第2話サイクリングデスロード

「ほ、本当にいいんですか?」

「いいんです!気にしないでください!本望です!」


 彼女を自転車の後ろに乗せいよいよ出発する。やっぱ困ってる人は助けないとね。

 ん?バイト先の君?誰それ知るかバカ!そんなことよりニャニャたんだ!


「でも地図見ましたけどここから海岸まですごく遠いですよ?とても夕方までは……」

「愛があれば不可能はない」

「いやそれ関係あります?」

「ライブの為、にゃん×2 猫娘 29の為、そしてニャニャさんの為。その為だったら僕は物理法則すら超えてみせましょう」

「は、はあ……?」


 そうだ。やってやる、やってやるさ……!


「でもタクシーとかに乗ればいいんじゃ」

「いえ恐らく海岸入り口から近くの町で渋滞になります。そこから歩くにしてもその時顔を知られれば面倒な騒ぎが起きるでしょう。だから自転車が一番です。フードは深く被ってください。管理局に見つかると厄介です」

「わ、分かりました……!」

「じゃあしっかり掴まっててください」

「はい!」


 そう言って彼女は俺に抱きつく。うん。抱きつく。

 ん?抱・き・つ・く?


 瞬間、俺の何かが弾けた。


「うっしゃああああああああああああああああああ!!!」

「にゃああああああああああああ!?」


 超速でペダルを漕ぐ。チェーンが摩擦で煙吹く。車体が豪速で走る。俺は今、超スピードで自転車を漕いでいる。


 いや重要なのはそこではない。


 ニャ ニャ た ん が 俺 に 抱 き つ い た 。


 こっちの方が俺にとって超重要だ!あの!アイドルの!ニャニャたんが!俺に!抱きついてるんだぞ!これ以上の幸福があるものか!間違いない!間違いなく今日は人生で最高の日だ!ヒャッホゥイ!!


「にゃ〜〜〜〜!」

「っ!?」


 あまりのスピードに恐ろしくなったのか、ニャニャさんがさらに強く抱きしめた。


 さ ら に 強 く 抱 き し め た 。


「きぇええええええええええええええええええええ!!!!!」

「にゃああああああああああああああああ!!?」


 そのおかげでスピードはさらに上がった。もう10倍ぐらい上がった気がする。もうこれ音速とか余裕でいけそう。


 ああ…今なんて俺は──


「最っ高なんだあああああああああああああああああ!」

「誰か助けてええええええええ!!」


 歓喜と悲鳴と共に、アイドルを乗せた自転車は征く。






「あーパトロールだりー」

「そうっすねー」

「なんだって今日は何件も起きんだっつの」

「今日ノトラブルハ7件デス」

「全部異種族関係っすね。まあ今日はフェスだから当たり前か」


 面倒をぼやきながらパトカーを走らす警官二人とロボット一機。


「あーあー面倒くせくせ」


 そう言いながら徐にタバコを取り出して一服する。


「あー不良警官だー。仕事中っすよ先輩」

「職務怠慢。職務怠慢」

「うっせ、一服してねえとやってられんねえよこんなん」

「まあ確かに。気持ちはわかりますよ」

「コレダカラ人間ハ使エン」

「うっせえポンコツ。スクラップにすんぞ」

「粋ガッテイルノモ今ノ内ダ。イズレ世界ハ人間デハナク我々ロボットガ支配スル」

「なんかアホなこと言ってんぞこいつ」

「過激っすね」

「ア、ヤベ。違ウヨ?全然違ウヨ?本当ハ世界ヲロボット帝国ニセンガ為ニ人間社会ニ溶ケ込ンデルトカソンナナンジャナイヨ」

「おいもう喋ってんじゃねえか。目的喋ってんじゃねえか」

「知ランワー。アンタ何言ッテルカ分カンナイワー。日本語喋レ」

「あんだとテメエ!一回凹ますぞオラ!」

「ウワーヤメロー。暴力反対暴力反対。訴エルゾー」

「うるせえ!ロボットに人権はねえ!」

「あーもう!車内で騒がないでくださいよ!」


 車内で騒ぎ始めたせいで蛇行運転になる。下手すれば警官が事故るというマヌケな結果になりかねない。そう悟った時、が横を超高速で横切る。


「あ?な、なんだ今の?」

「ピピッ、時速300kmト計測」

「……自転車、っすかね?二人乗りの……」


 もう彼方に消えてしまったが瞬間の回想で当たりをつける。


「野郎……この俺の目の前でスピード違反たぁ舐めてくれるじゃねえか?しかも二人乗りだとぉ?」

「脈拍計測、急速上昇。ナオモ上昇中」

「うわー血管ピクピクしてるー」


 完全にイライラの矛先がスピード違反車に向いた。


「追うぞオラァ!運転変われ!アクセル全開だァ!!」

「いや別にいいんすけど300kmっすよ?追いつけないっしょ?」

「ふっふっふっ、舐めるなよ?この武血斬離ぶっちぎり号を!」

「先輩って絶対元暴走族っすよね?」

「密かに高速スピード違反車に対抗するため魔改造を施してあるのだ!」

「署に許可は?」

「してない!」

「何してんすかアンタ」

「今こそ真の姿を見せろ、武血斬離号!」


 そう叫びながらハンドルの横のボタンを押すと、パトカーは急速変形する。

 向かい風で冷却するためにフロントが上がり内部メカを露出し、エンジンはもう一つ接続され、排気ノズルが幾本も伸び、ニトロが爆発する。


「さあ、楽しいPartyの始まりだオラァ!!」

「わー誰かこの人止めてくれぇ!?」

「人間ッテ怖ッ」


 急速にGがかかる。内臓が押し潰される。まさに殺人的な加速だ。しかし彼は笑っていた。


「Let's Rock! Yippee yi yea!」

「何人!?」

「狂人」


 豪速の咆哮を上げて、ポリスメンは走る。




「むっ、どうやら勘付かれたか」

「当たり前だと思いますけど!?」

「だがやることは変わらん!このまま突っ切る!」

「キャラ変わってません!?」


 後ろから近づくパトカーのサイレンに気づき一段とハンドルを握る手に力が篭る。

 あちらは車輌、こちらは自転車。なればこそ、市街地戦に置いてはこちらが有利。

 急速にハンドルを切り路地に入る。慣性とGに体を持っていかれるが耐える。ニャニャさんも必死にしがみつく。塀を渡り、壁を走り、敷地を通り抜け、屋根を伝い、民家を走り抜ける。


「なめんなァ!」

「いや自重して!?」

「人間ッテ怖ッ」


 しかしパトカーも多少の無理をしながらも食らいつく。片輪走行は当たり前、塀を壊し、壁をぶち抜き、強力なスプリングで屋根を飛び越える。


「ちっやるな」

「あなた方本当に人間ですか!?」


「しめたぜ!その先は大通りだ!」

「なんってこった!?死人がでるぞぅ?!」

「人間ッテ怖ッ」


 その言葉通り、人が大勢往来する大通りに出る。突然の爆走車二台に当然阿鼻叫喚となる。


『な、なんだ!?』

『自転車、とパトカー!?……あれ?パトカーだよなアレ?』

『つかどんだけええええ!?』


「いかん、ニャニャさん。フードは大丈夫?」

「は、はい!なんとか!」


 自身も帽子を目深く被りサングラスを着用する。ツイッターとかで挙げられると後々厄介だ。さて暴走警官は大通りに出て追い詰めたつもりだろうが──否、それは違う。むしろ自分の首を絞めたと言っていい。ヤツらは知ることになるだろう。市街地戦に置いて、やはり自転車のアドバンテージは絶大だと。


「ぬぅわにぃ!?」


 そして、それは早くやってきた。

 忘れたのか?


「これはっ!?」

「相手ノ方ガ一枚上手ノヨウダ」


 今日は種族感謝祭。そして俺たちはその開催地におり、その方向に向かっている。そしてそれは一年で最も人気のある行事。ならば、当然──


「渋滞だとォ!?」


 この時間帯、そして街中まで混むのは明白。世の異種族好きを侮ったな。

 そしてこの渋滞、車だらけの局面にて自転車の有利が作用する。


「しっかり掴まっててください!」

「く、車の間を縫って……!」


 自転車という車体の小ささが車の隙間を突く。いくら見積ってもバイクなどにしか出来ぬ芸当である。しかしバイクより小回りが効きどんな複雑な隙間でも通ることが可能であった。距離は、更に開く。


「あばよ」


「………」


 既に自転車は車の向こうに姿を消した。警官は立場上、これ以上は行けない。


「さ、さすがにもう無理っすね……」


 そう、無理だ。これ以上は。


「……まだだ」

「は」

「まだ終わっちゃいねえ」


 しかしこの男には例外であった。


「他のヤツらに連絡。自転車のスピード違反で二人乗り、ママチャリ乗って運転手は帽子にサングラス、後ろに乗ってるのはフードを深く被った女性」

「ちょっ、ちょちょちょ!連絡って……他のパトカーにですか?」

「当たり前だろうが。ヤツらは俺を、警察俺らをなめた。その報いを受けさせてやる。その奢りを後悔させてやる!徹底的に追い詰めるぞ!」


 さっきまでのキレ具合が嘘のように冷静であった。人は限界を超えて怒れると逆に冷静になると言うがまさにそれだった。その姿に後輩は男ながらにかっこよさを見た。


「……はい!」

「オ二方、ツイデニ宜シイカ?」


 後輩がすぐに無線を手に取ると後ろからロボが声をかける。


「どうしたァ?」

「後ロニ乗ッテイタ女性、解析シタトコロ異種族、猫獣人ト断定シタ」

「ほぉ……」


 その証言に目を細める。


「追加報告。違反者の一人は異種族、猫獣人と判明。異種族管理局に補導許可要請」

「はい!」


 後輩の機器を操作する音をBGMにタバコに火を点け一服する。


「煙草ハ美味イカ?」

「生憎安物でね。タバコ税は辛いぜ」

「ホシ ハ中々ノ強者」

「誰だろうが捕まえるだけだ」

「協力シテヤッテモイイゾ?」

「精々ポンコツの名を返上するよう頑張るんだな」

「──了解。許可、下りました!」


 後輩の言葉を受け、胸ポケットからサングラスを取り出してかける。


「獣狩りだ」


 波乱の第2ラウンドが静かに幕を上げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る