第21話

『コンニチハ、ココハ南陽学院、本校舎エントランス、デス』


 パチパチと電灯が付き、広くがらんとしたエントランスが全貌を現した。

 王楼学院生以外に人影は見当たらず、レーダーにも反応はない。


『コンニチハ、ココハ南陽学院、本校舎エントランス、デス』


 声の主は、薄汚れた白い筐体の人型ロボットだ。

 旧世代──懐中時計クロノドールの出る数十年前に製造され、技術的には多くの人を驚かせたが、結局実用としては博物館等の案内や一部の試験的な介護施設のヘルパーに留まった年代物である。


 LEDディスプレイで表現された目をパチクリさせ、付いて来いと言わんばかりに手をぎこちなく振る。


『ドウゾ、ゴ案内シマス』


 奥に向かってロボットが走り出す。

 足は合成樹脂製の車輪だ。


 真鈴は目線で合図し、その後ろを追う。


「あの、分かってると思いますが」とミネットが口を開く。「罠ですよ」

「ああ」


 ロボットの移動に合わせて、廊下の蛍光灯が付いていく。

 いくつかは切れ掛かっているし、床には薄い塵の層が、しかし歩いただけで分かる程度に積もっている。この正面玄関からのルートは、明らかに今回の抗争のために用意されたトラップだ。


『ココハ、第三実験室、デス。主ニ生物学ノ──』

「ルートが分かれている。散開しろ」


 真鈴の指示で、本隊のうち約半数が廊下のT字路を曲がり、第一分隊となる。

 その先の角でも再び分隊、第一分隊も更に分隊を作り、王楼学院は四チームを散開させる形となった。


「茅乃、そちらの状況は?」

『裏に通用口がありましたが、監視カメラで埋まってました。今、屋上に登ってハッキングを試みてます』


 廊下の奥で光線の弾ける音が聞こえた。

 分隊の進んだ方角だ。


「扉を開けられるようにしておいてくれ」

『わかりました』


 通信を切り、すぐに真鈴は状況を見る。

 第二分隊が交戦しているようだ。相手のドール反応は見当たらない。全自動オートマの対侵入者装置だろう。


「第一、第二分隊、Dラインまで引け。第三分隊は臨時小隊二隊で周囲の部屋をクリアリング」

『了解』

『ココハ、第二電波暗室、デス。無線ヲ使ッタ実験機器ヲ……』


 真鈴のドール、カガリのライフルが火を噴いた。


 短い電子音の断末魔を上げ、ロボットが仰向けに倒れる。

 帯同していた通信班のメンバーが素早く駆け寄り、腰に差していた工具でロボットの外装を引き剥がし始めた。


「こっ、これは、何を?」驚いてミネットが聞く。

「地図を回収しているんだ」


 ロボットの頭脳は瞬く間に解体され、中に入っていた手のひら大のメモリーチップから、王楼学院のドール達へ校舎のマップ情報がアップロードされる。


 廊下の奥から聞こえてくる戦闘音が、激しさを増してきた。


「状況は?」


 真鈴がインカムに指先を添え、尋ねる。


『ロ、ロボットです……大量のロボットが撃ってきました! 持ちそうにありません』

「分かった、引け。総員、本隊に合流。繰り返すぞ、総員、本隊に合流しろ」

『りょ、了解!』


 ここまでは打ち合わせ通りだ。真鈴は茅乃に回線を開き、


「1-B電波暗室シールドルーム、ドア開くか?」

『行けます』


 ガチャリ、と重厚な鍵の音がして、最寄の部屋が解錠された。

 真鈴がドアレバーを下げながら肩で押すようにして扉に体重をかけると、鋼鉄製の扉がゆっくりと開いていく。


「全員、入れ!」


 王楼生がなだれ込む。

 真鈴は廊下の向こうから走ってくる分隊を支援しながら、その全員が収容されたことを確認すると、目前まで迫ったロボットを蹴り飛ばし、扉を勢い良く閉めた。



 電波暗室シールドルームは外からの見た目と裏腹に縦長に広く、王楼学院二十名が入ってもまだ余裕があるほどだった。

 部屋の中は長らく使われていないらしく、高価そうな電子機材が薄く埃の積もったテーブルや床を無造作に転がっている。


 四方を囲む白い壁には二箇所の換気扇以外は何も見当たらず、窓さえもない。気圧が調節されているためか、ピンと張ったような空気を感じる。


「|いい部屋だ、ありがたく使わせてもらおう」


 シールドルームとは、外部との電波干渉を一切遮断した電波の暗室である。

 外の電磁波に影響を受けやすい機材や機密性の高い無線機材を検証するのに使われ、ハード製造メーカのみならずこういった研究所やデバッグサービス社にもよく設置されている。


 シールド、とは電脳抗争ドールズウォーにおいても即ち防壁シールドになる。

 電磁防布シールドクロス程度ならエネルギーの高い武器で貫通することも可能だが、四方を分厚い壁で覆われたこの暗室は、いまや敵陣に築かれた難攻不落の要塞に等しい。


「各分隊長、交戦データを」

「はい」


 円陣を組むようにドールが並べられ、青く明滅する光でアイコンタクトを取る。


 予めロボットから引き出しておいたマップに分隊長から与えられたデータが加わり、電気系統やNリソースの流れ、監視カメラや通信アンテナまでが網羅された詳細な地図が現れた。


「こ、こんなあっという間に詳細地図ディテールマップを」


 ミネットが感嘆の声を上げる。電脳抗争においてこれを掌握することは即ちそのエリアの制圧と同義である。しかし、その地図を見下ろす真鈴の表情は、固い。


「どうしたんですか?」

「上手く行き過ぎている」

「それは、貴女の見事な手腕の賜物ですよ。私が検証レビューする限り、この作戦にミスはありません」


 そう、恐らく真鈴の作戦能力は、南陽学院のそれより二手も三手も上だろう。

 真っ向からの勝負では、まず相手にならない実力差だ。


 ──もし、電脳抗争ドールズウォーに「常識」というものがあればの話だが。


 ドンッ、と部屋全体を揺さぶるような重低音が鳴り響く。


 始めは誰もが扉側からの音だと考えた。

 しかし、そうではない。音が、また響く。衝撃が波となって部屋を駆け巡り、テーブルに乗っていた幾つかの電子機材が落ちる。扉からではない。その反対側、窓も起伏もない真っ白な壁から、それは伝わってきた。


 音が、また響く。

 パラパラと、天井から白い粉が落ちてくる。


 一瞬、壁に亀裂が走ったように感じた。


「全員、壁から離れろ!!」


 真鈴が叫んだ直後、凄まじい音を立てて、シールドルームの壁が崩れ落ちた。


 土煙の中から姿を現したのは、何の変哲もない──電脳化の進むこの東京でさえ、随所で見ることができるような──ただの黄色い『重機械ユンボ』だった。


 その上に、一人の少女が立っている。

 ツインテールの赤毛に、くりっとした大きな目の無垢な童顔。丈の長い白衣の下に、バラの刺繍が施された紫色のベスト。


「コレで、、ネ!」


 重機ユンボに青い光が集まっていく。

 その胴体から生えるように設置された異形の砲塔は、超大出力拠点攻略用大砲、ポセイドン改と銘が打たれていた。


 慌てて後方の扉から退避しようとするも、ロックされていて、開かない。


 南陽学院研究所長、ステラ・ブレイスフォードが右手を天に掲げる。

 それは、無慈悲な一撃の引き金を弾く合図だった。



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