第37話

 エネルギーの波が茅乃の身体を包む。

 暖かな煌きと共に、身体の節々に装着された端末がショートし、破壊されていく。

 暴走した衝撃装置が鈍い痛みを彼女に与える。


(これで、終わりかな……イコナ……)


 否。一躯のドールが、彼女を守るように飛び出した。


『パッチ・アクセプト』


 青く輝く、神具イージスの盾。

 明北製の大シールド。ヒナギクだ。


 その背部には、橙色のメモリースティックが差し込まれていた。

 東京を去る時、タクマがミネットに託した、最後のパッチプログラムだ。


 ──それでも、長らくは持たないだろう。

 だが、そのコンマ一秒が彼女に一矢報いるだけの時間と、勇気を与えてくれる。


「っ……かはっ。アメノ、撃って……!!」


 視線照準。

 ぼんやりと影のように見える、王賀の中心を狙って、アメノの一撃が飛ぶ。


 光が、はじけた。



 吹き飛ばされた茅乃が、コンクリートの地面に頭を打ち付けて気を失う。

 半壊したアメノとヒナギクは、瞳の輝きを失って力なく墜落した。二度と闘うことは出来ないだろう。


「……」


 その様子を、王賀が見下ろしている。


 無傷──ではない。狙いはそれたものの、その肩にアメノの光弾が命中し、数本の配線をねじ切っていた。


 王賀は〈テラ〉を再びショルダーバッグに戻し、ふらふらとした足取りで、本校舎の方へと向かった。

 その後ろを、一陣の風が、ただ静かに舞う。 




 一分ほどの沈黙の攻防を、真鈴は自ら破った。


「……ふっ、撃たぬか。賢いな」

「……」


「お察しの通り、私自身が囮だ。この頭部端末には攻撃されればリンクを逆に辿り、刺し違えて破壊する自爆トラップが仕込まれている。ここでお互いの本隊のリーダーが失われるのは、そちらとて惜しいだろう」


 堀川はスコープから片目を外し、真っ直ぐ真鈴を見据えた。

 真鈴は口角を上げ、続ける。


「そこで相談だ。これ以上続ければ、お互いの貴重なリソースが浪費されるだけ……。退く気はないか、大黒よ。我々はこの本校舎三階にあるサーバにだけ用がある。通してくれれば、用事を終えて潔く去ろう」


「聞けぬ話だ」


 堀川が短く答えると同時に、素早い動作で腰から別の銃を引き抜き、天井に向けて撃った。

 電子銃ではない。BB弾を高圧力で射出する、ガスガンだ。


 弾丸は廊下に備え付けられたスプリンクラーにヒットし、直下にいる真鈴めがけて水が溢れ出す。


「くっ!」


 連合軍側がどよめく。まさか、その手があったか。

 水に濡れれば、直接手を下すまでもない、端末は全て無力化されてしまう。


 真鈴は咄嗟に身を屈めるが、その傍から頭部、肩部、脚部に付いた端末が火花を立ててショートしていく。


 その様子を堀川は冷たい眼差しで眺めていた。

 彼は微塵も勝ち誇った表情を浮かべなかったが、これ以上狙う価値は無いと言わんばかりに銃口を天井に向け、周りの人員に陣形の指示をする。


 苦悶の表情で堀川の方を向く真鈴。


 その口元には……微かな笑みを湛えていた。


「私自身が囮だと言ったろう」


 直後、堀川は甲高いモーターの回転音を耳にする。


 振り向く前に、彼は何が起きたかを一瞬で察知した。

 自分のドールではないし、大黒学院のドールでもない。そのドールは白兵戦用のARウェポンを展開済みの状態で手にしていて、コンマ一秒後に堀川の喉を掻っ切るだろう。


 そのドールは──安城真鈴のドール、カガリだ。


「っ……!!」


 当然、ライフルを向けることすら叶わない。


 真鈴は、この瞬間を待っていたのだ。

 大黒学院全員の注目が彼女に集まり、かつ堀川の銃口が彼女から外れる瞬間。グラウンドでの攻防後、こっそり裏から回ったカガリが、レーダーと視線の網を潜り抜けて喉元に刃を当てる、そのたった一瞬の隙。


 ブレードが振り下ろされる。


 咄嗟に傾けた堀川のスナイパーライフルがその剣先に触れ、電脳を粉々に砕かれながらも一撃だけ防いだ。

 すぐさまカガリを捕らえようと、陣営内で無数の銃弾が飛ぶ。


 が、レーダーに映らないカガリに、どうやって正確な狙いを付けられようか。


「馬鹿共が、やめ──」


 案の定、乱反射した光弾は味方のドールや端末に当たり、眩い光を撒き散らす。前線は滅茶苦茶だ。


「今だ、行け!」


 真鈴が号令をかけ、連合軍が一斉にバリケードを乗り越える。


 その勢いに押されて、大黒学院が前線を捨てて退却行動に移った。

 堀川こそ仕留め切れなかったが、ここさえ突破してしまえば階段の攻防で狙撃の出番はない。一転、攻勢だ。



 直属部隊のメンバーが乾いたタオルを真鈴に渡す。

 かろうじてカガリを動かす主端末だけが残ったものの、情報伝達や外部記憶ストレージまで全てが失われる有様だ。彼女は顔を拭い、予備の交信用モジュールを受け取って装着した。


 その稼動したばかりの機器から、酷いノイズと共に少女の嬌声が聞こえてきた。

 ミネットだ。


『真鈴さん、聞こえてますか、真鈴さん!』

「あ、ああ……。ミネットか、どうした」

『今、私たちの横を……いえ、窓はありますか!? 今すぐ運動場側を見てください』


 言われるがままに窓を開けると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。




 激しい土煙を立てて、黒塗りの対磁シールドバンが五台、大黒学院の正門から侵入する。

 その側面には白く刻まれたEDDAのロゴ。

 大きく弧を描くようにして運動場の真ん中に陣取ると、サイドドアが勢い良く開かれ、警察の特殊部隊のような防護服を身に纏った集団が姿を現した。


〈研究者たち〉の強襲部隊だ。


 対電脳小銃をその手に構え、リーダーらしき男の指示で本校舎に向かって彼らは走り出す。それを迎え撃つように、校舎側から光弾の嵐が降り注いだ。


 当然、EDDA特注の防護服に身を包んだ彼らに光弾の一発や二発は通用しない。迎撃に怯むことなく、ゆっくりと銃を構え、校舎の至る所に反撃の閃光が走る。

 小規模な爆発と共に、破壊されたドールたちの電子部品が空を舞った。


 まさに、圧倒的な戦闘能力の差。

 ものの数分もしないうちに、制圧は完了するだろう。


 もし、それが彼らの想定した通りの電脳抗争ドールズウォーだったなら。


「カチッ」


 一人が、を踏みしめる。


 地雷だろうか。

 いや、綺麗に隠蔽されていた。

 仮にそうであったとして、大した威力はないだろう。多少の障害物なら、歩みを止めて解除するほどのものでもない。マニュアル通りのセオリーだ。


 そう考えたであろう次の瞬間、彼の視界が──否、彼の姿そのものが真っ黒な光の帯に包まれる。


「やれやれ、困ったね。アポイントメントは取ってもらわないと」


 運動場の中心に、巨大な火柱が立った。


「うわあああ!!」

『どうした、何が起きた!』


 二つ、三つと爆炎が渦巻いていく。


 それに加勢するように、極太のレーザービームが屋上から打ち下ろされ、横一文字に薙ぎ払った。

 オーバーロードした吸収装置アブソーバがショートして破裂し、裸も同然となった防護服に容赦なく光弾が浴びせられる。


 戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 後方に一台、遅れて白いバンが到着する。


「フン、だから舐めるなと言ったんだ」


 ライトブラウンの髪が、燃え立った戦場の風にたなびく。

 神藤明燈である。


「行きましょう、道悟さん。ご覧の通り、彼らも譲る気はないようです」

「うむ……」


 屈めた頭をゆっくりと上げ、バンから出てきた壮年の男性。

 短く整えられた暗い紅色の髪に、無精髭を生やしている。


 弱々しい太陽が照らす大黒学院の本校舎を眼を細めて見つめた彼の名は、神月道悟──クロノ・ドールの開発者、そして、イコナの父親である。



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