第25話 一章・エピローグ――旅立ち

 山間の砦での戦いから二日。トキレムの街は朝から、サージャオ討伐の報告に沸いていた。それはもう盛大に。悲しみを忘れるかのように。

 俺とカナリは街の喧騒を、通りの外れにあるカフェから他人事のように眺めていた。


「……みんな騒いでんなぁ」

「脅威が去ったわけだし、騒ぐのもムリないんじゃないか?」


 外にあるテラスの一番端っこ。俺とカナリが喋ってても、見つからない位置。そうです。俺はまたカナリの服の中にいる。

 これには海より深い、山より高い理由が……


「ねぇだろ。サージャオを取り逃がしたから、勇者だって言えなくなっただけだろうが」

「はい。そうでした。ってか、人の心にツッコまないでくんない?」

「普通に口に出てたからな」


 また口に出してたらしい。

 ……まぁそういうこと。おかげで、俺は隠れたままです。


 ――カナリが気絶した直後のことだ。片腕をと顔半分を欠き、脚のほとんどを失うまで無抵抗だったサージャオが、急に動き出し逃げた。血だらけの体のどこにそんな力が残っていたのか、サラちゃんや他の騎士の追撃をも振り切り一目散に。それこそカナリも真っ青な逃げ足だった。

 俺たちはその報告を野営も挟まず急いで街に帰り、教会に持ち帰った。その結果、サージャオの傷の様子から再起は不可能だろうと教会は判断し、サージャオは倒されたと街には発表した。俺もサージャオの最後の姿を見ていたからわかるが、半生半死どころか二生八死くらいに感じたし、その発表は間違ってないと思う。死んだと発表しなかったあたりは、やらしいとこだけど。


 そんなわけで、真実を知っている俺たちは街の騒ぎに混ざる気も起きない。


「本当に大丈夫なのかね」

「そう発表しちゃってるしな。教会は裏で人を集めて、大規模な山狩りをするって話みたいだぞ」

「他の教会からも騎士を集めてってやつな。サラちゃんから聞いた」


 というか、その話を聞いてたとき一緒にいたじゃん。

 他にも、山間の砦には騎士を常駐させるって案も出てるらしい。サージャオを見つけることもそうだが、二度目の悲劇を起こさないためにも、砦を守ることは必要なこと。サージャオが倒れたことで、魔物も森に散ったことだしね。やるなら今だろう。


「……シオンは本当によかったのか?」

「よかったって、なにが」

「勇者だって言わなくてだよ。八人っていう無謀な人数で砦を取り戻したんだ。サージャオを倒せはしなかったが、魔物も結構な数を倒した。そこまで恥じるような戦果じゃない。上等すぎるほうだ。街にも歓迎されると思うけどな」


 砦から帰る途中。街から戻る魔物と鉢合わせしないよう、崖上の森の中を進んでいるときにも、サラちゃんやソロドムさんから言われた。カナリはそのとき気を失っていたから、知らないのもムリはない。


『勇者になるのか』


 遠くから微かに聞こえる除夜の鐘を耳にしながら、俺は考えた。考えて、考えて――答えを出した。


『俺は勇者じゃない。だから勇者にはなれない』


 それが俺の答え。

 別に煩悩を捨てたからというわけじゃない。勇者ってのは、勇気ある者。それは俺じゃないというだけ。俺には相応しくない。それに――


「あん? なんか言いたいことでもあるのか?」

「なんでもねぇよ。俺に勇者は荷が重いなって思ってたところ」


 俺より相応しい奴がいるからね。


「……あ、そうだ。よく考えるとさ、サージャオって一言も勇者のこと言ってこなかったよな。もしかして、知らなかったとか?」

「そうだっけか。たしかに、シオンを見てもなにも言わなかったな。母親の仇のはずなのに」

「仇は俺じゃなくて、十年前の奴だけどな。しかも従者のほう」


 疑問はまだある。

 無抵抗だったサージャオは、なぜ急に逃げだしたのか。サージャオをあそこまで育てた奴は誰なのか。なぜそいつは、サージャオを助けに現れなかったのか。

 疑問が残る結果ばかり。

 ちなみに、他にも頭が痛い問題が残っている。主に俺の頭が。


「……あ~……よく考えると、いやよく考えなくても俺、怒られるだろうなぁ……」


 サージャオとの戦闘で使った風船とペットボトルは、俺の残り少ない小遣いとゲームを売って買った。ペットボトルロケットの部品は物置に転がってたし、鉄パイプもこっちにあった廃工場から勝手に拝借してきた。他の道具は教会から借りたり貰ったもの。そこまではいいとして、ガスとガソリンと灯油がなぁ……。

 親が帰ってきたら、なんて言おう。ガソリンは親父に、元から入ってなかったとか言えば誤魔化せると思うけど、ガスと灯油は請求書がくるだろうし……。来月どんだけ請求されるか考えただけで、戦いとは別の意味で体が震えてくる。


「しゃーない……素直に謝ろう……」


 悩んだとしても、前に進まなきゃいけない。疑問に捕らわれて、立ち止まっているヒマもない。しばらく小遣いがもらえないくらいは、覚悟しておこう。いざとなれば、カナリが持っているゴールドが換金できないか考よう。


「次の街への出発は、今日だっけか」

「だな。次の街――フルグドラムまでは、教会の騎士が送ってくれるってよ。十五人くらいつけてくれるって」

「無事に行けそうでなにより。これは必要なかったかな?」


 それは布で作られた、小さな袋。


「なんだそれ。……なんか文字が書いてあるな」

「交通安全のお守り。街に帰るまで時間があったから、初詣に行って買ってきた」

「ハツモウデ?」

「新年を祝うお祭……でいいのかな。小さいけど由緒ある神社のお守りだから、効果はあるかもってな」

「ジンジャー……由緒ある食い物のお守りってなんだ」

「それは生姜な」


 やっぱり異世界わけわからん。神社はなくてもジンジャーはあるのか。


「いらないか?」

「いる。ありがたく貰っとく」


 穴から手渡すと、カナリは手に持ったお守りを、不思議そうに眺めている。


「売るなよ?」

「売らねぇよ。……困ったとき以外は」

「困ったときに役に立つなら、お守りも本望だろうさ」


 こっちの神様が、そっちまで天罰を与えに行くとは思えないし。


「そろそろ時間だ」


 カナリはお守りを胸ポケットにしまうと、床にある荷物を持って席を立つ。宿はすでにチェックアウト済み。あとは教会の騎士と合流するだけなのだが……


「なぁ、カナリ。最後に」

「質屋には行かないぞ」

「ガァァァァァァァァデムッッッッッッ!!!!」

「うるせえ」


 なんで? なんでなん? だってセリたんに会えなくなるんだよ? 最後にひと目くらい、いいじゃないか!!

 が、その望みは叶うことなく、カナリは街の外に出てしまう。


「カナリさーん! こっちですよー!」


 そこにはカナリを送る騎士の集団がいた。サラちゃんやソロドムさん。他に一緒に山間の砦に行った人たちもいる。そして、その集団の傍らに――


「……神よ……感謝します……」


 女神セリたんがいた。


「おいシオン。オレの前で、よく神に感謝できるな」


 知るか。渡したお守りだって、神様のご加護のモノだ。同じ神様じゃないだろうけど。

 カナリはサラちゃんを手招きして呼んでいる。事情を聞くのだろう。それは俺も知りたい。


「なんでセリがいるんだよ」

「えーとですね。神父様直々のお願いで、一緒にフルグドラムまで行くことになったんですよ」

「神父からだぁ? オレたちの事情も知ってるはずだろうに、なんで――」

「――それは~、勇者様がいるということですよね~?」


 サラちゃんの背後からセリたんの声が聞こえてくる。いつの間にか。いやホントに。ぜんぜん気配がなかったけど。


「ご安心を~。異世界からきた勇者様がいるのは~、もう知っていますから~。そこに~、いらっしゃるんですよね~?」

「はい! います! ここにいます! バレてるんなら別にいいよね!」

「ちょ、バカ! 出てくるな……あーあー」


 ……あれ、なんでそんな目で俺を見ているんでぃす? ……おや、気付いたら外に出ていた。はははっ、まいったなぁ。我慢できずに出ちまった。バレてるみたいだし、いいじゃまいか。


「あなたが~、勇者様ですか~?」

「はい!」

「おい……」


 だからそんな目で見るなって。


「わかってるよカナリ。……まぁ、勇者かどうかはわからないけど、そう呼ばれてる者です。名前は神楽シオン。シ、シ、シオンって呼んでくれたら嬉しいでっす!」

「なにがわかってるだよ……」


 しゃーないやん。だってセリたんと話せるんだぜ?


「では~、カグラさんと呼ばせていただきます~」

「ぜひシオンで」

「カグラさんで~」

「シオ」

「カグラさんで~」

「シ」

「なんでしょうか~、カグラさん~」


 ぐふぅ……セリたんが、名前を呼んでくれない……悲しい……


「カナリ! セリたんがつれないよ!」

「ちょっと黙ってろ」

「あはぁぁぁぁぁぁっ!?」


 久々の痛み! 目が! 目がぁぁぁぁ!


「ごめんなセリ。シオンは、ちょっと頭がおかしいんだ」

「そうなんですか~、おかわいそうに~。ちなみに~、たんってなんですか~?」

「シオンの世界では、可愛い女の子にたんを付けて呼ぶらしいぞ」

「はぁ~。不思議な風習ですね~」

「ところで、セリはどうしやってシオンのことがわかったんだ? ……臭いとかじゃないよな」

「違いますよ~。鼻はいいほうですけど~、そこまでわかるわけないじゃないですか~」


 やめろカナリ。その話はやめろ。サラちゃんが無表情で俺を見てくるんだよ。怖いんだよ。戻ってこいサラちゃんの目のハイライト。あと、犬型の獣人のセリたんより鼻が利くって、サラちゃんは本当に人間なの?


「商人の情報網は~、凄いんですよ~」

「……そういうことか」


 そういや山間の砦で怪我人が出たときも、サージャオの情報を自前で得て、真っ先に逃げようとしていたのは商人たちだったな。それを考えれば、教会の中に情報を流す者が潜んでいるんだろう。


「それはわかった。じゃあ、セリはなんで一緒についてくるなんていうんだ? 一緒にきても、いいことなんてないぞ?」

「ありますよ~。商売のためです~。あの毛布や~、不思議な品の数々~。ぜんぶ~、カグラさんの世界の品なんですよね~? 見たこともない文字が書いてありましたし~」

「あー……そういやそうだった。シオンとのコネ作りってことね」

「そういうことです~」

「でもなー……」


 カナリは渋っているようだが、考えてみれば、これは新しい知識を仕入れるチャンスかもしれない。


「セリたん。キミは俺の世界の商品が欲しいんだよね?」

「そうです~。質も製法も~、こちらとは段違いの技術でしたから~」

「わかった。あげられるものを見つけたら、あげるよ。その代わり、頼みたいことがある」

「おい、変なこと頼む気じゃないだろーな」


 そんなこと頼まないぞ。俺の印象が悪くなるからやめてくれないかな。いや、まぁ? 頼めるなら頼みたいところ……なわけないじゃーん。俺は紳士だからね。ちょっとモフモフさせてもらうくだいだよ。


「ゴホン……もちろん変なことじゃないよ。商人ってことは、物価や他の街の流通なんかの知識もあるんだよね?」

「もちろんです~」

「なら、こっちからお願いしたい。一緒にきて欲しい。俺は異世界の人間だし、カナリは……あー……田舎から出てきたばっかりで、お金の事情には疎いんだ」

「あ~! どおりで~!」


 セリたんが、納得したように手を叩く。手を叩く姿も可愛い。


「最初に持ってきていただいた毛布なんですけど~、本当ならもう千Gは出してもよかったところなんです~。安すぎだって怒るかと思ってたんですけど~。けど~、すぐに納得しちゃったので~」

「マジか……」

「すでにやらかしてたのね、俺たち。つまり、そういうことがこれからないよう、セリたんには一緒にきてもらったほうがいいと思うんだ。次の街までだけど、物価とかそこら辺の情報を教えてもらえたら助かる」


 苦い顔をしていたカナリだったが、折れてくれた。金は天下のまわりもの。お金に詳しい人はいたほうがいい。セリたんだし。セリたんだし。セリたんだし!


「ただ、一つだけ。俺が勇者だってのは内緒にしてるから、ひと目につく場所では話しかけないでくれ。それと、なにかあったら騎士たちの指示に従ってくれ。魔物と戦闘になる可能性もあるからな」

「わかりました~。ありがとうございます~」


 セリたんが笑いながら頷く。

 ああ、セリたんの笑顔は癒される……幸せだなぁ……。次の街までじゃなくて、ずっと一緒に旅してくれないかなぁ。


「――シオンさん、ちょっといいですか?」

「どうしたの、サラちゃん」


 サラちゃんは穴の縁に指を引っ掛け、カナリから少し離れた場所まで穴を移動させる。カナリは……セリたんとなにか話している。なんだろう、毛布の買値に文句でもつけてるんだろうか。


「俺もあっちでセリたんと話したい」

「私だって、シオンさんよりカナリさんと話したいです。なんですかあの子は。カナリさんとあんなに話して」

「話してるだけでヤキモチ焼かないでくれよ。あれ、セリたんは好みじゃないの?」

「私の好みは美形の人です。可愛い系は見てる分にはいいんですけど、手を出す気にはなれなくて」

「うん、出さなくていい。出さないでくれ。カナリも見てるだけにして」


 切実に願うばかりですよ。


「で、なんの用なのかな?」

「二つほどご報告があります」

「それは、俺だけでいい報告なのか?」

「一つはカナリさんにも関係あることなんですけど……」


 サラちゃんは肩を落とし、下唇を噛む。


「まだ落ち込んでるんだ」

「そうです。落ち込んでます。……カナリさん、私のことなにか言ってましたか?」


 サラちゃんがカナリの顔色を覗っているのには、理由がある。

 死に体だったサージャオを、倒せずに取り逃がした。そのことを、ずっと悔やんでいる。


「カナリさんがあそこまで追い詰めていたのに……!」

「サラちゃん……そんなに気にして」

「カナリさんにお礼を求める気にもなれなくて……ずっと悶々としてるんですよ!」

「そっちじゃなくて、倒せなかったほうで悩もうよ」


 変態はブレてなかった。自分に非があると悩んでるだけマシなのかな。おかげで、カナリはサラちゃんからお礼を請求されなくて済んでるんだけどね。


「わかった。気にしてるなら、俺からカナリに話すよ。その報告ってなに」

「そのですね。お二人の護衛と旅のサポートをしろと、教会から命が下りまして」

「つまり、これから一緒に旅をすると」

「そういうことです。拒否されても、ついていくよう言明されました。だから、カナリさんが怒ってたらどうしようって思っちゃって……嫌がられたりしたら、立ち直れないです……」

「うーん……」


 そこまで嫌がりはしない……と思う。きっと。たぶん。おそらく。


「さっきもカナリから普通に話しかけてたんだし、大丈夫だと思うよ。それに実は嫌がってたとしても、旅の道中も一緒なら、仲直りする機会があるってもんじゃない?」

「ですよね! きっと一緒になれますよね!」

「その前向きさは嫌いじゃないんだけどなぁ~……」


 その一緒って、どんな意味なんですかね。物理的に一緒になるって意味なら、全力で阻止するよ。


「二つ目は? 仲直りの仲介をしろとかだったら断るから。他人任せにしちゃいけない」

「違いますよ。それをシオンさんなんかに頼りません」

「なんかって……。うーん、じゃあなに」


 俺に関係する報告なんて、なにかあるだろうか。俺の世界の知識を寄越せとかだったら、サラちゃんを置いて全力で逃げることになるけど。


「六人目が見つかりました」


 頭の中で直接氷水をぶちまけられたように、頭の芯が冷える。


「……ああ……見つか……ったんだ」


 うまく歯が噛み合わない。それでも平静を装い、無理矢理声を出す。


「シオンさんの言ったとおり、ダンジョンの中の小部屋で発見しましたよ。シオンさんが見たっていう人影で、間違いなかったみたいです」

「そっか……」

「カナリさんと一緒にダンジョンに入ったっていうのは、本当に本当だったんですね。中の構造も、ピッタリ一致してましたし。入り口から少し、だけでしたけど」

「言っただろ? すぐに、外に出たって。カナリは……気付かなかったみたいだけど」


 ……それは嘘。でも半分は本当。

 俺はそのとき、入り口から少ししか進んでいなかった。そして、出たのは俺だけ。目の前で倒れた六人目を、その場に置き去りにして。カナリは、入り口近くで部屋になんか入っていない。知ってる場所は全部、無視したから。


「これで、遺族の方に会わせることができます。さんも、シオンさんに感謝してると思いますよ」

「それは……どうかな……」


 感謝なんて、されるはずがない。


 ――ジェルミ。フルネームは、ジェルミ=キンドート。トキレムの街に住む、小さな鍛冶屋一家の長男。父親に似て、大柄で力持ち。でも気弱で虫も殺せない性格。手先が器用で、剣を叩くよりもアクセサリーを作るほうが好き。一流のアクセサリー職人を目指していた。しかし、ある日の深夜、家から剣を持ち出し外に出たきり帰ってきていない――


 これはジェルミの――魔物に殺された、六人目のプロフィール。

 俺が知っていたのは名前と、手作りのペンダントというアクセサリーを装備していたということだけ。他の詳しい情報なんて、どこにも書いていなかったから。


「監視砦で戦った次の日でしたっけ。私に預けられて早々、シオンさんがジェルミさんの居場所を知ってるかもって言ったのは」


 そう、初めてサージャオに襲われた次の日。カナリが金を受け取りに、教会に行った日のことだ。

 俺は教会の外で、一枚の張り紙を見た。文字は読めなかったけど、似顔絵が書いてあった。顔だから、覚えていたんだ。名前も、顔も。


「ベーロン、ヨダ、アレイン、カッタート、ジャンダ……」


 呪文のような、文字の羅列。

 今まで怖くて、口にできなかった。


「……? それって、最近魔物に殺され人の名前ですね。教会で最近の死亡者の報告書でも見たんですか? あれ、でもシオンさんって、こっちの文字が読めないんですよね。それに報告書は、教会の中にしかないはずですけど」

「読めたよ。だって、日本語で書いてあったから」

「はぁ……カナリさんが教会で見て、翻訳でもしたんですかね」


 サラちゃんの質問に、俺は曖昧な笑顔で返す。いや、引き攣った……かな。カナリが自分に関係ない報告書を読むわけない。

 関係があるのは、俺だ。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ……」


 深く息を吐く。

 ジェルミが見つかった。俺の知っている場所で見つかってしまった。他の五人の名前も一致したというなら、これは確定だ。

 いつ気付いたのか。サラちゃんが行方不明者を探してたって話をしてたときか。金を受け取りにいったとき、ジェルミの張り紙を見たからか。


「……違うよな……最初から、その考えは俺の中にあったんだ……だから、カナリが死んでしまうのが怖かった……でも、怖くて、違うと思いたくて……ごめん……」


 サラちゃんに聞こえないように、小さな声で懺悔する。

 この世界はいったいなんなのか。そう考えていたときに、薄々感づいていた。でも、わからないって叫んで、無理矢理考えるのをやめたんだよ。それでも、ジェルミの顔が書かれた張り紙を見て、思わずジェルミがいる場所を知ってるかもって、サラちゃんに言っちゃったんだ。


 ――ルキティアル戦記というゲームは、カナリの住む異世界をベースに作られている。そして俺はゲームの主人公――つまり異世界の住人を直接操作していた。しかし、操作されていた住人しゅじんこうに、そんな意識はない。俺の操作が、自分で起こした行動だと思っている。


 奇しくも、この世界はなんだろうかと俺が考えていた、二つの理由を合わせた考え方。そう考えれば、色々と辻褄が合う。

 アクセサリー職人を目指す気弱な青年が、なんでダンジョンになんて向かったのか。それは、


「……………………俺が……殺したんだ……」


 言葉に出したことで、自分のしでかしたことを深く理解する。

 死んだ六人は全員、ルキティアル戦記というゲーム上のキャラクター。魔物に殺された主人公たち。俺が操作していたプレイアブルキャラ。だが、異世界で生きていた人間。

 知らなかったでは済まない。俺が死地に追いやったんだから。


「シオンさん、馬車の準備ができたみたいですよ」

「あ、ああ……わかった……」


 街の出口に、二頭立ての馬車が停まっている。あれで次の街まで行くんだろう。他にも、騎士が乗るための馬もいる。

 荷物を持ったカナリが、馬車に乗り込むところが見えた。


「カナリ……」


 その名前を呼ぶだけで、心に亀裂が入りそうになる。

 カナリは死なずに女神像に触れたから、俺の操作から解放されただけ。死んだら死んだでいいやと軽く考えて、俺は自分の手でカナリを殺してしまうところだった。


「ほら、置いてかれちゃいますよ」

「大丈夫だよ。穴は勝手にカナリについていくから」


 サラちゃんと一緒に、俺も馬車に乗る。乗るといっても、宙に浮いているだけなんだけどね。


「あの、カナリさん……」

「どうしたんだ、サラ」


 カナリの隣に座ったサラちゃんが、頭を下げている。さっき言っていたことを話してるんだろう。ほら、カナリも笑って許してるじゃないか。反対側に座っているセリたんにも笑われている。でも、カナリはサラちゃんに性的な要求はしないように頼んでおけよ。心配だから。


 ――カナリが笑っている。その笑顔は、絶対に壊しちゃいけないものだ。それくらい、尊いもののはずなんだ。

 なのに俺は、六人から笑う権利も、生きる権利も奪ってしまった。


「……カナリを七人目には、絶対にさせない……!」


 カナリの命は俺の命だ。絶対に死なせない。目の前の穴が閉じるまで、俺の命を賭けて守る。

 それが俺のできる、せめてもの贖罪。勇者になれれば……なんて考えもしたけど、やっぱり俺は違う。そんな資格はないから。本当のことをカナリに話せない、臆病者だから。

 ……そして、カナリが生きて、この穴が無事に閉じたときには――


「シオンもこっちにこいよ。セリが次の街フルグドラムについて話してくれるってよ」

「わかったわかった。宙に浮いてちゃ動けないから、そっちに引っ張ってくれよ、カナリ」


 ――俺の命も、一緒に持っていってもらおう。


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