くだ、さいよ!」


 サラちゃんの右手が、弱々しく上がる。


「もうちょっと、穏便な手は、なかったんでしょうか」

「おはよう、サラちゃん。目は醒めたかな?」

「もう、いやってほど……」


 ようやっと、体の力が抜ける。あー、しんどい。


「カナリさん、早く手の治療をしないと!」

「大丈夫だ。傷も浅いし、血もそれほど出てない」

「でも、手が真っ赤ですよ!」


 あ、それは俺の血。どうやら血管を傷つけたみたいで、今も絶賛出血大サービス中。救急箱どこに置いたっけ。二日前にも使ったんだけど。……あ、あった。でも、絆創膏で大丈夫かな。


「シオン、手ぇ出せ」

「いいよ。血で汚れる」

「もう汚れてるからいい。は や く だ せ」

「はいはい」

「消毒用のアルコールと包帯もだ」

「へーい」


 言っても聞かなさそうなので、穴の向こうに手を差し出す。カナリは洗面所から綺麗に畳まれたタオルを持ってくると、消毒液を吹きかけては出てきた血をぬぐってくれた。そしてタオルで傷を押さえながら……


「……ごめん、シオン。結局、面倒に巻き込まれたみたいだ」


 なんとも珍しいカナリを見た。


「いいって。俺も騙されたし、お互い様だよ」

「でも、シオンが気付いてくれなかったら」

「気付いたんだからいいじゃん。こうやって、カナリに手当てもしてもらえてるわけだし。手にまで穴を開けた甲斐があった。カナリの手に穴を開けたってほうが、俺には堪えるね。せっかく綺麗な手なのに」

「……バカ」


 バカでけっこう。騙されたままの大バカよりは、ずっといい。


「あの~。私がいるの、忘れてないですよね。口から砂糖吐きそうなんですけど」


 穴の端に、砂糖ではなく血を吐きそうなサラちゃんが現れた。視界に映ってなかったから、すっぽり抜けてたよ。


「そのイチャイチャはいつまで続くんでしょうか」

「い、イチャイチャとかしてねーし! ほら、終わりだ、終わり!」


 乱暴に包帯を巻かれた手が、やっとこっちに戻ってくる。あとで巻き直して……ま、いいか。緩いわけでもないし、これはこれで味がある。


「俺たちみんな、おかしくなってた……ってことでいいんだよな」

「しか考えられないだろ。なんでオレが一緒に抗議しなきゃいけねーんだ。勝手にやってろよ。オレは旅をしたいんだ」

「私も教会を辞めるってことに、疑問が浮かびませんでした。少しくらいは悩んでもいいはずなのに」


 それでも少しなのね。まぁ、サラちゃんの場合、カナリと一緒にいられるってほうが重要か。


「催眠術……それとも、魔法かなにかで操られてたってことか」

「操られたってよりは、思考の誘導だな。そのほうが、まるごと操るより楽だからな」


 曰く、人を操ろうとすれば、行動からなにから細かく決めなきゃいけないという。その点、思考の誘導だけならば、思考の優先順位や考え方を少しだけ変えてやるだけなので、楽らしい。


「今回の場合は、バーナードを信じる、信頼する、ってとこだろうな。だから、言ったことを素直に信じちまった」

「俺も最初に会ったとき、すっごい胡散臭い奴だなって思ったのに、信じちゃったからなー」

「私もです。行動がキレイすぎるというか、芝居臭いというか。そう思ったはずなのに。なのに、最後は信じきってました」

「触れてもいないシオンがかかったってことは、言葉――声がトリガーになってるのか? それに、徐々に侵食していくタイプの魔法だったのかも」


 魔法、恐るべし。他人の考えを認めるじゃなくて、変えてしまう魔法。そんな魔法がこっちにあったら、独裁者しか生まれないだろうな。


「魔法が使われてるって、カナリは感じたりしなかったのか?」

「大きな魔力が動けばわかるけどな。でも、それは感じなかった。そうでなくても精神に直接作用する魔法だから、余計に感じやすいはずなんだけど……まてよ、そういったマジックアイテムの可能性もあるな」

「そんな怖いアイテムがあるのか」

「ある。神話級にレアなアイテムだけどな。精神干渉系の魔法は、高位の魔法の中でも最上位なんだよ。歴代のマーニデオ一族の中でも使えたのは、始祖キアを含めて三人だけ。そんな魔法をアイテムに封じ込めるなんて、さらに難しい。一つ上に使える奴がいたんだけど、そう言ってた」


 小さい頃はよくイタズラを肩代わりさせられていた、とカナリは恨みがましく口にする。その程度、今回のに比べれば可愛いものじゃないか。

 にしても、精神干渉系のマジックアイテムで神話級か。だったら、カナリの持つ盗賊のナイフはどうなるんだろうか。精神どころか、運命に干渉しているような……いかん、話が逸れる。


「バーナードは魔法を使える風にも見えなかったし、どっかからマジックアイテムを手に入れたって考えるのが無難だろう」

「にしては、お粗末な結果じゃないか? 俺たち、こうして魔法が解けたわけだし。街の魔法をかけられた人だって、気付いてもおかしくない」


 自分の思考に疑念を持った、そして痛みという衝撃があって魔法は解けた。俺たち以外にも、自身のバーナードの盲信ぶりを疑念に思う人は出てきそうなものだけど。そのタイミングで転んで頭でも打てば解けるだろう。


「オレたちだから気付けたんだろ。もともとレイデンスに否定的な人間を誑しこむなら、うってつけの魔法だからな」


 なるほど。魔法で後押ししてやるだけってことね。もともとあった思考モノなんだから、それを疑うこともないと。そして、バーナードと一緒に抗議をしていても不思議じゃない人に仕上げると。


「私たちの場合は、街にきたばかりの旅人だから、その辺りをすっとばしたということですか」

「お前はそうじゃないだろ、なんて疑問を投げかける奴がいないからな。サラも今の教会に知り合いはいないって言ってたからな。バーナードの誤算は、シオンがいて、セリを信じたことだ」

「はっはっはっ。俺えらい。セリたんマジ救世主」


 萌えの勝利である。萌えセリたんは俺という小さな世界を救ったのだ。


「シオン、怖い顔してるぞ」

「おお。怒ってるぞ。忘れちゃいけないことを、忘れそうになったからな」


 俺の優先順位を変えやがって。絶対に許さない。


「……それってやっぱり、セリを」

「セリたんを敵だって考えたくなかったからだろうな。それがどうした」

「いや、なんでもない。そんなことより行くぞ」

「行くって、どこにだよ」


 カナリさん、晩御飯は食べたでしょ。一緒に食べた相手が気に食わないからって、口直しに行こうとでもいうのか。食べ過ぎたらAGI落ちるよ。DEFは上がるかもだけど。


「バーナードのところにだよ。一発殴んなきゃ気がすまねぇ」

「あ。私もいいですか」

「わーお。みんな暴力的ー。俺も大賛成ー」


 メシより怒りを発散したいよね、そりゃあさ。御伽噺の勇者だとバレてもいい。俺も殴る。そんでもって、自警団でも領主のところでもいい。突き出してやる。


 こうして、俺たち三人はバーナードを殴るため、また夜の街中へと戻っていった。

 そんで……


「カナリ、カナリ」

「なんだよ。まだ着いてないぞ」

「いや、ちょっとね」


 街の中心に建っている、工場の近くを通っていたときだ。俺はそこでカナリを止める。


「今、すこーし考えたんだけどさ」

「なにを」

「バーナードに協力してやろっかなーって。だから、殴りに行くのはまた今度ね」

「はぁっ!?」


 カナリがギャンギャン吠えているが、工場の騒音であまり聞こえない。聞こえなーい。


「バーナードに協力というか、に協力してもらおうってことで」

「……はぁ。どういう協力なんだか」

「気になるモノ、見つけちゃってさ。ちょっと工場に近づいてくれいないか」


 俺の目は、工場のある一点を見ていた。それは工場にある、封鎖された入り口。


「サラちゃん。この工場の経営者って、誰なのかな」

「領主ですよ。この工場をここまで大きくしたのは、レイデンスさまだそうです。ガイドブックにも、そう書いてあります」

「いつの間にそんな本を」

「歴史館に行ったときに、暇つぶしにと思って」


 お金貯めてたんじゃないのかね。キミは。

 まっ、これで繋がったというか、繋がっちゃったというか。優先順位としては三番とか四番目くらいだけど、レイデンスに確認したいことができてしまった。バーナードには、その協力をしてもらおう。敵の情報は色々と持ってるだろうしね。

 工場の入り口に置いてある通行止めのバリケードと、壁に立てかけられた看板。遠目に見えたときは気のせいかと思ったけど、間違いない。


「これ、どう見ても読めるよなぁ。読めちゃうなぁ」


 年季の入ったバリケードと看板には、『通行止め』『安全第一』と、擦れた日本語で書いてあった。

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