第33話 支配者と被害者
家に帰ってきて、話を聞こうと妙にぐったりしているカナリに話しかけたとたん、殴られた。理不尽極まりない。
「いろいろあったんだよ」
「いろいろで済ますな。殴った理由を言え」
「うるせぇバーカバーカ。シオンの自業自得だ」
カナリは枕に頭を突っ伏しながら、足をバタバタさせている。ベッドの上で暴れるせいで、キレイにベッドメイクされていたシーツはぐしゃぐしゃだ。
詳しく話を聞くと、通話のあと、ロラーナっていう
「そんなに金が惜しかったのか?」
「違う。最後にクリーニング代は貰えたし」
「よかった。金がもらえなかったからって殴られたんだったら、たまったもんじゃない。なら……あ、そうか。リッカが言ってたやつだな。そっちにも聞こえてたのか」
「むっ……」
カナリの暴れていた足がピタリと止まる。どうやら正解らしい。
「心配するな。リッカにはちゃんと言っておいたから」
「な、なんてだ……?」
「もちろん、彼女じゃないって言ったぞ。最近ゲームで知り合った、男友達だって説明しといた」
「お、男友達……」
「いやー、リッカもしつこくてさー。カナリの声も聞いてないのに、なんでか彼女だって決め付けてるし。全然そんなんじゃないのにな。友達が嫌だったら、戦友とか、相棒とかか?」
「……もう、なんでもいいよ。はぁ~~~~~……」
うんうん。カナリも大人しくなったようだし、よかった。枕に顔を埋めたまま動かないのが気になるけども。
「にしても、なーんか俺より勇者っぽいことしてるよね、カナリ。新しい街にきてメイドの危機を救うとか、なにか起こるフラグにしか思えない」
「ふらぐってなんだよ知らねぇよ。悔しかったら穴から出てきてみせろ」
「咄嗟に出せても、手足の一本だからなぁ。口以外は出せそうにない」
俺からなにか行動を起こすってのは、なかなかに難しいのだ。
「シオンはそんなに勇者になりたいんだっけ?」
「いや、ぜんぜんまったくこれっぽっちも。勇者なんて、なれる奴がなればいいんだよ。俺じゃなきゃいけない、なんてことはないさ」
そもそも俺は、御伽噺の勇者と同じ立場ってだけだからね。俺がなにか勇者らしいことをしたわけでもない。それに、カナリが活躍するのは願ったり叶ったりだし。
それよりも……
「それでですね、カナリさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど~。その巨乳メイドだっていうロラーナちゃんは、どれだけ凄かったんでしょうか」
「死ね」
これまたストレートですね。でも気になるじゃん。メイドで巨乳とか、すげー気になるじゃん! 巨乳とメイドが組み合わさってるんだよ!?
「……はぁ。明日」
「明日、なんかあるのか?」
「ある。明日、そのメイドと会うことになってる。自分の目で確かめろ」
カナリが言うには、街にきたばかりだということをロラーナちゃんが知り、街案内をかってくれたそうだ。いい子っぽい。
明日は出かける用事もない。なら、カナリの言うとおり自分の目で確かめてやろう。さぁて、どれだけ凄いのか、今から楽しみだ。
――そして夜は明け、次の日。
「なんだあれ……でっか! 牛角族じゃなくて、牛乳族の間違いじゃないのか?」
建物の陰に立つカナリの胸元から、待ち合わせの場所に立っている巨乳メイドを見て、思わず感想を口に出してしまった。そして想像してたよりデカかった。巨というより、爆じゃないかな……って、やばいやばい。またカナリに殴られる。
「オレは牛乳じゃなくて、乳牛だと思うぞ」
「あ、この話には乗ってくるんだ」
「オレもそう思ったからな。いっぺん揉んでみたい」
同意だ。でも俺は知ってるぞ。それを口に出すと殴られるんだ。だから口には出さない。にしても、柔らかそうだなぁ……
「……ん? なんか静か。サラちゃん、いるんだよね?」
「オレの隣にいるぞ」
「喋らないの? いつもなら、あんな胸より私の胸を揉んでください、くらい言い出しそうなもんなのに」
言ってる俺も頭が痛いけど、実際にそうなのだから頭が痛い。あれ、どっちにしろ頭が痛いぞ。
隣にいるというサラちゃんを見てみると……
「悲しい目をしている」
「……昨日、カナリさんに、めっちゃ怒られました……」
めっちゃ凹んでる。どんだけ怒られたんだろう。まぁ、サラちゃんこそ自業自得か。どうせ岩の片付けが雑だった他にも、カナリを怒らせるようなこと、言ったんだかやったんだかしたんだろ。
「次は気をつけるんだよサラちゃん。じゃないと、護衛を交替させられるかもね」
「ぐぎぎ……! シオンさんのくせに、なんか上から目線ですね。ムカつきます」
「はっはっはっ。ざまぁ」
上から言われたくなかったら、もうちょっと普段の言動に気をつけようね。あと俺にたいしての扱いも。
「ロラーナちゃんはもういるけど、行かないのか?」
「ちょっと気になることがあってな。ロラーナの横、見てみろよ」
ロラーナちゃんの横、横……うーん、横から見てもでっかいんだろうなぁ。こう、ボーンと、ドーンと。……違う、そういう
「ナンパ……? いや、話しかけてる様子じゃないな。かといって、他人ってほど互いの距離が遠いわけでもない。友達……家族……メイドだし、ロラーナちゃんのご主人様?」
「それが正解だったら、変なことに巻き込まれるかもな。……これがふらぐってやつなのか。あー、やだやだ」
「私もちょっと憂鬱ですねー、あれは」
「なんだよ二人とも。あの男のこと知ってるのか?」
サラちゃんの好みじゃなさそうなのはわかるけど、なんでカナリまで嫌がってるんだ。パッと見は普通の青年って感じだけど、なんかあるのか?
「鉱山に行く前にちょっとな。……約束しちまってるし、いくか」
「そですねー。関係ないことを期待しましょう」
サラちゃんよ。その期待も完全にフラグなんだよ。でも、俺が口を挟めるのはここまで。あの男が何者なのか、近づけば自然とわかるかな。
カナリが近づくと、ロラーナちゃんがカナリに手を振って……ふって……胸が! 一緒に! 揺れて! いる! 唐突に餅つきしたくなった! たぱんたぱんしたい!
「やぁ、ロラーナ。待たせちゃったかな」
「こんにちは。カナリ様、サラ様。まだ約束の時間より早いくらいですので」
「そっか。今日は街案内を引き受けてくれてありがとう。存分に連れ回してくれ。……と、言いたいんだけど」
カナリの体が、ロラーナちゃんの横に立つ男に向く。男もこっちを見てたんだ。無関係じゃないだろう。サラちゃんの期待は見事、
「紹介いたします。こちらはあたしの
「――はじめまして。僕はバーナード=ロットシェット=ライフォーンといいます。ロラーナを助けていただき、本当にありがとうございました」
バーナードが一歩前に出て、手を差し出してくる。お礼を言って、握手を求めているだけ。普通のことだ。なのに――見入ってしまった。俺も、カナリも、サラちゃんも、バーナードという男を。
「カナリ様、どうかなさいましたか?」
「――! い、いや。どうもしないよ。偶然助けられただけだ。気にしないでくれ、バーナード……さま?」
カナリが誰かを様付けで呼ぶとか、普段だったら絶対に吹き出すだろうな。だけど、バーナードの手をぎこちなく握るカナリの手も、普段とは違う様付けという呼びかたも、笑えない。俺も面と向かったら、カナリと同じようになってしまうだろうから。
「様はつけなくていいですよ、カナリ。ロラーナにマシな給金も払えない、貧乏貴族ですから」
「そうか? いいんなら、さまなんて付けないけど」
「今日って、バーナードさんもご一緒するんですか?」
「ご迷惑でなければ」
バーナードの声は、ただただ優しい。声色から裏というものが読めない。表情も同じ。優しいという表現がピッタリの笑顔。
「それはいいけど……大通りにはいかないからな。昨日みたいなのに巻き込まれるのはゴメンだ」
「昨日のことですね。安心してください。恩人に迷惑をかけるつもりはありません」
昨日? バーナードみたいな男が関係してる話、あったっけか。聞いたかぎりでは、なかったはず。あとで、二人に確認してみるか。
うう、会話に入れないせいでモヤモヤする……いきなり手を出してやりたい。
「ライフォーン、ライフォーン……バーナードさん。つかぬことを伺いますが、あのライフォーン家ですか?」
「サラは教会の関係者でしたね。なら、知っていても当然ですね。思い浮かべているライフォーン家で、間違いないと思いますよ」
「なんだよ。有名な貴族だったのか?」
「有名といいますか、なんといいますか……」
バーナードになにかあるのか、サラちゃんは口ごもる。遠慮か、そんなに言いにくいことなのか。
「……そうですね。気になるようでしたら、僕から道すがらお話しましょう」
「バーナード様……!」
「いいんだ、ロラーナ。この街では周知の事実。それに、外の人に知ってもらういい機会だ」
こうして、ロラーナちゃんではなく、バーナードによる街案内が始まった。
途中、昨日カナリが行ったという喫茶店で昼食をはさみ、大きな図書館に美術館に足を伸ばし、今いるのは――
「歴史館……見てるうちに眠っちまいそうだ」
「図書館や美術館じゃ、あんなに楽しそうだったのに」
「山じゃ本しか楽しみがなかったからな。それに、想像力をかきたてるモノも好きなんだよ。魔法は芸術だって叫ぶ魔法使いもいるくらいだから」
俺は図書館の時点で眠かったけどね。だって、そっちの文字読めないし。マンガはないのかな。というか、これって街案内じゃなくて観光案内になってるよね。
「ライフォーン家の話を締めるのに、一番適してるのが
バーナードの話は、俺にも聞こえていた。
現在のフルグドラム領主の名は、レイデンス=ドーリ=カッツェラング。その前の領主の名は、ランディ=ロットシェット=ライフォーン。バーナードの祖父。ライフォーン家は
「僕が生まれたときには、もう祖父は死んでいてね。一番写真が残っているのが、この歴史館なんですよ」
図書館や美術館に比べ、人の疎らな歴史館の中。バーナードは壁に飾られた古ぼけた写真を撫でる。きっと、写真に写っている人物がランディなのだろう。
その横に飾られている写真は、数枚続けて同じ人物が写っている。新しめの写真もあるし、こっちがレイデンスか。うっわ、怖い顔。ウチの爺さんも基本しかめっ面だけど、比じゃないな。
「
それが今や、治もレイデンスに奪われ、没落して貧乏貴族になったと。魔物が蔓延る世界でも、人同士の争いはやっぱりあるんだよな。
「じゃあ昨日のアレは、みんなでレイデンスに、領主の座を返せって詰め寄ってたわけか」
「……そういうわけでも、ないんですけどね」
昨日のことって、今の話のやつか?
……って、悩んでるうちに写真のあったコーナーが終わってた。目の前には、真っ黒い石や鈍い光沢のある石。それがガラスケースに並んでいる。展示コーナーかな。固そう。
「昔から鉱山で栄えてたんですねー。あ、金のインゴット」
「これ以上犯罪者になるなよ、サラ」
「あの、まだなにもしてないんですけど。それに犯罪者じゃないです」
「胸に手を当てて考えてみろ」
「胸ですか?」
サラちゃんの手が、ロラーナちゃんの胸に沈む。迷いなくいったね。尊敬するわ。やっぱり犯罪者じゃないか。
「きゃあ!? な、なんであたしの胸を触るんですか!」
「実は一度、触ってみたくて。例えるなら、理想の枕ですね。ほどよく柔らかく、頭を包んでくれるような弾力」
「テンピョールかよ。俺も使いたい」
「使いたいとか言われても――え? え!? いまの誰の声ですか!?」
「あーあー! オレだよ、オレの声。時々、声が低くなるんだ。……あとで覚悟しろよ」
「すみませんでした! もう触らないので許してください!」
ごめんなさい。俺も会話に混ざりたかったんです。聞いてるだけって、寂しいんです。
「あまりロラーナをいじめないでくださいね。機嫌を損ねると、ケーキ代で家計が圧迫されるんです」
「バーナード様! そんなこと、お二人の前で言わなくてもいいじゃないですか!」
「いたた! そんなに叩かないでくれ」
くそぅ、なんだこの主従は。イチャイチャしやがって。叩いてる音なんて、丸文字で擬音が見えそうだ。
やはり立場か。貧乏とはいえ貴族でメイド付き。しかも巨乳で可愛いとか、どういうことなの。性格のほうもコミュ能力高いっぽいし、それも一因かね。俺もバーナードの笑顔でも見習えば、モテるのかな。
「……………………」
ちらりと表情を覗き見た一瞬だった。
見間違いかとも思うほどの一瞬、ずっと笑っていたバーナードの顔が、横の展示棚を見て歪んだ。棚に置いてあるのは、大きな赤鈍色の岩。なんか、くすんだ血みたいな色だ。
「……あれ」
視線をバーナードに戻すと、笑顔に戻っている。本当に見間違いだったか?
「あとは採掘の歴史が続くんですけど、興味はありますか? ないのであれば、早めの夕食でもと考えているんですが」
「メシに賛成。採掘の方法を見てるより、料理のメニューを見たい」
「もー、せっかくこうやって案内してもらってるのに」
「サラだけ残ってもいいぞ」
「私もお腹が空きました。さぁ、いきましょう」
結局、観光はここまで。次は街の一角にある歓楽街へと向かうそうだ。
歓楽街へ足を入れると、そこはすでに夜の世界だった。威勢のいい酔っ払いの声や、煌びやかに着飾った娼婦の客引きもいる。うーん、ケバい。でも、股間がポカポカする。寄るわけないのは知ってるけど、ちょっとだけ覗いてくれないだろうか。
「おいおい。変な店に連れてく気じゃないだろうな」
「少しだけ我慢してください。もう少し進むと、安くて美味い店があるんです」
その言葉を信じて、バーナードについてゆく最中――
「――金がねぇのにくるんじゃねえって、なんど言えばわかるんだ!」
横の店から怒号が聞こえてきたと思うと、店員らしき男が、ボロボロの服を着た老人を道に突き飛ばす。老人は突き飛ばされた勢いそのままに、抵抗もなく手に持っていた杖と一緒に地面に転がる。
「チッ! たく、この寄生虫が」
店員は店に戻り、周囲の視線は老人へと降り注がれる。倒れた老人へと真っ先に駆け寄ったのは、ロラーナちゃんだった。
「大丈夫ですか?」
「触るなっ! くそ……くそっ……!」
うっわ。せっかく助けようとしたロラーナちゃんの手を、振りほどきやがった。杖があっても立つのに苦労するんなら、素直に助けてもらえばいいのに。歩くのも、なんかフラフラしてる……し……
「足、ないな。事故かなにかか」
「ええ。鉱山の事故で、障害を負った人ですよ。ロラーナ、気を落とさないように」
「……はい。バーナード様」
……それじゃ、突き飛ばされても抵抗できないわけだ。
「この街には、ああいった人が何百人といます。命や意思を失った人を合わせれば、もっとたくさん」
バーナードの顔が、また歪んだ。見間違いじゃ、なかった。
「鉱山の事故は、何度も起きています。そのたびに人が傷つく。なのにレイデンスは、なんの対策もしない。怪我人が――被害者ばかりが増えてゆく。でも、訴えるべき加害者がいない。支配者がいるだけでね。……カナリ。キミは僕に、領主の座を取り戻そうとしているのかって、聞きましたよね。僕は領主になりたいわけじゃない。ただ――」
顔から笑顔を完全に消し去り、バーナードは遠くを睨む。その先にあるのは……
「この街の現状をぶち壊したいんですよ。そのために戦っているんです」
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