第四章 大黒学院

第28話

 久々に澄み渡るような快晴で、十一月の暮れにも関わらず日光の下なら上着が無くとも過ごせる暖かな日。


 六人乗りのバン(南陽に借りたものだ)から降りた王楼学院の一同は、目の前に広がる信じがたい光景に小さな歓喜の声を漏らした。


 赤レンガの石畳に造られた商店街の往来にはたくさんの人が行き交い、見渡す限りの店々には色とりどりの商品が眩しく並んでいた。ブティック、カフェ、本屋、レストラン、時計屋。木陰に出店まで開いている。

 まるでパリのシャンゼリゼ通りかと見紛うその往来は、白木院学院が西、その名も源光寺通りと言う。


「では、我々は打ち合わせに行く。二人は好きに回っていてくれ」

「やったー!!」


 万歳をして喜びを表すのはフランだ。

 そのお守り役を任されたイコナは早くも面倒くさそうな表情を浮かべている。


 真鈴は茅乃・ミネットと共に路地へと消え、斉はバンを駐車するため車へと戻った。


「見て、パフェがあるわ! フランクフルトも! はあー、迷うなあ」

「さっき朝ごはん食べたばかりでしょう。先に時計屋に寄らせてくれる?」


 ぶーぶー言うフランを手でがっちりと制止ホールドし、イコナはナナで地図を展開する。


 電波強度を示すアンテナアイコンは五本フルで立っていた。これならNリソースの消費も少なくて済むだろう。

 崩壊前に戻ったかのようだ。


「それにしても、今の東京でこんな光景が見られるなんて」

「源光寺さまさまね!」


 説明するまでもなく、この一帯は白木院学院、ひいては源光寺の統治下にある。

 小さなコミュニティではあるが、発電機と国外から供給される潤沢なNリソースを元手にこの商店街を中心にある程度の生存可能区域が保証されていた。政府指定の特区を除けば、東京で唯一の人類生活圏である。


 そんな彼女たちに、グングニル打倒のため共闘を申し込むのは自然な流れだろう。

 実際、遠隔通信では快く承諾してくれ、この商店街で具体的な話を詰めることになっていた。


「たこ焼き……ソフトクリーム……ク、クレープ……クレープよ! イコナ!!」

「はあ? ちょ、ちょっと待って」


 クレープの立て看板を見た瞬間、フランはイコナの手を振りほどいて一目散に駆け出していってしまった。

 イコナは小さくため息を付き、その後を歩いて追う。



「はいっ、イコナの分」

「どうも……って、お食事クレープ……」

「だって甘いの嫌いだもん」


 呆れた顔のイコナをよそに、フランは美味しそうにベーコンエッグクレープを頬張る。イコナのはチーズサーモンだ。確かに旨そうに見えるが、彼女の頭の中で朝食べたばかりのパンとサラダが反芻する。


「あら?」


 景色の隅から、聞きなれたお上品な声。

 見れば、源光寺静紅とその妹・玲歌が木陰に設置された白いテーブルチェアに腰掛け、こちらを眺めている。

 マグカップには透き通った赤色のハーブティが注がれ、ゆらゆらと白い湯気をたてていた。


「安城さんは一緒ではないのですか?」

「貴方達に会いに行ったはずだけど……道を間違えたのかしら」


 促されるままに残りの空席へイコナとフランが座る。

 玲歌は一言も発さず、美しい銀髪を微かに揺らす程度の会釈をした。


 イコナはショートメッセージを茅乃に飛ばすが、返答は無い。


「まあ、気長に待ちましょうか」


 静紅は優しげな微笑みを二人に向ける。


 クレープを貪り食っていたフランが自分の分を平らげ、

「喉が渇いちゃった」と傍若無人に呟く。


「あら。お紅茶、要りますか?」


 そう言って静紅はまだ口をつけていない自分の紅茶を差し出すが、フランが熱々の紅茶を淑やかに飲めるはずもない。


「あっ、ええと、冷たいものの方が……」


 流石のフランも静紅の前では少し態度を抑えるらしい。


「では、用意しましょう。玲歌」

「はい、お姉さま」


 玲歌がふわりと立ち上がる。それを見て、イコナも立ち上がった。


「私も行く。買いたいものがあるし」


 少し困惑した表情を浮かべる玲歌に静紅は、

「ええ。案内して差し上げなさい」

「は、はい……」


 おどおどとした様子で、玲歌はイコナを先導し雑踏へと歩みを進めた。



 静紅はそっとカップを口に付け、ハーブの香りを心に満たすように目を閉じた。芳しい匂いがフランの方まで伝わってくる。


「いい場所でしょう」

「えっ、そ、そう、ですね……」


 もごもごとフランが口ごもる。

 こう見えて元来人見知りの彼女が、殆ど話したことない人間と一対一で流暢に会話できるはずがない。

 一方、静紅は意に介さない様子だった。


「この商店街は、元々私の曾お爺様の土地でしたの。災厄前は白木院生で賑わう憩いの場所でしたわ。特に、このカフェは……ふふ、私は幼稚舎からここを使ってましたから、思い出深い場所です」


 彼女は柔らかな笑みをフランに向ける。


 美しい人だ。フランは何となしに、そう思った。そして、その流れるような銀髪の端に、青色の光がチカリと光ったのを、見逃さなかった。


「……!! 伏せて!!」

「えっ!?」


 フランが椅子を蹴っ飛ばし、覆いかぶさるようにして静紅を押し倒す。

 マグカップが音を立てて割れ、その上を、レーザーが掠った。


 すかさずフランのドール、アマンダが二人を飛び越えるようにして展開し、シールドを張りめぐらす。


 二十メートル先に、弓矢を構えた長身のドール。識別子、〈アルテミス〉。


「アマンダ、シールドバッシュ」


 フランの号令に従い、アマンダがシールドを射出する。

 シールドがアルテミスの次弾を吸い込むようにかき消すや否や、アルテミスは回避行動を取って距離をつめた。所持者ホルダーの姿は見えない。


 そのまま、アルテミスはアマンダの元へと接近する。


「ブレード展開」


 アマンダがブレードを構える。

 イコナお手製の、シールドとブレードを共存させた白兵戦パッチだ。アルテミスのパッチは高出力レーザービームのはず。近接戦闘では有利だ。


 と、フランが思い込んだのを嘲るように、アルテミスは真紅の刀剣を取り出した。


「う、嘘っ!」

「ヘラクレス!」


 白銀の甲冑を着た重戦車のような静紅のドールが姿を現し、アルテミスの一撃を丸盾で防ぐ。バックステップで後退するアルテミス。


 その両手にはツインピストルが握られている。


「武器が変化している……!? 一体、どうやって」


 フランと静紅は素早く目で所持者ホルダーの姿を追った。

 アルテミスを挟んで向こう50メートル、ドール用通信端末の青い光が見える。あんな距離から、ドールのパッチを取り替えることは不可能だ。

 かといって、見る限りイコナのナナや南陽のイヴのようにマルチスロットでもない。


「私が守ります。フランさん、狙撃は」

「得意」


 アルテミスの猛攻を、ヘラクレスの盾がいなしていく。

 ビーム兵器はそもそもヘラクレスのアビリティ【対ビーム装甲】が弾いてしまうし、貫通力の無い実弾兵器では特製AR丸盾を打ち破ることはできない。

 単体防御に関しては無欠のドールだ。


 その横で、アマンダがスナイパーライフルの引き金に指を掛ける。

 揺れる照準が敵のホルダーを中心に捕らえたその瞬間、別の機影がフランのレーダーに映った。高速で真っ直ぐ突っ込んでくる。


「……っ!! アマンダ、バック!」


 アマンダがバーニアをふかし、後退した。


 その目の前を、アマンダの三倍はあろうかという超巨大なドールが地響きと共に高速で通過する。


 サウンドエフェクトではない。

 腰から下が馬のような四足を持つ、規格外の懐中時計クロノドールが割れんばかりに石畳を打ち鳴らしている。


 識別子、ケンタウルス。

 弧を描くように綺麗にUターンすると、所持者ホルダーの元へと戻っていった。漆黒の生地に赤と金の刺繍が施された、格調高い制服。


 電脳工学の最高権威、大黒だいこく学院の一張羅である。


「大黒学院が先遣隊、佐古田さこた実子みのるこ! 参りますです!!」


 恐らく茅乃より背丈の低い小柄な身体から、空間をビリビリと揺さぶる嬌声が飛んだ。

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