第4話 とてもうららかとは思えない朝
ディスプレイに穴が空いた次の日。時刻は午前七時。
俺の身に起きた不思議な出来事なんて関係なく、今日も昨日と同じように空は晴れていた。朝飯を食った後に青空を食卓から見上げていると、眠気で欠伸が出てくる。
「……ふぁぁぁぁぁぁぁぁ……げふっ……」
「ちょっとー。汚いよ、シオン」
「うるせーな。胃がもたれてるんだよ」
リッカのやつめ。食事当番だからって、朝から豚のしょうが焼きなんて作りやがって。俺は数時間前にマンガ肉を食ったんだぞ。妹なら察しろ。
「遅くまで起きてるからでしょ。隣の部屋なんだから、もうちょっと静かにしてよね」
「……聞こえてたのか?」
「少しだけどね。誰かと通話しながらゲームしてたの? MMOのゲーム?」
「まぁ、そんなとこだ」
カナリのことがバレたわけではないことに、ホッと胸を撫で下ろす。大規模ではなく二人だし、オンラインでもないけどな。合っているのは、マルチってところだけか。
朝、ドアを叩くリッカに起こされたときに確認したら、ディスプレイには穴が空いたままだった。向こう側にカナリのかけたタオルも見えた。本当に夢ではなかったらしい。一応カナリに声をかけたのだが、返事はなかった。まだ寝ているのだろう。
「ジャンルはRPG? シオン、RPGって苦手じゃなかったっけ」
「どっちかってーと、リアルタイムアクションゲームかな。俺は見てるだけだけど」
「変なの。でも、不規則な生活しないでよ? 年始までは出張で父さんも母さんもいないからいいけど、帰ってきてもそんなんだったら怒られるんだからね」
「へ~い。にしても、年末には間に合わなかったか」
「しょうがないでしょ。忙しいんだから」
年末まで後五日。しかし三日ほど前から、両親は出張で海外に行っている。
「まぁ、元気そうだったからいいんだけどね。今は海外も危ないし。そうそう、昨日のメール見た? でっかいクリスマスツリーの前で、二人して笑ってる写真が送られてきたでしょ」
「見た。心底どうでもいいと思った」
「シオンも彼女とか作ったらいいのに」
「それこそうるせぇ、余計なお世話だ」
そう、年末まで後五日。つまり今日は、十二月二十六日。昨日はクリスマス当日。なのに、一日を庭の物置の片付けとゲームで終わらせてしまった。大変に遺憾である。
「お前こそ彼氏とか作れよ。
「わたしはいいの。三年の大会で記録を残して、大学の推薦狙うんだから。そんなヒマないの。――さて、わたしはトレーニングでもしようかな。シオンもどう?」
「やめろ、殺す気か」
「だったら、洗い物よろしくね。んじゃね」
リッカが出て行き、俺も食器を片付ける。スポンジに洗剤を垂らしながら、今日の予定なんてものを考えてみる。
「考えてみるっても、やることは一つだよなぁ……」
ディスプレイに空いた穴。あれをどうにかしなきゃいけない。とりあえず、朝飯を食いながら、眠い頭で色々と考えてみた。
「まず、あの世界は一体なんなのか」
異世界だということは認めよう。否定したいところなのだが、現実に穴が空いている。なぜ穴が空いたとか、原理はどうだとかは、考えても俺にわかるわけがない。考えるだけ無駄だ。だったら『なぜ』や『どうして』をぶん投げてしまい、”異世界はある“という前提で考えてみる。
「ルキティアル戦記の世界。つまり、ゲームの世界だって考えが一つ」
PCにインストールしたルキティアル戦記。その世界と繋がったという考え方。原理どうこうは、異世界の考え方と同じで置いておく。
女神像を調べるというイベントをこなすことで、穴が出現した。つまりあの穴は、俺のPCに構築された世界を見ている。俺がカナリを操作していたことを自分の行動だと思っているのは、そういう仕様だから。
「次に、完全に別の異世界って考えもありだよな」
ゲームの世界という考え方とは逆。ルキティアル戦記というゲームが、カナリの住む異世界をベースに作られていたという考え方。
俺の住むこの世界で、異世界の住人と同じ行動をとったプレイヤーがいて、同時に女神像を調べたことで異世界と繋がった。俺と同じ行動をカナリはしていたのだから、俺が操作
「どっちも正解のような気がするし、違う気もする。……あー、わからん!」
下手の考え休むに似たり。わからないものはわからないのだから、考えても正解はわからない。
俺は洗い物を終え、部屋に戻る。カナリに声をかけることなく、部屋のクローゼットを開くと、昔使っていたディスプレイの箱を取り出した。
大きさは穴の空いたディスプレイよりも二回りほど小さい。その小さなディスプレイをPCに接続してみる。PCから外したディスプレイには、穴が空いたまま変わりない。ゲームの世界と繋がった説が間違いなのだろうか。……原理がわからないんだ。まだ断定するのは早いか。
「よし、PCの電源も問題なく入るな」
PCを立ち上げ、ルキティアル戦記のデータを確認……しようとしたのだが――
「データが……全部消えてる……?」
どこを探しても、
もう一度インストールしてみようかと、机の端に置いてあったルキティアル戦記の箱を手に取る。箱を開けると――
「――っ!? ディスクも消えてる……どういうことだ?」
背筋に冷たい汗が流れる。
一体どういうことなのだろうか。PCからデータが消えていたのは、そういうプログラムが仕込まれていたと考えれば納得できる。だが、なんでゲームのディスクまで消えているんだ? 煙にでもなって消えたとでもいうのか。
「おいおいおい……ファンタジーじゃなくてホラーじゃないかよ……」
プログラムというデータ上の話しではなく、ディスクという物理的にあったものが消えた。ホラー以外のなにものでもない。
リッカの仕業かとも思ったが、俺もリッカも、互いの部屋に勝手に入るようなことはしない。たとえ俺が寝ているうちに入ったのだとしても、ディスクだけ持ってゆく理由がわからない。
「じゃあ、カナリか? ――おい、カナリ!」
穴から声をかける。が、返事はない。
「くそっ! おい、まだ寝てるのか?」
耳を澄ますと、穴の向こうから寝息が聞こえる。ええい、埒が明かない。
穴にかけられたタオルを外すと、昨日と同じように机の上が見える。ベッドは逆だ。このままでは、ベッドにいるだろうカナリが見えない。
「おーい、カナリー!」
何度呼んでも、カナリは起きてこない。しかたない。直接起こしにいこう。
穴に腕を突っ込むと、机の端を手で掴み、穴を反対に向ける。よかった。俺でも穴を動かすことができるようだ。
ベッドを見ると、ベッド脇の小さなテーブルに置かれたカナリの服と、ベッドに横になったカナリの足が見えた。几帳面なのか、服は綺麗に畳まれ、上には包帯のような細い布も置いてある。
怪我はなかったはず。なら、腹にサラシでも巻いていたのか? サラシを巻く理由って、斬られたりしても内臓が飛び出ないようにだっけか。考えただけで怖い。
「机だし、どこかに……」
机の端を伝いながら、机の脚を手探りで探す。……見つけた。ここをつたって、と。穴はたいした力も使わずに、机の上から床へと動いた。あとは、床からカナリのベッドまでいければ……
「なんか手だけで床を移動って、古い映画にこんな感じのキャラクターがいた気がするな」
指を床のつなぎ目に引っ掛け、少しずつベッドに近づく。傍から見れば、腕だけが動いているという恐怖映像に見えるだろう。
床からベッドの足を掴み、一気にベッドの上まで移動する。
「はぁ……足なら数歩の距離でも、腕だけだと疲れるな……おーい、カナリ! いい加減……起きて……くれ……」
腕を抜いた穴の向こうに、バスローブを着たカナリが寝ている。なんだ、売らないで寝巻きにしたのか。着てみたかったのかな? ……いやいや、違う。違うだろ。
寝癖対策なのか、長い髪はゆるい三つ編み。綺麗な顔からは、スースーと静かな寝息が聞こえる。それはいいんだ。いいんだが……
体を包み込んでいたはずのバスローブは、寝ているうちに腰紐が解けたのか、カナリの裸体を晒していた。
「マジかよ……」
足元から、少しずつ視線を上げてゆく。
素早さの元であろう、細いが引き締まった足。秘部を隠す、男性用とは思えない小ささのおパンツ。滑らかそうなスベスベのお腹。そしてなにより、めくれたバスローブの隙間から少しだけ覗く、小さいが緩やかな双丘。
「おん、な……だったのか?」
目の前に寝ているのはカナリだ。カナリで間違いない。間違いないんだよな?
最初は中性的な顔だと思っていただけだったが、まさか女だったとは。うん、綺麗な顔だ。寝顔だからか、無垢な少女らしさというのが見て取れる。服の上に置かれたサラシは、胸に巻いていたのだろうか。
いやぁ、困った。ルキティアル戦記に性別選択なんてなかったし、ステータス画面にも性別は表示されない。一人目から六人目まで全部男っぽい見た目のキャラだったせいで、主人公は全部、男だと思ってたよ。
「もしや、これは俺へのクリスマスプレゼントだとか?」
ゴクリと、唾を飲み込む。
一人寂しく(正確にはリッカと二人だが)クリスマスを過ごした俺にたいする、神さまのプレゼントかもしれない。なら……
「もうちょっと近くで……」
獣耳少女を見られなかったんだし、いいよね?
(おおおおおお……っ!)
ベッドの上を静かに移動し、カナリの腹の上に移動する。
カナリが呼吸するたびに上下する、柔らかそうな双丘。贅沢を言えば、もう少し大きいほうが好みではあるのだが、プレゼントだと思えば嬉しい限り。……うん、頭沸いてるね! でも気にしない! だってこんな間近で見れるチャンスないもん!!
指で少しバスローブをめくれば、先端まで見えるんじゃないか? いやいや、さすがにそれは紳士じゃない。いやー、でもなー。見たいナー、見たいナー。
ああ! ダメなのに! ダメなのに指が!!
「もう少し……もう少しで……」
「ん……うん……もうあさぁ?」
「――あ」
カナリの薄く開いた目が、俺の目と合った。
最初はぼうっと、次第にはっきりと、目を見開く。キョロキョロと周囲を見回し、俺が伸ばした指と、自分のはだけたバスローブを交互に見ている。
「お、おはようカナリ」
「……おはよう、シオン」
カナリが、はだけたバスローブをそっと閉じる。そっ閉じだ! リアルそっ閉じだよ!! すげぇ! まさか見れるとは思わなかった!
だからカナリさん。ごめんなさい。
「覚悟は、できてるよね?」
「……はい」
俺は観念して、カナリの振り上げた拳を食らう覚悟を決めた。
……まぁ、いいもの見れたし、これくらいならいいか。
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