第8話
「なっ、アーサー!」
フレイが少し怒ったように呼びかける。しかし、アーサーは気にしなかった。
「信じるしかないんだから仕方ないだろ?」
「それでも、俺は王族であるお前にこんな安全かどうかもわからないことをさせるわけにはいかない!」
「じゃあどうする?」
「そ、れは……っ!」
「何も案が浮かばないなら、なおさらこちらは彼女に対して文句など言える立場ではないだろう」
「……っ、アーサーッ!」
「だから、仕方がないことだろう。日も完全に落ちてしまって辺りは既に暗くなってる。これ以上遅くなるとあの三人に何を言われるか分かったものではない。ネチネチと文句を言われるよりは早く帰ることを優先したほうが賢明だと思うが?」
それを言われてしまうと、フレイは何も言えない。アーサーの言っていることが正しい。それはわかる。現状、城内では少なからず騒ぎになっているのだろう。アーサーがいないということに国王が気付いていればなおのこと。彼は本当に妾の子供に生ませたアーサーのことを気にしてくてれいる。嬉しいことには変わりないが、それによって肩身の狭い思いをしているアーサーのことにも気付いてほしいものだ。いや、気付いているのかもしれないが、きっとそんなことは国王にとっては些細なことなのだろう。そんなことをつらつらとフレイは考えていた。騒ぎが大きくなればなるほど、アーサーの立場は悪くなっていく。国王はおそらくかばってくれるだろう。それでも、心配事は尽きないのだ。
「……あの、私が口を出していいことではないと思いますが」
突然、少女が声を出した。アーサーとフレイが少女の方に振り向く。その際、フレイが少し睨むようになってしまったのは仕方がないことだと思ってほしいと、フレイは内心でそう思った。しかし、やはり少女は全く気にしていなかった。
この少女のことがわからない。幼さを感じさせるほどに純真無垢なのに、先ほどのように全てを見透かしているかのような態度を見せるときもある。
少女が一体どういった存在なのか、フレイには判断がつかない。それはもちろん、敵か、味方かもわからないということである。
もし、この少女が敵だったら、自分は迷わず彼女を切り殺すだろう。幼少の頃からずっとそばにいて、見守ってきた主を少しでも危険から遠ざけることができるのならば。
「フレイさん、私は敵でも味方でもありませんよ?」
「っ!」
心が読まれたのかと思うほど的確なその言葉に、フレイは心臓が跳ねた。
「あ、それと、先ほどの言葉の続きなのですが、きっと、“私”を特別に感じてくれる方はあの城の中にはあと一人だけだと思いますから、大丈夫ですよ」
ふにゃりと微笑みながら、少女はそんなことを言った。
「……あと、一人……?」
「ええ、あと一人です。“私”を見つけられる方は、そんなに多くはいらっしゃいませんから」
「……?」
少女が一瞬、寂しそうに微笑んだ気がしたのに、それはまるで気のせいだったかのようにいまはもう普通の表情でいる。
「それでは、行きましょうか! すこしでも、あなたが安息に過ごせるように……」
祈りのようなその言葉に、アーサーとフレイは驚いた。しかし、声をかけることはできなかった。すぐに目をつむってくださいという彼女の声が重なってしまったからだ。聞きたいことはたくさんあったが、いまはその状況ではないことは確かだ。
そして、彼女の態度から、二人は聞くことを諦めてしまったのだ。まるで、聞かないでと無言で言われているような気がしたから。
そっと目を瞑ると訪れるのは闇。辺りには既に日の光はない。だから、光を感じることはない。真っ暗な闇だ。
しかし、ほんの一瞬、アーサーは何故か光を感じ取ったような気がした。そう思った時、ぱん、と手を打つ音がした。
浮遊感。一瞬だけしたかと思ったが、それは気のせいだったと突きつけるかのように足は地にしっかりと付いている。
「もう大丈夫ですよ」
声がかかり、ゆっくりと目を開ける。目の前には見慣れた光景が広がっていた。
「こ、こ………」
いつも、森に行く時に使っている裏口。なぜ、どうして、どうやって。出てくるはずの言葉はたくさんあるのに、1つも音となってそのに出ることはなかった。
「あれ、アーサー様……!?」
いつもいる、裏口の番している兵士が声をかけてきた。それは、すこし慌てたような、安堵したような、そんな声だった。
「どちらにいらしたのですか!? 城中でアーサー様が戻らないって騒ぎになってましたよ!」
やはり騒ぎになっていたのかと思いつつ、アーサーは自分の隣にいるはずのフレイをちら、と見た。フレイの方もアーサーをちらと見る。そして、自分たちよりも3歩ほど後ろにいる少女に体の向きを変えた。
突然二人に見つめられる形になり、少女は驚いたように背筋をピシッと伸ばし、言葉を受け止めるように緊張した視線で二人を見つめ返した。
「ありがとう」
「!」
「こんな言葉しか言えなくて、ごめん。でも、ありがとう」
「……アーサーさん……」
優しく微笑んでくれているアーサーに、少女は驚きを隠せないまま、少し目を見張りつつアーサーを見つめていた。しばらく、お互いを見つめる形で沈黙していたが、少女の方がふと表情を緩めた。それは、なぜか本当に安心しているかのような表情だった。
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