第31話

 カリスマ。

 AIと簡単な命令で、あたかも個々が独立した軍勢であるかのように無数の無脳ドールを操舵する高等技術。


 EDDAの神藤明燈もこれの類型である。

 部類としては最強かつ稀で、たとえグレードEであっても習得すれば一線級のエースになり得るだろう。


「海道……『三柱』の一人ですね」


 ミネットが口を挟む。


「三柱?」

「大黒学院に居る、三人のエースです……海道、堀川、春乃塚。このうちたった一人……堀川という青年に明北の先遣隊が壊滅させられたことがあります」


 真鈴は無言で頷く。

 先日の会合から今日までに、ミネットからは詳しく交戦のことを聞いていた。北方地区の未開領域を巡って一度だけ戦闘したが、余りの実力差に早期の撤退を余儀なくされたという。


「茅乃、戦力差は?」真鈴が問う。

「コントロール下のドールは八躯、戦力的にはこちらが優位ですが……地の利を上手く生かしてます。数で突破するのは難しいでしょう。あちらも、時間稼ぎが目的のようです」

「我々の戦力が逆に分断されれば致命的だ。第二分隊は東へ向かえ。三柱……少し早いが、やむをえないだろう。本隊はを使う」

「わかりました。ご武運を」


 茅乃が第一分隊の作った突入口へと走り、他のメンバーがその後を追う。

 その姿を見届けて、真鈴は特別な回線を開いた。


「出番だ。行ってこい」

『はい』



 金属の擦れる甲高い音と共にカタパルトを滑走した朱赤のドールが、灰色の空へと優雅に翔び出し、隔壁を越えて褐色の大地へと降り立つ。


 黒く輝くパルス・ライフルの銃口が真っ直ぐ海道を捉えると、彼はニヤリと笑みを浮かべ右手の指を少しだけ内側に引いた。


「ナナ。随意射撃ファイア・アト・ウィル

『パッチ・アクセプト』


 放たれた三つの光弾が地を這うように伸び、海道へと襲い掛かる。


 横からシールドを構えた三躯のドールが突撃するようにして彼を守り、その影よりブレードを携えた「目の無いドール」がスラスターをふかしてナナに切りかかった。


 ダブル・スロット。

 ナナの左手が金色に光り、虚空からエメラルド・グリーンのブレードを取り出す。


 素早く上段から振り下ろされる敵のブレードを横一閃に弾き、追撃。

 怯まぬ敵のドールが手首を流れるように返し、一呼吸に十度の剣戟が火花を散らす。


 けたたましい金属音と共に、エフェクトが辺り一帯を真っ白に染めた。


『インフェクション・コンプリート』


 海道のドールが握っていたブレードが、突然掻き消える。

 対武器侵食だ。

 流れるような動作でナナがライフルを構えなおし、無防備な相手の頭部に向けて引き金を引いた。


 相手は咄嗟に両腕を頭部の前に防御姿勢を取るが、その程度で防げる威力ではない。容赦なくドールを貫通したパルス・レーザーの先端が、海道の左手についた端末デバイスを打ち抜いた。


「……ッ!!」


 痛みに顔をしかめ、海道は残ったドールで素早く陣形を組みなおす。

 三角錘の形状に組まれた四躯のドールがお互いを頂点としてシールドを張り、彼を守るように布陣した。


 ナナを手元に戻し、すました眼差しでその様子を見つめる少女、イコナ。脇には大きな黒いボストンバッグが抱えられている。


「姿を見せたな、所持者ホルダー


 野太い声で唸るように言い、海道が不敵な笑みを浮かべる。

 イコナは何も答えない。


 ふと、彼を囲むドール達が彼を軸に横回転し始めた。

 ナナは牽制にパルス・ライフルを数発打ち込むが、高速で回転するシールドに弾かれる。


「俺は……ゲームが好きだ。特にシミュレーション・ゲーム……作りこまれた世界観、綿密に練られたゲームバランス、常に程よく立ちはだかる数々の障害ステージが、いつだって俺に遊び応えのある一時を与えてくれた。

 その点から言えば、この電脳戦争ドールズ・ウォーは、ーだ。絶対に勝てない戦略があり、絶対に負けない戦術がある。バランスなんてあったものじゃない」


 ゆっくりと、回転するドールが海道の元を離れ、前方に動き出す。


「これは、クソゲーをクソゲーたらしめた三柱の力だ。お前も、そうなんだろう、神月イコナ。さあ、勝負といこうじゃないか。どちらがこの電脳戦争ドールズ・ウォーを終わらせるか」


 スラスターの光が残像となって、回転体は円錐を形作る。

 直接、イコナを狙う気だ。


 巻き込まれれば、ひとたまりもないだろう。


 ナナは瞬時にシールドではなく円錐の頂点に居る上側のドールを狙いライフルの引き金を引いた。対して敵は予測していたかのように上方へ軸をずらし、分厚い回転シールドが光の弾を飲み込む。


「……ナナ、ブレード強化」

『命令受諾。リソース・インフルエンス』


 ナナがブレードに持ち替え、その刀身を二倍に拡大する。

 パルス・ライフルに使っていたNリソースを、ブレードに注ぎ込んだのだ。


 いかに高速回転しようとも、丸ごと薙ぎ払ってしまえば関係はない。迫るドールたちに向けて、ナナが横に一閃した。


 が、それも読まれている。

 回転体は難なく上にそれて斬撃をかわすと、虚しく空を切るナナの上を飛び越えた。イコナの眼前にドール達が迫る。


「くっ!!」


 イコナが身をかがめ、滑り込むように地上の空間へ逃げ込んだ。

 斬撃をかわして僅かに上にそれた分、かろうじてシールドに巻き込むことなく、敵ドール群は彼女の頭上を通過する。


「避けたか、だが、甘い!」


 過ぎ去った敵ドール群が弧を描くようにUターンし、再びイコナへと向き直った。


 その間に、身を守るものはもはや無い。頼みの綱のナナも、斬撃を終えたまま反対方向を向き体勢を立て直せていない。


「終わりだッ!」

「いいえ」


 そう、彼女ナナの体勢は既に整っていた。

 敵のドールに背を向けたナナの目元をたゆたう青い光が空を切り、高速で振り下ろされた右腕からブレードが投擲とうてきされる。


 目標は、ドールではない。海道自身だ。


「なっ!?」


 海道はとっさに生きていた残り三躯のドールで三角形のシールドを形成した。そこに、勢いよくブレードが突き刺さる。

 ブレードは一旦完全にスピードを失ったが、一呼吸置いてゆっくりとシールドを侵食し、前進していく。


「インフェクション・ブレードの原型は対シールドの貫通槍よ。シールドじゃ防げない」

「ぐゥッッ……まだ、だッ!!」


 シールドの破砕される甲高い音と共に、ブレードが突き抜ける。


 海道は決死の覚悟で身をそらし、背中から地面に落下した。

 惜しくもその上を、掠るようにブレードが通過していく。


 攻撃は、失敗だ。


 イコナの背後から、敵ドール群が迫る。今度は避けられないだろう。


 ──避ける必要があれば、の話だが。


「グレネード起動」


 ピピッ、と短い電子音がイコナの背後から発せられる。


 地面に転がった白銀の円筒、それは指向性のパルスグレネードだ。


 その直上に、回転する四躯のドールが差し掛かる。

 乾いた爆発音が正門に響き渡った。


「……っ!!」


 宙を駆ける破壊因子が、ドールの全ての機能を沈黙させる。


 全ては、囮だったのだ。ごく原始的なこの一撃をカモフラージュするための。


「ば、ばかな……」

「クソゲー、ね。確かに貴方や大人たちに取ってはかもしれないけど──」


 イコナは土まみれでがっくりとうなだれる海道へと歩み寄り、耳にかかる紅い髪をそっとかき上げた。

「私達は今日を生きるために戦っている。負けるはず、ないでしょう」

「……そうだな。俺の負けだ、通っていけ」


 合流した本隊のドールたちが残党を追撃し、正門を連合軍が制圧する。

 イコナはナナを手元に戻し、すっかり黒ずんでしまったメモリースティックを交換した。


 そして曇天の空の下に、別の銃声が響き渡る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る