第七話 妹という名の幻


 夕暮れ時、放課後の教室に佇む俺と芽森さん......

カーテンは閉め切られており、薄いレース幕から漏れ出してる光がより一層に室内を明るく見せる。

ここに俺達以外は誰もいない。まるで二人の空間だけが切り取られたみたいに静寂な時が流れていく。

静かな教室、秒針の音だけが微かに聞こえる。


「あの、私の......」


 正面にいる芽森さん、その瞳は憂いを帯び今にも泣きだしてしまいそうな悲しみに満ちた顔をしている。

俺は彼女の表情に魅せられ何も言えない。だけど不意に脳裏によぎった。

彼女が言わんとしてるその先の言葉を、俺は以前にも聞いたような気がしてどこか違和感を覚えた。

が、思い出す暇もなく少しの間を置いていた芽森さんが言葉の続きを口にする。


「私の......」



 ・彼・氏・に・な・っ・て・欲・し・い・の!!


 

 その言葉を聞いた途端、俺の意識は暗闇に飲み込まれた――



――――


気がつくと薄暗い天井が目に入った。

ここは...... 俺の部屋か。

周りを見渡してみると左の隅側に本棚が置いてあり漫画や小説が並べられている。

その横には中型の薄型テレビが配置されており、窓際の机の上にはノートパソコンが一台置かれてある。

そして俺が寝ている1人分ほどのスペースしかない小さめの四角いベッド。

まだ視界がぼんやりとしてはいるが確かに自分の部屋だ。

さっきのは、夢? 何であんな夢を......

っと、それより少し熱い、身体も汗でベタついてる。

少し起き上がるか、と一度ベッドから腰を上げるも再びベッドに倒れこんでしまう。

微弱の振動音と、ふかふかの感触が気持ち良くまた眠ってしまいそうになるが、今はそれより。

俺は天井に目をやり、考えをまとめる為にも腕を額に置いてから思想する。


違和感を感じるはずだ。

昨日は確か芽森さんに突拍子もないことを言われて......



「私の彼氏を演じて欲しいの!!」


「へ...... えぇっ!? いや、え、それって......」


 俺は突然の発言に大げさに反応してしまい訳が分からず彼女に訳を聞こうとした直後、間が悪くチャイムが鳴り響いた。


「って言っても...... あ、戻らないと...... ねぇ、明日もここにきてくれる?」


 そう言いながら意地の悪い笑みを見せる芽森さんの言葉に俺は、頷く他なかった――


思想を終えると再び白い天井が視界に入る。

いきなりあんなことを言われても、しっくりこないというか、なんていうか...... 今何時だ。

時間が気になりベッドの上に置いてある目覚まし時計を見ると六時二十分を指していた。

まだ六時、登校時間までには余裕があるけど......


あぁ、何でこう考えてしまうんだ俺の頭は、厄介な癖だ。

今寝たら確実に起きれなくなり遅刻することは目に見えてる。

だけどまだ眠気は消えていなく少し寝たりない。

数秒ほど考えたが、あえてもう一度寝ることに決め布団をかぶり目を閉じた。




お...... ぃ、ちゃ......


 だれ、誰かが俺を呼んでる?


お兄...... ん。


 お、にい...... ? 妹となんかいたっけ...... 


 声色は少し低く聞こえる、妹というより姉に近いような、だけど姉だっていないはず。

 俺を呼ぶその声は徐々にはっきりと聞こえてくる。


朝......よ、お兄ちゃん、早く起きろぉ。


 何度も兄と呼びあげられていると妹が存在するんだと思い込んでしまう。

お兄ちゃんと呼ばれるのも悪くないもんだ、兄という言葉一つに反応して身体がうずくのが自分でも感じる。

俺はもしかしてあれなんじゃないかと疑ってしまうほどに。

だけどもう少しだけ寝かせて欲しいんだけど、と思うも俺を呼ぶ声は止まらずそれどころか妹の声の大きさは次第に増していく。


何時だと思ってるの、早く起きないと遅刻しちゃうよ、お兄ちゃん!

早く起きないと、起きて、起きろ...... 有真ぁぁぁ!!



————


「んぁ!?」


 意識が覚めると目についたのは妹、ではなく眉間にしわを寄せている母親の姿だった。


「あれ...... 妹は?」


「はぁ? 何言ってんのよ、妹なんかいる訳ないじゃないの」


 意識が朦朧もうろうとしているせいか、自然と言葉を漏らした俺に現実が叩き付けられた。

妹はいないという事実、まだ頭がぼーっとしているせいかそれほどショックは感じない。


「起きたんなら早く支度して学校いきなさい、今何時だと思ってるの!」


 いうや否や母さんは手に持っていた目覚まし時計を見せつけるように目の前に突き付けてきた。

 八時一五分...... あ、遅刻だ。


「はぁ、高校生にもなって...... 情けない」


 母さんは額に手を当て呆れた表情を見せる。

そんなこと言われても朝は苦手、とは言えなく俺が重い身体を起こすと母さんは一言念を押し階段を下りて行った。

気を取り直し部屋の窓を見るとカーテンの隙間から日が差し込んできてる。

今日も天気は良好のようだ。

もう登校時間には間に合わないよな、かといってだらだらと準備もできない。

俺はそう考え布団から出、ハンガーに立てかけてある制服に手を掛けた————


急いで着替えを済ませ階段を下りると母さんが椅子に座りリビングでテレビを見ていた。

さほど広くはない四角いリビングには小さめのテーブルが置いてあり、その手前には俺の部屋に置いてある物よりは大きめの薄型テレビがある。


「おはよう」


「おはよう、パン一つでいいから口にいれて行きなさい」


 俺は気だるげに挨拶するとすました返事が返ってきた。

テーブルの上にはスナックのパンが用意されていたが俺は洗面所に向かうことを優先する。


「後でいい」


 そう告げ洗面所に向かった俺は速攻で寝癖を直してから顔を洗うと目が完全に覚めた。

歯も磨き終わったし。後は......

これだけは早急に確認しとかないと面倒なことになるからな。

俺は鞄を開き教科書を忘れていないかを念入りにチェックする。

よし! 忘れてない。

教科書を忘れて隣の人に見せてもらう気まずさといったら......

考えるだけで憂鬱な気分になる。思想を消し、急いでリビングに戻ると置いてあったパンを一つ手に取ると口に咥える。

家で食べてる時間はないので口に咥えたまま靴を履き玄関の扉に手を――


「ちょっと待ちなさい、弁当忘れてるわよ」


「あ」


 後ろから声が聞こえ振り返ると母が弁当をもってきてくれていた。

 すぐさま弁当を受け取り急いで鞄の中に敷き詰める。

 そして身体の向きを変え扉を開いた。


「行ってきまーす」

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