第10話 教えて! カナリ先生!
監視砦の一階にある一室。そこに、独りカナリは足を踏み入れる。薄暗い部屋をランプで照らすと、中は外から見るよりも散々なものだった。
触れれば崩れそうなくらいに朽ちた家具たち。割れた窓のある壁には雨染みができ、床まで広がっている。部屋には吹き込んできた砂埃が溜まり、カナリが歩くたびにザリザリと音を立てる。そしてなにより――
「蜘蛛の巣が酷いな……」
部屋の中を、数多の蜘蛛の巣が覆っていた。
ホラー映画なんかで古い廃屋に入ると、大量の蜘蛛の巣が張っている。そんな感じ。そしてヒロインの頭に蜘蛛の巣が引っかかり、『きゃ~~~!』なんて悲鳴を上げるのがお約束なんだろうけど。
「うっわ、口に入った。きたねぇ~~~。ぺっ、ぺっ!」
「……キミは、いったいなんだろうね」
映画なら、よくわからず部屋に入り、かき回すだけ事態をかき回して、二番目くらいに犠牲になるやつかな。
それと、気持ちはわかるけど、女の子が唾を床に吐くんじゃありません。色々とガッカリだよ。
「しょうがねーだろ。こんな状況なんだから」
「そうだけどさー。まぁ、そこらじゅう蜘蛛の巣だらけだしな」
「ザフィージェの糸だったりして」
「おいおい、怖いこと言うなよ。そこら辺の暗がりから出てきたりしたら、俺泣くぞ」
「なっさけない男だなぁ。でも、安心しろよ。アラクネの糸ってのは、鋼鉄並みに固いらしいからな。糸も簡単に切れるし、普通の蜘蛛だろ。じゃなきゃ、オレの指が切れてる」
「それはそれでグロいなぁ……」
糸に指をかけた瞬間、ぽとりと落ちる自分の指。気付けば糸は体に纏わりついており、倒れた拍子に糸でバラバラと崩れ落ちる体――ってか。
ホラーネタとしてはありきたりかもしれないけど、見たいとは思えないな。ホラーは苦手なんだ。怖いから。あとグロも苦手。
「カナリが頼まれたのって、この部屋の片付けだっけか」
「そそ。損害状況の確認とかやりやすいようで、壊れた荷物を運び出すんだってよ。椅子とか小さな家具なら窓から外に出して、机とか大きなもんはコレで、ドーン! っと」
そう言って、カナリは手に持った斧を振り降ろす。振り下ろした先の机は、やはり腐っているのか、たいした抵抗もなく砕けた。
「あっぶないなぁ。破片が飛んできたらどうすんだよ」
「気にすんなよ。腐ってるんだから、痛くもなんともないだろ」
「俺に破片が飛んでくるってのは、イコール目に刺さるんだよ! それにいくら柔らかくたって、怪我をするときゃするんだ。カナリも気をつけろよ。カナリが怪我するところとか、見たくないからな」
「……へいへい。わーったよ。しかし、どうするかな。結構、重労働になりそうだ」
今いる部屋は誰かの部屋だったのか、机や椅子、ベッド、空の木箱。壊れたのか元々壊れていたのかわからない、木製の棚などが散乱している。
「……火でも点けるか」
「こっわ! 怖いよ!?」
「いや、面倒だからさぁ。ゴミも蜘蛛の巣も、いっぺんに片付くじゃん?」
じゃん? じゃないし。ボソッとなに怖いこと言ってんの? 片づけが面倒だからって火を点けるとか、普通思わないよ?
「こう、ボワッと魔法かなにかでやれたら楽だなーって思っただけだよ。やらねーよ」
「本当に頼むぞ? 報酬を貰うどころじゃなくなるからな。でも、魔法か……」
すっかり忘れていた。
「そっちだと、やっぱり魔法使いがいたりするのか?」
「そりゃいるぞ? 魔術師とか、魔道師とか、呼び方は色々あるけどな」
「へぇ~~~! やっぱり、こっちとは全然違う世界なんだな。どういう原理なんだろ」
「しょっと。黙って作業してるのもつまんないし、少し説明してやるか」
「オナシャス! カナリ先生!」
椅子を窓の外に投げ捨てたカナリが、机の上に積もった埃に、ハートマークを書く。そして、そのハートマークの中に、小さな円を書いた。
「心臓に穴の空く病気か。リスキーだな」
「違う。心にな、穴があるんだよ」
「ほうほう。……やべぇ、いきなりわけがわかんねぇ」
「いいから黙って聞いてろ。……そうだな。コレと、コレ」
カナリが手に持ったのは、大きさの違う落ちていた竹の筒が二本。片方は太く、片方は細い。
「魔法を使うには、魔力がいる。んで、その魔力がどこからきてるのかっていうと、心に空いた穴からだ――って言われてる」
「その筒が、魔力を持ってくる穴ってことか?」
「そゆこと。この筒みたいな通路を通して、別の世界と繋がった穴から、こっちの世界にはない元素――魔力を取り出す」
「大気中に魔力があるとかじゃなくて、別の世界から取り出すのか」
「そうらしいぜ。妖精とかは違うらしいけど。こうやって、シオンの世界と穴で繋がったんだ。それも本当のことかもな」
確かに、こうして別の世界と繋がっているんだ。心の中というか、精神世界が別の世界と繋がるというのも、ありえる……のかな?
しかし、妖精もいるのか。見てみたい。あわよくば部屋に遊びにきて欲しい。妖精ってくらいだし、穴も通れるだろ。
「ゴホン。じゃあ、その二本の筒はなんなんだよ」
「単純なことだ。穴の大きさは人によって違うんだよ。どっちかっていうと、穴がなくて魔法が使えない奴のほうが多い。穴が空いてたとしても――」
カナリは部屋の隅に積もっていた砂を、太い筒に流し込む。砂はそのまま、どさっと地面に落ちてゆく。次に、細い筒。こちらは途中で詰まってしまうのか、砂時計の砂のように少しずつ出てくる。カナリは砂が出きったところで、二本の筒を窓から外に投げ捨てた。
「大きな穴がある奴は、それだけ大量の魔力を取り出せる。小さい穴の奴は少しずつしか取り出せないし、すぐに息切れを起こす。素質ってやつだな。訓練しだいで、穴の大きさは多少広げられるみたいだけど」
「生まれ持ってのもんってことか」
その辺りはこっちでも変わらない。魔力がどうこうじゃなくて、運動ができるできないだって、生まれ持った素質の一つだ。訓練次第でどうにかなるって点でも。……そう思っておこう。理解できる事柄に変換して考えないと、理解が追いつかないし。
「そして、魔法使いは取り出した魔力を使って、火や水、氷なんかに魔力を変換する。これで魔法の完成だ」
「ふーん。呪文とかは? こう、黄昏~~とかって呟いたりとか」
「あるにはあるけど、それも個人差があるな。大事なのは、
「センスがある人なら、呪文はいらないとか?」
「そういうことになるな。一時間呪文を唱えて魔法のイメージを固定する奴もいれば、一言で済む奴もいる――なっ、と! ふぅ」
窓の外に投げた椅子は、いったいどれくらいになるだろうか。なかなか部屋の中もすっきりしてきた。
「素質にセンスね。ずいぶんと詳しいな」
「身内に魔法が使える奴がいたからな」
「へぇ。じゃあ、カナリも魔法を使えたりとか? って、使えないよな」
「ああ、使えるぞ?」
「だろ? 使えるんだったら、あんなに逃げ回らなくて……って、使えるの!?」
「使えるぞ?」
え、いや、初耳なんですけど!? ステータス画面に、魔法なんてなかったけど!? その辺りはゲームとリンクしてなかったってことか?
「いっちょ、使ってみるか。そうだな……さっき話にも出てたし、ファイヤーボールでも出してみるか」
「はっ!? ちょ、ちょっと待て!! それ、火の魔法ってことだろ!」
「よし、久々だから上手くいくかわかんないけど」
「だったらやらなくていいから! 火とかダメだって言っただろ!」
「ファイヤーボール!」
「人の話聞いてねぇなぁぁぁぁ!!」
目の前で起こるであろう惨劇を回避すべく、急いで穴から顔を離す。
穴の向こうが仄かに明るくなり、明るくなり……明るくなった。爆発音とか、煙とか、熱とか、なんもない?
恐る恐る覗いてみる。すると――
「……うわぁ……」
「他にもできるぞ。アイスキューブ!」
カナリが呪文を唱えると、今度は氷の粒が空中に生まれる。十数個の小さな粒となった氷は冷気を漂わせながら――べしゃ! っと床に落ちた。なぜか、ファミレスのドリンクコーナーに置いてある製氷機を思い出した。
まぁ、魔法が使えるのはわかった。しかしだよ。
「しょっぼ。しょっぼいよ! なにそれ! それが魔法!?」
「しょぼいとは
「そうだろうけどさぁ……え~~~……なんていうか、え~~~~~……」
魔法だ! すげぇ! なんてテンションが上がることもない。逆にしょぼ過ぎて驚いた。肩透かしもいいところである。こんなもの、実戦で使えるわけがない。ステータス画面にも載らないわ。
「ま、あれだ。オレにはセンスはあったけど、素質がなかったってことだよ」
「そういや、呪文って呪文はなかったな」
そういや、INTの色は
「これでも、戦う方法があるにはあるんだけどな」
「ファイヤーボールを相手の目に当てて、目くらましとかか?」
「それも一つではある」
結局、攻撃の手段にはなっていないようだ。搦め手に使えるということなんだろう。
「さぁて、椅子は片付いたか。ああ、腹減った……」
「もう、昼はとっくに過ぎてるな。俺も食いもん買ってくるか」
「シオンの家にはないのか?」
「作るの面倒なの。リッカ――妹もいないし」
リッカがいればなにかしら作って置いてあったかもしれないが、今日は朝飯のあとに出かけると言っていた。米はあるだろうし、卵があればTKGでもいいかな。
「シオン、妹がいたんだ」
「双子のな。言ってなかったっけか」
「まったく。そういや、名前以外はたいして知らないよな、お互い」
「家族の話とか、あんまりしたくないけど」
「オレもだ。ははっ」
それは、魔法が使えるという身内のことだろうか。気になる。けど、聞いていいことじゃない気もするしなぁ。
なんて考えていると、目の前を小さな影がよぎった。なんだ?
「――って、うおっ!?」
「な、なんだ? 魔物でもいたか!?」
「あ、ああ、ゴメン。目の前に蜘蛛がいてさ」
「んだよ、ビックリさせんなよ」
そんなこと言われても、ビックリしたもんはしかたないだろ。つーか、この蜘蛛、微妙にでけぇ。小指の爪くらいの大きさがある。こんな蜘蛛がいる部屋にいたなんて、ちょっとゾッとする。
ティッシュティッシュ……
「いや待てよ。この蜘蛛、こっちの蜘蛛か?」
もしかしたら、カナリの服の隙間から入ってきたかもしれない。ティッシュじゃなくて、雑誌で潰すか。病気とか毒があったらやだし。
危険を考え、手元にあった厚いマンガの週刊誌で机の上にいる蜘蛛を叩き潰す。リッカがいたら、うるさいと怒られたかもしれないくらい、スパーン! といい音がした。
「ふははっ! ザフィージェ敗れたり!」
「バカなこと言ってんじゃねーよ」
「うーい。さてと、ウエットティッシュと、あとは消毒液も用意して。熱湯消毒までは必要…………」
雑誌を持ち上げた手を止め、もう一度、蜘蛛に被せて押さえる。心の中に、ドロリとした粘つく焦りが生まれる。
「なぁ、カナリ」
「なんだよ」
「そっちの蜘蛛って、無駄に頑丈だったりするか?」
「頑丈って、どんくらいだよ」
「男が本で叩き潰して、無事ってくらい?」
「ないない。虫は虫だろ。指でも簡単に潰れる」
「……だよなぁ。だったら」
もう一度、雑誌をどける。
そこにいるのは蜘蛛。八本の脚のうち、数本が折れている。だけれど……
『ギチ、ギチギチギチギチギチギチ……!』
脚が折れている以外、なんの変化もない蜘蛛がそこにいた。
「シオン! すぐに叩き潰せ!! 何度もやりゃ潰れる!」
「お、おう!」
雑誌の上から何度も蜘蛛を叩く。振動でキーボードやペットボトルが床に落ちるが、気にしていられない。
二度、三度。それでも雑誌をどける気にはなれない。十度目にして、ようやく雑誌をどける。
雑誌と机の間には、体液と思われる液体の糸が引いていた。そして――煙のように、消えていった。
「――!?!? カナリ、この蜘蛛、消えたぞ!」
「わかってる! その蜘蛛は使い魔だ! 魔力で作られたな!」
「使い魔って、まさか……!」
ああ、想像したくない。蜘蛛の使い魔だなんて、うってつけの相手がいるじゃないか。
「オレはすぐ騎士に知らせに行く! シオンは……あー、なんかしてろ!」
「なんかって、なんだよ!」
「オレが知るかよ! …………………………ああ、くそ。逃げ切れなかったか」
慌てる俺たちの耳に、外から声が聞こえてくる。それは、外で警備をしていた教会騎士の声。その声ははっきり、『敵襲!』と、そう言っていた。
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