第30話 知らぬが仏 知れば閻魔

 朝のフルグドラムの通りを、カナリとサラちゃんは歩いていた。朝といえば、どんなことを思い浮かべるだろうか。

 なんとなく空気が澄んでいる。気温が低い。太陽の光が薄い。通勤で人通りが多い。行き交う自転車や車。満員電車。

 異世界なので後半はないとしても、そんなもんだろう。


「だけどそっちは、そんなことないんだよねー。どこいっても煙」


 フルグドラムは二十四時間工場の稼動全開。空気は濁っているし、工場の熱気が伝わってくるのか気温も高い。太陽の光が薄いのは変わらないけど、それは煙のせい。

 街全体に太陽の光を遮るほどの煙なんて、こっちだったら公害だなんだと問題になってるだろうなぁ。


「別にいいだろ。ここまで酷いのも、そうそうないだろうし」

「甘いなー、カナリ。そういう考えが、地球をダメにするんだぞ。俺たち、そのツケを払ってる真っ最中」


 思わず『公害 煙 歴史』と検索しそうになった手を止めて、音量抑え目で聞こえてくるカナリの声に、俺は穴――ではなく、頭につけたヘッドセットのマイクに向かって返事を返す。


「……なぁ、これ。片耳が聞こえづらくて……あと、なんか声が近くて……」

「慣れろ。使ってれば慣れる」


 カナリの耳には、つけていても目立たないくらい小さなイヤホンマイク。コードは服の中をとおり、穴から机の上に置いてある、充電中の俺のお古のスマホに繋がっている。

 これが俺の考えた、カナリと連絡を取り合う手段。

 お古なので電話やメールといった元の機能は使えないが、無線の電波を拾えれば、無料のアプリを使って同じことができる。試しに使ってみたが、特に問題はないようだ。機種交換のときに、ショップに返してなくてよかった。

 スマホは俺の部屋に置いてある無線LANの電波を拾うように設定してあるし、穴の近くなら、カナリが持っていても連絡を取り合うことができるだろう。……まぁ、文字が違うよめないのでメッセージは送りあえないが、通話ができれば十分十分。それだけなら、決まった場所を数回押せばできるからね。


「外の様子も見れるようにライブカメラも欲しいところだったけど、それじゃカナリが目立つしなぁ。目立たないくらい小さいのもあるにはあるけど、それは高いし……」

「そっちの世界って、本当に色々と違うんだな。大陸こっちじゃ、魔法使いでも遠距離の会話は難しいのに。これ、どんだけ離れても大丈夫なんだろ?」

地球こっちには魔法なんてないからな。科学サイドに発展するしかなかったんだよ。その成果が、それってわけ」


 人類の歴史は、科学の歴史でもある。生活に戦争、その全てが技術を発展させてきた。

 俺としては、センスと素質でなんでもできるという魔法のほうが凄い気がする。魔力というよくわからんモノを使って、火の玉や氷まで作れるわけだし。でも、発達した科学技術と魔法は区別がつかないとか聞いたこともあるし、芝生が青く見えてるだけなのかね。


「にしては、カナリの魔法は微妙すぎるけどな」

「道具で代用できるなら、別に魔法なんて使えなくていいよ」


 ファイヤーボールがライターなカナリさんは、言うことが違うね。使えなくていいときたか。召喚魔法は別にしても、他のが軒並み酷いからなぁ。


「なんにしても、これで、き、昨日みたいなことはなくなるわけだ」

「俺が戻ったときは、スマホが震えて教えてくれるから安心しろ。あ、ちゃんと持ってろよ。精密機器だから、落としたり濡らしたりして壊さないようにな」

「雑に扱うなってことだろ。聞いた聞いた」

「最初に見せたとき、なんだこの板って、折ろうとしてただろ……」


 そんなことはもうないと期待したい。イヤホンマイクもコードレスを考えたけど、なくされては困るので、コード付きでよかったかもしれない。ただでさえ残り少なくなったお年玉で、追加の買い物なんてしたくないからね。


「買ったものを無駄にしなくて済んだ……かな?」


 コレも無駄にならなきゃいいけど。そう思いながら、脇に置いてあった箱の中から一台のカメラを取り出す。

 大手家電メーカーが出している高性能ビデオカメラ……の型落ちも型落ちの中古品。初売りのチラシを見たときから欲しいなと思っていたが、売れ残ってくれていて助かった。使いかたはこれから覚えるとして、これでいざというときにカメラを回すことができる。

 他にも、小さな電気屋で珍しいモノが売ってたから衝動買いしたりもしちゃったり。でも、うーん……使い道はあるけど、使ったら人の道を外れてしまうかもしれない。これは無駄だったか。これはあとでしまっておこう。


「カナリさーん。いくら小声でも、ボソボソ喋ってると、変な人に見えちゃいますよ」


 サラちゃんの声が、ヘッドセットと穴から二重に聞こえてくる。

 変な人に見られないためのサポートとして、サラちゃんと一緒に歩いてもらってたんだけどなぁ。


「まぁ、試しは終わったからいいか。カナリ、宿屋に戻るかおれを出しても問題ない場所に行ってくれ。スマホの充電も終わったし、そこで渡すよ」

「りょーかい」


 アプリの通話を終了させ、あとのことはカナリに任せる。

 昨日みたいに人の入ってないような店だとありがたいけど、隙間から見る限り、歩いている近くにはいないみたいだ。それに、開いている店が夜とは違う。二十四時間営業ではなく、人と同じように店も昼と夜でシフトしているのか。


「カナリさん。あの宿屋はどうですか?」

「別の宿屋をとるのか……って!? 却下だ却下!」


 早足でその場を立ち去ろうとしているのか、見えている景色が速く通り過ぎる。その中でチラリと見えた宿屋は、まぁ……ピンク色の看板をしていた。もうあれか。ストレートか。直球で勝負を決めにきたか。

 そりゃカナリも断るよ。それに俺も困る。まだビデオカメラの充電が済んでないの。


「あそこでいいだろ。ほら、入るぞ」


 カナリが選んだのは、普通のカウンター席と、テーブルが個室作りになっている食堂だった。食堂っていうか、飲み屋かな。夜勤明けなのか、木製のジョッキを持った赤い顔をしてる客もいるみたいだし。

 一番端のテーブル席に陣取るとカナリとサラちゃんはなにか注文し、飲み物とサラダが届いたところで穴を取り出す。


「いつもすまないねぇ、カナリさん」

「ホントだよ。シオンがいると普通の席に座れねぇ」

「……いや、ごめんね」


 注文した飲み物――たぶん匂いからしてフルーツのジュース――をカナリは飲みながら、迷惑そうな顔をこっちに向けてくる。

 そこは、いいんですよおとっつぁん、じゃないのか。そのネタ自体知らないか。そりゃそうか。異世界だった。


「本当ですよ。二人だけの旅のはずなのに」

「俺がいなかったら、こうして旅をすることもなかったはずなのに、なんていい草だ」

「……?」

「はいはーい。頭にハテナを浮かべない」


 どうやらサラちゃん、カナリと一緒にいられるということ以外は、どうでもいいことのようだ。忘れるなよ。”俺“とカナリを守る護衛なんでしょ。


「忘れないうちに渡しとく。はい、カナリ。操作を忘れたりわからないことがあったら、宿に帰ってから聞いてくれ」

「おー。これでどこでも話ができるとか、やっぱり信じらんねぇ」


 スマホを受け取ったカナリは、上着の胸辺りにある内ポケットにしまう。あの位置ならイヤホンマイクも使いやすいだろうし、気付かないということもない……といいなぁ。歩いてたりすると、マナーモードのバイブって気付かないことあるし。鳴らし続けてれば気付くと期待しよう。


「それで、他になにを買ったんだ? なんかゴソゴソやってただろ」

「マイクの感度がよすぎたか。買ったのは、コレね」


 充電コードを繋ぎっぱなしのビデオカメラをカナリに見せる。ついでに録画も開始。カメラについた小さな画面には、不思議そうな顔をしているカナリと、サラダを食べながらチラチラ見ているサラちゃんが映っている。RECの文字も出てるし、録画は大丈夫そうだ。


「なんだその箱」

「こらこら、レンズに指をつけるな。汚れる」


 しょうがなく録画を停止し、レンズを買ったサービスで貰った布で拭く。再生してみると、ちゃんと撮れているようで一安心。屋内モードとかあるんだろうけど、オートで十分みたいだな。


「なぁなぁ! なにやってんだよ」

「録画の確認。見てみるか?」

「……おお! オレがいる!」


 目を輝かせながらカナリは画面を見入っている。

 そういや、カナリに見せたこっちのモノは、食い物関係や毛布や油なんかの日用品だけだったっけ。そりゃ最新の家電なんて見せたら驚くか。

 その驚いた顔を見れただけで、高い金を出してカメラを買ってよかったと、そう思えるから不思議なもんだ。カナリに渡したスマホでも同じことができるって言ったら、どう思うだろう。


「これ、動く写真なのか?」

「そんなとこ。魔法はもちろん使ってないぞ」

「へぇ~~……こっちじゃ写真って、高い金を出して魔法使いが紙に描くもんだからさ」

「そっちの写真は、念写なのか」


 やっぱり魔法があると、科学技術ってのは発展しにくいのかもしれない。魔法でできることは魔法で。写真も魔法で写すもの、みたいな固定観念も生まれちゃうだろうし。


「シオン、これでなにするんだ?」

「……オモイデ、ダイジ。オレ、キロク、スル」

「あー、穴もそのうち閉じるかもしれないからな。で、思い出は大事だけど、なんで棒読み?」


 言えないからです。察してください。でもあんまり察しないで。


「びでおかめら……カナリさんとの……おもいで……ふひっ!」


 サラちゃん、キミは察してないで自重しなさい。


「その小さいのもカメラか?」


 手元に置いてあった、あとでしまおうと思っていたモノを、穴から手を伸ばしたカナリが持ってゆく。それは、厚さが一センチもない、手の平サイズのプラスチック製の板。ビデオカメラより、そっちのがマズい。


「それは、エチケット……いや、呼び鈴?」

「叩けばいいのか」

「ある意味、間違っちゃいない。真ん中にボタンがあるだろ? そのボタンを押すと」

「これか」


 最後まで人の話を聞かず、カナリの指がボタンを押す。

 ジャジャジャジャーン!! と、音が店内に鳴り響く。なぜに運命か。皮肉過ぎるだろ。


「う、うるさ!」


 思わぬ音量に、体がビクリと反応してしまう。ここじゃ押すなって言う前に押しやがって。

 音楽が鳴り止むと、シーンとした店内から、バタバタと人の足音が聞こえてくる。


「やべっ、店員か!?」

「カ、カナリさん! シオンさんを見えないところに!」

「あ、ああ!」


 慌てて穴を掴んだカナリは、服の中ではなくテーブルの下に穴を隠す。

 残念。テーブルの下にいるっていうのに、カナリはズボンだ。反対にはスカートのサラちゃんもいるけど、サラちゃんだしなぁ。絡みは見たいけど、単体はいいや。


「……お客様。店内での演奏は、迷惑となりますので」


 なんとも機嫌の悪そうな店員の声だろうか。店内で楽器を演奏されたりしたら、怒るのも当たり前だろうけど。


「わ、悪い。それに演奏じゃなくてだな……連れが鎧を落としたんだよ! ちょーっと、リズミカルな感じで」

「――えはっ!? そ、そうです! すみませんでした。こう、イイ感じに手甲が落ちちゃってですね。ジャジャーンと」

「は、はぁ……さようですか……」


 テーブルの前を、店員がウロウロしている。楽器を探しているんだろうな。手甲が落ちただけで運命が作曲されるとか、どういうことだよ。俺だって探すわ。


「ね? そう思うよね?」


 テーブルの下を覗き込んできた店員に同意を求めても、ダメかな。ダメだよね。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!?!? か、顔が! 下に顔が落ちて!!」

「じゃ、お会計で。釣りはとっとけ!」


 俺ごと穴を掴み上げて小脇に抱えると、カナリとサラちゃんは急いで店を出る。店員は慌ててはいたが、カナリたちを追ってはこないようだ。よかった。

 前はサラちゃんに見つかって剣を突きつけられたりしたし、散々だな。なにもしてこなかったカナリが天使のようだ。


「シオンと一緒にいると、なんでこう騒ぎになるかね!」

「しょうがない。運命だと思っていいんじゃないの」

「こんな騒がしい運命とか、望んでないんだけどなっ!」


 それは俺も一緒だ。

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