第7話
「心配事は、おそらく杞憂に終わりますから。お城まで案内しますよ。とっておきの近道を使って」
アーサーを見つめながらふにゃりと微笑み、彼女は歩き出した。その笑顔を見せられたアーサーとフレイの二人は一体彼女が何を言っているのか理解できなかった。
顔を見合わせている二人をよそに、彼女は少しだけ二人から離れたところに移動した。そして、アーサーはそれを見た瞬間に目を疑った。キラキラと輝いている彼女の指先。雪の結晶のようなものがどんどん溢れているのを見たアーサーは見間違いかと何度か瞬きを繰り返し、自分の目を疑う。しかし、目の前でまるで操っているかのような動きで手を動かしている彼女なのは変わりがない。
「じゃあ、お二人が乗ってきた馬にここまで来てもらいましょう」
目の前の少女の言葉に、耳を疑ったのは言うまでもない。一体彼女は何を言っているのか。
「……申し訳ないが、今の言い方だと馬の方にここまで来てもらうと言っているように聞こえたのだが」
フレイが疑わしげにそういったのを聞いて、少女は首を傾げた。
「そのようにお伝えしたと思いましたが…。すみません、わたしの言葉が足りなかったのですね。でも大丈夫です。お二人の馬は責任もってここに呼びますから」
「………………」
会話が成立していないと、自覚したのはフレイだ。横でそれを聞いていたアーサーは何を言っていいのかわからずそのまま黙っている。
アーサーの目には変わらず少女の指からキラキラと雪の結晶のようなものが溢れているように写っている。その時、少女が突然にその指を口にくわえ、音を鳴らした。
ピー、という長い余韻が辺りを包む。
しばらく、静寂が辺りを包んだ。
「あ」
小さな声で、少女がそう呟く。なんだ、と思った時、遠くから何か音がした。
「……なんだ?」
アーサーが少し緊張した声でそう言う。フレイも、緊張した面持ちで音のする方へ視線をやった。
しかし、そんな二人の緊張などまるで知らんふりで、少女は音のする方へと歩き始めた。止めようとした。けれど、どうしてか声が出なかった。
「……こんにちわ」
そういって微笑んだ少女の視線の先には、二頭の馬がいた。驚きで目を見開く二人とは違い、少女の方はまるで馬が来るのをわかっていたかのようにそのまま歩き続けて、ついには馬の元へとたどり着いた。その馬たちは、間違いなく二人が乗ってきた馬だった。
言葉が出ず、ぽかんと開いた口がふさがらない。アーサーもフレイも今のこの状況についていけないのだ。一体どうしろというのか。
少女は馬ととても楽しそうにじゃれ合っている。なんなんだと思わずにはいられない。
「……聞いてもいいのか、あれ?」
「俺に確認を取ってもわかるはずがないだろう。バカかお前は」
「フレイ冷たい……いや、だってわからないから……」
「それで? 俺がわかるとでも思ったのか?」
「……すみません」
自分の後ろでそんな会話がなされているとはつゆ知らず、少女はひたすらに馬を愛でた。なかなかこういった生き物と触れ合うことが少ない少女にとって、これはとても幸福な時間である。
馬の毛皮というのは、思いの外気持ちがいい。というか、動物全般的に毛で覆われているものはなんでも嬉しい。
「可愛い〜」
ほわほわとしながらそんなことを言った少女。それを見つめる男性二人。どう反応していいのか正直わからない。
「そろそろ行きますか?」
「えっ!?」
「え?」
「あ、いや、行きます。ついて行くから、できれば早めに……」
「はい、お時間とらせてしまってすみません」
突然の振りにものすごく動揺してしまったが、なんとか言葉を返し、ついでに早く帰りたいという旨を伝えた。アーサーが動揺したことに関しては特に気にした風もなく、少女は二人の元まで馬を引き連れてきた。
手綱をはい、と手渡しされ、アーサーもフレイも戸惑いながらもそれを受け取る。馬たちも自分の主人だと認識したのが少しだけ鼻をすり寄せて甘えてきた。
「よくなついておられるんですね」
笑顔で語りかけてくる少女に対して戸惑いを隠せない。そんなふうにおろおろとしていると、少女の方は全く気にせずに背を向けてスタスタと歩いて行ってしまった。声をかける暇もなく、アーサーとフレイは慌てて手綱を軽く引いて少女の後をついていく。
「ここは実はあなた方のお城からそんなにも遠く無いんですよ?」
「……え」
「あ、一度ここで止まってください」
そう言われて二人と二頭が立ち止まったのはどこからどう見ても雪原のど真ん中である。
周りにあるのは雪を降り被った木々と目に眩しいほどの雪原。ここが自分の住んでいる城に近いと言われても、信じられるはずも無い。さすがに黙っていられなかったのだろう。フレイが少女をきつく睨みつけた。
「いい加減なことを言うな」
「いい加減だと思われますか?」
フレイ自身、少し言葉きつく言ったつもりだったのだが、少女は全くと言っていいほど気にしておらず、逆に問い返してきた。その表情は不思議そうに思っている表情というよりも、無に近い表情だった。背筋がぞくりとする。おもわず、自分が帯剣している柄に手をかけてしまうほど。がちゃん、という音がしたことに驚いたのはアーサーだった。
「フレイ!」
大声で自分の名を呼ぶ主人のその声にハッとしたように、フレイはアーサーを見、そして少女を見た。しかし、少女の表情は先ほどとなんら変わっていない。無に近い表情で、フレイをじっと見つめている。
その威圧感に、フレイはどうしても身がすくんでしまう。
瞬間、少女から発せられていた威圧感が消えた。
「まあ、信じられませんよね。わかってますから大丈夫です。でも、5秒間だけでいいので目をつむっていただけませんか?」
「……は?」
「お二人が数えた5秒後に、お二人はお城の裏口にいます」
「ちょっ、まってくれ! 突然そんなことを言われても……っ!」
「あ、一瞬がいいですか? でも、それだとお二人の体にかかる負担が大きくなってしまうので、できれば数秒時間をいただけると嬉しいのですが……」
そういうことを言っているのでは無いという言葉が喉まで出てきたが飲み込んだ。いままでで彼女の言葉に嘘はなかった。ということは、彼女が言ってる体に負担がかかるというのも事実なのだろう。
それがどの程度なのかはわからないが、彼女が案じる程度にはそれぞれにかかる負担があるということだ。
「……いや、目をつむっておくよ」
そういったのはアーサーだった。
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