第23話
アメノが再び罠を展開した。
対抗手段はない。
しかし、勝機がないとは言っていない。
『こっちよ』
「あァ?」
ミシェルの背後に茅乃の声が飛ぶ。振
り向きさまに破壊するミシェルだが、当然ダミーのスピーカーである。
その先にこれ見よがしに置かれた電子罠に、ミシェルはイラついた様子でズンズンと突き進んでいく。
「おい! 一体いつまでこんなことを続けるつもりだ」
拳を振り上げ、下ろす。
鈍い音と共に罠が砕かれ、無数の三角形の粒子となって散った。
それが、トリガーだ。
「ム? 感触が……
「今よ、アメノ!!」
ミシェルの背後に、アメノが躍り出る。それと同時に、砕かれたはずの罠が時間差で発動し、二基のミサイルが発射された。
罠自体に簡易なバリアを仕込むことで、かろうじて完全な破壊を免れたのだ。
「なにィ!?」
アメノがすかさずピストルを構え、挟撃する。
両腕部の装甲は厚いが、胴体はそうではない。ならば、前後同時に攻撃すれば、防ぎきれなかった攻撃が致命傷を与えてくれるはずだ。
『射撃、実行』
鋭い金属音が響き、攻撃が命中した。
ミシェルの身体から、爆煙が立ち上る。
茅乃はアメノに銃を構えさせたまま、煙が晴れるのを待った。
(お願い、倒れて)
やがて、煙の中でゆらりと影が動く。
太い二本の腕が力なく垂れ下がり、その先で手のひらがゆっくりと拳を作る。
「っ!! アメノ、バック!」
「うらァ!!」
振り上げられた拳が、煙の中から飛び出してきた。
アメノは慌ててバーニアを逆噴射し、緊急回避を試みる。
見れば、ミシェルの両腕の端末に一つずつ焦げ跡が付いていた。咄嗟に腕を前後に広げ、二方向からの攻撃を同時になぎ払ったのだ。
「アメノ!」
茅乃の元に帰還するアメノ。
しかし、その機動は不安定だ。バーニアの先にミシェルの拳が
高出力のノイズに僅かにでも接触すれば、それはドールの中で大きなうねりとなり、機動系に重篤な損傷を与えるに十分な衝撃となる。
もはや、同じ作戦は繰り返せないだろう。
万事休す、だ。
「こんなモノか? フン。オレ一人で別働隊の足止めと聞いたときにゃ面倒だと思ったが……まるで役不足だな。もういい、ぶッ倒しちまうぞ」
ガチン、とミシェルが拳を打ち鳴らす。
その直後、ノイズと共にその場全員の端末に作戦状況の更新が届いた。二人にとって残念なことに、本隊の状況は芳しくないようだ。
「お前たちの本隊も虫の息か。じゃあ、これで仲良くゲームオーバー、ってこった」
が、その言葉は、茅乃の耳には入らない。
彼女には、ある閃きがあったのだ。
彼女はおもむろに、ミシェルの前へ姿を現す。彼は目を細めて、哀れむような笑みを彼女に向けた。
「そうだ、それでいい。終わりにしようぜ」
「一つだけ、質問があるわ。あなた、一人で来たのね」
茅乃は、肝の据わった低い声で問いかける。
「そうだ。案の定、オレ一人で十分だったようだがな」
「そう」
彼女は短く答えて、抗争における生徒たちの命にも等しい腕部の
「おい、何をしている」
続いて、ヘッドセット。
肩部通信端末、左脚部補助端末、ウェストポシェット。
あらゆるデバイスを外して、彼女はそれを、イコナに手渡す。
「ちょっと、預かっといて」
「茅乃、あなた一体……」
ミシェルが小さく舌打ちをして、茅乃へと迫る。トドメを刺すつもりだ。
彼女は、ミシェルの方へと向き直った。
左手と左足を前に、右手を胸元に、腰を低く落として、凛とした二つの目でその大きな体躯を捕らえる。
「フン、小細工は通用しねェぞ! 防げるモンならこの一撃、防いでみろ!!」
ミシェルが振りかぶった。
茅乃は、ドールを繰り出さない。
ミシェルの右手と、茅乃の構えた左手が交錯した。
「やあぁぁぁっっ!!」
次の瞬間、彼の身体は宙を舞っていた。
手首の先から、肩、背中、そして腰へ綺麗に力の波が伝わり、茅乃の小さな身体の上を、滑るようにミシェルの巨体が回転していく。
頂点を過ぎてからは、そこに地球の引力が加わった。硬いコンクリートの床に、無防備な彼の背部ストレージが叩き付けられ、体幹を伝って腰から脚部、肩から頭部の先まで、
「ぐァッ!!」
「押忍!」
見事な、一本背負いだった。
そういえば、聞かされたことがあった。
茅乃は道場の一人娘で、幼少から武芸を叩き込まれていたということを。
「──大事なことを忘れていたの。ドールは、ドールでしか倒せない。だからあたし達はドールを操るために、
端末さえ外してしまえば、触るだけで破壊されるミシェルの全身凶器もただのコスチューム・プレイだ。
背中から綺麗に落ちた彼だったが、意識はそのまま宙に飛んでいってしまったらしい。念のため茅乃は出来合いのスタンガンで彼の腕部を無力化する。
「本隊が無事だといいけれど」
茅乃が再度
三度目の照射が終わった。
ミネットのバリアはもう残っていない。
頼みの綱のイコナと茅乃も、到底間に合わないだろう。
クロダは無言でレバーを引き、薬莢を排出する。
新しいNリソースが、ポセイドン改に次弾の充填を開始した。彼女たちのリソースが尽きることは、少なくともない。
残された手は、特攻くらいだ。壊された壁の隙間から、一人くらいは抜け出せるかもしれない。
身構えるフランを制止して、真鈴は質問を投げかける。
こめかみにうっすらと、彼女にしては珍しい汗を浮かべている。
「冥土の土産に聞かせてくれ。その砲台は、どうやって手に入れた?」
「そんなノ。ミーたちが研究したのヨ」
「嘘だな。その筐体に刻まれた印章は軍事開発で有名なリジッドケーブ社のものだ。学院研究所如きが手に入れられる代物じゃない。ましてや、東京の災厄後に、
ポセイドン改のエネルギー充填が完了した。あとは、ステラの合図を待つだけだ。
彼女はふっと笑って、答える。
「良く知ってるじゃナイ。でも、教えるわけにはいかないネ」
「どうしても、か?」
「フン。撃ちなさい」
ステラが右手を上げる。
ふと、廊下の側から、小さな破裂音が聞こえた気がした。
「今だ、やれ」
真鈴が合図を下し、フランがその背後から何かを投げる。
ドールではない、銀色の小さな筒。
先端についた小さな窓から、勢い良く白い煙が飛び出した。
スモークグレネードだ。
「チッ。ポセイドン、STOP!」
煙の向こうでステラが叫んだ。スモークがチャフ(電波を乱反射する能力)を含んでいた場合、ビーム攻撃は跳ね返ってくる場合がある。
「ど、どうするんですか、これで!?」
ミネットが狼狽する。
「……無論、逃げる。扉だ」
「扉? でも、扉はロックされていて……外からしか開きませんし、イコナさんたちも間に合いませんし……あとは、バスに残った非戦闘員しか」
「非戦闘員だって、ロックは解ける」
「まさか。ロボットがうようよしているんですよ。ドールも持たずに、あの中を掻い潜って来れる非戦闘員なんて……」
ミネットは、はっとした表情を浮かべる。
そう、いるのだ。一人だけ。
真鈴はにやりと笑い、
「その通りだ。間に合ったみたいだな」
後方のドアがガチャリと開く。
一斉に廊下へと噴出するスモークを掻き分けて、
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