第9話
「……疑うようなことを言って、すまなかった」
少し遠慮がちにそう声をかけてきたのはフレイだった。驚いたような表情をして、少女はフレイを見た。しかし、慌てたように両手を首と一緒に左右に振った。
「いえ! フレイさんが疑うのは当たり前のことだと思いますし、私も自分が怪しいということは自覚していますから……!」
弁解を始めた少女をぽかんとしたまま二人は見つめる。その慌てように少し笑いがこみ上げてくる。
そして、何か確信めいた気持ちで思う。この少女は、本当に純真無垢なのだと。人を疑うことはしないのだろう。疑われることはあっても。けれど、疑われたからといってそれを悲観するでもなく、憤るでもなく、ただ、申し訳なさそうにするのだ。
気づくと、フレイはすっと少女に向かって手を差し出した。
「……え、えっと……」
「オレとは反対の手を差し出してくれ」
「……?」
フレイに言われた通りに手をおずおずと差し出す。しかし、その距離は先ほどの三歩後ろにいるときから変わらないため少し遠い。フレイは少女に近づいた。それに少し驚きの表情を見せたが、目の前の少女は逃げなかった。
手を差し出した状態で固まっている。
そんなことおかまないかといった様子でフレイは差し出されたままの少女の手を握った。
「……っ!?」
突然のその行動に驚きをあらわにする少女にフレイは微笑みながら少女の目を見て言った。
「握手というんだ。この行為を」
「え?」
「人との関わりが少なかったのなら知らないだろうと思うが、君は、今日俺たちと出会ったんだ。それは偶然かもしれないけど、それでも出会ったことは変えられないだろう? だから、出会えた感謝を」
「……フレイさん……」
少女が反応に困っているその姿をみて、改めてフレイはどうして自分はこんな少女を疑うことをしたのかと不思議に思った。なんの力もない。今握っている手もとても細くて力もない。脅威に感じることなどどこにもない。
しかし、その様子を見ていたアーサーが少しむくれたように突然ずいっと二人の間に入ってきた。
体を割り込ませるように入ってきたため必然的にフレイと少女は手をパッと離す。
「……アーサー……僻む前にお前も同じことをすればいいだろう」
「ひ、僻んでないっ!」
「はいはい、わかったわかった。ほら、握手するんだろ?」
「……お前のそういうところ本当に嫌だ!」
「なんとでも言え」
「腹立つーっ!」
突然口喧嘩を始めた二人をぽかんとしながら見つめている少女はそろそろここから離れないといけないかと別のことを考え始めた。
ここにいてもう一人の人間に見つかると、きっとなかなか帰ることができなくなってしまう気がする。そんな予感がする。
「私、そろそろ自分の場所に帰りますね」
「え!?」
「……え?」
なぜ驚かれたのか理解できなくて、少女はおもわず聞き返した。しかし、声を出した相手――アーサーもなぜ聞き返されたのか理解できないというように少女を見つめていた。
「……えっと、私もうそろそろ自分の場所に帰りますね?」
「なんで」
「……なんでと言われましても……」
自分の場所に帰ることのなにがいけないのか、まずそこが理解できない。
そもそも、なぜ自分がこの人の言うことを聞かなければならないのか、この人の許可を得なければならないのか。わからなかった。
「……私、アーサーさんの付き人でもなんでもないのであなたの言葉に素直に従うことはできません」
「っ!」
「なので、私は私の場所に帰りますね。もう迷い込んではダメですよ。私以外の人だったら、きっと生きてこの場所に立っていることすらできなかったのだから 」
そう言って、少女はくるりと体を半回転させ、アーサーたちに背を向ける。
「まっ………!」
追いすがるような声をかけられそうになった時、なぜか違う声が割り込んできた。
「……無事だったのか」
「…………ああ、シアン兄上」
「なんだその態度は。一応心配してやったというのに」
「そうでしたか。では、心配していただいた身としてお礼を申し上げねばなりませんね。ご心配をおかけし申し訳有りません、有難うございます。無事帰還いたしました」
嫌味を嫌味で返し、さらに嫌味を言うというこの不思議な光景に、少女はぽかんとした。なにが起こっているのか。むしろ今この瞬間に悟ったことはたくさんあるが、それはもう自分には関係ないと完結してしまおう。
しかし、どうすればいいのかわからないというのは消えない為、少女は助けを求めるようにちらりとフレイを見た。その視線に気づいたフレイはものすごく困った表情を笑顔でなんとか繕おうとしたが、それは繕えてはいなかった。
それでごまかされるほど世間を知らないわけではない。
「……フレイさん……、帰ってもいいんです、よね?」
「アーサーが後でうるさいと思うぞ?」
「でもそれって、私関係ないですよね?」
「……まあ、あいつが勝手に拗ねるだけだからな」
「じゃあやっぱり帰ります。ここは……“穢れ”が多いのであまりいい気分じゃなくて……」
「……“穢れ”……?」
少女の言葉の意味がわからず思わず聞き返してしまったフレイだが、少女の方はそわそわとして落ち着かない様子だった。
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