第十一話 男としての印象
学校へ行き、家に帰宅して寝る、それからまた起きて学校へと繰り出す。
ただそれだけ。クラスはおろか、部活はしていないので交友関係も良いとは言えない。話せる相手だって今は家族だけだ。正直なところ何の変化もなく、毎日が同じルーティーンの繰り返しは面白いとは思わない。
そんな俺にも楽しみにしていることがある。
《スーパーヒーロータァ~イム》
チャンネルをつけて時間が来るのを待っていると、はち切れたような甲高い声と共に画面が切り替わった。朝からこの声はテンション高すぎなんじゃないかといつも思うけど、眠気覚ましにはちょうどいいかも知れない。
日曜日の朝に放送されている変身ヒーロー物の番組で、正義の味方が悪者を倒す。
そう聞けば単調な話に思えるけど毎年スーツの色や形のデザインや登場人物、ストーリーの内容が変わる為、飽きることなく見続けられる。主題歌だって良曲ばかりだ。
この番組を見るのは小さい頃からの習慣みたいなもので、それは高校生になった今でも変わらず楽しみになっている。それに男なら一度はヒーローに憧れるはず。あのアソパソマンだって子供にとってはかっこいいヒーローだ。
じっと見ている間数十分、そろそろ終盤に差し掛かる頃合いか、後は必殺技を決めて......
あぁ終わった、ED告知が終わり画面には『また来週見てくれよ』という文字が表示されてる。次はプ〇キュアか――
「うんん......」
今週も面白かったなぁ。全体的に少しコミカル的だったけど。
だけども見終わった、見終わってしまった、俺の楽しみが早くも終了した。
ヒーロータイムから見始めワ〇ピースで番組を見終わる、その頃には十時になる。
とりあえず一度両手を伸ばし背伸び、数回すると少し身体が軽くなった。
同じ姿勢でテレビを見ていたからか肩も固くなってる。首も回しとこう。
さて次はどうしようかなと窓に目を向けてみる。
テレビを見るときはなるべくカーテンは開けないようにしてる。特に朝は太陽の光が反射してテレビが見づらくなるからだ。その為、今は閉め切ってあり部屋の中は少し暗い状態になってる。
腰を上げカーテンを開けると案の情、日の光が差し込んできて目が細まる。
締め切っていたせいか反動で余計にまぶしく、起きたての体には辛い。だけど今日は日曜日、優しい日差しが逆に心地いい......
まさに散歩日和だ――
う、もう少し着込んでこれば良かったかな。
横を一台の車が通り過ぎていく、少し冷ややかな風が身体に染み込む。
春とはいえ五月の上旬、冬の名残はまだ少し残ってるみたいだ。
家から数キロほど離れた場所にある住宅街、ここには雑貨屋や本屋さん、ゲームセンターなどのいくつかの店舗が並んでいて食材や小物に本などといったなものが完備されている為に困ることはない。
必要なものがあればここで買い揃えられるし。
何より散歩コースの一つにもなっているから交友関係に貧しい俺には顔見知りが少ない分、気楽な面持ちで歩くことが出来るのは嬉しい限りだ。
とりあえずは一通り歩き終わったしそろそろ帰るかな。
来た道を逆方向に戻りながら歩き、行きかう人々とすれ違う。
日曜日は普段より人が多くなる。いくら顔見知りが少ないとはいえ、人が多く集まる場所にはなるべくいたくない。
そして本屋さんを横切ろうとする前に一度立ち止まり、視線だけドア方向に移す。
昨日来たばかりだから今日はどうしようか。まぁ、いいかな。
買った本もまだ読み終えていないしまた今度よろう。
「あ、黒沼くん」
その場で立ち尽くしていると、突然ドアから出てきた人に声を掛けられた。
予想だにしていなかった俺はかなりビビってしまい身体ごと振り向く。が、考えてみると俺には家族以外で声を掛けてくれるような人は見当もつかない。
苗字こそ同じではあるけど、俺以外にもいるはずだ。
それに黒沼を黒田君、と聞き間違えたのかもしれない。最近耳が遠くなってきたし。
人違いだろう、と思うがなぜかその人物はこちらに近づいてくる。いや、まじで誰?
「あ、あのう、人違いだと思います」
目前に近づいてきたので無視する訳にもいかず、仕方なく否定の言葉を告げてみる。
相手の人違いなら恥ずかしいだろうな、俺も小学生の頃先生のことを母さんと呼んでしまい恥をかいた経験がある。人違いの度合いが違うか......
「何言ってるの、黒沼君だよね。あ、そっかこの格好じゃ分からないか」
「えっと......」
反応に困る、人違いじゃないみたいだけど本当に誰だろう。
ドクロが入った白黒色のパーカーの服に、同じく黒めの少しマダラ模様の入ったズボン。
後ろ髪はオレンジの帽子を被っていて短く、ぱっと見ると誰か分からない。
それに眼鏡を掛けているせいか表情が分かりづらい。けど目線は俺と同じくらいか、それか少し小さい。声も男にしては高いような。
戸惑っていると目前の人物は眼鏡のふちを持ち少し下にずらし始めた。
「ふふ、昨日会ったばかりでしょ」
口元を少しつり上げそう告げられた瞬間、目の前にいる人物が誰だか理解する。
昨日知っている中で会った人といえば一人しかいない。
「芽森さん?」
「正解」
驚きながら告げると、少し意地悪めいた笑みで返してきた。
その表情も可愛く、思わず見とれてしまう。こんな偶然ってあるんだ。
昨日に続き芽森さんに会うなんて、少し得した気分だ。
「あの、何でここに」
「え、何でって、見ての通り私も本屋に寄ってたの」
言いながら店の方に視線だけ向ける。
それはさすがに分かる。俺が聞きたいのは何で芽森さんがここにいるのかってことなんだけど。
多分聞いても『私がここにいたら悪いの?』と返されるのは明白だ。今だって当然のことを質問してしまったせいか、一瞬表情に曇りが見えた。でもこの本屋さんに来るってことは意外と家が近いのかな。
おっといけない、この考えはストーカーと同じだ。くわばらくわばら......
「そうなんだ」
「黒沼君は?」
「あ、僕はただの散歩で」
「ふーん、そっか、今日天気いいもんね」
まぁ、当然こうなるか。
散歩の話題で会話が弾む訳もなく、芽森さんは当たり障りもないといった様子。
せっかく芽森さんと会ったのにこれじゃなんだか味気ない。このまま『うん』と返したら確実に会話が終わってしまう。かといって何を話せば、あぁ、もっとコミュ力があれば......
「あ、そういえば昨日買って欲しい漫画があるって言ってたよね」
「え、あ――」
そういえばそんなこと言ったような。
「どんなのが欲しいの? ちょうど今本屋の前だから、とりあえず中に入らない」
「あっ」
そういうと俺の返事を聞かず店内に入っていく芽森さんに、俺は言われるがままについていくしかない——
店内に入るといつも通り独特の香りが鼻につく。
木と紙が合わさったような匂い、これしか表現が浮かばない。
芽森さんは目の前にあるすぐ近くの新刊コーナーを見ていた。
しかし、やっぱりというか彼女の着ている服に違和感がある。
ドクロって...... 俺の中の芽森さんのイメージと合わない。
改めて後ろから見ると本当に芽森さんなのか? と服のセンスを疑ってしまう。
「えっと、どれかな」
少し間を開けて横に並ぶと俺が来たのが分かったらしく、新刊が目当てだろうと聞いてくる。
うん、間違いなく芽森さんだ。
彼女は当然ながら男が欲しいというとなると新刊コーナーにある少年誌だと思うはず。
それは分かっていた。けど違うんだ、俺が欲しい漫画は。
「あ、欲しいのは新刊じゃないんだ」
「じゃあ、あっち?」
と見ていた本から顔を上げ、芽森さんが目を向けた先にあるのは......
まずい! 表紙がほとんど女の子で統一されていて、なおかつ露出が高いような恰好が多いラノベル。
それを買ってると知られたら男としての印象が終わりだ。
さらにそれを読んでニヤニヤしてる変態だと思われてしまう可能性が――
「黒沼君の部屋にああいうのあったよね」
あ、既に終わってた......
「ち、違わないけど、今は違うよ」
何で昨日部屋に入る前に隠さなかった。長いこと誰も部屋に入れたことないから気が回らなかったのもある、そんなこと考えてる余裕もなかったし、って今さら後悔しても遅いか。別に変態と思われた所で何も変わることはないんだし。
そもそも男はみんな同じだ。紳士と書いて変態なんだ、何も恥ずかしいことなんかじゃない。
恥ずかしさを消そうと無理やり心の中で言い聞かせる。
それに俺の男としての印象なんてものはとっくに終わってるもんな、言葉を噛んだり、どもったりで散々醜態をさらしてしまってるし。なんだかなぁ......
あ、そういえば芽森さんはどんな本を買ったんだろう。
本屋に来たなら一冊は買ってるはず。
「あ、そいえば芽森さんは何の本買ったの?」
「え、私? 別に普通だよ、普通の料理のレシピ本とかかな」
買った本のことをを聞いただけなのになぜか早口にまくし立てる。
まるでプライベートに首をつっこむなと言いたげな様子。やばい、かなりショックだ、まさに拒絶された気分......
「そ、それより、どんな漫画が欲しいの?」
「あ、えっと」
少女漫画がとは言いづらい、けどもう芽森さんには知られてしまってるんだよな。
ここでとやかく悩んでいても仕方がないので切りだす。それに待たせるのも申し訳ないし。
「しょ、少女漫画なんだけど...... あ、ジャンルはフラワーズコミックスでタイトルは――
」
「分かった、それでいいんだね」
注文を聞いた芽森さんは驚いた様子もなく、軽い足取りで少女漫画コーナーに入っていく。
さすがに女の子だからなのか、ためらいがない。
今日は女性客が何人かいるから俺が入っていけば白い目で見られるのは確実。
どう思われようと気にしなければ問題ないけど、でもやっぱり抵抗がある。
「はい、これで良かったよね。間違ってないか確認してみて」
本屋を出た直後、グイッと手が差し伸べられる。
緊張しながらも受け取り袋の中を見ると注文した通りの漫画で間違いない。
欲しかった本が目の前にある。手に取って見ると本当に綺麗で好みの絵だ、表紙からしてこれは当たりだろう。
やばい、嬉しい......
「うん、大丈夫だよ。あ、ありがとう」
「約束したもんね。でもそれぐらいだったら自分で買えると思うんだけど」
「そ、それは」
うっ、芽森さんの言う通りだ。
けどこれはラノベルを買うのとでは気持ちの持ちようが違う。
表紙が女の子で統一されていてもバトルが多めのラノベルと違い、少女漫画は表紙や帯から甘ずっぱさが伝わってくる。親に頼むのはあれだし、注文するのだって届けに来るときに業者さんと顔を合わせることになる。そう考えると自分では買えない。
「あ、そうだ、黒沼くんは朝食ってもう食べた?」
「え、あ、まだです」
とっさのことで思わず敬語になってしまった。
「それならさ、良かったらでいいんだけど。ちょっと食べに行かない――――」
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