第31話 ヒマの置き場所

 カナリたち三人は宿屋へ逃げ込んだあと、再び街へと出かけていた。騒ぎの起きた酒屋を避けるため、街の反対側まで足を伸ばしている。

 今もカナリの胸元にしまわれている、異世界へと通じる穴。しかし、そこにシオンの姿はない。覗いているのは、暗く電気の消えた部屋のみ。


「シオンさんは、またお出かけですか」

「今度は親戚のやってる会社に、金をせびりにいくんだと」

「それはなんとも、コメントに困る理由ですね。シオンさんの年なら、早ければ結婚して家族を養っててもおかしくないのに」

「異世界事情ってやつなんだろうな。同い年の奴も大体は学生だって言ってたし。それだけ平和な世界ってことだろ。それと、壁や床の補修剤ももらってくるだとか言ってた」

「あー……サージャオと戦ったとき、部屋を改造したんですよね」


 サージャオという蜘蛛の魔物アラクネと戦ったさいに、シオンは自分の部屋にあるものを使い即席のバリスタを作り上げ戦った。そのときにできた穴や傷は、今もシオンの部屋に残っている。


「母親に見られたら殺されるとか言ってましたね。あの困った顔は見物でした。ぷすすー!」

「笑ってやるなよ。そのおかげで勝てたんだ。それに、いま一番シオンを困らせてるのはサラだぞ。なんだよ最近のアレは」


 アレとは、サラの行動アレ言動アレのことである。

 普段はシオンにも普通に接しているが、シオンがカナリに変なことをしようものなら、剣を抜くなど当たり前。


「なのに、サラじぶんから変なこと言って、シオンにツッコませるとかな。シオンにツッキミの、わざとやってるだろ」

「やっぱりわかりますか? それはほら、最愛の人の一番近くにいるから、イジワルしたくなるんです。いちいち反応してくれるから、私も楽しくて」

「確認するけど、イジワルで言ってるだけなんだよな?」

「もちろんです。半分は本音ですが。……半分? 八割?」

「あ、そ……そうか……そうかー……もちろんって、なんだろうな……」


 どこか冗談であって欲しいというカナリの願いが、脆くも崩れ去った瞬間であった。そしてなぜか。カナリはなぜだか、サラとシオンがどこか似ていると、改めて思った瞬間でもあった。


「なんでオレなんだ? 顔がいい奴なんて、他にも探せばいるだろ」

「最初はそうでしたし、それが第一条件に変わりはありません。でも、もう、それだけじゃないんです。これは運命なんです! 神様が下さった、縁なんですよ!」


 目をキラキラと光らせるサラに、カナリは痛む頭を手で押さえる。しかし、一向に頭痛は止みそうにない。ここにシオンがいたなら、悲しい目で頭痛薬を渡されているところだったろう。


「神を恨む理由が増えたな……」

「マーニデオの戒律だって言ってましたね。神様を喜ばせちゃいけないんでしたっけ。でも、それって神様にたいする恨みからなんですか?」

「さぁな。なんで始祖キアがそんなことを言ったのか、それはオレもわかんないよ。でも、オレは神を恨んでる。恨みも怨み。オレの一族が山に引き篭もってるのも、オレがこうして逃げてるのも、本を正せばぜーんぶ神のせいになる」


 逆恨みに近いものだ。それはカナリ自身もわかっていた。だけれど、あるがままを全て受け入れられるほど自分が聖人君子ではないことも、わかっている。だから神よなにもしてくれないのなら、せめて恨みくらいは受け止めろ。それが、カナリの考え。


「カナリさんて、始祖の血筋なんですよね? だったら、お姫さまみたいなものじゃないですか。なんで逃げたんですか」

「姫だなんて、そんなたいしたもんじゃねぇよ。たしかに直系ではあるけど、郷の人間なら、多かれ少なかれ始祖キオの血は引いてるはずだし。その中でオレは、センスだけが取り柄の出来損ない。それが、さとが下したオレへの評価」


 魔法の解析と発達に尽力し、尊敬と畏怖から青い髪に因み、あおのマーニデオと呼ばれた始祖キア=マーニデオ。その始祖キアが残した戒律を守る一族として、蒼戒そうかいのマーニデオと名を変え、魔女と呼ばれ、北方の山奥で脈々と続く血筋。

 一族にとって、優先されるべきは魔力の強さそしつ。センスなど二の次以下。それゆえの、出来損ないという評価。

 カナリは自分のことを、淡々と喋り続ける。


「母親はオレのことなんて見ようともしないし、父親は別の女との子作りに夢中。それでだ。血筋だけはいいんだからって、無理やり結婚させられそうになったんだよ」


 過去の記憶を辿るカナリは、そこで初めて顔を顰める。


「だから逃げた。郷に味方なんてほとんどいなかったし、いつか逃げてやろうって思って、外のことは色々と調べてたし。いいキッカケになったよ」

「……なかなか壮絶な人生を歩んでましたね」

「今じゃ清々してる。逃げてよかったって、心から思えるよ」

「ですね! こうして私もカナリさんと出会えたわけですし!」

「それはどうだろうな。でもまっ、ヒマしないって点では、オレもよかったと思ってる。シオンとの出会いも含めて」


 苦笑いと共に、カナリは頭の中から、郷のことを追い出す。苦笑でも笑いは笑い。昔の自分はこうして笑うこともなかったなと、カナリは少しだけ思いながら。


「シオンに言うなよ?」

「わかりました! 二人だけの秘密ですね!」

「いや、聞かれたらオレから言うってだけだから」

「じゃあ、聞かれるまでは二人の秘密ってことですね!」

「すごいなー、サラは」


 その前向きさは見習いたい。そう思ってしまうほどに、カナリは感心してしまう。


「二人の親睦を深めるためにも、お昼ごはんにいきましょうか」

「さっき、サラダ食ってなかったか?」

「騎士は体が資本ですからね。あんなものじゃ、全然足りないですよ」

「ははっ。わかったよ。くだらない話を聞かせたし、メシはオレが奢る」

「やった! 鎧を一式売って、二千Gまでもう少しなので助かります!」

それって、ちゃんと教会に売ったんだよな……?」


 奢るのを止めようかと悩みながら、カナリは道すがら飲食店を覗く。そのうち、自分も空腹だという自覚が出始める。昼というにはもう少しだが、早めの昼食だと考えればおかしくない時間。


『――……っ!』


 美味しいコーヒーが飲める店はないかな~と探していた矢先、大通りの喧騒から異質な声が聞こえてくる。人混みの中で一際目立つ、若い男の怒鳴り声。

 自然と二人の顔は、大通りのほうへと向く。


「なんだあれ」


 視線の先にあったのは、二頭立ての豪奢な馬車と、二人の男性だった。

 片方は、厳しい顔をした、身なりのいい老人。もう片方は、カナリより幾分年上に見える、普通の服装をした青年だった。

 見た限りでは、青年が馬車に乗り込もうとした老人を捉まえ、なにかを捲くし立てるように怒鳴っているように見える。


「あのお爺さん、見たことがあるような…………あっ、思い出しました。フルグドラムの領主をしている、貴族の当主ですね。もう一人は、知らない顔です」

「ふーん。領主に突っかかってるのか」


 カナリは、このあとに起こるであろう出来事を予想した。

 領主にたいして、青年は掴みかかるようにがなり立てている。そのうち、自警団か衛兵か知らないが出てきて、青年は捕まるだろう――と。しかし、その場面は一向に訪れないい。


「……言いたい放題ですね」

「みたいだな」


 遠くて話している内容はよく聞き取れないが、美味しいコーヒーよりかは興味を引かれ、老人と青年を見続ける。それは周りの人々も一緒なのか、耳目が増えてゆく。……が、不思議なことに、集まってくるのは旅人風の風体の人々ばかり。作業着や主婦といった、街の住人はあまりみられない。

 サラは騒ぎを無視し通り過ぎようとした作業着の通行人を捉まえ、話を聞いている。


「なんだって?」

「『いつものこと』だそうです。なんか、関わるのを避けてるみたいでした」

「これがいつものことって……おかしいだろ」

「おかしい、ですよね」


 普通ならば、即連行されるような事案。それがない。旅人にも見られ、街の印象もよくはないだろう。

 そうこうしている内に、青年の周りに、人が集まってくる。老人、主婦、松葉杖を着く男。集まった人は、青年と同じように、領主に怒鳴り声を上げている。

 ますます大きな騒ぎとなりそうなところで、やっと鎧を着けた自警団が集まり、領主と青年一行を引き離した。

 やっと終わりか――カナリも含め、周囲の人々がそう思った瞬間だった。男を乗せた一頭のウマが、領主へと近づいてくる。砂埃で体を汚した男が領主へと駆け寄ると、少しして、領主の顔つきがますます厳しいものへと変わった。


「……今度はなんなんだよ」

「あ、自警団の人がこっちにくるみたいですよ」


 領主に指示されて、鎧が筋肉で押し上げられているような筋骨隆々で大男の自警団の団員が、集まっていた衆目の前へと進み出てくる。隣には、薄汚れた男も一緒。


「――鉱山で事故が起きた! 何人か閉じ込められているようで、人手が欲しい! 誰か、手伝ってはもらえないか!」


 その団員の声には、緊迫したものが感じられた。

 隣にいる砂埃まみれの男は、周りの人々に深く頭を下げている。責任者かそれに近い立場の人間なのだろう。


「街の作業員も総出で救出にあたる! だが、それだけでは足りないかもしれないのだ! 募集は二十名! 誰かいないか!」


 しかし、誰の手も上がらない。ここに集まっているのは、旅人ばかり。自分から鉱山の事故の手伝いという、困難を背負う奇特者がいるかどうか。


「私は教会に戻ったほうがいいかもしれませんね。人手を募るってことは、それなりに大きな事故でしょうから、教会にも連絡がいくと思いますし。というか、それも前提にしての二十名なんだと思います」

「サラが行くなら、オレもついていくかな。教会には世話になったことだし、恩返しってことで。昼飯はそのあとで、だな」

「それは助かります! 今の時間だと、外回りで教会も人が少ないはず――」

「手伝ってくれた者には、給金を出す! 一人、千Gだ! 」

「――はい! はい! 行きます! 私が行きます!!」


 給金の話が出たとたん、真っ先に手を上げたのはサラだった。だが、顔を顰めたのは手伝いを募集していた団員の男。


「申し出はありがたいが、重労働でもあるし、危険もある。女子おなごをつれて行くわけには……。――このような少女も手を上げてくれているのだ! 誰かいないか!」

「……ムッ!」


 団員の言葉にムカついたのは、もちろんサラだ。サラは納得できないと、自分の背丈を頭二つは優に超える団員へと詰め寄ってゆく。


「重労働なんてへっちゃらです。危険なのも慣れています」

「しかし、だな……岩なども運ぶことになるだろうし……」

「岩くらいなんですか。ちょっと動かないで下さいね。絶対ですよ!」


 サラはそう言うや否や、しゃがんで団員の足を抱える。団員が膝に感じる柔らかい感触に顔を緩めたのは、一瞬のことだった。


「しょっと」


 気合を入れて――などということもなく、逆に気の抜けた掛け声で、百キロは越えているだろう大男が、悠々と宙に浮いた。そしてサラは、なにごともなかったように大男をストン、地面に降ろす。団員の表情は、信じられないモノを見たように、固まっている。


「これでどうです? もう一人くらい増えても、まだまだ余裕ですけど」

「……お、おおっ。だ、大丈夫だ。これだけ力があれば……うむ……凄いな……。――ゴホンッ! 力に自信がある者は、前に出てくれ! このような少女に……女性に負ける男はいないだろう! ……おらんでくれ! 頼む!」


 団員の頼みに答えるように、ポツポツと手が上がりだす。少女から女性へ言い方が変わったのは、団員なりにサラを認めたからなのだろう。少女であって欲しくないという願いかもしれない。

 サラは奇異の目で見られていることなどお構いなしに、カナリの元へと戻る。もちろん、奇異の目で見ていたのはカナリも一緒だった。できれば他人の振りをしたいとも、戻ってくるなとも思っていた。


「話はつけました! 行きましょうカナリさん!」

「あの、教会は?」

「なに言ってるんですか! 教会なんて経由したら、千Gは手に入らないんですよ!? 絶対に、その十分の一も貰えません! というか、こういうのは慈善作業になる可能性が高いです!」

「うっわ。それが騎士の言うことか」


 サラが手を上げた理由は明白。カナリと同室での一夜のため。そのためならば、教会を無視すること厭わない。サージャオからカナリを逃がすため、騎士として身を挺して守ろうとしたのがウソのようだ。

 手伝いは二十人集まったのか、大通りには急ぎ用意された馬車が到着する。


「――よし! 馬車へ乗り込んでくれ!」


 カナリは、サラの付き添いだから金はいらないと団員に告げ、大通りに集まった人に紛れて一緒に馬車へと乗り込む。サラに一緒に行くと言った手前、ここで断るのも気が引けたからだ。


「ヒマって、どこに置いてきたっけか。置いてきた覚えはねぇんだけど……あ」


 領主が乗り込む馬車に、よく見知った顔を見た気がして、カナリはまた頭を押さえる。

 騒動に巻き込まれながらも、カナリはこれ以上おかしなことが起こらないようにと、切に願うばかりだった。

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