第38話

 グラウンドの様子を、真鈴たちはただ立ち尽くして見ていた。


 大黒学院の生徒達はいつの間に二階より上に万全の陣営を組んで闘っている。

 春乃塚は連合軍本隊と出会うことすらなかったし、レーザービームを撃ったのは恐らく堀川だ。真鈴たちが侵攻した時、そんなものは使われる気配すらなかった。


「レーダーに敵影多数確認。大黒チームの増援です」


 通信班が驚愕に満ちた声で告げる。「こ、これは……一体どこにこんな残存戦力が……?」

「奴らめ……最初から、これのために備えていたんだ。私たちは前座というわけさ」


 真鈴が悔しそうな声で言い捨てる。


『先輩、ここは一旦逃げてください。今なら戦闘を避けて退避できるかもしれません』

「しかし、グングニルはどうする。EDDAやつらが辿り着けば全ては終わりだぞ」

『イコナさんが……居ます。それと、茅乃さんが。彼女とは連絡が取れませんが……』


 近くに着弾した弾の発光で、真鈴の横顔が白く染まる。

 ノイズが耳障りに唸った。


 真鈴は目を閉じて少しの間考えると、決断したように頷く。


「分かった。連合本隊は安全な場所へ避難。私に続け」

「了解!」


 真鈴を先頭に、連合本隊は素早くエントランスへと引き返す。

 ここからは、時間の勝負だろう。


 残された猶予は、少ない。



 西校舎の中はもぬけの殻だった。

 人気のない校舎ほど不安や恐怖を掻き立てるものはないが、今はそんなことを言っている場合ではない。


 イコナは臨戦のための体力を残しつつも、出来る限りの全力疾走で二階の連絡通路まで辿り着いた。

 茅乃の情報が確かなら──勿論、彼女の情報が確かでなかったことはないが──ここは大黒のサーバルームと直結する裏道のはずだ。


 さっきから、外が騒がしい。


 会話ログを目で追う暇さえないが、戦況は混乱を極めているようだ。

 西校舎のルートから人が出払っているのも、この最終局面に人員が駆り立てられたからだろう。


 何にせよ、好都合だ。

 願わくば、サーバルームまで誰とも出会いませんように。


「なんて、虫のいい話はないようね」


 イコナの目の前に立ちふさがるその少女は、名を王賀真琴おうがまことと言う。


 大黒学院の切り札にして主将キャプテン、電脳工学の名だたる教授たちからも一目置かれる天性の才能を持ち、神童と呼ばれた十歳から八年間、様々な発明品や論文で第一線を築き上げてきた。


「アナタの……聖櫃を貰うわ」


 じとりとした声で、王賀が呟くように告げる。


 イコナの横で、ナナが「いつでも闘える」と意思表示をするかのようにホバリングする。パッチもロード済みだ。

 一方で、王賀のドールはまだNリソースの燃焼さえ確認できない。


「起動したら? 待っててあげる」


 挑発するように、イコナが促す。


「要らない……ワタシの方が早いから」


 王賀がショルダーポシェットからドールを取り出す。

 眠っていたドールが、彼女の手の中で瞳を開け、青い光を発し、起動していく。


 イコナは気付いた。

 手動起動マニュアルだ。それも、恐ろしく早い。或いは、一秒もかからない。


 ナナは既にスタートを切っている。が、間に合わないだろう。王賀の取る行動がなんであれ、カウンターを喰らえば致命傷は免れない。


「ナナ、待──」


 ガラスの砕け散る音。


 ここは二階の連絡通路だ。

 にも関わらず、窓の外から突入してきたのは、黒髪の男。


「織人!?」

「……くっ」


 王賀へ掴みかかる織人。

 しかし、彼女は腰を落としてそれをいなす。


 舞い散るガラスの破片が、蛍光灯の光を反射してキラキラと瞬いた。勢いあまって織人は反対側の壁に激突し、うめき声を漏らす。


 僅かに怯んだ王賀の隙を付いて、ナナがその足元へと到達する。

 抜刀されたブレードはコンマ02秒で彼女の胴を捕らえようとしていた。


 クロノドール・テラはまだ起動を終えていない。


 その剣先が王賀おうがの胸元に深く突き刺さろうとしたその時、彼女は限界まで使役した反射神経で僅かに身をそらし、一撃を肩へと受け流した。


(浅い……!)


 ナナの一撃をいなし、王賀は戦闘起動を強行する。

 白いエネルギー体が彼女のドールを包み、今まさに拡散されようとしていた。


(イコナ……イコナ。聞こえる?)


 静止した時の中、イコナは確かに声を聞く。

 それは紛れもなく、茅乃の声だった。


(肩を狙って。あたしの覚悟を……紡いで)


 電脳端末に宿る、残留パルスの思念。信号化された彼女の思いが伝わったのか、王賀の肩の損傷に感じた茅乃の意志が脳内で再生されたのか、イコナには分からない。

 

 だが──!!


「ナナ!」

『命令を受諾』


 ナナが受け流されたブレードを手元で捻る。

 回転した剣先が、僅かに王賀の肩端末に触れた。


 その瞬間、空間を満たす白い光が、凄まじい勢いで逆流し始める。


 損傷した肩部に吸い込まれるようにして、津波の押し寄せるようなおどろおどろしい音が響き渡る。


「うっ、ああああっ……!!」


 王賀が唸った。

 ドールから放出された莫大なエネルギーが、バランスを崩した彼女の端末自身を破壊したのだ。


 うずくまる彼女の身体を、無数の閃光と爆煙が覆っていく。床に投げ捨てられたテラが、ボロボロと自壊し、懐中時計としての形を失っていった。



 一分ほどの時が経っただろうか。


 光は収まり、静寂が戻る。

 消耗したナナを抱えてぼうっと王賀の姿を見つめていたイコナは、はっと我に帰って同じくうずくまった織人の下へ駆け寄った。


「織人」


 その声は、少しだけ震えている。


「大丈夫……だ。腕を痛めたらしい」織人は苦悶の表情を浮かべ、イコナの目を真っ直ぐ見る。「時間が無い。サーバールームへ……早く」


 イコナは無言で頷いて、立ち上がる。


「ぐっ……」


 背後から聞こえたその声に、イコナはびくりとして振り向く。

 ナナが咄嗟に銃を構えるが、四肢を地に着け呻く王賀に、もう闘う力は残されていなかった。


「だめ……聖櫃を……使っちゃいけない……ソレハ……」


 ぎょろりとした二つの目が、イコナを見つめる。


 その執念にイコナは得体の知れぬ恐怖を感じ、逃げるようにその場を跡にした。



 彼女の忠告に、少しでも耳を傾けていれば、それは違った結末になったかもしれない。

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