第4話 彼のたそがれ(2)

 ゆりあちゃんは二軒隣の家の子で、ここ最近になってよくうちに遊びに来るようになった。自慢じゃないが、俺は子どもと相性が良いらしく、初めこそ大柄なおじさんに怯えていたゆりあちゃんも、くだらないことできゃっきゃと笑ってくれるようになった。

「おじちゃん、少々おまちくださいね」

 折角ソファにクッションまで置いてあげたのに、子どもは自由だ。今上がったのに、裸足のまま再び庭へ飛び出すと、草むらから適当な雑草を見定め始めた。

 麦茶と、棚の奥に眠っていたクッキーの缶を持ってくる頃には目利きは終わっていて、ゆりあちゃんはせっせと雑草を小石で削っているところだった。

「何作ってるの?」

「ぽてさら!」真緑の。

 ぐしゅぐしゅになった葉っぱに、細かく千切った花びらを和える。大きな葉っぱに盛り付けて、また花を添えるあたりはやはり女の子らしさを感じる。

「お待たせしました」

「ありがとう~、これはシェフに、つまらないものですが」

 新時代のポテサラと引き換えに熊のプリントされた缶を出すと、ゆりあちゃんの瞳がきらきら輝いた。


 こんなやりとりをしていると、二十年前のことを思い出す。

 高校生のころ、青春時代の無駄遣いをしていた俺の元に、無邪気にやってくる小学生がいた。

 その女の子の娘が、今目の前でクッキーをぼろぼろこぼしている。


「おかあさん、ぽてさら名人だったんだよー」

 心を読んだかのように、ゆりあちゃんが言った。

「帰ってくるといいね」

 言ってしまってから、まずかったと気づいた。

「そしたら、ゆりあちゃんがクッキー食べ過ぎてるって言いつけちゃおっかなー! ほら俺の分って考えてないの?!」

 駆け足で追及する俺に一瞬きょとんとした顔をして、少女はにんまり笑った。

「クッキーは30才こえたら食べちゃダメだから、ゆりあが食べてあげたんだよ」

「……それはどういう理屈なんだろう」

「お客様、ご注文は?」

「あっシェフ、なかなか冷たい」

じゃあ冷やし中華ですねーと勝手に注文を決めつけて、ゆりあシェフは再び材料を毟りに立ち上がった。同時に、玄関から扉の開く音がした。

「おう、親父、お帰り」

「ああ、ただいま」

かつては180センチあったらしいからだをぎくしゃく歪ませて、親父はリビングへ入ってきた。素の表情がやや厳ついせいで、息子ながらたまに声のかけ方に迷うことがある。何が入っているのかわからないビニール袋を片手に下げたまま、親父はリビングの俺たちをスルーして奥へ行ってしまった。


新しい俺の日常には、ゆりあちゃんと親父くらいしか存在していなかったように思う。

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