第八話 本命の理由


 漫画やアニメのような空想上の物語には、朝家に迎えに来てくれる幼馴染の女の子や親同士が決めた許嫁、異世界からくる謎の少女に権力が異常な生徒会、それに毎朝起こしてくれる可愛い妹。

どこかでそれらの存在を望んでる自分がいるんだろうな。

その気持ちが夢に現れる始末、重症だな......


登校時間に間に合わず、一限目の授業に遅刻した俺は先生の話をそっちのけで思想にふける。

今はクラスの一人が朗読中だけど、他人の朗読を聞いていてもちっとも楽しくない。これが好きな声の人だったらまだしも。

俺は適当に文字を目で追いながら、思想に集中する。


幼馴染みということに関しては愛美ちゃんという女の子が向かいの家に住んでいて、小さい頃は良く遊んだ記憶がある。

だけどラブコメ漫画みたいにいつまでも一緒にいるということはなかった。

中学に上がってからはクラスの男子と付き合い出し敬遠になったけど今はどうして......


「黒沼」


「あ......」


 顔を上げてみると教師が立っていた。

髪は少し短めで細いメガネをかけている、まだ若く見える女の先生。

最近見るアニメでは結婚の行き遅れで嘆いてる教師、という設定が多いけど現実は容姿が良ければそうそうに行き遅れることはありはしないはず。


「お前の番だぞ、早く読め」


 などと考えていたせいか、いつの間にか自分の番が回ってきたことに気づかなかった。

ページを慌ててめくるがどこを読んだらいいか分からない。

かといって先生に聞くのはなんだか話を聞いてなかったんだな、と思われそうで嫌だなぁ。

仕方なく勘で読み上げてみるとやはり違ったのか先生に注意される、と同時に周りから失笑が漏れてくる。

話に集中しとけば、と少し後悔するより赤面する方が早かった......


「ったく、ちゃんと聞いておけ。三九ページの二行目からだ......」


「あ、はい」


 なんとか教えてもらったページを読み終えることが出来た。

まだ残ってる恥ずかしさを消そうと違うことを考えるてみるも、そう簡単に消えてはくれない。

そういやまた乃が忘れられたような、そんなに覚えにくいのか?

ふと、反応が気になり教科書を盾にして横目見ると、芽森さんも笑いを堪えている様子が明らかだった。

恥ずかしいことこの上ない。


 けど、そのままの視線で彼女を見ていると考えてしまう。

小説を書くための彼氏、そんな人は他の男子に頼めば喜んで引き受けてくれるだろう。飛び跳ねながらの二つ返事で、むしろ断る男子はいないに等しい。

あの芽森さんの頼みだ、それも彼氏役、わざわざ俺なんかに頼む必要性なんてないはずだ。

単に俺は彼女にからかわれてるだけなのかもしれない――――


とは思ってたものの、いつものように早く昼食を食べ終わった俺はトイレ行きを装い教室を出た。

まぁ装ったところで誰も気づく所か気にも留めないだろうけど......

少し暗い気持ちになりながらも俺の脚はいつの間にか理科室の扉前に立っていて

人が来ないか確認し扉を開いた。


――――


「あ、来てくれたのね」


 中でしばらく待っていると芽森さんが入ってきた。

相変わらず緊張してしまう......  彼女を見ると昨日言われたのが嘘みたいに思える。

あの芽森さんがあんなことを言うなんて、いや、人は誰でも二面性があるのかもしれない。それは彼女も例外じゃないか。


「それでね、さっそく昨日の続きなんだけどね」


 扉を閉めると芽森さんはすぐに昨日の続きを言おうと近づいてくる、

 だけど俺は彼女が言葉を発する前に聞きたいことがある。


「あえっと、もしかしてさ...... 僕って芽森さんにか、からかわれてるの?」


 少し視線を下に向け問うと芽森さんは少し困ったような表情を作るが、気にせずさらに言葉を続ける。


「だ、だって...... 普通に考えてお、おかしいよ。チビで運動音痴で頭も悪い僕はそんなにカッコ良くないし...... 芽森さんなら他の男子が喜んで引き受けてくれんよ」


 っあ、少し噛んだ、でも何とか思ってたことは言えた。

せっかく頼んでくれたけどどうしても疑ってしまう。


「ふふっ」


 俺の言ったことに彼女は何がおかしかったのか少し笑みをこぼす。

今の言葉に笑う要素なんてなかったはず、彼女は笑い所のツボが変なんだろうか。


「ごめんなさい笑ってしまって、こんなことを自分で言うのもあれなんだけどね、私けっこう男子から告白されるんだよね。だからなのかな」


 芽森さんは少し困ったように笑うと、自分から人に言えば反感を買いそうな言葉を口にする。

それだけ自分に自信があるんだろうな、美少女は言うことが違う。

けど、これが芽森さん...... 教室ではあんなに告話を嫌そうにしてるのに、これが彼女の素顔。

そう思った途端、彼女に見えていた白く美しい天使の羽が、黒く禍々しい堕天使の羽に染まっていくような感覚がした。


「理由はそれだけじゃないんだけどね、私、男の子が苦手なの」


 男子が苦手、そういう芽森さんだけど、女の子なら男が苦手だと主張する人も少なくはない。

けど...... 俺も一応その、男子なんだけど。


「え、でも昨日僕に言ったのは......」


 男子が苦手ならなぜあんなことを言ったのか、俺はもう一度彼女に問う。


「昨日も言ったと思うけどね、黒沼君にね。彼氏を演じて欲しいの」


「あい、いやそうじゃなくて...... 僕も男なんです」


「あ、そうだよね。理由を言わないと返事できないよね」


 問いの意味がやっと伝わったのか、芽森さんは少し慌てた様子で返事を返す。


「正直に言うけど怒らないでね。黒沼君って学校であまり目立ってないよね、教室でもそんなに喋ってるとこ見かけないし」


 俺を傷つけない為か懸念を置いて続きの言葉を喋りだす。

分かってたことだけど本人に真正面から言われると、やっぱりズキッとくる......


「少し前から誰かに頼もうとは思ってたの。それで時々放課後の教室に残ってたんだけどね。水曜日も同じ理由で残ってたんだけどいつの間にかウトウトしちゃって、目を覚ましたら黒沼君がいて、いきなり喋りかけてきたと思ったら......」


その時の状況を思い浮かべたのか、口角がつり上がり身体が小刻みにふるえてる。

あの時の挨拶、やっぱり笑われてたんだ、恥ずかしすぎる......

でも、放課後の教室に残ってまで考えるなんて、そこまで小説が書きたいのか。


「あ、ごめんね。その時は少し変な人って感じで何も思わなかったんだけど、私のスマホ返してくれてすぐ帰ろうとしたよね。その時に思ったの黒沼君なら大丈夫かなって」


 あの時はただ、帰る以外の選択肢がなかっただけなんだけど。

変な人とか思われていたなんて...... 辛い。

でもそれだけの理由で? 


「男子は告白なりなんなり話しかけてくる人が多くて、私そういうの苦手で...... 黒沼君はおとなしそうだったから、それに」


 おとなしそう......

悪い意味で言い換えれば無口で暗い、目立たなくて地味、根暗でつまらない奴。

オブラートに包んでくれてはいるけど、彼女も俺をそういう目で見ていたのかと思うといたたまれなくなる。少し泣きそうだ。

芽森さんは言いよどんでいるのか次の言葉を言わない。その間に少し嫌な予感が走る。


「背も私とほぼ変わらないから男って感じがしないというか、怖いと思えないんだよね」


 雷に打たれたような衝撃が全身を伝った。

俺が自分の体にもっともコンプレックスを感じてる部分である身長。

背が高い男は男らしくてかっこいいし惹かれる、男は背が高くてなんぼ。

それが自分の中での信条で理想でもあった、だけど俺は......

高校生だからまだ背が伸びる可能性はあるかもしれないけど、もう望みは薄いだろうな。

そんな俺の心情など知るはずもなく、彼女は手のしぐさを交え自分自身と俺の身長を交互に測ってる。


「そんなに私と変わらないね、少し黒沼君の方が気持ち高めくらいかな」


 あぁ、俺の身長伸びないかな。一応あれ唱えておこう。

伸びーる、伸びーる、伸びる! これで大丈夫、ストップって言うからダメなんだきっと。


「あ、それでね。彼氏役の件なんだけど」


「え、あ、理由は分かったけど別に僕じゃなくて――」


「お願い! どうしても書きたいの、私好きな人がいたんだけどそれをどうしても形として残したいの」


 懸命な表情を見せる芽森さんに俺は気圧される。

好きな人、それが本命の理由なんだろう。今言っていたことも含めて。

そしてその人の変わりとなる人を、男子を探していた。変わり、か。

でもそんなことよりも芽森さんに好きな人がいたことに驚いた。

そうだよな好きな人がいない筈ないよな。

それなら俺には無理だ、だから。


「あ、あの、せっかくの頼みなんだけど僕に――」


「ここにいたのかよ」


 二人以外誰もいない静かな部屋に突如、雑音めいたドア音がし、ビクっと前を見ると楓さんがいた。

少し息を切らしてる様子に見える。


「こんなとこで何してんの、授業もう始まるよ......」


 正面にいる芽森さんが身体を後方に向けた途端、楓さんと目が合う。

楓さんの位置からでは俺は隠れて見えていたはず、だけど芽森さんが振り返ったから自然と直面してしまった。

恐い、彼女みたいな人は心底苦手なタイプだ。

金髪に目力のある瞳、楓さんも俺が見えて驚いたのか目を見開いた。

きっと芽森さんと一緒にいたからに違いない。


「あ、ほんとだ。もうすぐお昼休み終わっちゃうね」


「ほら、戻るよ。お前も戻った方がいいよ」


「え、う、うん」


 楓さんは一瞬、嫌悪感を露わにしたが芽森さんがいる為か声のトーンがやわらかかった。

それに自然と頷いてしまう。

そして芽森さんが俺に一声掛けると二人は一足先に部屋を出て行った。



楓さんは心配になって芽森さんを捜しにきたんだろうな。

俺を見た瞬間まるでゴキブリを見つけた時みたいな目をしていたし、知らない人といたとなるとなおさらか。

ちょっと怖いけど友達思いの人なのかもしれない。

それにしても、芽森さんの頼み断れなかったな。

明日は土曜日だし、また来週の月曜日にでも断ろう。


だけど、本当にいいのか断って? せっかく彼女と近づけるかもしれないのに。こんなチャンスはもうないんじゃないか......

そう自分の中で問いかけながら、俺も二人に続くように理科室から出た。

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