第36話
『壊滅、させられたわ……たった一人の大黒生に。
鈍い音が鳴り、再びノイズ。
介抱するミネットの声が遠く聞こえる。
再び、茅乃。
『イ、イコナ……聞こえてる? 合流は無理そうだけど、先行して。状況は追って伝える』
「……わかった」
イコナは脇に抱えた黒塗りのボストンバッグを用心深く確認し、鉄製の非常扉をゆっくりと開いた。
中から彼女を拒むように吹き付ける重たい空気を掻き分けて、ナナの暖かな青いライトがぼんやりとした校舎の暗がりを照らしていく。
本校舎一階はまるでそこが決戦の地となることが分かっていたかのように幾重にもバリケードが敷かれ、エントランス、そこから奥の階段へと続く廊下は通行困難な要塞と化していた。
ましてや、その奥にはスナイパーの名手、堀川と大黒学院の精鋭が控えている。
入り口付近のバリケードを一部解体して陣地とし、真鈴は王楼、白木院、南陽の中でも特に白兵戦に優れた者を呼びつけた。
「もう一度チャフを使って遠距離攻撃を封じる。恐らく、乱戦になるだろう。堀川を優先的に、必ず二体一でかかれ」
「了解」
準備が完了する。戦闘開始だ。
真鈴が廊下の中央に、チャフグレネードを投げ入れる。
「全軍、突撃!」
グレネードが破裂し、ブレードを抜刀したドールたちが躍り出る。
と、真鈴の頬をそよ風が撫でた。……室内なのに、風?
「しまった、全員、戻れ!!」
津波のような風圧が、廊下の奥から噴き出した。
散布されたチャフグレネードの破片が飛ばされ、その後を追うように無数の光弾が迫り来る。ドールたちは素早く盾に身を隠すも、白兵戦用の丸盾では射撃兵器を完全にいなすことはできず、何躯かが下半身に直撃を受けて墜落した。
廊下の奥にあったのは、巨大扇風機だ。
体育館などで使われるものを、ここまで運搬してきたのだろう。
当然、二分や三分で、少年少女たちが行える作業じゃない。
「奴ら、まさか……!?」
間違いない。元々この状況を想定して、予め置かれていたものだ。
「リーダー、どうしますか!」
逃げ帰るように手元に戻るドールを抱きしめ、前線部隊が悲痛な叫びを上げる。
「全員、応戦弾幕。大丈夫、この距離なら射程内だ。狙撃チーム、射撃準備」
「了解」
降り注ぐ光弾をものともしない冷静沈着な声が、真鈴に応える。
長砲身のライフルを構えたドールが、次々とバリケードの上に戦闘起動した。
流れ弾がすぐ頭上を掠め、エントランスの銀縁の扉に当たって鋭い破裂音を立てる。大の大人でも、きっとびくりとして身を屈めるような音だ。しかし、集中した彼女たちの耳に、もはや雑音は届かない。
まず、一発。照準、バリケード横、敵ドール右脚部。
「撃ちます」
光弾の滝を昇っていくかのように、一筋の光が廊下の奥に向けて真っ直ぐと飛翔する。それは、バリケードの脇に僅か数センチはみ出た大黒学院のドールの右足に吸い込まれるように命中し、瞬時にドール全体の電子回路を壊滅的に侵食破壊した。
喜びも束の間。
その軌跡を、ひと際大きな閃光が逆向きに飛んでくる。
回避行動を取る間もなかった。
薬莢が排出されたばかりのスナイパーライフルの先端に触れると、それを押しつぶすように捻じ曲げながら、やがてドールの手元まで到達し、その頭部を吹っ飛ばす。
爆風を浴びた
すんでの所で後ろから肩を受け止めた真鈴が、苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「堀川だ。堀川を狙え」
狙撃手たちは弾源に向かって照準を定め、引き金を引く。
が、狙いは定まらない。その傍から一人、また一人と返り討ちに遭い、倒れて行った。
恐ろしく正確で冷酷無慈悲な狙撃だ。索敵から照準、射撃から弾丸の到達まで、二秒も掛かっていない。
成す術無しと感じた真鈴は狙撃隊を下げ、バリケードから身を乗り出した。
「全軍、射撃やめ」
「リ、リーダー、危険です!」
引き止めるメンバーをも意に介さず、彼女はそのままバリケードを越えて廊下の奥の方へと歩み寄る。
突然止んだ連合軍の攻撃を不審に思ったのか、大黒学院側の射撃もぴたりと止む。
代わりに、無数の照準器の光が真鈴の身体を照らした。
勿論、真鈴は怯まない。
「堀川譲二は居るか?」
廊下の端まで届く芯の通った声で、呼びかける。
返答は無い。
だが、真鈴はすぐに気付いた。
虚像ではない、実銃タイプの黒いスナイパーライフルを真っ直ぐ真鈴に構え、微動だにしない緑髪の青年。
傍に鎮座するドールはサポートに過ぎないのだろう。
白兵戦を想定すれば、防御力は皆無に等しい。もっとも、彼が白兵戦に持ち込まれることなど無いのだが。
シンと静まり返った廊下に、金属同士の触れる冷たい音だけが響き渡る。
真鈴は手のひらを開いて両手を上げ、
「見事な手腕だな……さあ、私を撃ってみろ」
にやりと笑って、そう言った。
乾いた風が、茅乃の頬を撫でる。
ミネットはヒナギクを彼女に託し、フランに付き添って後方へと下がった。第二分隊は、今や彼女一人だ。
躊躇うようなため息を浮かべて、茅乃は通信回線を開く。
「静紅さん、茅乃です。戦況は如何ですか」
『静紅です。……何か、あったのですか?』
何かを察したらしい、心配そうな声で静紅が返す。
「ええ……でも、作戦は維持してください。警告を共有します」
『分かりました。予定通り、我々はこれから南下致します。合流地点に変更はないですね?』
「はい」
『では、お気をつけて』
通信を切り、アメノを戦闘モードに切り替えた所で、茅乃は突然激しい悪寒に襲われた。
間違いない。
背後に、居る。
ARグラスの片方をアメノのメインカメラに切り替え、その姿を確認した。
何故、このタイミングに動き出した? それも、一人で……。
時が、ゆっくりと進むように感じられる。
王賀がショルダーポシェットから小型タイプのドールを取り出した。瞳に蛍光色が灯っていない。
携行状態だ。
(しめた……まだ、起動していない!)
彼女も、突然の遭遇だったのだろう。
ドールの起動には熟練者でも10秒かかる。チャンスだ。
茅乃は振り向きながら、左腕の端末でアメノに攻撃準備を指示し、ターゲットを視認する。
「アメノ、撃……て!?」
確かに、アメノのカメラ越しに見た彼女のドールは携行状態だったはずだ。
が、直視したそのドールは今、禍々しい真っ赤な光を全身から発している。
一体、いつ、起動したのか。
そして、彼女は何をしようとしているのか。
答えは明白だ。
連合軍の精鋭たちを一撃で壊滅させたあの攻撃が、来る。
「テラ。
眩い光が、茅乃の視界を覆う。
信じられないほどの、高出力攻撃。
それは、メモリースティック一本に敷き詰められるリソースの限界量を、極限まで圧縮して放たれた一撃だった。
本来リソースの半分はドール自身の稼動や通信機能といった基本機能に使われるので、兵器パッチはそれを侵害しないよう重々注意して作る必要がある。
その効率を限界まで高め兵器の力を引き出すのがイコナの持つアップデータの力。
しかしその一方で、もし……そのリソースをフルに使えたら? 基本機能さえ要らない、そう、例えば常時携行状態で運搬し、一秒以内にそれを起動するような芸当ができたら──。
(迂闊だった)
可能性。
これも、
エネルギーの波が茅乃の身体を包む。
暖かな煌きと共に、身体の節々に装着された端末がショートし、破壊されていく。暴走した衝撃装置が鈍い痛みを彼女に与え、彼女はふっ、と意識が薄れていくのを感じた。
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