第7話 冒険のはじまり キッカケ

 昼時のトキレムの街は、朝とはまた違った賑わいを見せていた。

 オープンテラスの端に座るカナリの服の隙間からは、昼食を求めて回る様々な人が見える。土に汚れた作業着を着た集団は大工かなにかだろうか。お、昨夜会った質屋の犬耳ロリっ子だ。あの子も昼食を買いに出てきたのだろう。

 ……モフりたい……いつか絶対モフってやる。


「はぁはぁ……で、なんで俺たちはここにいるんですかねぇ」

「んー? あの子を待ってるからだろー。あと鼻息荒すぎ。……つーか、その臭いどうにかなんないのか? コーヒーと合わないんだけど」

「知るか。俺だって腹が減るんだよ」


 そっちが昼なら、こっちだって昼なのだ。カナリが俺に見えるようにコーヒーカップを揺らして見せるが、知ったこっちゃない。

 無視して、手元の皿からリッカの作ったカレーライスをかっ込む。辛いが美味い。そしてカナリよ、せいぜいスパイシーでブレンドな臭いを楽しむがいい。


「昨日、あんなデカイ肉を食ったのにな」

「マンガ肉は別腹なの!」

「……それ、使い方合ってるか?」


 合ってないと思う。肉は別腹って、まいうーの人か。でもマンガ肉、美味かったなぁ。そのうち、また買ってこさせよう。どうせ休みはゴロゴロして正月太りするんだ。多少増えても気にしない。


「しっかし、ケトラの肉がそんなに美味かったとはなぁ」

「毛虎? 虎に毛があるなんざ、普通じゃないか」

「そっちにゃいないのか。昨日は大金手に入れて調子に乗って買ったけど、今考えるとなぁ……シオンが食ってくれてよかった」

「おい、なんだその『変なもの食わせちゃった』みたいな反応! え? ゲテモノ? ゲテモノだったの?」


 額に流れる汗がカレーの辛さからくるものであって欲しいなぁ。なんて考えていると、向こう側カナリの世界の道路で、チョコチョコと何かが動いている。

 首を前後に動かし二本の蹴爪で歩くその姿は、まるでニワトリ。ニワトリなのだが……なんだあれ。首が三本あるんですけど。そして異常に首が長いんですけど。え、あれがケトラだったりするの? やだキモイ。


「な、なぁ。アレ、なんだ?」

「なんだ、知らないのか。ニワトだ。どっかの店から逃げたのかな」

「へー、ニワトっていうのか。……『リ』! せめて『リ』をつけてあげて! いやニワトリじゃないけど! どう考えてもUMAとかそっちの部類だけども! どうなってんのよこの世界の動物の名前! ああもう、だからファンタジーっていやね、もう!」


 思わずオネェ言葉になるくらいにはショックだわ! じゃあなに? マンチカンはマンチカとかなの? チワワはチワ?


「ニワトくらいで驚くなよ。普通の動物だろ。そんなんでケトラなんて見たら……いや、見ないほうがいいか。ゴメンな、シオン」

「謝るとかやめてね? そういう気になる言い方も、本当にやめてよね?」


 思わず見たくなるじゃないか。しかも、アレニワトを普通と言い放つカナリが言葉を濁すくらいのヤツがケトラなんだろ? どう考えてもヤバイ。そういや、蓮コラのときもおんなじような気分だったなぁ。記憶消したい。あと、トイレ行きたい。ポンポン痛くなってきた気がする。


「あー、もういいよ。ケトラとかわけわからん動物の話はもういい」

「いや、ケトラは動物というか、魔物的というか」

「ホントにやめろ! それ以上言うな! いいから、ほら。待ち合わせなんだろ。まだ来ないのかよ」

「そろそろなんだけどなぁ……ああ、きたきた。しばらく静かにしてろよ」

「へいへい、わかってるよ」


 黙っていると、パタパタという足音が聞こえてくる。


「すみま、せん。お待たせした、みたいで……はぁ、はぁ……」

「ぜんぜん。オレも今きたところだし。そっちこそ、走ってこなくてもよかったのに」

「い、いいえ! 遅れたのは私ですから!」


 なんでしょうね、この一昔前の会話テンプレ。まさか実際に聞くことになるとは思わなかった。

 ガタガタと正面のイスの音が聞こえてきたところで、カナリの服の隙間から正面に座った教会騎士を覗き見てみる。騎士といっても、今は鎧ではなく普通の服を着ている女の子だけど。

 そして、やっぱり美人。カナリの中性的な顔と違い、女性らしさ溢れる美人。そして鎧姿ではわからなかったが、すっごいスタイルがいい。見た目は俺やカナリと同い年くらいだが、胸なんてカナリの数倍はあるし、引っ込んでるところはちゃんと引っ込んでいる。


「なにか食べる? 誘ったのはこっちだし、奢るよ」

「そんな、悪いですよ!」

「いいの。色々教えてもらおうとしてるんだから、そのお礼だよ。――そういえば、名前を教えてなかったね。オレの名前はカナリ」

「その、私の名前はサラです。サラ=ジュノリス」

「サラか、いい名前だ。よろしくね、サラ」

「は、はい! カナリ……さん」


 ……はい、美人です。スタイル抜群の美少女ですよ。その美少女のサラちゃんが頬を薄く赤く染め、カナリを見ているんですよ。いきなり名前を呼ばれても許しちゃってるんですよ。

 ああああああああ、心がぐんにょりするよ! やっぱり世の中、顔なんですかねぇ!! だからすんなりサラちゃんはカナリの誘いに乗っちゃったんですかねぇ! 今すぐ穴から顔を出して驚かせてやりたいよね! カナリは女だって言いたいよね! 痛い目みるからやらないけど!


「それでカナリさん、私に何が聞きたいんですか?」

「その前に――ウェイトレスさーん。コーヒーお替り。サラは?」

「えと……私はサンドイッチとアイスティーのセットで」


 二人が注文し、ウェイトレスが入れたお替りのコーヒーで口を湿らせたところで、カナリが口を開く。


「オレさ、田舎から、つい昨日この街トキレムに着いたばっかりでさ。だから教えて欲しいんだ。中央について」

「中央――セントラルについてですか?」


 教会騎士から話を聞きたい。草原から戻るときにカナリから聞かされていた。だからサラちゃんを食事に誘ったのだと。

 コラキ大陸全土に展開する教会の教会騎士なら、詳しく話が聞けるだろう。その誘った手段というか結果というか、そこには男として納得できない部分もあったけどな。つーか、教会があるのは知ってても、教会騎士なんて知らないぞ、俺。攻略サイトにもそんな情報はなかったはずだ。


「近いうち……か、どうかはわからないけど、オレもその中央セントラルに行ってみようかと思っててさ。でも、魔物が怖い。教会騎士って、一旦は中央の大聖堂に集められるんだろ? だから、実際に中央からやってきた人に話を聞いてみたくて」

「あ、そうだったんですか……」


 おい、サラちゃん、ちょっとガッカリしてるぞ。さすがにザマぁとか言いたくないし、かわいそうだぞ。


「ゴメンね。こんな質問で」

「い、いいえ! 中央のお話を聞きたいなら、私たちに聞くのが一番ですから」

「そう言ってもらえると助かるよ。で、どうかな? 話してくれる?」

「はい、もちろんです。ええと、中央への行きかたとか、そんな話でいいですか?」

「中央の様子も、できればお願いしたいかな」

「私は一年前にトキレムに配属になったので、一年前のことしか教えられないんですけど」

「それで十分だよ」

「わかりました。――コホン」


 サラちゃんは一つ咳払いをして、カナリ――と隠れている俺――に説明してくれる。


「中央への行きかたは単純です。街道を通り、道々にある街を経由していけば着けます。ですが」

「問題になるのが、その道々で遭遇する魔物ってわけだよね」

「はい、そのとおりです」


 その辺りの話は、カナリに聞いたとおりだった。

 中央に近づけば近づくほど、魔物は強くなる。街道を通るだけの単純な工程が綱渡りとなる。それも、進めば進むほどか細く、糸のように。


「ですから、規模の大きな隊商なんかと一緒に行くのが普通ですね。街々を行き来する隊商なら、それだけ護衛も多く、強いですから」

「一人だと、やっぱりキビしい?」

「それは……失礼ですが、カナリさんの腕前はどの程度ですか?」

「てんでダメ。でも、逃げ足だけは速いかな。スライムなんかだったらまず逃げられる。けど、街の近くのダンジョンだったら成功率五割ってとこかな」

「街の近くのダンジョンって……まさかあそこに行ったんですか!?」


 サラちゃんの机を叩く音に、注文を運んできたウェイトレスがビクリと体を震わせた。まぁ、そういう反応になるよね。サラちゃんもウェイトレスも。


「やっぱりマズかった?」

「マズイってもんじゃないですよ! あのダンジョンは、中央の前線に立っている騎士を小隊規模を投入しないと安全に攻略できないんじゃないかって、昔から言われてるんですよ!?」

「うわ、そんなレベルだったんだ、あのダンジョン」

「よく生きて戻れましたね……」

「すぐ外に逃げたからね。運がよかったよ」


 はい、ウソですね。逃げ回って奥まで行きました。まぁ、本当のことを言う必要もないからだろうけど。すぐ逃げたんなら、逃走成功率なんて出せない。

 この様子だとサラちゃん、奥まで進んだなんて言っても信じてはくれないだろうな。しかし、小一時間かからずに駆け抜けたダンジョンはそんな難易度だったのか。前線の騎士精鋭が小隊規模。つまり三十人以上必要。大の大人が一撃でやられたし、安全に確実に、そして慎重に進むのならば、それくらいは必要になるってことだろう。


「もう近づかないから安心してよ」

「そうしてもらえると助かります。ダンジョンの魔物は外に出ないので早く封鎖したいんですけど、人手が足りなくて。……ええと、話を戻しますけど、そのダンジョンの魔物相手でも逃げられたんですよね?」

「だね。次の街くらいは行けないかな」

「そうですね……魔物の習性や安全な場所を熟知していて移動できる。もしくは、半日近く魔物から逃げ続けて、走ることができれば可能だと思います。街道といっても、危険な場所はいくらでもありますから」

「うーん、それはさすがにムリだなぁ」


 半日走り続けるなんて、フルマラソンどころじゃない。しかも魔物から逃げ続けながらだなんて、常人じゃムリだ。逃げ足じゃなくて体力が続かない。


「これでも、昔より行き来しやすくなってるんですけどね」

「そうなの?」

「はい。次の街に行くには山と山の間を通らなきゃいけないんですけど、十年ほど前、そこに建つ砦に強力な魔物がいたんです。名前はザフィージェ。確か、アラクネだったと思います。その魔物がいたときは、もっと遠回りをしなきゃいけなかったので」

「へぇ。そのザフィージェは、教会騎士が倒したの?」

「教会騎士がというよりは、一人の冒険者とトキレムの教会騎士が協力して、ですね」


 ザフィージェが健在だった頃は山を大きく迂回し、今では馬車で一日足らずの距離を、四日は丸々かけて移動しなければならなかったらしい。しかし、ザフィージェは砦から動かず、迂回路があるということもあり、教会も危険を承知の上での討伐は行わなかったという。

 アラクネと言えば、蜘蛛型の魔物か。どこかでそんな情報を見たような……


「私は当時、中央にいたのでそこまで詳しくは知らないんですけど、激戦で何人も亡くなったって話です」

「その冒険者も?」

「いえ、冒険者の人は無事だったみたいです。その辺りは、教会の神父様が詳しいと思いますよ」

「なら、その話は今度、神父様にでも聞こうかな。じゃあ、中央の街について聞かせてよ」

「そうですか? なら、話が聞きたい人がいるって、神父様に話しておきますね」

「助かるよ、サラ」


 このままサラちゃんに聞いても、股々々々聞きとかそんなんだろうし、さっさと次にいくのが正解だろう。当時のことを直接、知っている人がいるなら、その人に聞くのが一番だ。

 ただ、名前を呼ばれてまた頬を赤らめるサラちゃんを見ているのがツライ。次はカナリにガラクタを渡してやる。せいぜい金に困るがいい。


「暮らしとしては、トキレムとさほど変わらないですね。もちろん物資や娯楽なんかは、トキレムの比じゃないですけど」

「前線だしね。息抜き用の娯楽も必要だろうし。魔物との戦いはどうなの?」

「一年前と変わらないなら、攻めてくる魔物との均衡状態が続いているはずです。人間の領土と魔王の領土、私たちは人界ファーラ魔界ソルムって呼んでるんですけど、その間にはすごく大きな山脈があるんです。そして、魔物はその山に空いた魔窟まくつっていう、魔界と繋がった穴から出てくるんです。教会騎士や山脈近くの国の騎士は、その魔窟の前で待ち構えて迎撃してるんですよ」

「空を飛んで、山を越えてくる魔物とはいないんだ」

「飛べる魔物はいますけど、山が高すぎて越えられる魔物はいないっていうのが定説ですね。山頂にはドラゴンが住んでいて、魔物がくるのを防いでいる。なんて御伽噺もありますけど」

「そりゃ夢がある話だ。ドラゴンなんて、昔話や御伽噺でしか出てこない存在だからね。味方なら嬉しい。……にしても、魔物は魔窟からだけね。だから、出口で守ってればいいわけか」

「はい、そうです。魔窟はそんなに大きくないので、上級の魔物でも先に囲んでしまえますから。……それでも、犠牲がゼロになることはないんですけどね」


 サラちゃんは悲しそうに顔を伏せる。

 この辺りも、カナリに聞いていたとおりかな。そして、専守防衛になっている理由はわかったけど、人間側が勝てる要素が見つからない。

 人間側が魔界に攻め入っても、立場が逆転するだけ。囲まれてボコられて終わり。そして誰も返ってこないと。……おいおい、マジでムリゲーじゃないかよ。


「話してくれてありがとう。ツライことも聞いちゃってゴメンね」

「いえ、これでも教会騎士ですから。覚悟はしてます」


 笑顔を見せるサラちゃんを見てると、本当にいい子なんだと痛感する。ああもう、なんでこんな子が実は女だっていうカナリに。確かに見た目は美男子だけどさ! いや、だからだろうけどさ! ……考えるのやめよ、空しくなる。また気分がぐんにょりする。


「中央に向かうなら、隊商を待つしかないか。大きな隊商は、トキレムにきてないみたいだし」

「明日か明後日くらいには、中央まで向かう大きな隊商がトキレムにくるはずですよ。ただその、お金が結構かかるので、ですね」

「ああ、そっか。タダで入れてくれるわけないよな。まっ、なんとかなるんじゃないかな」


 カナリが自分の胸元をポンポンと叩いてくる。これはつまり、俺にどうにかしろってことか。うるせぇ、次はガラクタ渡してやるって決めてるんだ。金蔓みたいな扱いはゆるさねぇぞ。


「あの、もしダメそうならなんですけど。私と教会騎士の先輩が、そろそろ中央近くの街に異動させられるので、そのとき一緒にでも」

「ありがとう、サラ。もしダメだったらお願いするよ」


 よし隊商に入るのに成功しろ。いや、俺が成功させてやる。ガラクタじゃなくて高そうなお中元渡してやる。不幸な思いの連鎖は断ち切らなきゃダメなんだ! 無理矢理にでもね!


「先輩も、カナリさんだったら許してくれると思いますし」

「先輩ね。街の外で一緒にいた人たち?」

「そうです。私と一緒に戦っていたのが先輩です」


 と、言われてもね。他の教会騎士も鎧に冑を着けていたし、誰が誰だかわからん。でも、息はぴったり合っていた。きっと、普段でも仲のいい先輩なんだろう。


「そういや、サラはなんで街の外にいたの? 訓練かなにか?」

「いいえ。訓練は外でもやりますけど、今日は違います。そのですね、昨日、行方不明者が出てまして。その探索に、教会で何組か派遣してたんです」

「じゃあ、その帰りにでも魔物に襲われたのか。災難だったね」

「いいえ、そんな……。私たちには、戦う力がありますから。いなくなった人のためにも、街で待っている人のためにも、私たちががんばらないと」


 ツライだろうに、胸を張り笑顔を見せるサラちゃんに、俺は思わず見惚れてしまう。……カナリに、あとで俺たちにも手伝えることがないか、聞いてもらおうか。人手はいくらあってもいいだろうし。


「そうだね。生きてるオレたちががんばらないとね。それで、見つかった?」

「ええ、別の組が見つけたみたいです。……残念ながら、また教会に旗が立っちゃう結果になりましたけど。それに、まだ一人――あ、先輩だ」


 バタバタという足音と金属製の鎧のこすれる音が、俺にも聞こえてくる。なんだ、ずいぶん焦っているみたいな?


「サラ! よかった、ここにいたのね」


 駆け寄ってきたのは、赤髪の女性だった。つーか、また女ですか。カナリだったら許してくれるって、ハーレムでも作る気なの? ねぇ。


「マヘリア先輩。そんなに慌ててどうしたんですか? あ、これ、アイスティーですけど」

「飲みかけじゃない。それより新しいの――って、それどころじゃないのよ!」


 マヘリアと呼ばれた女性がサラちゃんの耳元になにか告げると、サラちゃんの顔色が変わる。


「わかった? 事態は急を要するの。すぐに教会に集まって」

「わ、わかりました!」


 そして、すぐに走り去るマヘリアだったのだ。で、なにがあった。

 そこら辺の疑問はカナリも同じだったのか。すぐにサラちゃんに聞いてくれた。だが、サラちゃんの口は重かった。


「……わかりました。話します。一応、カナリさんにも関係することなので。でも、騒ぎになると困るので内緒にしてくれますか?」

「わかったよ。約束する」

「すぅ……はぁ……。すみません、カナリさん。隊商と一緒に中央に向かうのは、ムリかもしれません」

「それは、どうして」


 そして――サラちゃんの口が告げた、その事実も。


「砦の魔物が――ザフィージェが復活しました」

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