第四話 清楚な憧れにぼっちの要因


 四時間めの授業が終わりお昼休憩。教室に戻り制服に着替えた俺は、自分の席につき鞄から二段重ねの弁当箱を取り出す。そして決まってまず箸を忘れていないかを確認する。朝は時間がなくて中身を確かめてる暇がない、単に面倒なだけっていうのもある。


 よし、今日も忘れてない。

もし箸が入っていなかったら誰かに借りるか職員室で貸して貰わないといけない。そもそも箸を二つ持ってきてる人はいないだろうけど、そんな面倒なことはしたくない。それに昼食時はなるべく席を立ちたくはない。いただきます、心の中で呟き弁当の蓋を開いた。



誰と会話することもなく黙々と母親お手製の弁当を食べ終えた俺は空になった弁当箱を鞄にしまい、いつものごとく机に頭を伏せる。

 教室に入って一番前の左の窓際、俺は目を腕で隠しバレないように腕の隙間から教室の様子をうかがう。喋る相手がいない俺はこれぐらいしかやることがない。

俺は食べ終えたが当然まだ食べ終えていない人もいるわけで、横を見ると友達と楽しそうに雑談しながら食事してる人が何人か見える。そしてその中に芽森文音の姿もあった。

 教室に入ってすぐ右側の一番前の席、俺の席からは机を四つはさんではいるが、横からだと角度的にも平行でちょうど良く見える。

彼女も他の人と同様に女子三人で机を囲み口元に笑みを浮かべ昼食を取ってる。


やっぱり可愛い...... 

楽しそうに笑みを浮かべる芽森さんは、さながら天界から舞い降りて来た天使のようで、とても三次元に存在してるとは思えない、は言い過ぎか。


休み時間になると俺はいつも彼女を見る。好きって言う気持ちはない、こともないか、けど憧れは抱いてる。この気持ちは誰にだってあると思う。

だけど俺は見てるだけ、電話番号を聞いたり家を付けまわしたりはしていないのでストーカー行為には当てはまらない...... と思いたい。


そんな彼女を見てるのは俺だけじゃなく、見える位置からでは二人の男子がチラチラと目線を彼女に向けてる。

当然か、あんなに可愛いんだもんな。

宝石を連想させる綺麗な瞳、日光の反射で輝いてる艶やかな黒髪、柔らかそうな形のいい唇。加えて誰に対しても人当たりも良いときてる。ゆえか、時たま誰かに呼び出され教室を出ていく様子を目にする。

男子が告白をするがために呼び出してるんだろうけど、ОKの返事をもらったという話は未だ耳にしない。少なくともクラス内では。

ただ芽森さんと付き合いたいと思ってる人は多いからライバル達は気が――


「また告られたぁ!?」


 突如、芽森さんの友達の女子の一人が声を荒げた。

その声にクラスの何人かは彼女たちを見る、俺はわずかに肩が震えはしたが、様子を見ていたおかげで驚きはしない。


「ちょ、ちょっと声が大きいよ楓、みんな見てるよ......」


 小声で言ってるせいか聞こえないけど、多分そう言って友達を静止させようとしてる芽森さん、恥ずかしいのか少し慌てている。その静止させられている芽森さんの友達、かえでさん。名字はなんだったか...... まぁどうせ忘れるし覚えたって呼ぶこともないか。


見ている限り、いつも一緒にいる芽森さんの友達。俺は楓さんをじっと観察する。

髪の色合いは茶髪というより金髪に近く、今はその長い髪を蝶の形をしたゴムでサイドにまとめられている。目は少しキリッとしてて気が強そうだ、少し怖い。

しかし類は友を呼ぶというのか芽森さんの友達というだけあって美人だ。

その楓さんは片手を水平に出し、バツの悪そうな表情で謝ってる。


「っと悪い」


「もぅ......」



 そんなセリフを口にしているんだろう。芽森さんはその仕草を見て許したみたいだ。仲が宜しいようで、そのやり取りを見ていた俺はつい口が緩んだ。


「ひひっ、でぇ? 誰に告られたの」


 楓さんが謝ったのもつかの間、横にいたもう一人の友達が少し大きめの声を上げた。芽森さんは慌てて同じように静止する。大変そうだ...... その女の子も負けに劣らずなかなかに可愛いと思う。

前髪をサイドに分け後ろ髪を跳ねさせた薄めの茶髪、少しタレ気味の目、片方の耳には緑色のピアスをつけているのを見たことがある。


その子は芽森さんが恥ずかしがっているのに、ニヤニヤとその場を楽しむように笑っている。おそらくだけど、芽森さん達はまた告白関連の話をしていたんだろう。


 「イイじゃん、イイじゃん、このクラス? じゃあないよね、 分かってた。なら先輩でしょ」


「だぁから...... もうこの話はおしまい! それより」


 なおも告話を楽しむように質問する芽森さんの友達。一方の芽森さんは限界が来たのか、弱々しく尻つぼんでる。

告話が苦手ならしなければいいのに、だけど俺は知ってる。こうしていつも芽森さんを見てるから...... 

なんか少しストーカーっぽい気もするけど、気にしたら負けだ。芽森さんは告話が苦手で自分から恋愛話は持ちかけたりしない、大抵は今、喰い気味にしてる子に質問されて仕方なく答えては途中で話を終わらせようと別の話題を振る。

自分の恋愛話はしない癖に他人の恋愛には興味津々という、そういう人も珍しくはないけど...... 

そういえば、楓さんは告話になると仏頂面をしてることが多いな、告話が苦手なのか、まぁどうでもいいことか。


それにしても芽森さんは優しい性格なんだろうな。いや、しかし表向きはそういう素振りを見せ裏では某アイドルみたいに男をとっかえひっかえしてる可能性だって...... ないか、芽森さんに限ってそういうことはないだろう。彼女を良く知らないけど無いと信じたい.....


 あると思います!


 今どこぞの詩人家の幻聴が脳内に聞こえたような気がした、いやいや、ないと思います!

 っと、そんなことを考えてる間にも告話は終わったみたいで、芽森さんは安堵した顔で喋ってる。話題をすり替えることに成功したんだな、良かった。

だけど、いつも思う。友達がいて会話する話題があって、共通の趣味や趣向が似て楽しそうだなと、そう考えるとに引き戻される...... 


俺は緩んでいた口を閉じ、芽森さん達から視線を外し再び机に顔を伏せる。

顔を伏せていても教室内にいる人の声が耳に入ってくる。俺の耳は飢えているのか、さっきまで芽森さん達の会話に集中していて聞こえなかったクラスメイトの声が鮮明に響いてくる。



「この服いいよねぇ、フリルが可愛いいし、何よりこの色合いが綺麗」


「それあたしも思った、あとこれなんかも良くない」


「このワンピースもおしゃれじゃない、ああ、迷う」


 服か...... おしゃれの何が楽しいのか、雑誌や広告などに載っている服が可愛いのはモデルが着てるからだろうに。安物の服でもモデルが着るとブランド物の高級な服と思えてしまう。視覚的意識からそう見えてる訳だけど、そう思うと服選びに対する熱意が損なわれてしまう、俺もその被害者の一人になってる。


「でさぁこの前あいつがさぁ、あ、そうそう言うの忘れてた、夜ラインすっから寝るなよ」


「いつもだろ、ああ、つか毎回先に寝るのお前じゃねぇか」


「今日は寝ないって、ってか寝かせねえし」


「おい、誤解されるような言い方やめろ」


 ラインかぁ、未だにガラケーの俺には分からない。あれどういう仕組みになってるんだろ、少し前はガラケーが主流だったのに今や町を歩く人はほとんどスマホを持ち歩いてる。驚くことにあのコ〇ンや金〇一だってスマホになってる始末。あの世界の時間の進み具合から考えておかしいだろ、〇笠 博士ならスマホを作れないこともないかもしれないけど、とかツッコんじゃいけないんだろうなぁ......


「だからっ! 回り込めって、俺が尻尾切るから」


「やってるって、それより早く回復しろよ、次攻撃くらったら死ぬぞ」


「今の内に鮮血のポーション飲んどけ。避けろよ! 次、豪炎魔弾を撃ってくるぞっ」


 この内容から察するにアクマ―ズレイドか、宇宙から飛来してきた悪魔を狩る多人数用のアクション型ゲーム。俺も買ったけど飽き性の俺では続かなくて結局他の奴に目移りしたっけ、そもそもソロプレイヤーには厳しすぎるだろあれ


不思議なことに、まだ三週間しか経っていないのにも関わらずクラスメイト達の声はもう何百回も聞いたかのように思える。実際聞き飽きた。だけど彼らは当然ながら俺に喋りかけているわけじゃない、俺はただ机に座って彼らの話を一人で聞いてるだけ、一人......


――ぼっち


 ふと、言葉がよぎった。よく読む漫画やアニメに出てくる自称ぼっちの主人公、ぼっちは最高だとか群れるのは苦手なんだよとか、ことある事に発言してる場面を見る、そしてぼっちがいかにカッコいいかを語っている。が実際は違う。


孤独...... 親や先生に叱られるのが怖い、なんて程度じゃない。一人で楽しめる人はいい、けどそう思う人は少ないだろう。所詮アニメは作り話だろうが、誰もが好きで一人ぼっちになる人はいない、ぼっちになる要因はある。

容姿が悪ければ貶され、家が貧しいと貧乏だと馬鹿にされ、コミュ力が低いと思うように話せず、特殊な地域に住んでいると差別され、言葉遣いが悪ければ生意気だと判断される。そういった要素があれば付け入られいじめなどに発展しやがては孤立する、それを解決するのは並大抵のことじゃない、 それに気づいていながら俺は......今更、嘆いたところで、か。


俺はわざとらしく乾いた笑みを作り、額に出ていた汗をそっと腕で拭い取る。


 俺の場合は初めから孤立していたんじゃなく、入学した当初は話しかけてくれる人もいた。だけど上手く返事が出来ず、次第に話しかけてくれる人は減っていった。中学に上がった頃から人との関わりが苦手になり始めた俺には人との会話、コミュニケーションが上手く取れなかった。

言葉のキャッチボール、会話を野球に置き換えた言葉ですごく良い例えだと思う。しかし俺には言葉という名のボールを相手のミットに返せない。みんな一体何の話をしているのか、話すことなんて三行で終わるだろ。天気の話題を振るとするなら――



(今日天気いいよな)


(そうだね) 


 あとは沈黙、もし奇跡的に話題を繋げることができたとしても僅かしか保てず、すぐに会話は途切れる。

音楽、漫画やアニメ、服、食べ物、スポーツ、好きな人、抱いてる夢。友達と話す内容は大方これらに妥当だとうするだろう、けどそれを話し切って話すネタがなくなったらどうするのか、一つの話題で長く持つのか? 無意識に同じ話を何回も言って飽きられる可能性だってある。いやそもそ――


「昨日のNステージ見たか、まさかあのグループが出るとは思わなかったよな」


 突然の声が思想をかき消した。自然と俺の注意はそちらにかたむく。


「当たり前だろ! なんせヴィンテージY《ワイン》が出るって分かってんだし、おれ終始興奮しっぱなしだった」


「あの派手な演出も凄かったなしな」


入ってきた内容は火曜日に放送されてる今や激減した貴重な歌番組。白いサングラスをかけた司会者がゲストに爪を切ったかどうかの質問をしてる場面をたびたび見かける。


(Nステか、最近は見てなかったけど遂にあのヴィンテージYが出た――)


 ああそっか......

俺は会話の内容に自然と情報が浮かんできたことに疑問を感じた。

忘れてた、考えるまでもない、話す話題なんてどこからでも取り入れられるじゃないか。テレビに雑誌やショッピングとその日の出来事。情報なんていくらでもあるんだ。これが俺と他の人達との違い...... 

でも俺には関係ないか、話題を取り入れた所で話す相手もいない俺には。

一人で出来る事といえば無言で会話を盗み聴いて、まるで自分も話に混ざってるような感覚になれるエア会話...... 


 いや、それは虚しいだけだ黒沼乃君!


心の中でツッコミを入れてみたがやっぱり虚しく、心に大きな穴が空いたような...... ん?


ふと誰かに見られてるような視線を感じ、そっと腕の隙間から芽森さんを見る。視線に期待を寄せながら。

俺の勘は当たったらしく彼女は友達との会話を終えたのか机に座りスマホをいじりながら視線をこちらに向けてる。

違う、もしかしたら窓の外を見ているかもしれない。今日は晴れてるし勘違いしていたらただの痛い奴だ。一度顔を伏せもう一度芽森さんを覗き見る...... 間違いなくこっちを凝視し、いやそもそも俺みたいな奴のことなんて眼中にないよな、チビだし、暗いし、つまらないし......



俄然にテンションが下がった俺は昼休みが終わるまで机に顔を埋めていた。

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