第15話 夜はベッドでゴロゴロしてた [改]
現在の時刻は午前十時過ぎ。昨夜、サラちゃんに穴の存在がバレた次の日。俺とカナリ――というかカナリは、昨日の監視砦への荷運び費を受け取りに、教会へときていた。
表に立っていたシスターから教会の裏手に回ってくれと言われ、現在カナリは、裏口からすぐの部屋の中にいる。
俺はちょっと教会の中に入りたくなかったので、たぶんカナリを待ち伏せていたであろうサラちゃんにカナリが頼み、サラちゃんが持つ盾の裏に穴を隠してもらっていた。十メートル以内なので、穴が引っ張られることもない。
「はぁ……」
「なに溜息なんて
「違うよ。嬉しそうな顔で言わないでくれ」
「それは失礼しました。でも、ギクシャクしていたというか。シオンさんを私に預けるときも、カナリさん視線を合わせようとしなかったですよね」
「それは……まぁ」
「はっ!? もしかして、カナリさんを襲ったんじゃないでしょうね!?」
なぜにそうなる。俺には色々と知られているからといって、周囲に人がいないからと素を出しすぎじゃないだろうか。
「違う違う。こんな顔しか出せない穴からで、どうするんだよ」
「顔が出せるなら、別の部分も出せるじゃないですか!」
「女の子がそういうこと言わない! 違うからね!」
「じゃあ、なんなんですか」
「うっ、それは……」
理由は……わかっている、と思う。たぶん昨日の夜の、最後の出来事が原因だ。
カナリは赤い顔をして、俺の運ぶカレーを黙々と食べながら、時々、チラッと俺を見てくる。その視線が妙に気恥ずかしくて、俺は目を逸らす。するとカナリはムッとするので、しょうがなく俺がカナリを見ると、今度はカナリが目を逸らす。最後に『寝る』と言ってカナリが顔を引っ込めるまで、その繰り返し。結局、最後までまともに目が見れなかった気がする。
そして寝坊気味に起きた二人で、顔を合わせるのも会話も最小限に、教会までやってきた。
「ああ、なんだこれ……」
はっきり言って、ギクシャクしていた。軽口もなく、居心地も悪い。でも、決して嫌な気分じゃない。
こんな気分になったのは初めてだ。顔を赤らめるカナリの顔が頭にこびりついて離れない。生首だったけど。生首だったけども。
「シオンさん、なに頭を抱えてぐねぐねしてるんですか? 気持ち悪いですね」
「ッ!? ……………………ショックだ」
サラちゃんに気持ち悪いと言われてしまった。あの、サラちゃんに。具体的に言うと、好きだからとカナリの後を着けて宿屋を調べ、匂いで性別が判別でき、顔がよければ男でも女でもいいという、あのサラちゃんに。
「もー、女の子に気持ち悪いって言われたのが、そんなにショックだったんですか?」
「うーん、違う。残念」
もうちょっと自分の
それに気持ち悪いと言われても、カナリからも何度か言われているので耐性はできている。……あれ? これ、ダメじゃないか?
「まぁ、襲ってないっていうのはわかってたんですけどね」
「俺で遊んでただけかい。ちなみに、なんで?」
「カナリさん、
「聞かなきゃよかった」
サラちゃんの株、昨日に続き、午前中でストップ安まで下落である。でも、いい情報だったぞ。あと、その能力が本当かどうか確かめるために今度、質屋に一緒にいこうか。
「シオンさんは童貞ですよね?」
「よし、この話題はよそう。ダメージしかない」
主に俺に。あと、とばっちりでカナリに。
「では、なにか話題を下さい。昨日の今日で、話が振れるほど話題がないです」
「あれだけ痴態を見せておいて、話題がないときますか。いや、俺もそのことを話題にはしたくないな。うーん……話題、話題ねぇ」
この穴については興味がないらしい。それとも、隠しているという事実から、聞かないでおいてくれるのか。聞かれても、わからないとしか答えられないけど。
共通の話題といえばカナリだが、サラちゃん、カナリが関わると変態なことしか言わないしなぁ。カナリ以外で普通の話題といえば、趣味とか? でも、俺の趣味はゲームなんかのそっちにはないものだし、サラちゃんの趣味は、はっきり言って聞くのが怖い。
なら、他のこと。他のこと……
「あー…………天気がいいですね?」
「よりにもよって、それですか。バカなんですか?」
「うん。今のは俺が悪かった」
我ながら酷い話題だと反省。女性との会話に慣れていないにもほどがあるだろ。
なら……あ、そうだ。
「アイツのことを教えてくれ」
「アイツって誰ですか? シオンさんの見た目についてですか?」
「サラちゃんに俺がどう見えてるかは、ちょっと気になるけど違う。あと、自分のことをアイツとか言ったりしない。アイツだよ。えっと……サージャオ」
「ああ、あのアラクネですか」
監視砦で俺たちを襲ってきた、ザフィージェの娘。八つの黒い瞳を憎悪で燃やしていた、アラクネという魔物の少女。
「
「確かに言ってましたね。
「サージャオが言っていたのは、ウソだったってことか?」
「砦を出なかったというのは本当みたいです。ただ、魔物に指示を出しては、時折、街を襲わせていたとか。シオンさんも昨日からの街の様子を見たなら、本当かどうかわかるんじゃないですか?」
それは、街の様子が如実に表していた。
昨日、ザフィージェ復活の噂が流れただけで、街の活気は減った。商人もこの街から逃げようとしている。それを俺は見たし、聞いた。街の住民は、ザフィージェを恐れている。
十年という歳月がたとうとも、恐怖は風化せずに残っている。
「サージャオは、騙されて育ったのかもしれません。母親にたいする恨みを、私たちにぶつけさせるために」
「一体、誰が」
「さぁ? 直接、聞いてみないことにはなんとも言えません。騙されていない可能性だってあります。直接手を下さなければ、それは襲っていないのと同義。その程度にしか考えていないのかも。どちらにしろ、母親の仇には違いありませんけど」
「そう、だな……」
考えたところでわかるわけがないか。できるのは推測だけだ。
なら、あと一つ。明確な答えなんて期待できない、一番の問題。
「魔物は――魔王は、なんで人間を襲うんだ?」
「それこそ、魔王に聞かなきゃわからないですよ。繁栄のために領土が欲しいのか。人間を餌にしたいのか。それとも、もっと別の理由があるのか」
「じゃあ人間は、人間はなんで戦ってるんだ?」
「それこそ、聞くまでもないと思いますけど。襲われるからです。人間の歴史は、魔王軍との戦いの歴史です。人類の防衛の積み重ねです」
歴史と呼べるほど長い間、戦ってきた。そして、今もなお続いている。そう、サラちゃんは言った。
「魔物がなぜ襲ってくるのか。その疑問に答えてくれる
「そう、か」
神様か。昨日も、カナリの話に出てきてたな。
蒼のマーニデオと呼ばれた始祖キアは、神の言いなりにならないために姿を隠した。そして、神を楽しませるなという戒律を残した。
会えることなら、神に会ってみたい。そして、この世界のことを。なぜ俺が、この世界と繋がってしまったのかを、聞いてみたい。
「あ! カナリさん!」
「お待たせ、サラ」
急に視界がガクンと動く。おおう、これは酷い。腕に持った盾に穴があるせいか、動きが大きい。
「どうだった、カナリ――って、どうした」
報酬が詰まっている袋を持ったカナリは、納得できないことがあったような、複雑な顔をしている。
「んー、ちょっとな。異界の気配がするとかで、神父に調べられた。シオンは一緒にこなくて正解だったよ」
「異界って、俺の世界のことか」
「うーん……マーニデオに関してかもしれない」
「だ、大丈夫だったんですか!? 昨日、ちゃんと言っておいたんですけど」
「服の中を――それはオレが女だって話したんでシスターがやったけど、調べられた。オレが監視砦でやったことは知ってるだろうし、自分で確認したかったんだろうな」
「ふ、服の中をですか!? ぐ、ぐぎぎ!」
「け、結果は?」
「一応、納得はしてくれた。魔法が使えるってことは、異界に繋がってるってことだし」
ホッと息を吐く。
よかった。明確にバレたということはなさそうだ。しかし、教会って変態の集まりなのか? 異界の気配を感じたり、匂いで性別がわかったり。騎士全員、変な能力を持ったりしてないだろうな。
「それはよかったです。あ、私はちょっと用事ができたので、失礼しますね?」
「あ、ああ。シオンを預かってもらって、ありがとう」
「いえいえ。それでは! シオンさん、さっきの話ですけど、あとで連絡しますね」
にこやかに笑みを浮かべながら、サラちゃんは裏口から教会の中に入ってゆく。笑ってはいたけど、なんで剣に手がかかっていたんだろうか。惨劇が起こらなきゃいいけど。
「なんか約束したのか?」
「世間話をしてただけだよ。ほら、行こう」
「だな。じゃ、金を渡しにいくか」
カナリは穴を服にしまうと、気だるげに歩き出す。
「疲れたか?」
「そりゃーもーね。神父はずっと神妙な顔してるし、シスターはなんか怖がってるし。オレがなにしたってんだよ」
「金だけ受け取れればよかったのにな」
「そーだよなー。サラに頼めばよかった。そうすりゃ、あんな目に合わなくて済んだ」
朝とは打って変わって、普通に会話が進む。
俺もサラちゃんと話してて落ち着いたし、カナリも中で色々あってそれどころじゃなくなったみたいだ。
「まっ、この街とも、もうすぐおさらばだ。少しくらいは我慢しといてやるよ。マーニデオの一族のことや、
「そうだな。もう少しの辛抱だ」
「どこにいても、バレたら面倒なんだけどな」
「ですよねー。俺もせいぜい、服の中で大人しくしてるよ」
となると、部屋以外だとカナリの服の中か。……俺も、別にイヤじゃないし。
「この後、セリに会っても、サラみたいに暴走すんなよ?」
「やべぇ、一緒にされるとか心外過ぎる。暴走するに決まってんだろいいかげんにしろ」
「やっぱオマエ等、どっか似てるよ」
「やめろよ! ホント一緒にしないで!」
人通りがあるところまで、朝できなかった分を取り戻すように、カナリとの会話を楽しむ。ああ、この感じだ。この感じが、心地いいんだ。嬉しくなるね。
こうして報酬を受け取った俺たちは、商人の集まる広場へと向かった。
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