第28話 シオン、バイトを探す

 次の日の早朝。両親が帰ってくると、俺とリッカは両親に連れられ、すぐに祖父の家に向かうことになった。

 そんでもって、バレました。それはもう、あっさりとバレましたとも。謝るのは爺さんの家に着いてからでもいいかなー、なんて軽く考えてたら。


『あれ、ガソリンが……』


 親父が車の中で放った一言。

 ハッキリ言って、俺の親父は抜けているところがある。出張から帰ってきて、車にガソリンがなくても、そこは誤魔化せると思っていた。

 俺は別段、変な反応はしてなかったはず。なのに母さんは俺に目をつけ、不機嫌なプレッシャーを放ち、気付けば俺は全てを白状していましたとさ。

 もれなく、先月分の光熱費は全部、俺が払うことに。お年玉を全額渡すか、小遣い半年なしか選べと言われた。結果、目先の金は必要だし、小遣い半年なしを選んだわけだけど。

 だから俺は、小遣い分のお金を稼がないといけません。お年玉の使い道はもう考えてたし、それに頼るわけにはいかないのだ。いやー、隠しごとはダメだね。なんでバレたんだろ。

 ……おっと、いたいた。俺の金づる。

 俺はゆっくりと、爺さんの縁側で煙草を吸っている男の隣に立つ。


「おう、ちょっと金よこせ」

「口の聞きかたに気を付けろ。ぶち転がしてロードローラーで熨斗烏賊ノシイカにすんぞ」


 百九十近い身長から見下ろし、隣に並んだ俺に鋭い眼光を向けているのは、親父の弟の神楽レンガ。つまり叔父さん。強面こわもての顔に短髪。日に焼けた肌。筋肉質で身長もあるので、睨まれると威圧感がハンパない。


「すんません。すんません、レンガ叔父さん。ホントに今月ヤバイんすよ。どうにかしないと、母さんに殺されるんす。俺、まだ死ぬわけにいかないんす」

義姉ねえさんの機嫌が悪いと思ったら、オマエの仕業か。……で、なにしたんだ」


 異世界で魔物を燃やしてました――なんて言えるわけもなく。家に引いてあるガスで風船を作ってたのと、灯油を全部使い切ったこと、親父の車からガソリンを抜いたことだけを、叔父さんに話す。


「……マジでなにしてんだ。家の数軒は火事にできるぞ」

「変なことには使ってないよ。人助けで、ちょっとね」


 うん。ウソは言ってない。人助けってのも本当だし。


「迷惑かけんのは子供ガキの特権だとしても、事件は起こすんじゃねぇぞ」

「起こさないって。叔父さんじゃあるまいし。……なにしたかとかは、聞かないんだ」

「間違ったことはしてないんだろ。だったら聞かないでおいてやる」


 おお、優しい。それとも、叔父さんにも聞かれたくない過去ってのがあるからなのかな。

 レンガ叔父さん、今じゃ気のいいおんちゃんなのだが、昔は色々と無茶をやっていたらしい。親父も手を焼かされたと、親戚で集まって酒を飲むといつも愚痴っていた。


「明日から現場は入ってるが、冬休み中は勘弁しといてやる。休みが明けたら、土日がなくなるくらいは覚悟しとけ」

「それくらいでいいんだ」

「ガキの小遣いくらい、土日に働けばいいだろ。そうそう、新しい重機を買ったから、運転教えてやる。今度のはスゲぇぞ? ブルドーザーなんだが、現場で組み立てるタイプの超大型。重量も出力も今までとは段違いだ」

「また買ったの。さすが社長。金持ってるね」

「これでしばらく、贅沢はできなくなったけどな。がっはっはっはっ!」


 悔いはないと言わんばかりに、レンガ叔父さんは笑う。

 この人、こう見えて建設会社の社長なんてやっている。俺も時々、そこでバイトをさせてもらっているというわけだ。鉄パイプを拾ってきた廃工場を知っていたのも、叔父さんのところでバイトをしていたおかげ。

 結構大きな会社らくし、従業員も沢山いる。それでも自ら現場に出たがるわ、新しい重機が出たら買うわで、困っているのだと、叔父さんの秘書をやっている女性が話していたのを思い出す。免許を持ってない俺に運転を教えたがるのも、いかがなものか。でも、でっかい重機はロボットを運転してるみたいで楽しいのは否定しない。


「重機もいいけど、嫁さんは? 今年で三十七とかじゃなかったっけ?」

「うるせぇなバカ野郎。俺はまだ遊んでたいんだよ」

「遊んでたいって……こりゃ秘書さんも大変だ」

「ああん? なんで今、アイツの話が出るんだ」

「なんででしょうねー」


 それは、言わぬが花というやつだろう。

 見ている周りからすれば、秘書さんが叔父さんに惚れてるのは丸わかり。いつくっつくのか、従業員が賭けているのも知っている。ちなみに俺は、四十辺りでくっつくのに賭けている。だからあと三年は待ってね、秘書さん。


「バイトは休み明けでいいとして、一回くらいは休み中に事務所に顔出せよ。マニュアル読ませてやる。ついでにリッカも連れてこい。女子高生がいると、従業員あいつらの仕事の効率が上がるんだ」

「りょーかい。近いうちに事務所に行くよ。リッカには自分で話してね」


 女子高生というか、社長の姪っ子だから人気じゃあるまいか。リッカと付き合うなんてあれば、社長の親戚になれるんだから。露骨にそんなのが沸いて出るから、リッカはあんまり行きたがらないんだけど。


「リッカを連れてきたら、臨時ボーナスも考えてやろう」

「よっし任せろ。騙してでもリッカを連れて行く。絶対にだ」


 リッカは現場のアイドルだからね。顔を見せに連れて行かないとね。へへっ!


「……で、だ。シオン」

「リッカなら心配しなくてもいいって。俺が責任もって連れてくから」

「リッカじゃねー。オマエだ」

「俺? 俺ならちゃんと行くよ。金も稼がなきゃいけないし、顔なじみも何人かいるからねー。あ、みんなからお年玉とか貰えちゃったりして? そしてたら、バイトしなくてもよくなるかもなー。いやー、持つべきものは人脈? 年上の知り合い?」


 なんたって、周りはみんな社会人なわけだし。そして俺は、社長の甥。役員室にでも突撃してみればいいか。例えお年玉が千円だったとしても、十人からもらえれば一万円だ。倍ならその倍。いやー、夢が広がる。そうすりゃ俺の生活は――


「本当に、なにも聞かなくていいんだな?」


 ――どうなったとしても、大波乱が待っている。


「…………ありがとう。でも、大丈夫だよ」

「そうか。もし話したくなったら、電話しろ。聞くだけ聞いてやる。俺じゃなくても、兄貴でも義姉さんでもいい。リッカでもな。誰かに話せ」

「聞かないって言ったり、話せって言ったり。おせっかいだな、叔父さんは」

「おう。大人だからな」


 そう言って、叔父さんは煙草を携帯灰皿に落とし、部屋の中へと歩いてゆく。

 誰かに相談したい気持ちは、もちろんある。でも……


「話したからって、信じてもらえるとも思えないし」


 夢、空想と一蹴されるのがオチ。それに、証拠は俺の部屋に転がってるけど、誰にも見せる気はない。こっちで騒ぎになるのは、カナリにも迷惑がかかるから。あー、そうだ。穴は別にしても、ゲームのことは親父に聞いとかないとな。

 にしても……


「……俺って、顔に出やすいのかね?」


 母さんにもやったことがバレたし、どうなんでしょう。

 顔を触ってみるが、自分じゃなにもわからないな。


「――シオンー! あ、いた! なに自分のほっぺなんて触ってんの。そんなことしてないで、お節料理運ぶの手伝ってよね。今年は三日遅れで、お爺ちゃんの機嫌も悪いの。いい孫アピールしないと、お年玉に響くよ?」

「そりゃマズいな。……なぁ、リッカ」

「なによ」

「わたし、キレイ?」


 自分の頬を横に引っ張り、唇を思いっきり伸ばす。


「……それ、マスクしてるときに言うことじゃない?」

「お、よくネタ知ってたな。口裂け女なんて、親父たちの世代の都市伝説だぞ」

「父さんの書斎にあったマンガに載ってたからね」

「ネタの仕入れどころは一緒か。さすが兄妹」


 たしか、一昔前にドラマ化して大コケしてたやつだった気がする。

 小さな頃は、人形なんかのおもちゃは別にしても、絵本やらマンガは共有財産だったからな。親父の持ってるマンガなんか、俺もリッカも読破済みが多い。


「……兄妹だって言うなら、わたしに相談すればいいのに……」

「なんぞーたか?」

「なんでもないっ! ほら、早くいくよ!」


 リッカに手を引かれ、台所へと連行されてゆく俺。

 ……はぁ。双子のテレパシーなんて信じてないけど、やっぱり家族には、バレバレなのかねぇ。いや、なんとも。


「そうだ。レンガ叔父さんが、休み中に事務所に顔出せだって」

「え、ヤダ。あそこの人たち、露骨にわたしの機嫌を取りにくるんだもん」

「俺に臨時ボーナスが出る。半分やろう」

「考えてさしあげましょう。あと、半分じゃなくて六は寄越しなさい」


 うん。やっぱり俺の妹だ。

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