第十二話 それって俗に言う......


「でもちょうどあの後ね、今日も黒沼君の家を訪ねようと思ってたから」


「あ、そうだったんだ。でも何で?」


「昨日承諾してくれたよね。そのことについて相談しようと思って、学校だとなかなか、ほら話辛いから」


「うん...... あ、でも理科室は」


「あー、理科室はね。楓に怪しまれるんじゃないかな」


「楓さんに?」


「うん。金曜日に黒沼君と一緒にいた所を見られたからだと思う、警戒心が強くなってるんだよね。『いいか、文音もうあいつと会うなよ』って言われて。私を心配してくれてるんだと思うんだけど」


「そ、そうなんだ」


 どうやら俺は楓さんにえらく嫌われてるらしい。

それもそっか、得体のしれない男が芽森さんといるとなったら何かあってからじゃ遅いもんな。

楓さんの気持ちは分かる。最近は何かと物騒だし、特に俺みたいな暗くて根暗タイプだと警戒するのも無理はないか。まぁでもそんな心配は起こらないと思うけど。

しかし、こうやって言葉を交わしていても緊張でまだ身体が震えてしまう。

今、俺の対面の席には芽森さんが座っているがために。


 芽森さんに先導されて連れてこられたのは、本屋からそんなに遠くない場所の喫茶店。

外食することが少ない俺にとっては少しコジャレタような店に感じる。

風通しが良さそうな外観に木造で目に優しい色のテーブルといったどこか懐かしい雰囲気がある。

良い感じの店だけど当然ながら二人っきりな訳もなく、目配りしてみると結構人気があるのか座っているお客さんの数も少なくない。


「そ、それで相談って?」


 テーブルにあるサンドイッチを一口かじりながら問う。

俺が頼んだのは卵が多く入ったサンドイッチとトマトレタスのミニサラダとコーヒーを一杯。

対し芽森さんは


「彼氏の役目をして欲しいってことは伝えたよね」


 と、カフェオレを飲みながら俺の問に答える。

ちょびちょびと口に含むのは女の子だからかな。それとも俺を男と意識してくれているからか。

後者だったらちょっと嬉しいかな。どうせ違うんだろうけど。


「あ、そんなに長い間じゃなくて三日、ううん。一日でもいいの」


「えっ」


 次いで告げた言葉を耳にし驚愕する。顔には出さないが動揺を隠せない。

思っていたよりも期間が短い。というか短すぎる。

普通は一ヶ月、短くても一週間じゃないのか? 知らないけど。

でも二択となるとどちらか選ぶしかない。一日と三日なら当然答えは決まってる。

というかそもそも実質一択しかないだろう、当たり前に俺が選ぶのは。


「あ、じゃあ。い、一日で大丈夫」


 俺の意気地なし。ヘボ芋が!

本当は三日が良い、三日が良かった...... いや、でもまだ。


「分かった一日ね。うーん、でもどうしようか」


 本当に一日でいいの? どうせなら三日にしたら。じゃあ三日で!

みたいなことを少しは期待したが...... 無情にも話が進められた。まぁ、うん。分かってたよ。

でも一日でも彼氏のフリが出来るんだ。こんなに嬉しいことはない。


「あ、でも彼氏のフリって具体的にどうすれば。自慢じゃないけど、お、女の子とその......」


「付き合ったことないんだよね。それは見てれば分かるから」


 あ、さいですか......

だけど、何もそんな直球に言わなくったって、軽くへこんでしまう。


「まぁそういう私も、男の子とは付き合ったことないんだけどね。黒沼君に言えた立場じゃないか」 


「そ、そんなことないよ。芽森さんなら誰だって——」


 そこで言葉を飲み込む。

確かに芽森さんなら男を選び放題だろう。あれだけ男子に好意の視線を向けられてるんだ。

でもそれに対し芽森さんがどんな気持ちで告白を断っているか、そう考えるとこんなことはいうべきじゃない。


「あ、でもほら。今好きな人がいるんでしょ、だから芽森さんの方が一枚上手だよ」


 自分でも何言ってるか分からない。

俺はただ乾いた笑みを見せる芽森さんを元気づけようと、別のことを口にする。

だから一枚上手ってなんだよ、意味不明だ。


「ふふ、そうだね」


 苦し紛れの言葉が功をなしたのか、眉毛が少しつり上がる。

良かった。けどなんかほかの男が元気づけたみたいに感じて尺だ。


「だけど二人してそういうことがないと難しいよね。学校だと人目があるし」


 芽森さんの言う通り学校では無理だ。

恋人同士でもない限り、目立ったことは出来ない。ましてや俺と芽森さんが話すという行為自体が異質にみられる。何より男子の恨みも買いそうだし。


「じゃあ今は......」


 そう言おうとした所でまた言葉を止める。

芽森さんはおもむろにポケットからスマホを取り出し、弄じり始めた。それが気になり続きが言い出せない。

別に行儀が悪いとは思わない。俺だって家では食事中携帯ゲームを片手に持ってる。

ただ、それよりラインのことだ。

もし芽森さんが友達とラインでやり取りしていたら、俺が話しかけることで気が散ってしまうんじゃないか。どこか機嫌を損ないかねない。

でも相談するのに普通スマホを弄るか? 芽森さんはこんなことするとは思わなかった。

俺の中での芽森さんの好感度が少し下がった。

それに相談があると言ってきたのは彼女だ、構うもんか。


「あ、あの今は話し合ってるんだし、ラインは......」


 彼女の機嫌を損なわないように恐る恐る発言する。


「え、ああ、ごめんね。気に障っちゃったかな」


 俺は何も答えない。態度を見てもらえば分かるだろう。


「やっぱり失礼だよね、話合ってるのに」


「別にそんなこと」


 少しは分かってもらえたかな。


「ラインじゃなくてね、ちょっと書きとめてたの。小説の」


「小説の?」


「あ、うん。今黒沼君と一緒にいるでしょ、だから。その男の子と一緒にいる時の気持ちとか、感想を忘れない内に」


 何だ、そうだったのか。

そういうことならラインでやり取りされるよりはマシだ。けどやっぱりなぁ。

でもどんなことを思って書いているんだろう。

聞いては見たいけど、どこか忍びないし。


「相談してもらってるのにごめんね、あ、それよりさっき何か言おうとしてなかった?」


「え、あ、っと。今ここじゃダメなの?」


「人いるよね」


「あそっか、あ、じゃあ公園は」


「公園ねぇ、確かに人目は少ないとは思うんだけどね。何か足りないんじゃないかな」


 近くの公園にあるのは、滑り台、鉄棒、ブランコといったありふれた遊具が設置されてる。

その中で出来ることは限られる。ベンチに座ってみるにしても俺にトーク力がないから殺伐とした空気になるだけだ。芽森さんもいい案が出てこないようだしどうしよ――



「そういえばもうすぐゴールデンウィークじゃない、今年はどこ行く」


「もうそんな日かぁ、早すぎぃ。あーあ、彼氏でもいれば遊園地やスキーに行って楽しく過ごせるのに」


「じゃあ彼氏作ればいいじゃん」


「無理、うちのクラスもやしばっかだし。マジ誰かいい男紹介して欲しいわ」



 なんとなく隣の席に座っていた女グループで来ていた客の会話が耳に入ってきた。

芽森さんも同様なのか顔をそっちに傾けてる。

ゴールデンウィークか、今年も何もなく家で過ごすんだろうなぁ。

まっ、どうでもいいや。どのみちマイスイートホームが一番だ。


「それだ」


「えっ」


 唐突に声を張り上げる芽森さん。

 俺は驚き声を漏らす。


「ゴールデンウィーク」


「えっ、ゴールデンウィーク?」


 がどうかしたのかな。


「ゴールデンウィークに遊園地、これがいいんじゃないかなと思うんだけど」


 ゴールデンウィークに遊園地、それはさっき女の子達が話していた内容だ。

彼氏でもいれば楽しく...... 彼氏?


「あ、あのそれって誰と」


「え、黒沼君とだけど」


 いやいやいやいや!

男と女が一緒に遊園地に行くって? どういう意味か分かってるのか。

俺と芽森さんが二人で出掛ける? それはもしかして、もしかしてだけど、それってオイラを......

っ、フレーズのせいか、一瞬頭の中で流れ出そうとした曲を消す。


「あ、あの、め芽森さん。そ、それって俗に言う......」


「ん? あ、はは。そうともいうかも、だね」


 その瞬間、俺の頭の中でゴーンという鐘が鳴り響いた。

これは夢か? いや違う、その証拠にほっぺをつまんでみると、痛いっ。少しつねりすぎたか。

しかしまぎれもなく現実! やばい、ヤバスティックウェーブだ。


「じゃあ日程を決めとかないとね。いつにする?」


「い、いつでも」


 年中暇である身だ。いつだって空いてる。


「うーん今年のゴールデンウィークは確か五日、だったかな」


「そんなに!」


 思わず驚いてはみたものの、俺にとっては日数なんかどうでもいいことだ。

重要なのはその中の一日なんだし。


「いつでもいいんだよね。じゃあ今週明けの水曜日でどうかな、その日は私空いてると思うから」


「あ、じゃあそれで」


「曜日は決まったね、次は時間だけど。そんなに遠くない場所がいいよね。知り合いに会うことも頭にいれて近すぎない場所は――」


――――





「じゃあバス停近くで待ち合わせってことで。あ、遅刻はなるべくしないでね」



 手を振り芽森さんを見送る。

俺達はゴールデンウィークに会う約束をした後、残っていた料理を食べ終え解散することになった。


本当は送っていきたいところだったけど、あっけなく断られた。

送っていくよ、なんて言うんじゃなかった。きっと気持ちが舞い上がっていたせいだ。

それもそのはず、あの男子の憧れである芽森さんとで、デー......

ああ、口にするのも神々しい。


 その日、舞い上がった気持ちのまま家に帰宅し夜、寝れなかったのは当然といえば当然だった。

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