第16話 間幕

 カラカラと車輪が回る。

 石造りの廊下を、音を立てながら。


「………………………………うぅ」


 転がっていた石粒が車輪を揺らすと、乗せられた供物しょくじが小さくうめく。せっかく生きのいいのが手に入ったというのに、これでは苦味が増してしまう。

 供物の頬を撫でると、苦痛に見開かれた目は、なにもない虚空を見つめるガラス玉に。呻きを漏らす口は、涎を垂らすだけの蛇口に。

 ゆっくりと、欠けた腕がなにかを掴むように動いているが、これくらいはいいだろう。静かに動く分には、肉が固くなることもないだろうし、生きがいい証拠。


「………………………………」


 カラカラと車輪が回る。

 石造りの廊下を抜け、大きなドアの前へ。


「入りなさい」


 きっちりとノックを四回したあと、ドアの向こうから声がかかる。

 ドアを開け中に入ると、玉座に座る、我が主の姿が見える。新しく作り上げた玉座には、やはり新しい主人がよく似合う。欲を言えば、主の貫禄がもう少し欲しいところだが、その辺りは将来に期待しておこう。なにせ主は、まだ子供だ。


「それが、今日の食事というわけ?」


 返答代わりに下げた頭に、金杯がぶつかる。あつらえた白いエプロンに、赤い染みよごれが広がってゆく。すぐに洗わなければ黒く変色して落ちなくなってしまうのだが、頭を下げたまま動かない。


「ワタシに、そのようなモノを口に入れろと言うのか!!」


 どうやら、お怒りらしい。お気に召さなかったようだ。配下の方々であれば、嬉々として貪るでしょうに。……そういえば、この供物はまだ食べさせたことがなかった。なにか調理してあれば、食べてくれただろうか。


「ワタシは外に出てくる。オマエはソレをどうにかしておけ」


 カチカチと足音を鳴らし、主は出てゆく。

 そして玉座の間は、静寂が包み込む。

 ああ。だが、主が心配だ。どこまで行くのだろうか。すぐ帰ってくるだろうか。

 己の力量も弁えずに住処を飾り付け、まだ力は戻っていないでしょうに。そのせいで、先も失敗したというのに。遅くなるなら、外で食事を取ってくださればよいのですが。


「………………………………あ」


 小さく、供物しょくじから不用品へと成り下がったモノが、また、小さく呻く。

 せっかく苦労をして、欠けた部分は傷まないように繕い、生かしたまま中身も綺麗にしたというのに。

 どうしようか。その辺りに置いておけば誰かが処理するでしょうが、それでは廊下が汚れてしまう。窓から捨てるのも品がない。

 どうにかしろと任された不用品モノだ。好きにしよう。どうするのが、一番面白いだろうか。

 考えましょう。考えましょう。どうせ今は、他にやることがない。


「ああ、楽しい」


 考えるだけで、声も体も心も震えてしまう。

 でも、足りない。まだ足りない。もっと、もっと。世界に歓喜を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る