第12話 勇者 バレる

 監視砦から逃げ出して数時間。陽が西に沈む頃、カナリたちは無事、トキレムまで戻ることができた。一度だけ短い休憩を取ったとき、サラちゃんはカナリを肩から背に移したため、俺の目で確認することはできなかったが、作業員の歓声がそのことを知らせてくれる。

 教会騎士に犠牲者は出てしまったが、全員が安堵の息を吐いている。で、俺も一息吐きたいところなんだけど。


「まだ目が覚めないのね、その人」

「はい、マヘリア先輩……」


 サラちゃんの心配そうな声が聞こえてくる。そう、カナリの目は、まだ閉じたまま。息はあるし寝ているだけのようだけど、このままじゃ、俺も休むに休めない。

 凄い魔法を使えるじゃないかと思ったら、数時間も目覚めない。あのガルスとかいう魔狼を呼び出した副作用だろうか。サラちゃんに助けを求めた理由がわかった。しかし、しょぼい魔法と、威力はあるが使ったら倒れる魔法。なんてアンバランス。その中間をよこせと言いたい。


「どうしようかしら。ひとまず教会に連れ帰って、シスターに任せる?」

「それなんですけど――先輩、私がカナリさんを看病してあげたいです。私たちを助けるために、無茶をしたんですから」

「それは……そう、ね。教会も今日のことで騒がしくなるだろうし、ゆっくり休めないかもしれないわね。わかった。隊長はわたしから言っておくわ」

「あ、ありがとうございます! 先輩!」

「でも、そのカナリさんの家って」

「それなら大丈夫です。私、泊まってる場所は知ってますから」

「わかったわ。目が覚めたら、教会に連れてきてちょうだい。お礼も言いたいし」

「はい!」


 そうして、帰還で盛り上がっていた喧騒が聞こえなくなってゆく。聞こえてくるのは、馬の蹄の音と、サラちゃんの鎧が奏でる小さな金属音だけになる。目覚めるまで誰かが看病してくれるなら、一応は安心かな?

 宿備え付けの馬車小屋に馬を繋ぐと、馬に干草と水をやり、サラちゃんはカウンターで理由を話す。こっちだったら確認やら少しでも疑わしければ警察が呼ばれる場面だが、教会騎士は信用たる職業(?)なのか、店主もカナリの部屋の鍵をサラちゃんに渡してくれた。


「よいしょ……と」


 ギシギシと二人分の体重を受けて軋む階段を上り、受け取った鍵でカナリの部屋が開く。カナリをベッドに寝かせると、サラちゃんはようやく、額に浮かんだ汗を拭う。


「……そうだ。汗もかいてるだろうし、服を着替えさせたほうがいいかな……。でも、ううん……」


 相手が男だろうが女だろうが、勝手に服を脱がせるというのは戸惑うよなそりゃ。それが好意を寄せている相手だったりしたら、余計にこうふn……戸惑うだろう。


「よし! 上だけでも着替えさせましょう!」


 どうやら覚悟が決まったようだ。

 でも、カナリが女だとわかったら、サラちゃんはガッカリするだろうな。その場面を見てみたい……なんて興味はあるけど、他人に聞か見られるのは嫌だろう。その間に、俺は晩飯と風呂にでも……


「いただきます」


 椅子から浮かしかけた体がピタリと止まる。……いただきますって、なにを? それに、俺は大事なことを忘れてないか?


Q:穴はどこにありますか?

A:カナリの服の中にあります(主に胸辺り)

Q:サラちゃんはどこを脱がせようとしていましたか?

A:カナリの上半身の服

Q:じゃあどうなるの?

A:そりゃあもう、こうなる↓


「……はえ?」

「……や、やぁサラちゃん。はじめまして?」


 絡み合う視線と視線。

 こう、なんと表現していいのか、でも表現したらダメな部類なんじゃないか、って思えるような、笑顔のサラちゃんが目の前にいた。サラちゃんから見た俺は、きっと引き攣った笑顔になっているだろう。


「にぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! だ、誰ですかあぁぁぁぁぁ!?」

「お、落ち着いて! 落ち着いてサラちゃん! 俺の名前はシオ――んひぃ!?」


 頬に走った鋭い痛みに、変な声が出た。この穴に関わってから、変な悲鳴ばっか上げてないか、俺。

 頬を触ってみると、ヒリヒリした痛みと、汗とは違う生温かい液体が指を濡らす。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 穴の向こうで、息を荒くしたサラちゃんが剣の切っ先を俺に向け、水平に構えている。剣先が赤くなっているのは、俺の血でしょうか。目にも留まらぬ剣捌き、なんて表現はマンガなんかで見たことあるけど、実際に体験することになるとは。

 そんなことができるなんてサラちゃん凄い――とか言ってる場合じゃねぇ! 急いで穴の前から体を退けないと!


「あ、あなた誰ですか!?」

「質問の前に人を串刺しにしようとしないでくれないかな!?」

「間違っただけです! 安心してください!」

「安心できないですよ!?」


 別の場所異世界に通じている穴だからよかったものの、これが俺を映しているだけの魔法のようなものだったら、カナリの胸に穴が空いていたところだ。傍から見れば殺人現場。そんな相手に、安心することなんてできないですよ?


「説明! 説明させてサラちゃん! お願いだから!」


 穴の正面に立たないようにしながら、サラちゃんに俺とカナリが置かれている状況を説明する。それはもう必死に。ええ、死なないようにです。勇者バレしたくないとか、文句を言ってられるか。


 で、その甲斐があってか――


「御伽噺の勇者……ですか」

「そう、それ! わかってくれた?」

「まぁ、一応はですが……」


 まだ訝しげな声色だが、剣はしまってくれた。ようやく、まともに話しができそうだ。


「じゃあ、カナリさんに悪さをしてたりとか、そういうことはないんですね?」

「してないしてない。言うなれば、パートナーってとこだよ」


 カナリとの関係は、勇者と従者パートナー(強制)だろう。望んでパートナーになったわけじゃないけど、そこら辺は今さらだ。


「だから安心してよ。サラちゃんには、カナリを助けてもらって感謝してるんだ」

「感謝されても困ります。私がカナリさんを助けたかっただけです」

「それでもいいよ。俺も、感謝したいだけだから。それに、こうやって部屋まで運んでもくれたし。俺じゃ、カナリを運べないからさ。まぁ、さっきみたいなのちょっと困るけど。そういや、どうして宿の場所がわかったの? カナリから聞いてた?」

「聞いてません。カナリさんの後を着けて調べました」


 へぇ~。カナリの、ね。なるほど、なるほど。うーん……


「この子、ストーカーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 いい子だと思ってたのに、想像以上にヤヴァい子だった。安心なんてできやしねぇ。


ストーカー這い寄るモノとは失礼ですね! 純粋な好意から調べ上げただけです」

「昨日の今日で?」

「昨日の夜です。会議が終わった後、質屋に向かうカナリさんを見かけて、つい。好きな人のことはなんでも知りたい。……そう、それだけです。決して、やましい気持ちからではありません。悪用もしません」


 理由が完全にストーカーのアレである。そのうえ悪用もしてるときたもんだ。これは、早々にカナリについて説明しなきゃマズい。性的な意味で。


「えー、サラちゃん。伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「なんですか? 御伽噺の話はウソだったんですか?」

「それは本当だけど。ちょっと、この穴を動かしてみてくれないかな? 掴んで、簡単に動かせると思うから」

「はぁ……わかりました」


 サラちゃんの腕が伸びてきて、穴が動く。移動先はベッド横に置いてある、小さな棚。この位置なら、サラちゃんもカナリも見える。


「おーけーおーけー。でさ、カナリのその姿を見て、違和感はない?」

「違和感……あ、ずいぶん上までサラシを巻いてますね」

「そう、それだよ」


 胸の上まで巻かれたサラシ。そこには、男性にはない膨らみがあった。そう、胸だ。サラちゃんに比べたら慎ましやかだが、サラシの上からでも膨らみがわかるくらいには、ある。あるよ?


「カナリはね、女の子なんだよ。だから、その……ショックかもしれないけど、その恋は実らないんだよ」

「知ってましたけど」

「あ、ふ~ん。知ってたんだ………………えっ! な、なんで!?」

「なんでといわれても、最初から匂いで」

「へぇ~匂いでなんだ~~~~。へぇ~~~~~………………」

「そうです! カナリさんの匂いは、まるで芳醇な甘い果実! 最高の花で造った極上の蜂蜜酒! いいえ、それ以上! それ以上の香りなんです! ……んはあっ!」


 引いてる俺を無視して、サラちゃん(変態)は顔を赤く染め、自分の体をギュっと抱きしめている。

 骨格の違いだとか女の勘だとかじゃなくて、匂いときましたか。ヤバイね。この子、本格的にヤバイ子かもしれないね。どうしよう、恐怖で震えが止まらない。


「多少青臭い異物の匂いがするのは着ている服男装のせいかと思っていましたけど、シオンさんだったんですね。安心しました」

「それはどうも、でいいのかなぁ……」


 お礼を言うべきか困る。

 にしても、カナリの匂いか。服の中に穴があるおかげで俺も嗅いだことはあるけど、動けば汗臭くなるし、蜂蜜酒とは思ったことはないけどなぁ。……正直、こう、汗の成分が違うんじゃないかなーとか思ったり、お風呂上りの匂いとかなら、ムラッとくることがないわけではないんだけど。香水なんて着けてないのに、なんであんなにいい香りがするのか、本当に女は不思議だ。異世界だからだろうか。

 とかまぁ、俺の感想は置いておいて。


「その、サラちゃんの趣味趣向を否定するわけじゃないけどさ。も、もしかして、サラちゃん。お、女の子が、好きなの?」

「いえ、そういうわけじゃありません」

「あ、違うんだ」


 よかった、それは安心……いや安心なんてできないよ? カナリが女だって知ってた上で、あの好意の向けようだったんでしょ? え? あれ? どういうこと?


「私が好きなのは、顔がいい人です。かっこよければ、男性でも女性でもかまいません」

「うっわ~、ぶっちゃけたね~……」


 想像の斜め上だった。ごめん、顔がよければ男でも女でもいいなんて人、俺じゃ説得できません。ムリだ。


「いいですか、シオンさん。かっこいい人は、かっこいいんです」

「うん、それはそうだね。かっこいいんだから。カナリも美形だね」

「そうです。つまり、そういった人に好意を向けるというのは、ごく自然なことなんです」

「うん、そうだ……それだけかなー? きっかけはそうでも、内面とか、見なきゃいけないところが色々とあるんじゃないかなー?」

「ないです」

「アッ、ソウデスカ。スミマセン」

「だから、私はカナリさんを好きなんです。服を脱がしてるときなんて、もう辛抱堪りませんでした」

「ソウダッタンダー」


 筋金入りだった。

 カナリ、がんばれ。俺にはそれしか言えそうにない。


「ま、まぁ。サラちゃんの考えはわかったよ。カナリが好きなんだね?」

「はい。かなりこのみです」

「なんか聞きたい答えと違うなぁ。まぁ、それはいい……いやよくないけど、寝込みを襲うのは、もっとよくないよ」

「むっ……焦りすぎたでしょうか」

「ぶっちぎりでね」


 常識的にも。犯罪的にも。見た目じゃわかんないもんだね。サラちゃんの見た目は、普通の女の子なのに。そっちの世界には、セリたんしか普通の女の子はいないんだろうか。


「と、というわけで、やるなら看病だけにしてくれ」

「わかりました。シオンさんもいることだし、今日は我慢します」

「今日どころか、ずっと我慢して欲しいかなー?」

「ムリです。気持ちがほとばしってますから」

「そっかー、ほとばしっちゃってるかー。でも、せめてカナリにちゃんと言ってからにしてね? じゃないと、普通に犯罪だから。教会騎士が犯罪なんて、怒られるどころじゃ済まないでしょ」

「そう、ですね。ちゃんと、カナリさんに言ってからにしますね」

「そうしてくれると助かるよ」


 今日、大人しくしてくれるなら、もういいや。疲れた。あとは目が覚めたカナリに任せる。


「じゃあ、カナリさんの着替えだけしちゃいますね」

「うん。よろしく。にしても、御伽噺とはいえよく信じてくれたね」


 着替えが見えないように穴を裏返され、サラちゃんがカナリの服を脱がせる音を聞きながら、ヒマなので世間話でもしてみる。俺がいないと、カナリが襲われるかもしれないし。無視しておっぱじめられたりしたら、どうしようもないけどね。でも、そんなこともなく、サラちゃんは話に乗ってくれた。


「それは、前例がなかったわけではないですから」

「前例か。御伽噺っていっても、本当にあったことだったり?」


 それほど真実味がある伝わり方をしてるんだろうか。だったら、もっと詳しくカナリに聞いておけばよかった。そうすれば、この世界と繋がった理由のヒントが――


「違いますよ。十年前の話です」

「十年、前?」

「そうです。十年前の、ザフィージェが倒されたときの話です」


 ザフィージェが倒されたのは十年前。そのときが前例ってことは、つまり……


「教会騎士と一緒にザフィージェを倒したのは、異世界から現れた勇者だったそうです」

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