第5話

「待ってくれ、待ってくれっ!!」

 アーサーは叫ぶ。これを逃したら、もう出会えないかもしれないのに。偶然のこの出来事にすがらなければならないほど、アーサーは探し続けていたのに、見つからなかった。

 どれほど出会いたいと願っても、現実は無常でそれを許してはくれなかった。だからこそ、この瞬間、この刹那を逃してはならなかった。

 伸ばした手が、少女に触れた。

「きゃっ……!」

 鈴の音のような愛らしい声が漏れたかと思うと、少女が転んでしまった。

「っ、うわっ!?」

 必然、少女の腕を掴んだアーサーも転んでしまう。冷たい雪の上に体が放り投げられた。

「アーサーッ!」

 自分を呼ぶ、フレイの声が聞こえる。それなのに、そんなことを気にしていられるほどの心の余裕がない。いまは、ただ自分と一緒に転んでしまった少女のことが気がかりでならない。

「ごめんっ! 大丈夫か!?」

 自分よりもはるかに小さな存在に声をかけると、その存在はびくりと体を跳ねあげた。そこまで怖がられるようなことはしていないと思ったのだが、見ず知らずの男に腕を掴まれているこの状況はたしかに少女を怖がらせているのは間違いなかった。

 それを自覚したため、アーサーは慌てて手を離す。

 そのことに安心したような息をついた少女はゆっくりと体を起こした。

 そして、アーサーとフレイを見た。

「……えっと、突然驚かせてしまってすみませんでした。……えっと………あなた方はどちら様ですか?」

 腰まで流れる長い髪は軽くウェーブがかかっている。銀髪かと思われたその髪はしかし、銀の中に青が少し混じっているようなそんな感じがする。眸の色は綺麗な銀色だった。透明のような、銀色。

 その不思議な容姿に、アーサーもフレイも何も言わずにただ少女を見つめていた。少女は居心地が悪そうに二人を見つめて、もう一度あの、と声をかける。

 二人ははっとしてすまない、と謝罪をした。

「俺はアーサーというんだ。で、こっちがフレイ」

「……やたらと適当な紹介だな」

「アーサーさんと、フレイさんですね。お二人はなぜこの場所に? 普段は誰も通らないと記憶しておりますが…?」

「……えっと。滑って落ちた」

「………………えっと…………。……え?」

 一瞬何を言われたのか理解できなかった少女は間をおいて反応した。

「滑って……落ちた、ですか……?」

「そう、滑って落ちたの。ちょっとよそ見してたら足元の地面が急になくなってふわって」

「そう、ですか……」

 なんといったらいいのかわからないのか、少女は言葉を濁しながら納得したような返事をしてくれた。

「ちなみに、帰り道がわからなくて迷子になっている」

「そうなのですか……」

 しん、と静寂が落ちた。え、と思ったのはアーサーとフレイである。遠回しに道案内をお願いしたいのだが、ということを含めての発言だったのだが、目の前の少女はまるで気づかない。本当に「大変そうですね」という言葉で終わっているようだった。

 今日は父王にあっていたこともあり、出かけるのはいつもより遅めだった。そのため、いまはもう夕方のように空は緋く染まっている。このまま自分たちだけで無謀にもここを登ろうと思っても相当な時間がかかるだろう。案内はあったほうがいいに決まっている。

 意を決して、フレイが発言した。

「大変申し訳ないのだが、上に戻るための道を教えてくれないだろうか? より確実を求めているので案内をしてくれると大変助かるのだが」

「え? …………ああ! そうですよね、気づかなくてすみません。あまり、人との接点がなかったものですから気づかなくて」

「……いや、図々しいのはこちらの方だからあまり気にしないでくれ」

 少女の発言に、フレイもアーサーも少し驚いた。ただの町娘かと思いましたがどうやらそういうわけではないらしい。人との接点がない、というのは少し理解し難いことだったがこの際もう気にするのも仕方ないようにも感じる。

「こっちが近道ですよ」

 そう言って笑っている少女はとても人当たりは良くて、見ていて安心する何かがあった。

 アーサーとフレイは少女の案内通りに少女の後をついていくこととなった。

 しばらくずっと無言で歩いていたが、静かすぎる。雪を踏むざくざくという音以外は、自分たちの息遣いが微かにあるだけだ。それにしても、結構長い時間歩いているような気がするが、なぜ自分たちはそこそこ息が上がってきているのに対し、少女は平然とし、しかもあんなにもすたすたと歩いていけるのだろうか。不思議で仕方がない。

 そろそろ休みたいが、少女があんなにも普通に歩いているのに自分たちがへばったと思われたくないという、変なプライドで二人は懸命に歩き続けた。

「あ、私、歩くの早いですか? 速度落とします?」

 突然、くるりと振り向き、自分たちにそんな問いかけをしてくれた少女だが、気づくのならばもう少し早く気付いて欲しかったと内心で思わず思ってしまった。

「……できれば、少し、休ませて、もらえると……大変、助かる、の、だが……!」

 息も切れ切れにそういったのはフレイだった。アーサーの方は既に限界に来ていてしゃべることも大変そうである。

「……す、すみません。私いつも一人でこうやって歩いてるので……。他人と一緒に歩くことなんてなかったから……」

「そうなのか……。けど、ちょっと、休憩を……!」

 アーサーとフレイはその場で座り込んだ。雪が冷たいとか、もう気にしない。結構なスピードで歩いていたため、じんわりと汗をかいてしまっている。外気温はこんなにも冷たいのに、自分たちの体は火照っていてなんだかちぐはぐな感じだった。

「…………! すみません、私ちょっとあっちの方にいるので、歩けそうになったらもう一度声かけていただいてもいいですか?」

 あっちの方、と指差したのはさして遠い場所ではなかったため、二人はこくりと頷いた。それを確認した少女はてくてくと歩を進めて木の陰に隠れる。

 アーサーとフレイは二人でその姿を見つめ、見送った。

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