第12話
あれから、少女はいたたまれない日々を送っていた。シアンがなぜキスをしてきたのか理解できないが、彼はアーサーが来ることをわかっていてその行動をしたということだけはわかる。
――『あなたはどう切り抜けるのか、楽しみだ』
どう切り抜けるのかとかもうそういう問題ではなくなっていたが、アーサーへの見せつけのための行動だとわかってしまうあたり、自分は結構冷静になれているんだと思う。しかし、自分ではない違う人物の怒りは相当らしかった。
「……フレイさん」
「……なんだ」
「助けてください」
「無茶言わないでくれ」
「あなた、アーサーさんの従者ですよね!?」
「ああ」
「なんでそんな簡単に諦めちゃうんですか!?」
「諦めも肝心というだろう」
「もうその域越えちゃってるってわかってますよね!?」
「残念なことに」
「何にも残念じゃないです!」
「…………あんなアーサーは初めてだから対応の仕方がわからん」
「………………そうですか……」
あれから一つ許されたことがあるといえば、アーサーとフレイが自分が軟禁されている部屋に来ることを許されたことだ。おそらくシアンの仕業だろう。しかし、わかっててこのタイミングで許してくるんだからあの人の性格は相当歪んでいるなと少女は思った。
アーサーも律儀だと少女は内心で思っていた。ここ数日、アーサーは苛立ちを隠しもしていないにもかかわらず欠かさずここに来るのだから、律儀としか言いようがない。
だが、どうせ来てくれるのなら苛立ちながらくるのはできればやめて欲しいというのが本心だ。せっかく来てくれているのに苛立っている相手に何を言っていいのか、少女にはわからないのだ。これも、いままでに人との関わりがなかったが故だ。どんな言葉をかければいいのか、どんな会話をすればいいのか、まったくわからない。
それを見かねたのか、フレイがため息をひとつつく。
「アーサー、いつまでもそんな態度でいると彼女が困るぞ」
「知ってる」
「だったら、ちょっとぐらい余裕を見せろ……」
「見せられると思うのか?」
「……いや、まぁ……」
「思わないなら言うな。第一、お前にごちゃごちゃ言われる筋合いはない」
「…………」
「……ごめん、言いすぎた。まだ余裕なんて持てないから出て行く」
「あ……」
微妙に喧嘩が勃発したかと思ったらアーサーの方が非を認めるのが早く、そして冷静な自己分析の結果 ここから出て行くという選択をした。
別に追い出そうとか思っていなかったため、少女の方が困惑した表情になってしまう。しかしアーサーはそれに気付く余裕すらなく、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……あまり、気にしないでくれ」
そう声をかけてきたのはフレイだった。おもわず、少女はフレイを見つめる形になる。
「普段はああはならないんだ。いま、この城では次期国王を決めるための試験みたいなのをしてて、それにアーサーも、まぁ……巻き込まれている感じなんだ」
「……次期国王を決めるための、試験……?」
「ああ。現国王――ま、アーサーの父親だな。その方が言ったんだ。
その言葉を聞いた瞬間、少女はガタンと思わず椅子を倒す勢いで立ち上がった。
少女の突然のその行動に驚いたフレイは思わず目を見開いて固まってしまう。いったい何が起きたのか。
「……本当に、
「えっ、あ、あぁ……」
震えた声を抑えて少女が問いかけてきたことに驚きつつも、言葉を返したフレイは少女をちらりと見る。そして驚いた。
少女は静かに涙を流していた――。
**
最低なことをしてしまったと、アーサーは後悔していた。ずっと自分の味方でいてくれているフレイに対して、最低なことを言った。そして、それを少女に聞かせてしまった。どうして、自分をコントロールできなかったのか。意味がわからない。理解できない。
いままでだって、嫌がらせは何度も受けてきた。それには耐えられたのに、今回のことはどうして耐えられないのか。
いままでとは持っている感情が違うからなのか。わからない。
「…あとで、もう一度フレイに謝らないと…」
何度謝っても足りないと自身でも思う。あんな最低な言葉を投げかけてしまった。いままであんな態度をとったことなどなかったのに、どうしてあの少女が関わっているとこんなにも自分に余裕がなくなるのか。
「…いや、理由はわかってるんだけど……」
呟き、ため息をついた。
受け入れてくれたのは国王である父親とフレイだった。だからと言って国王に甘えるわけにもいかなかったため、自然、フレイに甘えてしまっている部分が大きいのかもしれない。だからこそ、わがままを言いたくなかったし、自分の欲望をフレイに見せたくなかった。普通の友達のような感覚で接して欲しくて、頼み込んだ。
それなのに、それを自分で壊すようなことをしてしまった。もう、後悔しか生まれない。
「なにを、やっているんだ……オレは……」
自虐的な笑みを浮かべ自分を卑下することでしか、慰める方法が思い浮かばなかった。
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