第5話 これからどうしようかと悩むものの

 ……ああ、いてぇ。

 殴られた顔を机に置いてある小さな鏡で見てみる。手加減してくれたのか、頬が赤くなるくらいで済んでいた。それとも、これくらいで済んでいるはリッカに殴られ慣れているからだろうか。

 ……お前の暴力が役に立っているかもしれないぞ、妹よ。感謝で涙が出てきそうだ。せいぜい背後に気を付けておけチクショウ。


「……くそっ、穴があるのを忘れてた……完全に油断してた」

「忘れるなよ。つーか俺、カナリは男だと思ってた」


 だからこそ、のこのこ平気で寝ているところに穴を動かしたわけだが。穴の向こうにいる、着替え終わったカナリを観察してみる。

 綺麗な顔立ち。長い髪。スラリとして、身長もそこそこある。そして、そこに着込んだ男物の服。

 リッカの持っている乙女ゲーにも、こんな感じのキャラがいたと思う。中性的な顔立ちをし、男物の服を着ている末っ子キャラ的な感じ。カナリは口調も男っぽかったし、そんな知識があったからか、すっかり男だと思っていた。


「なんでそんな格好してるんだ?」

「色々あるんだよ。女一人だし、舐められないためとか。別にエロシオンには関係ないだろ」

「エロくな~い。あれは事故だ。俺の名前を死後の楽園みたいに言うんじゃねーよ」


 でも、ちょっとカッコイイ……わけがない。”エロ“って単語が入るだけでダメだな。英雄的って意味の言葉も、最近やったゲームのせいでエロいイカとしか思えなくなったくらいだ。


「じゃあ、もう覗くなよ」

「好きで覗いたんじゃないから。だから事故だってば」

「はいはい、次にやったら爆弾買ってきて投げ込むぞ」

「こわっ! やめろよ!? 本当にそれはやめろよ!?」


 カナリは美人だし、女とわかったからにはまたチャンスが――なんて考えが頭の中から吹っ飛ぶ。

 さすがゲームの世界――かは置いておいて、ファンタジー世界。爆弾なんてのも平気で買えるのか。日本じゃ考えられない。買えても、せいぜい花火くらいだろう。


「この穴、寝てる間くらい閉じれないのか」

「こっちが聞きたいくらいだ。御伽噺があるくらいだし、カナリは知らないのか?」

「さぁな。御伽噺っても、穴が空いたら選ばれた証~って感じの話しだからな。閉じかたなんて御伽噺にゃない」

「まさか、本当に魔王を倒さなきゃ、穴は閉じないとか……?」

「あー、そうかもなー。ダンジョンで像を触ったときに、魔王を共に倒せって言われたし」

「………………うそ~ん」


 マジか。やっぱりか。俺もそれは考えてはいたが、正解だとは思いたくなかった。だって、最初にエンカウントしたスライムでやられるような世界だぞ? そんな世界の魔王、どう倒せってんだよ……


「なぁ、やっぱり魔王ってのは強いんだろ?」

「魔王に会ったことある奴なんていないからわからないけど、多分な。大陸の半分を征服してるような奴だし、この辺りの魔物より弱いってことはないだろ」

「だよなー……」


 魔王っていったら、RPGにおけるラスボスポジションが妥当だろう。実は魔王を裏で操っている人物がいたり――なんて噛ませ展開もあるだろうが、それでも弱いなんてことはないはず。


「シオンの世界には、魔王を倒せる武器があったりしないのか? すげー強力な武器とか魔法とかさ」

「魔法なんざこっちにはねーよ。しかし、強力な武器ねぇ」


 魔王に効くかは別にして、”強力“とされる武器はある。

 例えば、爆弾。もちろん、カナリの住む世界にも爆弾はある。しかし世界観を見るに、その爆弾は火薬を使った爆弾だろう。だが俺の世界では、火薬とは根本的に違う爆弾がある。

 それは、核爆弾。日本にとって、深い傷跡を残した爆弾だ。だからこそ、簡単に頭に思い浮かべられるわけだけど。火薬を使っているかもしれないが、クラスター爆弾なんてのも、前に起きた戦争のニュースで出てきたか。これも条約ができるほど危険な爆弾だったはずだ。

 人類の歴史は戦争の歴史とは、よく言ったものだ。歴史が積み重なるほど、強力な兵器が生み出される。それは爆弾だけじゃない。毒を振り撒く化学兵器。ロケット砲や機関銃なんてのも、常に進化し続けている。その中には、魔物や魔王に効果がある兵器もあるかもしれない。

 だが――


「無理だな。俺が手に入れられるようなモンじゃない」

「んだよ。役に立たねーな」

「悪かったな。しがない学生なもんでね」


 ここは日本。世界でも有数の、そういったものがご法度な法治国家。売り買いどころか、持っているだけで逮捕だ。爆弾なんてもってのほか。合法的に銃を持てるか一応調べてみたが、猟銃を持てる狩猟資格は二十歳以上じゃなきゃ取れないみたいだし、俺じゃどうしようもない。

 あと考えられるとすれば、ヤのつく裏家業の人に頼んで……ってやらないやらない。やりたくもない。そんな危ない橋、渡るつもりは毛頭ない。そんなことをすれば完全に犯罪者だ。というか、そんな伝手つてもないし。


「まぁ、あれだ。戦力とかそこらへんを、俺に期待するな」

「代わりに知恵でも貸してくれるってのか?」

「それも、まぁ、違う……かな?」


 多少の知恵は貸せるかもしれない。でも、それは攻略サイトに載っている情報くらい。それ以上は知らない。だったら無責任に、任せろなんて言えるはずがない。


「シオンよぉ……お前、本当になんの役に立つんだよ」

「そんなん、俺が知りたいくらいだ」


 魔王を共に倒せって言われても、どうしていいかわからない。それが俺の素直な感想だ。

 穴の向こうにいるカナリを応援でもすればいいのか? だったら、ハートマーク付きで応援してやる。どうせならポンポンも持ってやってやる。……キモ。想像したら想像以上にキモかった。そういうのはこう、ぷにぷにした感じの女の子じゃないとダメだな。


「まぁいいや。だったら今から何ができるか、色々と試してみようぜ」

「試してって、どうやってだよ」

「うーん……とりあえず外に出よう。明るいうちに実験だ、実験」


 言うが早いか、カナリは後ろに回りこむと穴を昨日と同じように胸元にしまう。

 ……おお、よく考えると、俺は今、女の子の胸の中にいるのか。やべぇ、ちょっとドキドキする。それになんか、イイ匂いがしてくるような……


「よっし、行くぞー」

「……う~い、好きにしろーい」


 実験でもなんでも好きにしてくれ。どうせ何もかもわからないんだ。

 わからないことをわからないままにして、カナリは俺を連れて? 部屋の外へと出て行った。


 カナリの胸元から覗くトキレムの街。昨晩も歩いている人々の姿は見えたが、朝の十時ともなると活気が違った。

 野菜や果物を売る露店からは元気な掛け声。昼食の材料を求めて行き交う主婦。元気に遊びまわる子供たち。魔物が周囲に出る街とは思えない。

 その光景に、小さな声でカナリに話しかける。


「なんつーか、みんな元気だな」

「そりゃ朝だし。シオンのところは違うのか?」

「違うわけじゃないけどさ」


 でも、俺の世界のみんなは、こんなに元気だろうか。なんて言えばいいのか……こっちの世界は、みんな一生懸命に見える。俺の世界では懸命に生きている人がいないと言うつもりじゃないけど、こっちは熱量が違う。そんな感じ。


「みんな生きてるからな。魔物が出るからって、脅えてるよりはいいだろ。ここは魔物も、まだ少ないし。まっ、中央に近い村なんかだと、もっと辛気臭い雰囲気だって聞いたけど」

「そんなに違うのか?」

「みたいだぞ? そうだな……あれ、見えるか?」


 カナリは俺に見えるように、ちょいちょいと指を差す。そこに視線を移すと、とんがった青い屋根の建物が見えた。


「……教会?」

「そっ、コラキ大陸総合教会――の、トキレム支部。支部って言い方であってるんかね。まぁいいや。で、なんか変なもん見えないか?」

「変? って言われてもなぁ。……あ、あれか?」


 教会の敷地の端に、旗が見えた。その旗の色は黒。そんな、教会に似つかわしくない色の旗が四本ほど立っている。


「あれはな、最近魔物に――魔王の配下に殺された人が出たって印だ。辺境の街だから四本で済んでるけど、これが中央に近ければ、文字通り桁が変わってくる。下手すりゃ、旗を立てる奴もいなくなるくらいにな」


 ゾワリと、背筋が震えた。この震えが冬の寒さからきたものじゃないことは明白だ。

 海外サーバでFPSのゲームなんてやってれば、殺すぞや死ねなんて言葉、チャット欄に溢れているのを見たこともある。マンガやアニメ、ドラマや映画でも、よくある言葉。でも、そんな薄っぺらいものじゃない。


(そうか……ここは、死が日常にある世界なのか……)


 殺された。ただその一言が、恐ろしかった。

 ファンタジーの世界なんだから当たり前だ、なんて思えない。だって俺にとって、死は日常じゃないから。殺し殺される世界なんて、夢にも見たくない非日常の世界だから。

 俺は、そんな世界を見ているのか……


「よし、そろそろ街の外に行くか」

「……っ!? だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫って……ああ、魔物か。そんなん、逃げりゃいいだろ? こんなに明るいんだし、遠目でもわかる。自分から近づかなきゃ、ここら辺の魔物なんて危なくないって」

「だ、だけどな」

「うるせぇうるせぇ、いいから行くぞ」


 俺の言葉なんか聞かず、カナリは門番に話しかけ街の外に出て行く。

 街から外れた草原。昨日、俺とカナリが出会った場所まで歩くと、そこでようやく服の中から穴を出す。

 いや、ぶっちゃけ出さなくていいんですけどね。魔物、怖いからね。


「お、おい。本当に大丈夫なんだよな?」

「心配すんなよ。――さて、始めるか」


 こうして、魔物にビビる俺と暢気に鼻歌なんて歌うカナリの二人で、色々と今できることを試してみることになった。

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