第32話

 猛進を続けていた第一分隊は、中庭を抜けて本校舎脇の渡り廊下へ到達した。

 途中何度か小競り合いを繰り返すも、突撃力に関しては選りすぐりが揃った第一分隊の前には、大黒の鍛え上げられた守備隊といえど歯が立たなかったようだ。


 茅乃の綿密なルート策定のおかげもあり、大黒の守備陣営を横から大きく削り取るように進行した第一分隊は、本校舎と東校舎を繋ぐ渡り廊下まで到達した。


「っふう……次から次へと出てくるな、クソったれ」


 ミシェルが最後の一躯を念入りに破壊して、愚痴を漏らす。


「学院全体が専科のようなものですからね。単純な規模でも連合軍以上でしょう」と静紅。

「全ク、ポセイドンが壊れてなけれバ、遠隔から打ち込んでやったのニ」


 行脚に疲れてきたステラが不満をブツブツ言い始めた横で、フランがメモリーの入ったポシェットに手を突っ込んだまま固まった。

 聞き覚えのある地響きを聞いたからだ。


 商店街の石畳を打ち鳴らす、あの忌々しい巨躯が脳裏によぎる。

 佐古田実子、及びそのドール〈ケンタウルス〉だ。

 勿論、黒野茜も一緒だろう。


 同じく察知した静紅が素早く通信を開く。


「安城さん、出ました。C2です」

『やはりそっちに出たか。大丈夫、手配済みだ。事前の打ち合わせ通りに』

「わかりました」


 静紅は小隊の方を向き直って、一斉にショートメッセージを飛ばす。


「部隊を二つに分けます。メッセージにAと書かれた人は私の元へ、Bはフランさんの方へ」

「ええっ、逃げるノ!? 新手だろうが、敵じゃないわ!」

「違います、彼女たちは……私たちの足を止めに来たんです」


 第一分隊が自分達の使命──敵守備陣営の破壊工作を遂行できなければ、ただでさえ戦力に乏しい連合軍はその勢いを大きく削がれ、絶対的に不利な消耗戦へと持ち込まれてしまうだろう。

 それを何としてでも避けなければならないことは、分隊全員が分かっていた。


 寄せ集めとは思えないほど速やかに二分された分隊を、静紅とフランは無言で頷きあい、先導して二つの方向へと分かれた。



 誰も居なくなった渡り廊下に、ケンタウルスの雄々しい姿がぬらりと現れる。


「誰もいないです。黒野」

「フン、逃げたみたいね。……いや、待って。別動隊よ」


 黒野のドール、アルテミスが樹脂製の床へ降り立つ。

 彼女がライフルを転送すると、アルテミスはコンマ一秒でそれを構え、前方への威嚇射撃を行った。


 空中で火花が散り、攻撃が阻まれる。シールドである。


「巨大なシールド……明北学院か。じゃあ、これはどう?」


 黒野が複数のメモリースティックを連続で送り込む。

 莫大なNリソースを与えられたにも等しいアルテミスの両腕から、津波のような弾幕が飛び出した。


 しかし、それが波ならシールドは防波堤だ。

 大人一人は優に覆う特大のシールドがその全てを阻み、電子の海へと返す。


「ふうん。ポセイドンの方が根気がありましたね」


 落ち着いた、柔らかな声が響く。

 藍色を基調とした制服に金色の髪。赤眼鏡をクイと直しながら、少し口を尖らせて挑発するような仕草を見せる。


 ミネット・オーネ。連合軍に属するたった一人の明北学院生。

 殊防御に関しては、東京中で彼女の右に出る者は居ないだろう。


「チッ。実子」

「はいです」


 実子の搭乗したケンタウルスが突撃をかける。

 対雷障壁トランプルなら、シールドを打ち破って直接攻撃することができるはずだ。


『ルート策定。対兵器地雷設置完了』


 ミネットとは別の声。


 ケンタウルスの足元で爆発が起きる。

 地雷だ。

 が、この程度ではケンタウルスは揺らがない。点在する地雷を威風堂々と踏みしめながら、彼女が猛進する。


「無駄です、無駄です、無駄です!!」

『ふふ、どうかしらね』


 実子の目の前に、ブレードを構えた群青色のドールが姿を現した。

 すかさず実子も、ケンタウルスのたてがみを掻き分けてメモリースティックを差し込む。


 太い両腕に大鉈が握られ、ケンタウルスが更に加速する。


「覚悟、です!」


 刹那。

 これまでの爆発とは比べ物にならない巨大な衝撃が、実子の身体を下から突き上げた。


 強烈な光が空間を真っ白に染め、つんざくような電磁音が鳴り響く。

 対ドールではない、対・戦略兵器級端末の特大爆雷。


 ドール十躯を破壊するに足るリソースを注ぎ込まれた、最大級の受動兵器である。


 実子がケンタウルスの上から振り落とされる。

 コントロールを失ったケンタウルスはそのまま二重、三重の衝撃波を受け、木っ端微塵に粉砕された。


「あうっ!!」

「実子!」


 黒野が悲痛な叫び声を上げ、援護射撃をする。


 が、いつの間に移動していたヒナギクが無情にもそれを防ぎ、蒼いドール、アメノがサブマシンガンで実子の主端末を射抜いた。


規格外デカブツには戦略級デカブツ。これでいいんでしょう? 分かりやすいルートで助かったわ」


 小柄な体躯に白基調の制服。陽光を受けて黒く輝く、ゴーグル型のサングラス。


 連合軍第二分隊諜報班班長、浦瀬茅乃が柱の影から姿を現した。


「投降してください。聞きたいことがあります」


 ミネットが歩み寄り、黒野は怯えた表情で後ずさろうとした。

 その踵が30センチ後ろの地面に触れると、センサーの感知を示す甲高い電子音が鳴る。


 黒い光。


「あっ──!?」


 金属の唸るような音と共に、彼女を漆黒の爆炎が包んだ。

 体中の端末がショートして弾け、バラバラになって飛び散っていく。


 連続した破裂音の後、漂う白い煙の中に、黒野茜がどっと倒れこむ。その前方で同じように、アルテミスが光を亡くしてがくりと膝を付いた。


 驚いてミネットは茅乃の方を見る。

 が、その茅乃も困惑の表情を浮かべていた。


「わ、私じゃないわ」

「そう。ボクさ」


 虚空から声がした。

 ぞっとするものを感じて二人が振り向く。


 ゆらりと、何もなかったはずの空間が揺らぎ、一人の青年が姿を現した。

 無造作に流れる金色の髪に、同じ色の刺繍が首元に施された男子用の大黒学院制服。


 茅乃は彼の名に心当たりがあった。


「貴方……春之塚恭介ね」

「ご名答」


 春之塚は屈託の無い笑顔を浮かべる。

 およそ闘志というものを感じられないが、三柱に数えられる実力者である。


 固有技能ユニークシンボルは【マスキング】グレードA。ドール所持者ホルダーを一撃で屠る攻撃力の爆雷と、それをなんの痕跡も残さず隠蔽する秘匿能力を併せ持つ、東京最強の伏兵だ。


「シーケンスβに移行します。ミネット、ブルーをセット」

「はい」


 構える二人に、春之塚は肩をすくめる。


「おっと、誤解しないでくれ。ボクは戦いに来たんじゃないんだ。彼女……ええと、黒野茜とか言ったっけ? も、僕の設置した爆雷を偶然踏んでしまったにすぎない。まさか、大黒学院の学徒たる者が後退するとは思わなかったからね」


 そう言う彼に全く悪びれる様子はない。


 茅乃のARグラスがパチリと瞬き、アメノが突撃した。それをカバーするかのように、ヒナギクがレーザー砲を散開させる。


 春之塚のドールはまだ姿を現さない。


「貰った!」


 アメノのブレードが春之塚の胸部を捉えた。──が、彼の姿はそのブレードに巻き込まれるようにして、宙へ消えてしまう。


『だから、キミたちと戦う気はないんだって……またね』

「ホ、ホログラム!?」


 フェードアウトする声と共に、彼は完全にその存在を消してしまった。


「む、むう」

「茅乃さん、アメノの能力で隠蔽マスクされた爆雷を探知できますか?」

「楽勝……と言いたい所だけど、解析時間も惜しいわ。迂回しましょう」


 茅乃の指示に従い、第二分隊は渡り廊下の脇にある裏庭へと回った。


 時刻は十二時五分。

 雲の割れ目から、冬の太陽が真っ直ぐ大地を照らす。



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