第43話
真っ暗な部屋に、幾層にも広がる半円状のテーブルと、その上で動き続ける無数のモニター。
それらを束ねる無骨な制御コンピュータと、覆いかぶさるように広がる、巨大な横長のスクリーン。
明滅する白い光に照らされて、一際大きな灰色のドールが、こちらを見据えている。
紅い瞳。グングニルだ。
流線型のしなやかな腕をゆっくりと水平まで持ち上げ、その指先に光を灯らせると、呼応するようにどこからともなく緑色の光を帯びたドール達が現れる。
『久しぶりですね。神月イコナ』
グングニルが通信回線を開き、脳内に直接語りかける。
『あなたを殺せなかったのは残念です。いいえ、面白いと形容しましょう』
『わたしは、グングニル。計画は最終シーケンスに入っています。もう誰も止められません』
グングニルが腕を振り下ろすと、配下のドール達が斉射した。
暴風の如き光弾の幕が、入り口に展開したイコナ達を強襲する。
咄嗟にシールドを構えるも、万全なシールドを張るほどの
幾人かは、予備の丸盾を掲げるのみだ。その一方で、グングニルは無尽蔵にも等しい資源を蓄えている。
それでも……彼女たちは怯まない。
「狙撃隊、構え!」
真鈴が叫び、シールドの裏から長砲身のライフルが四丁、真っ直ぐに照準を構える。
「撃て!」
亜音速の弾丸が、暗闇に包まれたコントロールルームを横断し光の軌跡を作る。グングニルは動じず、防御壁を立てた。激しい閃光が飛び散り、攻撃は弾かれる。
「馬鹿な……あれは明北学院のシールドだぞ」
「回収して、リバースエンジニアリングされたようね。それよりも──」
「ああ、ヤツは戦闘の攻防を学んでいる」
向こうも、シールドの裏から白兵戦用のドールを出してきた。押し込まれれば、後ろは狭い出入り口のみ。全滅は免れない。
「まだです! もう一度撃って、真鈴さん!!」
力強い少女の声。
青い電流が一筋走り、グングニルの貼った防壁が侵食されるようにかき消されていく。少女の赤縁のARグラスが、キラリと光った。ミネット・オーネだ。
狙撃隊が再び発砲する。
防御を失ったグングニルは、初めて回避行動を取った。
「ミネット!? どうして」
「私だけじゃありませんよっ!」
凄まじい爆音が轟き、コントロールルームの入り口を囲う壁が、木っ端微塵に吹っ飛んだ。粉塵からぬらりと姿を現したのは、どうやってここまで搬入したのか、大人二人分の大きさはある巨大な電磁大砲。
青い光を帯びる砲身には、ポセイドンV3と印字されている。
「フフッ。フははははっ。クロダっ!」
「ええ」
ステラの高笑いに乗じるように、エネルギーが甲高いモータ音と共に集まっていく。
「薙ぎ払えっっ!」
極太のビーム砲が、コントロールルームを濃紺に照らした。
右から左へ横一線にビームが傾き、弾幕も、防壁も、そして敵意をむき出す灰色のドール達も全てを飲み込んでいく。
排気される煙の裏で、光を失ったドール達がボトボトと落下した。
「グングニルは?」
「あそこだ!」
天井付近を高速で逃げ回るグングニル。
その頭部を、一筋の光が撃ち抜く。
一寸違わぬ正確な狙撃。大黒学院が三柱、堀川譲二だ。
「やった!!」
「いや……まだだ」
間髪入れず、奥から、二丁マシンガンの分厚い弾幕。分裂したグングニルの別の命が宿り、その瞳は赤くそまっている。識別子は〈アマンダ〉。
「っの野郎! 人のドールを勝手に!! ゆ・る・さ・ん!」
合流するや否やフランが激昂し、自身も二丁のマシンガンを構える。正面から撃ち合う気だ。
彼女一人ではない。
無脳ドールを従えた海道と、駆けつけた大黒学院のメンバーが、真っ向から弾幕を張り返す。
「おらあああっ!!」
力押しに負けて、アマンダがオーバーヒートする。
「ああっ、あたしのドール!!」
「おい」
呆れ声の真鈴が、アマンダを回収しにいこうとするフランを制する。
再びグングニルが蘇ったからだ。識別子〈ケンタウルス〉。及び〈アルテミス〉。
「陣形展開、ケンタウルスを抑えてくれ」
「私が行きます」
勇ましく美しい声で、源光寺静紅が答える。
猛進するケンタウルスを、正面からヘラクレスが受け止めた。
「ヘラクレス、フルバースト!」
後部ブースターが最大出力で噴射する。加勢しようと、真鈴隊が射撃を開始する。
その一つ一つの光弾を、グングニルの無限の
幾つかのミサイルが暴走した飛行機のように荒れ狂い、敵味方、ドール・人間を問わず撃墜する。
ヘラクレスが、じりじりと押されていく。
「こ、これ以上は……」
「諦めんな!!」
背後から、二本の太い腕。
特殊装甲の形をした意思を持たぬドールが、確固とした意志をもってケンタウルスを押し返す。ミシェルだ。
「うおおおお!」
「──そうだ。あと三秒。三、二、一……よし、もうOK。引いてくれ」
爽やかな青年の声に呼応して、ミシェルはヘラクレスを抱えて飛び退く。ケンタウルスが解放され、一気に前方へ飛び出した。
その巨大な体躯を、黒い稲妻が包む。
春之塚恭介の、
「人間を超える生命体も、人の知恵には敵わない、ってね」
その横で、南陽汎用ドールの身体を借りた常盤木 織人のオーキスが、アルテミスのパッチを全てコピーして反撃する。それも、速度は織人の方が上だ。
「グングニルは任せろ! 制御側を頼む」
「……はっ。皆さん、コントロールパネルを破壊してください!!」
茅乃の号令で、学徒達がモニタの前に鎮座する制御コンピュータに総攻撃を仕掛けた。東京と世界を繋ぐ出入り口、これを破壊してしまえばグングニルの目的は完遂されない。
色とりどりの火花が散り、幾重にも構築された電脳体の外郭が音を立てて崩れていく。
が、そう簡単に壊し切れるものではない。
何せ、国家的な研究機関の中央サーバに直結している端末である。
「くっ、時間が必要か。グングニルの信号をジャミングしろ!」
『皆さん。良い暇つぶしでした』
グングニルの硬く重たい声が、部屋中に響き渡る。
『解析完了まで残り一分を切りました。最初から、わたしの勝利は決まっていたのです』
『誰も、わたしを壊すことはできません。誰も、わたしを止めることはできません』
暗がりから姿を現したグングニルの頭部を、堀川のスナイパー・ライフルが素早く打ち抜く。それでも、再び別のドールが浮かびあがり、口を開く。
『わたしは、グングニル。わたしは、わたしの世界を目指します』
「全員、グングニルを制御コンピュータに近づけるな!」
部屋の奥に、即席の陣形を整え、彼らは応戦する。
落としても落としても、復活する灰色のドール達。グングニルの身体は次々と入れ替わり、紅色の粒子があちらこちらを舞った。
「キリがないわ!」
「撃つ手を緩めるな!!」
何十、何百のドールを破壊しただろう。
グングニルの軍勢は一向に衰える兆しを見せない。
しかし、無尽蔵ではないはずだ。
あと少し、あと少しと真鈴は仲間を鼓舞し続ける。
そんな彼女をあざ笑うかのように、制御コンピュータから賑やかなジングルが鳴る。中枢を守っていた暗号の解析が終了したのだ。
「扉が……開く……!?」
シールドで身体を守るグングニルのドールの口が、微かに笑みを湛えた気がした。
モニタに浮かんだ無数の矩形が、渦を巻くように流れ、その中央に黒い穴を形成していく。宇宙への扉。
衛星通信の回線が、今、開かれた。
『時は満ちました。皆さん、さようなら』
グングニルが残酷に言い放つと同時に、今まで構えていた軍勢の更に二、三倍の数のドールが、あらゆる排気口、通用口、廊下の奥から現れ、なだれ込むようにコントロールルームへと集まってきた。
「う、嘘だろう……こんな……」
真鈴が、絶望の眼差しでグングニルの軍勢を見据える。
灰色のドール達が、自らを後続の盾に、制御コンピュータへと触れようとしていた。
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