第11話


「どうだ、この部屋の居心地は」

「……私にはあまりいいと思えないです。なにせ、今までこんな豪華な部屋に足を踏み入れたこともなかったので」

「そうか。ならば、十分に味わうといい。まあ、あなたがこの部屋から出る機会など滅多に訪れるものではないがな」

「……どういう意味でしょう?」

 シアンは少女を見つめて、笑った。

 少女は顔をしかめる。あまりいい笑みではないことは確かだ。それなのに、相手は少女のその表情を見ても笑みを崩さなかった。

「あなたは、国王直々にこの国に滞在するということを命じられたんだ。まあ、勅命だな」

「そんな、勝手な……っ!」

 思わず悲鳴のような声が出てしまった。

「それは仕方がない。あなたが“雪結晶花ネージュフルール”に関する何かを持っていると伝えればそうなるのは陽の目を見るよりも明らかだ」

「私は、存じ上げません」

「その態度が、あの時にできていればこの状況にはなっていなかったかもしれないな?」

「……っ!!」

 バカにするように言い放ったシアンに少女は怒りを覚えた。しかし、瞬間的に冷める。

 シアンはその少女の冷静さに逆に驚かされた。泣きわめくかと思ったが、全く逆の反応をされたからだ。

「諦めます」

 ただその一言を発して、少女はシアンに背を向けた。まるでこれ以上あなたと話すことはないと言っているようだった。それに対してかすかに怒りを覚えたのはシアンだ。まさかこんな年下の女にこんな態度を取られるとは思わなかったのだ。

 今まで、女という生き物は自分に媚びを売る生き物だと思っていたし、それがシアンの中では当たり前の態度だったため目の前にいる少女のその態度に苛立ちを覚えたのだ。

「…………諦めるのが早いな」

「ええ。私は無駄なあがきはしないようにしているんです。それに、あなたに媚びを売ったとしても私には何のメリットもない」

「この部屋から自由に出入りできるようになるかもしれないんだぞ?」

「それは、何日、何ヶ月、何年後の話になりそうですか?」

「……」

「では、この話はここで終わりですね。お引き取りくださいませんか? 私にはこれ以上あなたと話すことはございません」

 そう言って、少女はシアンに完全に背を向けた。その瞬間に、少女は自分の体が傾いたことが理解できなかった。

「――あなたは、自分の状況を理解していないようだ」

 上から声が聞こえた。ウェーブのかかった珍しい色の髪が広がっている。

「ここで、あなたに拒否権はない。こちらの言葉にただ頷いていればいいんだ」

「……人形のようですね」

「相違ないな。あなたは生きる屍となるんだ」

「お断りします。それに、たとえ薬を盛られたとしても、私を殺すことはできませんし、あなた方が知りたがっている“雪結晶花ネージュフルール”に関しての情報も与えられませんよ?」

「……やはり、“雪結晶花ネージュフルール”に関して知っていることがあるんだな」

「ええ。この世界の誰よりも、深く関わっています」

「ではやはり、その情報を言っていただくしかないようだ!」

 そう言ったシアンは突然少女の手首を取り、壁に縫いつけた。ばん、という音が響き、痛みで顔をしかめる。しかし、少女の痛みなどシアンにとってはどうでもいいことであり、何よりも大切なのは雪結晶花ネージュフルールについての情報をこの少女から引き出すこと。

 少女は、目の前の男を見た。そして、自分の手を見る。これだけの至近距離にいて、手首を押さえつけているにもかかわらず、この男は気づいていない。

 目を瞑る。思い描くのは、一瞬にして自分の人間ではない部分に気づいたアーサーのこと。

「あなたに、もし雪結晶花ネージュフルールの情報を与えたとしても あなたはそれを手に入れることはできないわ」

「そんなことはわからないだろう?」

「いえ、言い切れます。あなたが欲しいものを、私はあなたに与えることはできない」

「なぜそう言い切れる? 可能性はゼロではない。世の中は全て平等にできている。アーサーにはその可能性があるのに、他の人間にはその可能性がないというのは不平等ではないか?」

「その可能性の平等さを決めるのは私ではなく、あなたたちでもない。神様です」

「この世に神があると? とんだ妄想だな」

「妄想と言い切るその根拠は?」

「世の中を回しているのは人間だ。その頂点にいるのが国王であり、この世の全てを掌握している。国王が戦に赴けと言を放てばそれは瞬く間に実行されなければならない。平和を唱えるならそれを実現するために臣下、国民は奔走しなければならない。国王の言葉こそが全てだ。その発される一言一言に力がある」

「それは、人間世界の理でしょう? 自然界では全く関係ないことです」

「……自然界だと?」

「ええ。あなたが口にしたことは全て人間という生き物が関わっています。確かに、人はとても知能が高く、そして様々なことを考えられる。でも、それは自然界では関係ないことですよね? 植物は考えることができない。動物たちは理性はなく本能で全ての行動を決めている。それらは食物連鎖に全て表れています。全ての秩序の中には必ず弱者と強者が存在し、弱者はただ喰われるだけの存在だと考えられていますが、必ずしもそうとは限らないと、あなたは考えたことはないでしょう」

「……何が言いたい」

「簡単に言えば、いつか、痛い反撃を食らいますよ、と」

 シアンは壁に縫い付けている少女を見た。なるほど、あの二人がこの少女を守ろうと思うわけだ。何も知らないと思わせるほど無垢なこの少女は、しかし、権力というものに対して媚を売らない。

 今まで周りにいた人間とは全く違うとシアンが感じるほどに。

「……なるほど。あなたの言葉はなんとなくわかる。俺だって弱者が完全な弱者だと思ってはいない。窮鼠猫を噛む、という喩えがあるほどだ。しかし、諦められない理由もある」

 何としても雪結晶花ネージュフルールに関する情報がほしいのだ。国王という称号を手に入れなければならない。

 そうしなければ――。

「……あの。そろそろ解放していただけませんか? 痛いです」

 思考の途中で少女がそんなことを言ったため、ハッとする。確かに、力加減など何もせず、ただ逃げられないようにと考えて少女を拘束していたのだからその感想だ当たり前と言えば当たり前だ。

 その時、部屋の外から微かに靴音が聞こえてきた。

「そうだな」

 思わず、ふと笑ってしまう。それをいぶかしんだのはもちろん目の前にいる少女であり、そして、シアンは緩めようとした力を緩めることなく、そのままの状態で少女の瞳を見つめた。

 それに驚いたように目を見開いている少女など関係ない。靴音がだんだんと近づいてくる。

 タイミングが大切だ。

「あなたはどう切り抜けるのか、楽しみだ」

 こん、と音がした。反射的に少女がはい、と声を出してしまい、扉が開かれる。

 その瞬間に、少女を拘束していた手の片方が離れ、顎を取られる。なに、と思った瞬間に、唇から柔らかな何かに包まれた。一瞬にして頭が真っ白になる。

 しかし、同じように思考が一瞬で戻ってくる。

「……っ、なにを!!」

 声を上げるが、目の前に立っている男は深い笑みを浮かべている。その背後に人の気配を感じた。

「……なんで、ここに………?」

 そこに立っていたのは自分の人間ではない部分を一瞬にして見破った青年――アーサーだった。

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