第18話

 数十分ほど廃墟を彷徨った頃、裏路地の角を曲がろうとした茅乃がふと、立ち止まる。立てた指を口に当て、二人にかがむよう指示した。


 路地の先から、足音が聞こえてくる。


 茅乃はイコナに目で合図し、ナナを臨戦態勢で構えさせる。

 ミネットは奇襲に備え、いつでもバリアを展開できるようヒナギクを待機させた。足音が近づき、角に差し掛かる。


 銃を構えたアメノを突き出しながら、茅乃が躍り出て叫んだ。


「止まりなさい! 武装を捨てて!」

「うわっ」


 若い男性の声。

 突然の警告に加え、運悪くアメノの胴体が胸元あたりを突き飛ばす形になり、彼は尻餅をつく。

 路地に降り積もった塵がぶわっと舞った。


 真っ直ぐな黒髪にすらりとした体躯。

 真面目そうな印象を与える黒縁の角ばった眼鏡に、どこの学院の制服とも似つかない地味なジャケット。


 少女たち三人はすぐさま彼の装備を確かめた。

 標準的な着用端末ウェアラブルメディア一式。ドールの姿は見当たらない。一般人だ。


 ……それより、彼の顔、どこかで──。


おり……?」

「……イコナ、イコナか? それに、茅乃も!」


 イコナに引き起こされた彼が、ズボンの埃を払いながら二人の顔を交互に見る。


「ひっ、久しぶり……。どうしたの、こんな所で」

 しどろもどろに彼女が尋ねる。イコナらしからぬ驚きと戸惑いの入り混じったトーン。しかもその表情は、どこか嬉しそうだ。


「ちょっと、野暮用でね。イコナたちこそ、どうしてこんな東京に?」

「王楼学院のチームよ。東京の学院抗争の話は聞いてるでしょ?」


 茅乃が答える。「わ、私は手伝ってるだけだけど」とイコナが不自然に慌てた補足をする。


「いや、うーん……暴徒がいるとは聞いたことあるけど」


 彼は肩をすくめる。東京の外には、細かい事情が伝わってないらしい。

 ミネットは三人の様子を不安げな表情で見つめ、こっそり茅乃に耳打ちした。


「あのう、どなたなんですか? なんだかイコナさんの様子もおかしいし……」


 が、茅乃はお構いなしに大きな声で、


「え、彼? 常盤木ときわぎ 織人おりと。幼稚舎時代の幼馴染で、イコナの初恋の人」


 ボンッ、と何かが爆発する音が聞こえた。いや、比喩である。

 イコナが見せたことのない真っ赤な顔で唇をわななかせながら、茅乃の方を振り向く。


「は、ははは」


 織人は困ったように、乾いた笑みを浮かべた。



 

 いつの間に分厚い雲が空を覆い、初冬を思い出させる冷たい風が四人の頬を撫でる。


 複雑に入り組んだ路地は中央通りへと合流し、一行は暫くそれを南下する。

 路肩には所々に打ち捨てられた乗用車が鎮座していたが、いずれもリソースは抜き取られた後だった。


「へえ~、じゃあ、学院の研究で。大変ね」


 茅乃が感心するように頷く。


「正確には、大学という旧世代の学術機関だけどね。研究室っていうのは……学生が主体の研究所みたいなものかな」


 織人は幼稚舎(~十二歳)までイコナ、茅乃と共に過ごした後、北海道へと移っていた。優秀な成績で飛び級し、現在は研究室というシステムで教授の手伝いをしているらしい。


「しかし、驚いたよ。ただでさえ東京がこんな有様だというのに、人はいるし、茅乃は戦っているし。イコナは今──海外の研究所だっけ?」


 イコナはむすっとした表情で二人の後ろを歩いている。


「イコナちゃん、聞かれてるよ?」


 茅乃が緩みきったにんまり顔でイコナを振り返る。イコナは真っ赤な顔を伏せながら、茅乃の饅頭のようなほっぺたをぐいっとつねった。


「いだ、いだだだだ!」


 織人はその様子を見て、再び苦笑する。


「あっ、ちょっと待ってください」


 ミネットが突然声を上げる。三人が一斉に彼女の方を向き、急に注がれた視線にミネットの方がびくりと怯む。


「え、ええと……ヒナギクが、北西の方に何かあるって……」

ひょうそう? はめののへーはーにあアメノのレーダーには……はひもうふっへはいへお何も映ってないけど

「ヒナギクは第二世代のドールだから、たまに変な電波を捕まえるんです……きっと、誰も見つけてないのかも」


 茅乃が先導し、一行は通りを横断した上で来た道を少し引き返す。

 五分ほど歩くと、さっきは気にも留めなかったが奇妙な形をした建物が現れた。


「あっ、あれです!」

「あれは……」


 奇妙な形は、巨大な平べったい直方体の天井が崩落した跡だった。それは、旧式のカーステーション。

 所謂、ガソリンスタンドである。


「確かに、エネルギー反応がある。不定型Voidをかませて、手動で再変換してみましょう」


 茅乃がコンバータをアメノに接続し、コンソールから設定を弄る。


 その推定値が算出されるや否や、茅乃は口に手を当て、大きな目を更に大きく見開いた。


「嘘でしょう……これが本当なら、まるで宝船だわ」

「ど、どうかしら、どうかしら」ミネットは褒めてほしそうにコンソールを覗き込む。


 イコナにはそれがどれほどの価値を持つのかさっぱり分からなかったが、端末に表示された数字が資源の絶対量を表すなら、それは今日これまでせっせと集めてきたNリソースの総量より、桁が多かった。


「とにかく、真鈴先輩を呼んでこないと。この場はイコナと……」


 茅乃が何かを閃いたような表情を浮かべる。

 この猫目は、間違いなく良からぬことだ。


「織人。イコナと一緒に居てあげて」

「ちょ、ちょっと。茅乃!?」


 聞く耳持たず。

 茅乃はミネットの手をぐいっと引っ張り、「じゃ、よろしくね~」などと残して足早に去って行ってしまった。



 気まずい沈黙が流れる。


 天気の話をするような間柄ではない。

 でも、どう声を掛けていいか分からなかった。ましてや、さっきの茅乃──イコナは再び顔が紅潮していくのを感じた。


「イ、イコナは……なんで東京に?」


 織人が沈黙を破る。彼も同じような気持ちを抱いていたのだろう。


「荷物……荷物を届けるように言われて」

「へえ、荷運びか。それは、研究所の?」

「ええ……あの、これ以上は」


 聖櫃に関しては極秘事項だ。話すことはできない。


 しかし、その拒絶によってますます空気は重いものになってしまった。


 耐え切れず、イコナはナナを起動する。

 茅乃たちはどこまで行ったのだろう。もし気を利かせて遠回りしているようなら、逆効果だ。


 青い目をパチクリさせながら近郊のアクセスポイントを探す金色こんじきの髪と紅いドレスに、織人がふと、反応する。


「そのドールは……」

「ん?」


 研究機であるナナは、専用の特注品だ。その筋のマニアなら垂涎ものだろう。


 男性で、抗争にも参加していない彼がそうである可能性は限りなく低いが。


「ドール、やるの? 織人」

「い、いや。なんでもない」

「……? そう」

 イコナは織人の四肢にさっと目を通すが、やはりドールを所持している形跡は見当たらなかった。

 第一、彼は腕時計をつけている。



 明るい電子音のアラームと共に、ナナが検索結果を表示した。

 トーキョーネットの残骸はかろうじて探知できる。


 病院、鉄道駅、このガソリンスタンド。


「ん? これは……」


 リストの一番下に、不可思議な項目がある。この街にあるはずのない、ポータブル・APアクセスポイント。王楼学院のものではない。

 強烈な殺気を感じた。


「……織人、伏せ──」


 そう言いかけた瞬間、遠方から一筋の光線が彼女たちの頭上を掠めた。


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