二章 錬鉄の街 フルグドラム

第27話 月陰る鍛冶の都

 廻る馬車の車輪が鳴らす、音が変わる。

 岩を削った石の山かたい道から、森の中の土を押し固めた街やわらかい道へと。

 魔物モンスターを警戒しつつ早駆けで馬車を走らせていたが、トキレムの街を朝に出たというのに、もう夜だ。移動に一日かかるというのは本当のようだ。

 三十分ほどすると、森を抜け、景色は草原へと変わる。そこからさらに数時間。草よりも濃い土の色が広がる地面の中に、フルグドラムの街が見えてきた。

 トキレムの街にあった街壁よりも高い、堅牢そうな石造りの壁。大きな街門。

 街門を抜けると、もう深夜だというのに、街中には煌々と明かりが灯っている。

 教会の厩に馬車を停め、外に降りると、違いがよくわかる。

 前の街トキレムも深夜に開いている店はあったが、そんな比じゃない。街の中心にそびえ立つ大きな建物からは、隙間から燃え盛る炎の光が見え隠れしている。出歩いている人の多さもトキレム以上。客が順番待ちしている露店もある。


「……そして、煙も多いと」


 異世界と繋がったディスプレイの穴から、微妙に焦げ臭いにおいが漂ってくる。向こう側の穴はカナリの服の中にあるのだが、それでも隙間から入ってきている。

 空を見てみると、街道を走っていた最中は輪郭がはっきり見えていた月も、妙にボヤけている。煙の出所は、中心にある建物か。外からわかるくらいなにか燃やしてるんだから、煙も凄いんだろう。


「セリに説明されただろ、シオン。錬鉄の街フルグドラム。鉄を溶かしている光が外に漏れ、煙で月が陰る街。別名、鍛冶の都」

「そうだけど、つい口が勝手にね」


 街のことは道中、犬耳の獣人族の少女、セリトフィラセリたんに聞かされている。思った以上だったから、口に出てしまっただけだ。忘れていたわけじゃない。

 近くにある山からは多くの鉄鉱石が出る。上質の鉄なら武器に、低ければ他の日用品なんかに。加工し輸出するのが、この街に住む住人の主な生業。

 鉱石から鉄を取り出す溶鉱炉の温度を落とさないため、人は昼夜問わず交替で働き、その人の動きにつられるように、露店を含め多くの店が開いている。パッと見は飲食店が多いようだが、雑貨屋やアイテムを売っているような店も見受けられる。


「もちろん他のところでも武器は作られてますけど、人界ファーラのどこにいっても、この街で作られた武器はあるでしょうね。量産品ながら、質も高いって評判なんです」

「ふーん。そんなに輸出してるんだ」

「この辺りで教会騎士が使う武器も、ほとんどがフルグドラムで作られているんですよ。カナリさんが持ってるレイピアも」


 サージャオとの戦いで使ってから、借りたままになっているレイピア。

 餞別というわけじゃないが、正式に譲り受けた品。使いこなせているとは言い難いので、カナリも持て余しているようなのだが。


「金のほうが嬉しかったけどな」

「街の復興でそれどころじゃないって話だったろ。サージャオが逃げたせいで騎士も増やすって話だし。サラちゃんがこうして一緒に旅をしてくれるんだから、あんまり文句いうなよ」


 トキレムで(俺の家の品を売って)稼いだゴールドはほとんど残っているし、金に困ることはないだろう。

 それに通常の戦闘能力が皆無のカナリには、サラちゃんという騎士がついてきてくれるのはありがたいことのはず……だけど。


「そうですよ! これからずっと一緒ですね!」

「あ、うん……そだね」


 サラちゃんに手を握られ、微妙に引き攣った顔をするカナリ。

 ……まぁ、それが一番の問題だったりするのだけど。


「カナリさん、疲れてるみたいですね」

「そうかな。そーでもないと思うんだけど……」

「いいえ! いつもと違うニオ……ふ、雰囲気がします! 移動疲れというか、窮屈さに嫌気が差した汗というか。いつもの芳醇さがないです。さぁ、早く宿を取りましょう!」


 はっはっはっ。最初から飛ばしおるこの娘。

 さすが顔がよければ男女関係なし。しかも匂いで性別が判別できる変態サラちゃん。とうとう、匂いで疲れ具合までわかるようになったか。いつもの芳醇さって、どんな匂いだ。

 教会で騎士をやってるより、別の仕事のほうが向いてるんじゃないかと思う。ほら、ヒヨコの性別判定とか。あれ難しいらしいし。んで育てよう。ニワトリ、カッコイイじゃん。顔がキリッとしてて。そっちじゃニワトって名前で、長い首が三本ある不思議生物だけど。


「なんですかシオンさん。そんなにジロジロ見ても、私の心はカナリさんだけを向いてるんですからね。相変わらず童貞臭いですよ」

「そんな意味で見てないからね!? あと童貞関係ないよ!」


 そのうえ処女とか童貞も嗅ぎ分けられるってんだから、さらに性質たちが悪い。

 たとえ彼女が欲しかったり彼女が欲しかったり彼女が欲しかったりしても、サラちゃんを選ぶという選択肢はない。絶対にない。


「でもセリたんがどうなのか教えて下さいお願いします」

「いい加減にしとけ、シオン」

「あっはぁぁぁぁいぃっ!?」


 指が! カナリの指が俺の目に!!

 顔を引いた拍子に椅子から落ちたおかげで刺さることはなかったけど、目の表面を指が撫でてったぞ!


「やめよう、もう目はやめよう! そろそろ失明してもおかしくない……!」

「シオンがバカなこと言わなくなったらな。セリはどうみても女だろうが」

「あ、うん。そうだね……」


 そういやカナリは、サラちゃんが処女や童貞を嗅ぎ分けられるってのは知らないんだった。危ない危ない。処女だってバレてるなんて知られたら、カナリに殺されるかもしれない。あとサラちゃんにも殺される。だからサラちゃん、その目やめて。一日に何度その目になれば気が済むの。


「わたしがどうか~、しましたか~?」


 自分の背丈くらい大きな荷物を背負っているセリたんが、目の前に、きました。荷物が大きいせいで、元から小柄な体が、ますます小さく見える。うん、可愛い!


「なんでもないよセリたん。ああ! 俺がそっちにいたら、荷物を持ってあげられるのに! 隣を歩けるのに! 他にも色々できるのに! 手しか伸ばせない俺を許してくれ!」

「気持ち悪いなシオン」

「気持ち悪いですねシオンさん」

「…………さぁ~、みなさんいきましょうか~」


 期待どおりの反応を、ありがとう、ありがとう。無視して話を進めようとしてるセリたんの反応が、一番心を抉ってる。……にしても、せっかくバカをやってるんだから、もうちょっと期待を裏切った反応が欲しかったところだよ。あ、強がりとかじゃないから。言ったことも、二割くらいはウソだし。


「なんだシオン、泣いてんのか?」

「な、泣いてねーし!」

「ならいーや。よし、今日の宿を探すか」

「いやいやいや! もうちょっと絡もうよ! 俺がバカ見ただけじゃん!」


 そろそろ本気で泣くぞ。かといって、これ以上俺がなにか言っても無視されるだけか。悲しいけど、わかってる。


「……はぁ。宿って、この人数で?」


 トキレムから教会の騎士に護衛してもらいながら、フルグドラムまできた。俺たちを合わせると、二十人近い人数になっている。そんな人数で、いきなり宿が取れるだろうか。


「あ、それはご心配なく。護衛でついてきてもらった騎士は、教会に泊まることになってます。カナリさんたちもどうですか?」

「オレも教会に? うーん……オレはいいや。教会の神父には挨拶くらいさせてもらうけど、せっかく新しい街にきたんだ。見学がてらブラブラと宿を探すことにする」

「そうですか。セリちゃんはどうします?」

「わたしは知り合いが街にいますので~。そこに泊まる予定です~」


 セリたんが教会に泊まるなら、俺もカナリを説得して教会に泊まるところだったけど、知り合いのところに泊まるのか。なーんだ。で、その知り合いって男ですかね? 俺も”あいさつ“しときたいんだけど。


「ちなみに、私はカナリさんと一緒です。今の私は、カナリさんの騎士ですから。できれば、宿の部屋はツインで……それで~、一緒にお風呂に入って~、『きゃ! そんなところダメです。カナリさん』『いいだろ、サラ……』『優しく、してください……』というシチュエーションを希望します!」

「駄々漏れだぞサラちゃん。それは俺が全力で阻止するから」


 ずいぶんはっちゃけたなぁ。いやね、サラちゃんがカナリを好きだってのは、口に出してなくても周知の事実だったけどさ。もうさ、完全に狙ってきてるね。でも、俺がいいカメラを買うまでは、やらせはしないよ。あと、カナリに合意はとってね。


「一緒の部屋か……半分、金を出すなら、まぁ」

「ほ、ホントですか!? 言質とりましたからね! よっしゃあ!」

「よっしゃって……もう少しつつしみを持とうよ、サラちゃん……」


 うーん。サラちゃんは素材がいいのに、残念すぎる。美人だし、胸もふっくらと膨らみ女性らしい。なのにコレなのがなぁ。


「んじゃ、教会に挨拶して宿を探しにいくか。シオンは教会を出たら、大人しくしてろよ」

「わかってるって。面倒は俺もゴメンだ」


 そうして俺たちは護衛してくれた騎士の面々にお礼を言いながら、教会の中へと入っていった。



 ――――そして二時間ほど後



「あ~~~~……つっかれたぁ……!」


 チェックインした宿の部屋の中。カナリはキングサイズはあろうかというベッドの上で、風呂上りの湯気をホカホカさせながら、大の字になっていた。

 気に入ったのか、俺のあげたバスローブを着ている。無防備に寝っ転がるもんだから、チラチラ下着が見えそうでこっちが困る。いや困らない。もっとやれ。


「あー……サラちゃん、涙目だったな。血の涙を流す勢いで」

「半分出せなかったサラが悪い」

「そうなんだけどさ」


 結局詳しいことは教えてくれなかったセリたんと教会の前で別れ、開いている露店で買い食いしつつ、探し出した宿屋の一室。カナリはサラちゃんに、部屋代の半分を出せといった。んで、カナリが選んだ部屋というのが……


 広い室内は無臭で、外の煙臭い空気なんて微塵も感じない。真っ白なシーツが敷かれた、無駄にでかいベッド。細かい装飾のされたシックな木製の机に椅子。しかも机の上にはサービスの果物の盛り合わせ。磨きぬかれた鏡のはめられた化粧台。天井で光っている照明は油のランプではなく、マジックアイテム製。明るさも段違い。使っていないが、暖炉もある。


 カナリが泊まると決めたのは、見つけた宿で一番、高級な部屋。スイートルーム。そのお値段なんと、一泊四千G。トキレムで泊まっていた一人部屋の五十倍。

 財布の中を見て絶望するサラちゃんを見て、ちょっと同情してしまった。


「一日中馬車に揺られて疲れてたし、中でずっと話してたからさ。夜くらいはゆっくりしたかったんだ」

「だからって、こんな高い部屋とか。すぐに金が尽きるぞ。バカじゃないの?」

「いいじゃん。どうせ、あぶく銭だし。パーッと使わないと。一回、こういう部屋に泊まってみたかったんだよねー」

「元が俺の家のモノを売って作った金じゃなけりゃ、同意したいとこだけどな」


 しかも、俺は見てるだけだし。机の上に置かれた穴から、木の感触を楽しむことしかできない。これはいいものだ~とか言えばいいのか?


「あんまり文句ばっかり言ってると、モテないぞ」

「うるせぇよ。カナリは……モテてるな」

「ははっ。羨ましい?」

「別に。だって相手はサラちゃんだし」


 体を起こしベッドの上であぐらをかいたカナリの肩から、青い髪がさらりと流れる。今は、いつも頭の後ろで結っている髪をほどいている。前は風呂上りでも、乾いたらすぐに三つ編みにしていたような。


「……なんだよ。なんか変かよ」

「変ってことはないだろ。そっちのほうが女の子っぽくていい」

「ん……そうか。あはっ。ならいいや」


 なにか満足したように、カナリはひとりで頷いている。

 実際カナリは、髪を後ろで束ねて男装しているときは中性的な顔も相まって、異性という感覚が薄くなりがちだ。男っぽくあろうと振舞っているのも原因だろう。

 ただ、こうやって髪をほどき、気を張らず笑っている姿を見ると、年相応の女の子なのだと改めて認識させられる。顔もいいもんだから、見た目だけなら普通に美少女。もうちょっと言葉遣いに気を使ってくれたら、完璧だろう。


「いい目の保養ということにしておこう」

「んぐ……シオンを喜ばすためにやってるんじゃないぞ」

「はいはい。さよけ」


 じゃあなんで……なんて聞く気はない。素直に答えるとも思えないしね。どうせ気分なんだろう。女だってのを自分でも忘れないようにとか。

 まぁ? 俺の目の保養は、あぐらをかいてるその格好もなんですけどね! 男の夢てんごくは、あの三角地帯に、あるんだ!


「……そうだカナリ。やっぱり移動を急いだのって、追っ手を巻くためか?」

「じゃなかったら、もうちっとトキレムでゆっくりしてたよ。本当なら、もっと早くフルグドラムにきてるはずだったし」


 やっぱりそうか。前の戦いから二日。たった二日。強行軍すぎるとは思ったが、そんな理由ことだろうと俺も止めなかった。

 カナリは、蒼戒そうかいのマーニデオと呼ばれる魔女の一族から逃げ出してきた。世の理――カナリが言うには、外の世界――に干渉するなという戒律を破ってまで。男装している理由も、魔だということを隠すため。

 マーニデオの追っ手が本当にいて、見つかったら殺される可能性が高い。だから、戦いの疲れが抜けないうちに、さっさと移動したと。


「くぁぁぁぁ……っ。シオンー……今、何時?」

「もう深夜も深夜。あと何時間かしたら日が昇る」

「……なんだろ、すっごく眠い」


 カナリの頭が、くらくらと揺れている。

 それはしょうがない。一日中移動だったし、疲れも抜けきっていない。今は深夜で、体が疲れていて、買い食いで腹も満ちているとなれば、眠くなるのも当然だ。


「寝ろ寝ろ。疲れてるんなら寝ちまえ」


 そう言って、カナリはまた大きな欠伸を一つ。あ、喉ちんこが見えた。


「シオンは明日、どうするんだ? なんか用事があるって、言ってたよね」

「明日は……ってか、もう今日か。朝に親が帰ってきたら、妹(リッカ)と親戚の家に新年の挨拶にいくから、合流するなら夕方過ぎになるかな」

「そっかー……なら、明日の昼間は……街の見物でもしてる、かな……」


 カクンと、カナリの頭が眠気に負けて大きく動く。ベッドに頭突きをしかねない勢いだな。


「寝るなら、ちゃんと横になってタオルをかけろ。風邪引くぞ」

「うー……うるさいなぁ……変なことするなよ……」

「しないからさっさと寝ろ」


 カナリはもそもそと横になりタオルに包まると、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。


「おやすみ、カナリ」

「んーー……」


 寝言なのか、俺の言葉に反応したのか。思わず緩みそうになった頬を、強くつねって押さえこむ。

 俺は穴から腕を伸ばして部屋の中を移動すると、壁にある照明のスイッチを押す。部屋が暗くなったのを確認してから、穴から手を抜いた。おっと、ついでにドアの鍵も確認っと。サラちゃんだれかさんが入ってこないとも限らないし。


「……最初に会った日も、部屋の中でグダグダと話してたな。そういや」


 外では人目を気にしてカナリの服に隠れ、小声でしか話せない。気兼ねなく話すには、自然と夜や朝の部屋の中にいる時間だけになる。


「大手を振って外で話すなんて、できないもんな……」


 ディスプレイに空いた穴にタオルをかける。

 頭を通すので精一杯の、タオル一枚で隠れるような穴が、俺とカナリの繋がり。この繋がりは、どんな意味があるのだろうか。

 ……いや、意味なんて考えてもしかたないか。


「…………………………はぁ」


 俺も、そろそろ寝よう。親が帰ってきたら、聞きたいこともあるし、謝らなきゃいけないこともある。少しはマシな質問と言い訳ができるように、頭を休めとかないと。

 ベッドに横になり毛布を頭まで被ると、とたんに目蓋は重くなり落ちる。意識は深い泥の中に沈むように薄れていった。

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