第三話 俺にとってその一言は


  グラウンドに駆けつけると他の生徒達は既に集まっていた。

あとは先生が来るのを待つだけ、と思ってたところでちょうど先生がやってきた。


年齢は三十代後半と言っていたけど相変わらず若そうに見える。体育教師だけあって身体付きも良く服の上からでも引き締まってるのが見て分かる、髭を少し生やしてる所もワイルドな感じが出てる。きっと若い頃はモテていたに違いない。


「欠席してる奴は......いないな、よし、さっそく準備体操を始めようか」


 っ!


「じゃあ隣にいる人と二組に分かれろ、怪我しないように身体はしっかりとほぐせよ」


 先生が皆に聞こえるように声を発っした途端、異様な重圧を胸に感じ、心臓がバクバクとうめきだし始める。

いともたやすく先生が言った言葉は何ら変わらない一言。普通なら、だけど俺にとってその一言は聞きたくないものだった。


入学してまだ間もないのになぜだか周囲はもう何人かのグループが出来上がっていた、俺を除いて。

いやもしかしたら俺以外にもまだ馴染めていない人がいるかもしれない。こう言っちゃ悪いけどクラス全員が仲が良いなんてことはめったにない、はず。

大体は気の合う人同士でグループを作る。運動が好きなスポコングループ、勉強が出来る秀才グループ、アニメが好きなオタクグループ。加えて女子はおしゃれ好きな子同士で仲良くしてることが多い気がする。これは小中学生でも変わらない。


周囲を見渡してみると皆もう隣の人同士で二人組を形成している。

だからこの時間は嫌なんだ、この授業に限ったことじゃない、国語や英語の時も二人か三組にさせられる場合がある。無言で過ごす気まずさは耐え難い、芸人がネタを披露ひろうしスベった時その場が凍り付くような空気になるのと同じ。だから誰と組もうがどうでもいい...... 特に喋ることもないから。


「...... ろしくな」


 えっ?


「あ、よ、よろしく!」


 ぼーっとしていると横から声がし俺は思わず声を荒げてしまった。

声を掛けてくれたのは隣にいた男子で名前は...... 一応入学後の自己紹介で名乗っていたと思うけど二秒で忘れた。俺の記憶力なんてそんなもんだ。


「ああっと...... やっぱ今日も前回に引き続き体力テストかなぁ」


 だろうなぁ、今のところ体力テストが続いてるし。俺は日頃から運動していないから息切れが早くすぐ体力がなくなる。身体を動かすことは苦手だ。昔は好きだったのになぁ、才能がないと気づいてからは楽しめなくなった。


「まぁ何でもいいけど、お前、前回の体力テストの結果どうだった」


  結果、なんて悪かったに決まってる。跳んでも届かないし走っても距離が全然伸びないし、何で皆出来るんだろう。テレビで見る運動音痴芸人はわざとできないような過度かどな演技をしているけど、それを踏まえても下手なのは分かる。運動音痴にしか分からない動作などが――


「おいっ」


 えっ!


「な、なにっ!」


「さっきからぼーっとしてどうしたんだよ、...... キョドり過ぎじゃね」


 不意に声がクリアに聞こえ振り向くと彼はなぜか少し面を食らったように驚いて いた、少し長い黒髪をサイドに分けていて見た感じはやんちゃそうだ。


「ご、ごめん」


「いや、何で謝んだよ変な奴だな」


 それは自分でも思ってる。無意識のうちに挙動不審な振る舞いになってしまうことは。だけどその自覚があるとしても人と話すことに緊張を覚えてしまっている限り治すのは難しいだろうなぁ......


「えっと、さっきは無視してごめん...... 独り言だと思って」


「え、ああ、わざと無視した訳じゃないならさ別にいいさ」


 笑みを見せながら返事に答えてくれる彼。

良い人だなぁ、きっと彼みたいに人当たりが良さそうな人ほど交友関係の幅が広いんだろう。

それにワザと無視した訳ではないとしても謝らないとこっちの気がすまない、相手は何とも思ってないかもしれないけど。


「そろそろ準備体操やらねぇ?」


 彼の発言を聞いて周りを見ると皆はもう準備体操に取り組み始めていた。俺は返事を返し彼と準備体操を始めた。


「なぁ、さっきの話だけど体力テストの結果どうだった」


「あ、えっと...... そんなに良くなかったかな」


「そっか、俺は結構良かったぜAはなかったけどBは多かったし」


「へ 、へぇ...... 凄いね」


 (く、苦しい)

 

肩を引っ張りながら彼に返事を返すが相槌あいづちすることしか出来ない。


「そういえばお前、遅刻多いよな」


「え、あ、うん。朝苦手で......」 


 あれだけ遅刻してるとやっぱり気づかない訳ないか...... 人に指摘されるとなんか恥ずかしい。


「まっ、その気持ちは分かる、俺も布団から出るの苦労するしな」


「だね」


「だな」


 そこで会話が途切れ二人して黙んまり、お互い無口になる。

身体に当たる心地いい筈の風が冷たく感じる、上を見上げると雲がゆったりと動いてる。

小さい頃は雲の上には城があると信じて疑わなかった。今も信じていたい気持ちはあるけど残念ながら雲の上に人が乗ることは出来ない。

所詮は空気の塊のような物、そのことからも城がないことは明らかだ。化学がもっと進歩すれば乗れるようになれるかもしれな――


「お前身体固すぎだろっ」


「うっせぇな、っか痛てぇっ!」


「悪りぃ、悪りぃ」


 雲を見てやり過ごそうとしていると執拗しつように周りの人の声が耳に入ってきて俺の意識が戻された。思想の世界にトリップさせてはくれないようだ。


また無言の状況に戻ったせいで変な緊張感を強しいられてしまう。隣にいる彼を見ると無言で体操をしてる。

気まずいっ! この空気が堪らなく嫌だ。こっから何を話せばいいのか分からない、普通はこういう時どう返すのかな、俺はもう限界だ――



お互いに沈黙続きで準備体操は終わると彼は友達の元へ駆けていった。


そうなるよな、誰でもそうするよ、俺だって、せっかく話しかけてくれたのに悪いと思う。だけど気がきく言葉が見つからなかった。場をしのぐ言葉が......


その後先生の指示に従い黙々と動いている内、ほどなくしてチャイムが鳴った。言うまでもなく体力テストのほどは予想していた通りCが並んでいた。

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