第29話
再びケンタウルスが走り出し、狙撃体勢を取ろうとしたアマンダに突撃した。
素早く静紅が電子罠を張り巡らせるが、その巨大な体躯は罠をもろともせず踏み抜いて通過する。
「はあ!? 何こいつ。本当にドールなの?」
アマンダは狙撃体勢を諦めてひらりと身をかわし、フランの腕の中へと舞い戻る。
そうしている間にも、ヘラクレスのNリソースは少しずつ消耗していく。
「出ましたわ。佐古田実子、大黒学院一年。同二年、
「聞いたことない技能ね」
『こういうことよ』
刺すように冷たい、ノイズ交じりの声。
いつの間に顔が視認できるほど距離をつめた黒野が、制服の上に羽織ったコートを開く。
その内側には、色とりどりに輝く無数のメモリースティックがぶら下がっていた。
彼女は手馴れた動作でそのうち一本を引き抜くと、左手に装着したクロスボウ型デバイスへ差し込んだ。
すると、呼応するようにアルテミスの背部に装填されたメモリースティック型の発信機が発光し、アルテミスの瞳がチカチカと瞬いた。
さっきまでその手に握られていたツインピストルが消え、代わりに肩担ぎ式のバズーカ砲が現れる。
間違いない。
彼女が射ったのは、パッチプログラムそのものだ。
『アルテミス、ファイア!』
「ヘラクレス!」
ヘラクレスが丸盾を構え、そこにバズーカが直撃する。
爆音と共に、盾が砕け散った。
凄まじい威力だ。
その煙もやまぬうちに、アルテミスは再び二丁拳銃に持ち替え、強襲をかける。
その横から、アマンダがヘラクレスを守るように躍り出た。
フランの素早い判断で武器をいつものダブルマシンガンに持ち替え、ロックオンも程々に弾幕を張り巡らす。
『チッ』
「引くです、黒野」
アルテミスが後退する隙をかき消すように、ケンタウルスが突進でフラン・静紅をかく乱する。この息もつかせぬ連携は、相当な修練の賜物だろう。
「フランさん!」
「わかってる」
こちらも、負けてはいない。
コンビネーションという点では未熟どころかさっき会ったばかりの素人同然だが、こと戦術においては、フランは戦闘の場数、静紅は生まれ持った叡智で言葉を交わさずとも同じ最適解を導き出し、二人は阿吽の呼吸で連携を取った。
フランが自身も二丁の機関銃を握り、敵をサーチする。
狙うべき標的はアルテミスでも、ケンタウルスでもない。ケンタウルスの
──が、その佐古田実子が見つからない。一体どこへ──。
「あっ、あれ!」静紅が驚いた声を上げる。
「そんな……嘘でしょ!?」
しかし、
まるで馬を駆るように実子はケンタウルスの手綱を引き、緩やかに石畳の上を旋回していく。
フランとアマンダの機関銃がその軌跡を弾丸で追うが、加速したケンタウルスの尾さえも掴むことができない。
飛び散った電子銃弾が往来を歩く人々の目の前に着弾し、ARグラスを付けている何人かが驚いて退く。
「フランさん、街中でそれは」
「チッ、そうね……こっちに引き付けて」
アマンダは再びスナイパーライフルに持ち替え、腰を落とした。
その横で、ヘラクレスが構えている。ケンタウルスは方向転換を完了し、こちらへの突撃体制に入った。この一閃で、勝負は決まるだろう。
「呼吸を合わせて」
「ええ」
二人は精神を研ぎ澄まし、雑踏の中を駆けるドールだけに集中した。
刹那、ヘラクレスの横脇に機影が現れる。アルテミスだ。が、静紅は怯まない。
「ヘラクレス!」
『パッチ・アクセプト』
ヘラクレスの右腕が水色に輝き、電脳で作られたもう一つの腕──オプト・アームが現れる。ヘラクレスのドール本体が反応するより早くそれは動き、強襲をかけるアルテミスの視界を一瞬だけ塞いだ。
空を射抜く音。
アルテミスの構えたブレードを、アマンダのライフルが腕ごと貫く。
「次!!」
目前に迫るケンタウルス。
アマンダはライフルを構えなおし、銃身も安定しないまま足元に向けて放った。
弾丸は真っ直ぐケンタウルスの前脚部に飛翔し、見えない光の壁に阻まれる。
「くっ、
「私が守ります」
ケンタウルスの正面にヘラクレスが立つ。
重装備に身を固めたヘラクレスだが、その身長差は絶望的だ。それでも、彼は怯まず太い二本の腕をケンタウルスの胴めがけて突き出す。
重たい衝撃音。
鋼鉄の鎧を纏ったヘラクレスが、吹っ飛ばされて宙に浮いた。その鉄壁の防御をもっても、全く歯が立たない絶望的な重量差。
と、誰もが思った。
「今ですわ!」
突然、ケンタウルスが、がくりとバランスを崩す。
見れば、ヘラクレスのオプト・アームがその右前脚を捉えていた。実子は慌ててケンタウルスのスピードを落とし体勢を立て直そうとするが、その僅かな隙を二人は決して見逃さない。
素早くアマンダがライフルを構え、照準の真ん中にケンタウルスを捉える。
が──それは一手遅かった。
撃退されたはずのアルテミスが、吹っ飛ばされたはずの腕でサブマシンガンの銃口をアマンダの脳天に突きつけている。
『オプト・アーム。こっちもね』
ブレードは、フェイクだった。
アマンダのライフルがアルテミスのアームを正確に打ち抜くと、彼女は確信していたのだ。狙い通り攻撃を受けたら素早く偽物の腕を
迫り来るケンタウルスに気をとられた隙に、攻撃態勢は完了していた。
場数が、違う。フランは初めて、目の前の戦力差に愕然とした。
「アマンダ、よけて!!」
『バイバイ』
一筋の光跡が、空間を貫く。
それはトリガーに指をかけるアルテミスの肩を撃ち抜き、意志を持つように弧を描いてその向こうにいたケンタウルスの左後脚を捕らえた。
バランスを崩した二体のドールが緊急回避行動を取り、それぞれの
アーケードを通り抜ける一陣の風に、真っ直ぐ銃を構えるクロノドール・ナナの朱赤のドレスが、流れるようにはためく。
「お茶ならそこに売っていたのだけど。どうせ、ジュースがいいって言うんでしょう?」
「イコナ!」
プレートに二人分の飲み物とワッフルを載せたイコナが歩いてくる。
その後ろから玲歌と、合流した真鈴たちが現れた。
大黒学院の二人は顔を見合わせる。
「データは?」
「目的は果たしたです」
二人は素早く身を翻し、雑踏の中へと逃げていく。
「おいっ、コラ、待て!!」
激昂するフランを、真鈴が制する。
「済まないな、源光寺。道を間違えたのも確かだが、私達の所にもアレが来てな」
「……お見苦しい所をお見せしました」
静紅は改めてお辞儀し、ヘラクレスを携行モードに戻した。
二人の大黒生の姿はもう見えない。
かなりの
その言葉を真鈴は、そっと胸の内にしまった。
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