第2話 穴の開いた日 全てのはじまり [改]

 物置の片付けもつつがなく終わり、夕食後の俺の部屋。日が落ちるのが早いとはいえ、すっかり外は暗くなっている。

 PCのディスクドライブが静かな音を立てながら、CD-ROMを読み込んでゆく。


「調べたとおり、インストールに問題はなさそうだな」


 本当ならゲームを見つけた後すぐに始めたかったのだが、庭にいない俺を探しにきたリッカに片付けの続きへと強制連行され、こんな時間になってしまった。おかげで体はバキバキだ。明日は筋肉痛だろう。

 とりあえず俺は、物置で見つけた『ルキティアル戦記』の情報収集から始めた。

 結果は、今のPCでもプレイ可能。ついでに攻略サイトも発見済みである。メーカーの公式ページも探してみたが、しばらく前に倒産したらしく、HPは見つからなかった。一番危惧していた修正パッチなんかは出ていない……らしい。なぜ『らしい』なんて言葉を使うかといえば、なんとこのゲーム、わかっている限り攻略者がいないからだそうな。

 そしてこのゲーム、情報を集めてみるとクソゲーの類に入るようだった。攻略サイトの情報を信じるならば、高難易度過ぎて理不尽の域に達するらしい。攻略サイトに乗っている情報も、最初の街と次の街までの情報で更新がストップしていた。


「らしいらしいって言ってないで、とりあえずプレイしてみないことにはな」


 そこまで高難易度だ理不尽だと言われれば、逆に気になってプレイしてみたくなるのが心情というものだろう。

 五回目のディスクチェンジを終え、インストールの完了までもう少しだ。その間に、もう一度ざっと攻略サイトの情報に目を通す。

 ストーリーなんかはネタバレになるので見ないが、操作やシステム面を箱に入っていた説明書に照らし合わせて読む。ぶっちゃけ、インストール中は暇で他にやることがない。漫画でも用意しときゃよかった。


「戦闘システムはリアルタイムアクションRPG……かな? 現実リアルの時間を参照してて、昼夜の概念あり。疲労システムあり。そして、死んだら復活なし。セーブデータは一つだけで、死んだらセーブデータも抹消されると。尖がってるなぁ」


 その説明書の文を読むだけで、理不尽だということがわかる。これで難易度も高いってんなら、そりゃクソゲー認定もされるわ。


「リアルタイムはよくわからんにしても、アクションもRPGも苦手なジャンルなんだけどなぁ……」


 盛り上がっていた気分が、少しなくなってくる。

 二つとも嫌いなジャンルではない。嫌いではないが、苦手なのだ。アクションはギリジャンや初見殺しが連発ともなればイライラして投げ出したくなるし、RPGはレベル上げは好きなのだが、そのレベル上げがボスを倒すたびに頻繁に発生するようなら途中で飽きてしまうのだ。

 俺がクリアしたことのあるアクションやRPGのゲームを数えてみると、両手足の指の数で余裕で足りるだろう。


「せめてもの救いは、結構高値で売れるってことだけか。出荷された本数が少ないからか、美品なら万も越えるみたいだし、少しプレイしたらショップに持っていってみるかな」


 そうこう考えている間に、ディスプレイにインストール完了のポップアップが出る。ボタンをクリックして、早速ゲームを起動してみる。

 音楽に合わせて、ディスプレイ上のゲーム画面に『ルキティアル戦記』というタイトルが表示される。


「さぁて、どれだけ理不尽なのか、少し見させてもらいますかね」


 飲み物もお菓子も準備済み。今は冬休み。明日は用事もない。一晩くらいはクソゲーに付き合ってやる。

 俺は覚悟とちょっとした期待を込めて、ゲームパッドの十字キーを操作し『New Game』を選択した。



 ――――



「あ、ダメだこれ。クソゲーだわ」


 ゲームをプレイし始めて四時間。俺はゲームパッドを机の上に放り投げた。時刻は深夜零時。一晩も持たなかった。

 ディスプレイ上のゲーム画面には『Dead End』の文字と共に、六人目の主人公が小さな部屋の中で、血を流し死亡している。もちろん『Continue』なんて表示はされていない。


「くそっ、せっかく今回は一時間以上持ったってのに。つーか、マジでゲームバランスおかしいんじゃねーの? ユーザーフレンドリーって言葉を、開発陣は知らなかったのかね」


 実際はゲームバランスどころじゃない。なにもかもがおかしい。


 まず第一に、主人公であるプレイアブルキャラがおかしい。このゲームの主人公は、常に同じ人物ではない。顔から体型、ステータスや初期装備まで全てが違う。ステータスに割り振られる上限値や装備の強さはある程度決まっているっぽいのだが、他は始めるたびにランダム生成されている。


 次に、敵の強さがおかしい。最初のキャラは、街の近くに出てきたスライムに一撃も与えられず嬲り殺された。スライムなんて、RPGでいえば最弱の敵のはずだろ。画面上に現れる『Miss』の表示にここまで絶望感があったのは初めてだ。


 そして最後に、表示がおかしい。表示といっても、キャラのステータス画面だ。このゲームには、レベルやステータスの数値表示がない。マスクされている。HPは名前の色が黄色くなったら注意。赤くなったら危ないと、その程度しかわからない。他のステータスも、いったい何色なんしょくで色分けされているがわからないが、微妙な色の違いで判断するしかなかった。


 さすが『等身大の人間を感じろ!』というキャッチコピーなだけある。この世には同じ人間なんていないし、ステータスなんてわからないからな。このゲームを作った奴は狂人すぎるだろ。


「しかも、戦闘に勝ってもステータスが上がったかどうかの表示もされないんだよな。でも、なんとなく法則はわかった。最初のキャラはDEX器用さが極端に低すぎて、攻撃を当てられなかった……んだと思う」


 やはり実際にプレイしてみるのは大事だとつくづく思い知らされる。プレイしてよかったかどうかは置いておいて、その点だけは感謝しよう。そう思ってなきゃやってられない。


 このゲームのステータスは、HP生命力MP精神力STR物理攻撃力DEF物理防御力INT知力AGI敏捷DEX器用さLUKの八個。

 ステータスの色は、HPやMPは白に近ければ現状の最大値。他のステータスは、黒に近いほど低い。確か最初のキャラは、DEXが真っ黒だった気がする。


「最後のキャラはSTRとDEXが高い――多分、高かったんだよな? 色も少し青っぽかったし。まぁそのおかげで、スライムはなんとか倒せたんだ。つーても、調子にのって変なダンジョンに入ったら秒殺されたわけだけども」


 トキレムという、はじまりの街の近くにあるダンジョンだったのだが、スライムを倒せる程度では入っちゃいけなかったようだ。攻略サイトで確かめてみると、何十時間スライムを狩っても攻略は無理だというコメントがあった。そんな危険なダンジョン、街の近くに置いておくんじゃねぇよ。


「つーか何十時間スライム狩っても、攻略は次の街で止まるのかよ……高難易度とか理不尽どころじゃないだろ、このゲーム。もういいや、次のキャラが死んだら一眠りして、昼になったら売りにいこ」


 気を取り直したわけでもないが、最後と決めてもう一度ゲームパッドを手に取る。タイトル画面で七度目のNewGameを選択すると、少し時間がたち、画面にキャラが表示された。

 体格は細身で青く長い髪を後ろで束ねた、中性的な顔立ちのキャラクター。ドットは粗いが、一発でイケメンなのだろうということがわかる。六人目は長身の筋肉バカっぽいおっさんだったな。最後に引き当てたにしては、見た目としては当たりっぽいキャラ。

 次の画面に進むと、さっそくトキレムという街でイベントが始まった。これも七度目。


『ようこそ! ここは、はじまりの街トキレムだよ!』


 街の外に立っていた門番らしきNPCが話しかけてくる。ここから始まるのは世界観の説明だ。


 かいつまんで説明すると、主人公たちが暮らすコラキ大陸の半分は魔王の領土となっている。最近になって魔王軍の動きが活発になり、コラキ大陸の外れにあるトキレムにも魔物モンスターが現れだした。主人公はトキレムからコラキ大陸の中央、そして魔王の領土に向かい、立ち寄った街や村、国の問題を解決しながら、最終的には魔王を倒してくれ。と、そんなありきたりどころか簡素なストーリー進行だ。


 その説明が終わって、やっと主人公のステータスが確認できる。もう少し楽だったら、リセマラもやりやすいんだけどね。面倒だからやりたくないけど。


「名前は『カナリ』。ステータスは……おお?」


 ステータス画面の色に驚く。HPとMPは減っていないから白。これはいいとして、AGIの文字が今までに見たことがないくらい、はっきりと青い。次にDEXが黒寄りの青。INTとLUKも、黒いが色の違いがわかる。その代わりなのか、STRとDEFはほぼ真っ黒。


「AGI特化の回避キャラって感じなのかな。でもこれじゃ、HPも低いんだろうなぁ。それに攻撃は当てられても、このSTRじゃ敵を倒せるかどうか……待てよ?」


 説明書からステータスのページを開く。ついでに攻略サイトも確認。


「やっぱりか。疲労度もあるし、さっさと試してみるか。どうせ最後なら、いけるところまでいってやる……!」


 街で手持ちの金を全て使い、少しでもAGIの上がりそうな羽帽子はねぼうしという装備を買い頭に装備する。回復薬なんていらない。どうせ当たったら終わり。

 向かう場所は決まっている。それはもちろん、攻略は無理だとサイトに書かれ、六人目の主人公がやられたダンジョンだ。


「誰も攻略したことがないんなら、俺が攻略してやる!」


 夜の草原でスライムとエンカウント。シンボルエンカウントだから、戦闘に入ること自体は楽だ。そして、シームレスに戦闘に突入。普通ならここでアクションを駆使し装備した武器で戦うところだろうが、俺はカナリを戦闘フィールドの端へと移動させボタンを押す。画面に表示された文字は――『逃走成功!』。


「よっしゃ! いける!」


 ルキティアル戦記の逃走判定はAGI依存。AGIが低ければスライムからも逃げられない。だがカナリはAGI特化だ。俺の戦法は、ずばり逃げるが勝ち。勝てないのなら、逃げるだけ逃げて進めばいい。

 しかも、カナリの装備欄には今まで見たことのない装備があった。それは右手に装備されていた『盗賊のナイフ』という初期装備。装備を外してもステータスの色に変化がないところを見ると、武器自体のステータスはかなり低いはず。だが、そのナイフの説明欄には『逃走確立UP』という文が書かれている。これでさらに逃げられるってもんだ。


「よし、よし、よしっ!」


 ダンジョンに入っても、逃走の快進撃は続いた。アーマースケルトン、ドラゴンベビー、サイクロプス。どんな相手にも、逃げる、逃げる、逃げる――

 逃走を失敗することもあったが、決して戦うような真似はせず逃走を続け、時には魔物の攻撃がMissになることを祈りった。そんな、ギリギリの状況で逃げ切った場面も幾つもあった。宝箱も罠の可能性を考えて無視して進む。

 そして今、カナリはおそらくダンジョンの最奥にある、豪華な扉の前に立っていた。

 額にベットリと脂汗が浮いている。時間にしてみれば四十分程度か。それなのに、何時間もプレイしていたような気分だ。


「はぁ……さてさて、扉の奥はボスがいるのかな。どうせボスは逃走不可だろうし、まっ、奥まで進めただけでも上等」


 ここまで進められたのは、運も奇跡も味方につけた上で、蜘蛛の糸より細い道を綱渡りした結果だろう。きっと、もう一度やれと言われても無理だ。

 カナリをドアの前まで移動させ、ゲームパッドのボタンを押す。ゴゴゴゴ……と音を立て、扉が静かに開いてゆく。心臓が音に合わせて高鳴るのがわかる。昼には金になってるゲームだが、最後の最後にここまで楽しませてくれたなら満足だ。

 扉が開ききり、扉の先へとカナリが進む。その先には――


「なにも……出てこない……?」


 画面に表示されている部屋には、魔物の影も形もない。ただ、中央に丸い水晶のような玉を持った女神の像が建っているだけだった。

 しばらく部屋をうろうろしてみるが、特になにもない。調べてみるとすれば、女神像なのだろう。

 少し悩んだが、調べてみることにする。ここから街に戻ることは不可能だろう。だったら、鬼が出ようが蛇が出ようが、なるようになれだ。

 カナリを操作し、女神像を調べてみる。すると、画面にメッセージウィンドウが表示された。


『世界との繋がりを求めた勇者よ。ルキティアル戦記にようこそ』


「……はぁ、ようこそもなにも、もうプレイしてるんだけど」


 俺が呟いた、その瞬間――女神像が持つ水晶の玉が光を放ち始めた。やはりこの女神像がキーだったか。どんなイベントが始まるのか――


「って……は? な、なんだ!?」


 水晶の光はゲーム画面を白く埋め尽くす。が、それだけでは済まない。ゲーム画面からはみ出し、ディスプレイ全体が眩しく輝き始める。

 光は白く、白く、俺の部屋を白く染める。


「ちょ、ちょっと待て! なんだこれ!」


 ディスプレイの電源ボタンを押しても反応しない。ならコンセントを――


「ダメ、だ……! 何も見え、ない……!」


 視界が白い光の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、周りの一切が見えなくなる。俺にできるのは、腕で目を庇うことだけだった。

 ……数秒だったのか、それとも数十秒か数分か、徐々に光が収まり、視界が戻ってくる。ぼやける視界の中、目の前には俺の机と上に置かれたPC、そしてディスプレイ。特に変化はない。

 ――いや、違う。変化はあった。視界がはっきりとすると、その異常さが見て取れる。


「なんだよ……なんだよこの”穴“は……!」


 壊れたのか、なぜか穴が空き真っ暗になったディスプレイ。だが、異常はそこじゃない。いや、それも十分異常なのだが、今一番の問題はのほうだ。


「は、はは、ははははは……」


 あまりの異常さに笑いが込み上げてくる。

 ディスプレイには穴が空いている。穴の大きさは三十センチもない。でも、なんでだ? なんで真っ暗になり壊れたディスプレイの穴の向こうに、が見えるんだ? そのは、一体なんだ?


「あ~~、ビックリした。――お、ラッキー。街まで戻れてるじゃんか」


 穴の向こうから聞こえてきた声に、体がビクリと反応した。少し高い、綺麗な声。

 恐る恐る穴を覗き込むと、青く長い髪を後ろで束ね、羽帽子を被った後頭部が見える。……ああ、見たことがある。その後頭部も、この草原も、あの街並みも、全部。


「カナ……リ……?」

「んー? 誰だ、オレを呼ぶのは?」


 くるり、と束ねた長い髪を揺らし、穴の向こうの人物が振り返る。ドットで見るよりもずっと綺麗な顔が、穴の向こうにいる俺を見つめる。子供のように無邪気な光を宿した、綺麗な瞳。月明かりを反射する、深い青色の長い髪。


「おお、穴だ。本当に空いてやがる。言い伝えどおりだな」

「言い伝え……だって?」

「ああ、『穴の向こうから勇者が現れる。共に協力し魔王を打ち倒せ』。子供でも知ってる御伽噺だぜ? しっかし、オレのところに穴が現れるとはなぁ。で、アンタ、名前は?」

「神楽……神楽シオンだ」

「そっか。よろしくな、シオン。俺はカナリだ。って、もう知ってるか」


 あっけに取られて答えた俺に向かって、カナリが穴の向こうから手を差し出してくる。その手はディスプレイを突き抜け、まるで本当に別の世界の穴が開いているかのように、俺の目の前に現れた。


(なんだこれ、一体なにが起きてるんだよ!!)


 俺はカナリの手を握ることなく、ベッドから引き剥がした毛布をディスプレイに被せた。


 ――これが俺とカナリの出会い。全てが始まった日の出来事だ。

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