鬼宿し(おにやどし)

明恵(みょうえ)

第1話 鬼を宿す

 俺は小さいころから親戚の集まりが嫌いだった。俺の家は家制度が未だに残っている古臭い一族だ。冠婚葬祭、何をやっても遠戚と呼ばれる知らない人たちが集まってくる。遠戚の爺さん婆さんは、俺を見るといつも同じことを言う。


「あんたが神矢かみやさんとこの長男かい?お父さんに似ているね。」


 俺の名は『神谷 鉄仙(かみや てつせん)』。俺は本家の長男の息子で、それも長男だった。親戚の誰かの冠婚葬祭が執り行われるたびに、うるさい長老たちがでしゃばってくる。各家の代表が集まって会議が開かれるのだが、その会議を取り仕切っているのは、俺の父ではなく、祖母だった。俺が小さいころに死んだ祖父が元々は当主だったのだが、その後、父は当主としては認められず、祖母が当主代行となった。父には当主の資格がなかった。父にはいわゆる霊感というものがなかった。俺の家は本家の血筋で、なおかつ霊感が強いものが当主となることになっていた。俺はビビりでホラー映画を見たら夜中トイレに行けない子供だった。だから、霊感とは無縁の子供でいたかった。


 でも、そうはいかなかった。


 俺が中学生の頃、俺の身の回りでは、あり得ないことが次々起こるようになった。きっかけは、裏の家からの嫌がらせだったと思う。毎晩のようにかかる無言電話。中学生の俺にとっては、精神がおかしくなるほどストレスになっていた。それでも、俺の家が普通の温かい家庭なら何も起きなかったのかもしれない。残念なことに俺の家は普通ではなかった。俺の家は家庭内暴力・暴言が日常的な家だった。家の中も外も安心できる場所ではなかったのだ。


 最初の異変は『金縛り』だった。よくある心霊現象である。そして、そのほとんどが霊とは関係ないものだ。普通の家庭なら笑われる。でも、俺の家族は笑わなかった。「何か見えなかったか?」と聞くだけで、俺の話が思春期特有の嘘だとは疑いもしなかった。今で言う中二病だとも思われなかった。その点については、俺は理解のある家族だと喜んだものだった。その後、親戚の叔母さんが家に来て、あれこれ俺に聞いてきた。「他に何か変わったことはないか?」と聞いてきたので、当時の俺はあまり深く考えず本当のことを話した。


 その頃、俺はよく夢を見るようになっていた。見る内容はたわいもない日常だった。その後、夢を見たらすぐに報告するように言われ、恥ずかしいHな夢以外は全て報告した。中学生の頃の俺が見た夢は8割方Hな夢だった。大人になった俺でも見ないようなハードなものだった。今思えば、あの頃が一番スケベだった。俺はほぼ毎日、夢を見ていた。精神状態があまりよくなかったのだろう。眠りが浅かったのだと思う。金縛りもそのせいだとその頃の俺は思っていた。


 しばらくして、俺の夢が予知夢だと証明されることになる。金縛りの次の異変は『予知夢』だったのだ。俺は親族会議に呼び出され、次期当主に任命された。その日から、俺への父からの暴力は増した。そして、俺は『鬼』を宿すことになる。


 いつの頃か定かではないが、俺の夢に髪の長い女が出てくるようになった。俺は髪の長い女性が好きだった。最初の頃は、自分の好みが夢に反映されていると思っていた。しかし、その女は俺の前に立っているだけで話しかけてこない。長い髪で顔が隠されているわけではないのだが、なぜだか顔は見えなかった。


 夢に髪の長い女が出るようになってから、俺は道で子供に会うと逃げられ、近所の犬にやたらと吠えられるようになった。電車に乗れば満員電車でも俺の左横はいつも空席だった。どんなに混んでも左側に誰も座らない。たまに誰かが座ったと思ったら、他の人が驚いていた。俺がその理由に気付くのにそれほど時間はかからなかった。


 ある夜、家族が寝静まって、夜中のHな番組をリビングでこっそり見終わた後、歯を磨くために洗面台の前に立った。俺は惰性で歯を磨いていたため、鏡を見ずに歯を磨いていた。その日、学校で歯磨きの講習を受けたことを思い出し、鏡に映った自分の歯をよく見ようと思った時、違和感を覚えた。


 後ろに気配はないのに、人が立っていた。髪の長い女が立っていたのだ。


 俺はその女が人間ではないことは直感的に分かった。すぐに目をそらし、気づいていなフリをして、今思えば不自然なのだが、鼻歌を歌いながら、その女に背を向けたまま移動して洗面台から離れリビングを抜け、子供部屋に逃げ込んだ。そして、布団をかぶって寝た。


 次の日、家族にそのことを話そうとしたのだが、どうしてもその女の顔と服装が思い出せなかった。俺の記憶に残っていたのは、『髪の長い女』だということと、『青かった』ということだけだった。顔が青かったのか、服が青かったのかは今では思い出せない。


 ただ一つ、ハッキリしていることは、その女が今でも俺の後ろに立っており、その女こそが俺に取り憑いた『鬼』だったのだ。俺が宿した『鬼』は女の姿をしていたのだ。その女が『幽霊』ではなく『鬼』だと分かったのは、俺が高校生の時に起きたある事件だった。俺はあの事件で初めて親友ができた。そして、俺は『鬼』と一緒に、この世界に潜む『闇』と向かい合うことになってしまった。

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