第24話
「あっ、本隊とのリンクが復旧したわ。シールドルームから抜け出せたのね」
茅乃が嬉しそうな声をあげる。
その一方で、イコナは冷静だ。
「そう。斎先輩でしょう」
「えっ、どうして分かったの?」
「私がメンテナンスしたものに、
つまり、最初から真鈴の手の内だったということだ。
中央から入り部隊を散開させた後、戦闘データを集め、一度学院内の一室を占拠して相手の中枢をマッピングする。一度地図が完成すれば、斎恵理の働きによりどこでも開け放題というわけだ。
もっとも、自分達が閉じ込められるのは想定されていた中でも最悪のケースだっただろうし、限られた時間の中で恵理が間に合うかどうかは賭けだったはずだ。
それでも恵理は確かに解錠を成し遂げたし、それを信じて時間を稼いだこともまた、真鈴の力のうちである。
例外があるとすれば、別働隊の屋上における苦戦だろう。
特にイコナを失ったことは、王楼学院にとって酷く痛手である。
「チームはコントロールルームに向かうみたい。私達も行きましょう」
「そうね。まあ、私は役立たずだけど」
それでも、聖櫃を届ける仕事がまだ残っている。
彼女はボストンバックを大切そうに背負いなおした。
「卑屈にならないの。あたしが守ってあげるわ、お姫様」
どことなく浮ついた声で茅乃が励まし、二人は屋上を後にした。
学院に張り巡らされたネットワーク網を辿っていくと、南陽学院のコントロールルームは渡り廊下を隔てて別棟の一階に位置していた。
一見すると何の変哲もない体育館の入り口だが、天井、壁、地中に張り巡らされた無数のケーブルが端末にノイズを引き起こし、近づく者に「イヤな感じ」を与える。
既に本隊が突入しているはずだが、以後の連絡が全く無いことも気がかりだった。
中がまた
「開けるわ」
「ええ」
イコナは簡易兵装のARピストルを握り、感触のないトリガーに指を掛けた。
扉が開く。
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「せっ……真鈴先輩!!」
茅乃が慌てて駆け寄る。
王楼学徒、選りすぐりの精鋭たちが、そこに一人残らず倒れていた。
床には機能停止したドールとその破片が散らばり、乱雑に伸びるコントロールルームのコード、バリケード代わりに使われた長机を経て、奥に仁王立ちするツインテールの少女。
「ふぅん、遅かったわネ」
イコナは、体育館に響くその声にハッとした。
先のガソリンスタンドで交戦した、あの声である。
「くっ、茅乃か……すまない」
抱き起こされた真鈴が、苦しそうに掠れる声で応えた。
見れば、腰部の主計算端末が破壊されている。骨にヒビが入るほどの衝撃だったはずだ。
「先輩! 一体何があったんですか」
「イコナは居るか」
「……はい、此処に」
「見ての有様だ……お前もドールを失っただろう、イコナ」
イコナは答えられず、うつむいた。
真鈴は苦悶の中に精一杯の笑みを浮かべ、懐からクロノドール・カガリを取り出す。無傷とは言い難いが、稼動には問題ない損傷だ。
「ふっ、そう自分を責めるな。こいつだけ、守っておいた。お前が使え。お前のパッチなら、ヤツを倒せる。ヤツのドールは……」
「チッチッチ。言うには及ばない、ネ。今から見せてあげル!」
地獄耳か、会話を傍受していたか。
ステラはそう言って、長い白髪をなびかせる奇妙なドールを起動する。
90%が女性型の
識別子〈アダム〉。
「ミーのドールは、この南陽学院に蓄えられた数千のパッチプログラムから好きなものを引き出す! そして、ダウンロードしたパッチは……クロダ!」
「ええ、いつでも」
影から這い出たかのような薄い存在感と共に、クロダが対となる青髪のドールを構える。
その体躯は、異様なほどに巨大だ。まず、バーニアは使えないだろう。
いや、この大きさでは自らの手足で動くこともままならないはずだ。
識別子は〈イヴ〉。
「アダム、パッチロード、A72、B26、F47、F88、G02、N10」
『アイアイ・サー』
アダムの目が青く明滅し、繋がれたケーブルの先、ステラの持つコンバータに差さったメモリースティックにパッチが
メモリーが十分な輝きを得た瞬間、ステラがクロダへとメモリーを投げ渡し、流れるような作業でイヴにそれが装填される。
それで終わりではなかった。
二本目のメモリーをステラが取り出し、クロダがイヴに装填する。
【マルチプル・スロット】、ナナと同じ系統のアビリティだ。
しかしその許容量はナナの比ではない。
「さあ、これでどうかシラ?」
ステラが、六本目のメモリーを渡して、威圧する。「ポセイドンはネ、所詮この子たちのしきゅ、しさ……エエト」
「試作品」
「そう、試作品に過ぎないのヨ」
鼻を鳴らして得意げに胸を張るステラ。
対するイコナは、冷静にカガリ用のパッチを既に作り終えていた。
「上等ね。打ち破ってみせるわ」
『パッチ・アクセプト』
カガリが構える。
部屋の奥に立ち並んだ机から金属片の一つが床へと落ち、それが決闘の合図となった。
ブースターを全力でふかして、カガリが這うように低空を飛ぶ。
イヴの一つ目の兵器が発動した。
12連装の追尾ミサイルポッド。その一つ一つがドールの装甲を粉々にする十分な力を持っている。
真正面から突っ込むミサイルに対し、カガリは軸をずらして横を潜り抜ける。
四つが墜落して爆発。
残り八発は再度追尾を始めるが、イコナが素早く目測で座標データを送信し、机のバリケードに命中させてその全てを叩き落した。
が、攻撃の手は休まらない。
イヴの肩に装着された二門のレーザービームが、真っ直ぐカガリへと突き刺さるように飛んできた。
「カガリ、ブレード起動」
金色に光るブレードがカガリの手元に出現し、眼前に構える。
そのまま、真っ向からビームに突っ込んだ。
「ああっ!」茅乃が声を上げる。
「大丈夫」
ビームはカガリまで決して届くことはなかった。
激しい光を出して、ブレードの先がエネルギーを吸収している。
カガリが一気に距離を10メートルほどまで詰める。
移動能力を持たないイヴには、カガリが到達した時点で勝利になる。
そうはさせじとイヴは次に二丁のフルオートショットガンを取り出した。銃身の大きさから、一丁一丁がメモリースティック一本分だと分かる。
空間を掘削するようなけたたましい音を鳴らし、イヴが弾幕を形成した。
一つの射撃がまるで指向性の花火のように無数の弾丸を散らし、それがコンマ一秒後には同じ銃口から再び繰り出される。
大よそ一躯のドールさえ通り抜けられないような弾の防壁が体育館を覆い、天井、床、壁に当たって激しく光を撒いた。
ふと、カガリの反応が消えた。
打ち落とされたか、吹き飛ばされたか──レーダー上からも眼前からも、忽然と姿を消す。イヴが射撃を止め、お互いの陣営がレーダーの
ただ一人、イコナを除いては。
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