アイドルを乗せて時速300㎞(チャリ)
事故りライダー(ママチャリ)
第1話エントランスハンガーキャット
朝、設定した時計が鳴り響き目を覚まし、頭を掻いて寝癖を直しながらスイッチを切る。
ベッドから起きて下に降り、洗面台で顔を洗いまだはっきりしない意識を覚醒させる。リビングに戻ってテレビを点け、朝の支度をする。両親は昨日から出張、妹は学校が休みでまだ寝ている。しかし、俺はバイトなので今のうちに準備しとかなくてはならない。
『──など、今日も1日晴れやかな天気となるでしょう』
テレビは朝のニュースで今日の天気や事件の詳細、スポーツの話題などを放送していた。
『ところで今日はいよいよ待ちに待ったあの日ですね!』
『はい!
テレビのキャスターの発言に思わず耳を傾ける。
『毎年行われるこの感謝祭は異種族との交流が今後ずっと平和に続くようにと他種族間で決められた祭典なんですよね』
『我々人類を含めいろんな種族がパフォーマンスをし、今年一番の種族賞が贈られます』
『今年の注目は近年人気が急増昇し今年見事初参加となった『にゃん×2 猫娘 29』です。楽しみですね』
『はい。ですが私的にはワーラビットのセクシーダンスが楽しみで昨日からいきり勃っております』
『おい生放送』
『あーでもなー!ミノタウロスのおっぱいも捨て難い!』
『はーいちょっと止めてー』
『あ、でもエロさならサキュバス族にも軍配が──』
『てめぇいい加減にしろやゴラァ!』
断末魔をBGMに画面が癒される風景映像と『しばらくお待ちください』に切り替わる。
なん…だと……?
この世界は数年前から既存の動物と人間以外に数多の他種族が発見された。それに担い、同じ地球上の生物として共存と友好な関係を結ぶものとして海外留学や職場進出、メディア活動など持ちつ持たれつからギブ&テイクまで積極的に関わっている。
他種族の種類は比較的に人型に近いものから半人型、不定形と様々で、むしろなんで今まで見つからずに居たんだと疑うレベルに多い。
それによって進化論やら生態、果ては新種から既存生物の謎などの生物学と、神話や伝承、今となっては確かめようもない噂などの歴史・文化・民俗学界では激震が走り、今一番ホットな学科として日夜研究が盛んで行われている。
まぁ今回重要なのはそこではない。そんな些細な問題は今目の前に立つ事象の前には容易く崩れ去る。
「フェスは今日、だったのか……不覚!」
床に手をついて絶望する。嗚呼なんと……なんと世は無常なのだ……
「こんな大事な日に『にゃん×2 猫娘 29』会いに行けないなんてぇぇぇぇぇ!うおおおおおニャニャたんんんんんんん!!」
男は叫んだ。朝のモーニングタイムにも関わらず叫んだ。推しメンの名を。その涙の慟哭は家全体を揺るがしたが爆睡の妹を起こすには至らなかった。
彼はドルオタであった。
「……そうか。
ならば彼らを責められはしない、いやどうして責められようか?皆この日の為に必死なところを「ねえねえフェスっていつだっけ?」と空気も読まず聞いてくるなど愚かの極み。それくらい自分で調べろ。そもそもファンであるなら把握しとけ!という話である。
「……バックれるか?」
バイトをサボり、今から準備して備えるか?
チラッと画面を見やる。そこには正確なフェスの開始時刻と豪華なステージが映されていた。あれに彼女たちが踊る姿を幻視して目を瞑る。
そうだ、ここで行かずして何がファンか何が男か。そう思い立ちバイト先の装備を捨て、直ぐ様自室へと階段を駆け上がる。待っていてくれ!愛しのニャニャたんんん!──
『あ、おはようございます!』
っ!?
『今日も頑張っていきましょう!私今日はやる気とパワーが違いますよー!』
階段の一段目を踏んだ瞬間、脳裏にフラッシュバックするのはちょっと気になるバイト先の君。
『え!えー!ど、どどどうしよう−!助けてくださーい!』
いつも明るく、元気で、そしてちょっとドジな後輩オーラ漂う魅力的なあの子。
『今日もなんとか乗り切りましたね!また明日がんばりましょう!』
そういつだって笑顔を絶やさないあの子がいたから。俺はこの仕事を続けていられたんだ。それを自分の都合で負担させることなど、あの顔を苦痛に歪ませることなど誰ができようか?
気がつけば俺はバッグを肩に玄関で靴を履いていた。
そうだ。また来年があるじゃないか。その時に今度こそ行けばいい。今回はこの胸に渦巻く愛という炎を優先しよう。人間は、素晴らしい。ごめんよニャニャたん、俺には今目の前で苦しんでる子の方が重い。
「待っててくれ、バイト先の君!」
その決意と共に、俺は外へと歩みだした!
「きゅ〜……」
そして玄関先でぶっ倒れている人を見つけた。
「………」
そっ閉じ。
(OK。テイク2だ今のは間が悪かった。人生そう劇的な出来事が都合のいいタイミングで起こるわけがない。いやー人生厳しいねーよし行こう!)
その決意と共に、俺は外へと歩みだした!
「………」
我、死体発見ス。
「………」
再びそっ閉じ。
「………」
うーん、これはアレだ。多分アレだ。よくわかんないけど多分アレだ。知らねえけどアレだ。
「テイク3!」
「………」
三度目の正直にロマンなどなかった。
(どうするこの状況……家の前で死体?疑われる俺 巡り巡るsuspense 巻き込まれる俺 事態は急展開し世界は破滅!Why?いや待て待て飛躍しすぎだ 年頃の少年少女だってそんな妄想しないぞ!落ち着け落ち着け、心頭滅却すれば火もバックファイア!いやいやそんなことしてる場合じゃなくて!!)
男はかつてないほど混乱し『ざわざわ……』と擬音を立てながら状況を分析する。
(見た目的に女性?超かわいいめちゃんこタイプ。この子なら掘られてもいい。今時の服装。グラサン。帽子。マスク。手袋。ホットパンツ。超似合ってます。息はしてる。かわいい寝息。追い込まれて限界以上の力を発揮した俺の体の超聴力が溶け落ちそう。よし死んではいない!俺無罪!いやでも未遂扱いされそう……)
そこまで考えて周りを見やる。
(周囲確認。敵影ナシ、早急ナ行動ニ移サレタシ)
脳内でセルフ作戦行動をしながら男は倒れている女性を安全におぶり自宅に入る。
(これは人命救助これは人命救助これは人命救助これは人命救助これは人命救助これは人命救助、あっいい匂い……ハッ!人命救助!人命救助!人命救助!人命救助!レスキューファイヤァァァァァ!)
いろんな意味でもうダメかもしれん。
そう心で唱えながらソファに寝かす。うばばばばば綺麗な人だーー……
「すぅ……」
「ふんむぎぎぎぎぎぎ静まれ俺のDTソウル……!すーはー、すーはー……」
胸を押さえて深呼吸する。思えば妹以外女性と碌な関係築けてないな俺。いや俺には『にゃん×2 猫娘 29』があるからいいか。どうせ無理なら高望みはすまい。
思いの外落ち着いてきたところでやっと冷静に状況を判断する。
(何でうちの前で倒れてたんだろうか?行き倒れ?このご時世に?いや服装からしてそれはないか……んー年若いこの頃の女の子が家の前でぶっ倒れるぐらいのすることとは……家出?朝帰り?酔っ払い?シャブ?)
自分でやっといてなんだけどこれ招いて大丈夫だったのか……?起きたら襲われないか不安になった。大丈夫なのか俺?
しかしこの状況……
「すぅ……」
「………」
なんか絵面的にやゔぁい。
突然家の前に倒れていた謎の美少女A。それを見つけたDT渦巻く家の住人(俺)。伊達に生きて20と数年、彼女いない歴=年齢のDTボーイはすぐさま家に入れ看護するがうちに秘められたDTソウルが爆発し目の前の謎の美少女Aを欲望のままにおそ──
「…ん、んにゃ?あれー私寝ちゃって──」
「ぎゃあああああああ!?」
「にゃあああああああ!?」
もちろんできるわけがない。だってDTだもん。
「えーつまり空腹でぶっ倒れてたと?」
「うぅ…はいですにゃ……」
そ−いうことってあるのねー
「だがかわいいから許す!」
「にゃ?」
「いえなんでも気にしないでぇえ!」
声が上ずってしまった……情けねえ…流石万年DT。嫌な時に力を発揮しやがる。ああ、にしてもええ声。初めて聴いたとは思えないくらい聴き慣れてどストライクな声だ……
そうして打ちひしがれていると彼女は急にモジモジと悶え出した。かわいいなぁ。トイレかな?
「あ、あのぅ……」
ぐぎゅるるるるごおぉぉぉぉ!
「な、なんだ!?某国の新兵器かっ!」
「…………」
「おのれぇ!とうとうこの国にも変態の魔の手が!」
「…………」
「?」
「…………」
「どしたの?」
この世のものとは思えないの大怪音に狼狽えている自分を横に目の前の女の子はものっそい顔で俯いていた。もうめっちゃ真っ赤。メルトダウンすんじゃねえかってぐらい。
「あのー」
「…………」
「いやホントに大丈……ハッ!」
そういや空腹がなんたらと……
「…………」
「…………」
「オナカヘッテルノ?」
「…………」
小さく頷く。もう顔が涙と鼻水でぐっしゃぐっしゃになって、声を押し殺して。
「あの、マジすんませんでした」
「ごめんなさい……」
「いやこっちが悪いから!非は俺にしかないから!」
「ごめんなさい……ホントにごめんなさいぃ!」
「いやいいって!わかるから!俺も恥ずかしいから!人類皆恥ずかしいと思うから!!」
「猫です」
「はい?」
会話の流れにいきなりぶっ込まれた単語にアホな顔していると彼女は今まで被っていた帽子を取る。すると音にするならピョコとでも鳴りそうな感じで耳が出てきた。…………ん?
「私、
そう述べながら彼女はマスクと手袋を取り顔に猫髭と手に肉球を、腰辺りからシュルっと尻尾を出現させた。
「……マジですか」
「マジです」
「ぬこ?」
「ぬこ」
「にゃん?」
「にゃん」
「…………」
「…………」
(にゃん……ですとォォォォォォ!!)
俺に電流走る。
(えええええ!マジでェェェ!?マジのマジのマジマジで?うそだろ!?モノホンンンンンン!?)
そこまで来てあることに気づく。
(ハッ!?まてよ、この声!この面!もしや……!)
いつの間にか口は開いていた。
「あのぅ、差し出がましいようで恐縮なんですけど…ご職業は?あ、あと差し支えなければ名前とかも……」
我ながら今ものすごいレベルで顔が引きつってるのがわかる。それは今の今まで引っかかっていた事がハッキリしたものだった。
「あ、はい。私、ニャニャといいます。アイドルをやってます。『にゃん×2 猫娘 29』って言うんですけども……」
そのとき、再び俺に電流走る。
(自分の好きなアイドルグループだったァァァァァ!!?しかも推しメンンンンンンンン!!)
「えぇっ!?観光してたらはぐれた!?」
昨日の残り物を召し上げながら事情を聞くとどうやら仲間とはぐれたらしい。
「そうなんです。私ちょっと抜けてて、しかも方向音痴なんでいつの間にかこんなところに……」
「そうだったんですか……あれ?でも今日確か……」
「はい…フェスでライブです……」
「不味いじゃないですか!早くマネージャーとかに連絡を──」
そう言って目の前に出されたのは、なにやら粉々になった変な物体だった。なにこれ新種の黒飴?
「………これは?」
「………スマホです」
ん?
「スマホとな?」
「スマホとです」
「この見るも無残な物体Xがですか?」
「残念ながら」
何をしたらここまで原型が留めないんだ?
「……っ!」
「ああいいですいいです!喋らなくていいです!なんかもう勝手に納得しとくんで真実は心の内に留めてください!えーと、じゃあ俺の使いましょう!貸しますよ?喜んで貸しますよ携帯ぐらい!ハハハハハハ!」
なんかもう俺ヤケクソだわ。
その後飯も食ってプロデューサーやら関係者やらに電話した。あとはあちらから車やら寄越してもらって解決だ。ニャニャたんと別れるのは名残惜しいがひと時でも一緒にいられたので贅沢は言わない。寧ろファンとして何物にも変え難い時間だったろう。あれだ、好きな芸能人がロケで自宅に来たみたいな感じだ。俺はもの凄く運が良い。
そんなこんなしていると話は終わったようで。
「あ、終わった?で、なんだって?」
「………」
「?」
聞いてみるがニャニャたんは携帯を握りしめたまま動かない。
うーん?どうしたー?なんか不味いことになったのかなー?
「あのぅ……」
何か不味い空気を感じているとニャニャたんが口を開く。マイ女神の開口だ心して聞く。
「はい」
「すごく言いにくいんですが……」
「はい」
「結論から言いますとですね……」
「はい」
「迎えは……来ません」
「はい」
「何か別のアクションしてください!」
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「にゃあああああああああああああああ!?」
しばらくお待ちください・・・・・
えーお待たせしました。こちら数分ぐらい慌ててまして情報の処理が追いつかなくなっておりました。えーニャニャ様が言うにはどうやら会場が忙しく、こちらに回せる人員がいないとのことでしてね。えーそれでどうにかこちらから行くしかないとの結論になったそうです。はい。
「………」
「助けていただき本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
「………」
「ではもう行きますね」
そう言って彼女は玄関に向かう。俺はその後ろ姿をずっと眺めていた。
「………」
やがて靴が擦れる音がして間もない内にドアが開く音がして、閉まった。
彼女は果たして会場に辿り着けるだろうか。いや無理だろう。知らない土地、知らない街で、そもそも迷って空腹で倒れた彼女だ。おまけにアイドルだ。彼女が街を歩くだけで騒然とするだろう。下手すれば異種族管理局に捕まってたりしたら……。今でこそ平和だがどこの国でも異種族とのトラブルは絶えない。毎年の就職時期に多数人員を募集してるほどだ。それだけ問題の山積みの中、捕まったりしたら会場に間に合わないかもしれない。しかもフェスだ。参加できるのは実力と実績が確かなグループに限られるアイドル業界の一つの到達点だ。それに出れないなんて……
そこまで考えると俺は足は無意識に動いていた廊下を走り、靴を雑に履き、殴るように玄関を開けて飛び出す。
「……!」
時間にして数秒だったのか彼女はまだ家を出た直後で、音に驚いてこちらを見る。
「……お………って…ます」
「え?」
聞き取れなかったのか聴き返すように疑問符を浮かべる彼女に、俺は大きく言い放つ。
「送っていきます!」
悲しむ顔を想像したくない。あの時力になってあげればよかったなんて後悔したくない。それ以前に俺は、彼女のファンなんだ。
「で、でも……!これ以上ご迷惑をおかけするには!」
「ファンなんで!」
「え」
「ファンなんで!俺!ガチで!だから!力になります!ならせてください!」
そして俺は今日という長い1日を、一生忘れられない日とするのだった。
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