第17話
「コピーされた!? いや、まさか……」
そのパッチはイコナのオリジナルのものだし、今初めて使ったものだ。
そもそも、パッチはドールに合わせて作られるので、仮にコピーされたとして使いまわすなんてことはできない。
イコナは目を疑った。
オーキスが次に取り出したのは、フランの『アマンダ』が使っていた二丁機関銃だった。
「ナナ、バック!」
彼女はナナを引き寄せ、シールドバスの角に隠れる。
激しい銃弾の音がバスの側面を叩いた。
ポシェットから緑色のメモリースティックを二本取り出し、ナナに装填する。
実弾系の兵器なら、電磁シールドで間に合うはずだ。
ナナが再び敵前に飛び出す。
機関銃の弾幕を防ぎながら進むナナに、オーキスは機関銃を捨て、巨大な両手剣を取り出した。
見たことの無い、赤黒い刀身。Nリソースの青い煌きとは対照的な、真っ赤な粒子がその周りを漂う。
間合いに入った。
ナナがシールドを捨て、ブレードで一歩踏み込む。
オーキスが剣を振り下ろし、それをナナのブレードが受け止めた。
空間に黒い亀裂が走ったかのような、禍々しい火花が散る。
じりじりと、ナナが押されているように見える。思った以上のパワーだ。
『パッチ、アクセプト』
オーキスが更に強い光を帯びる。ナナの身体が傾いた。
これ以上は危険だ。
(消費が大きいから使いたくなかったけど……仕方ないか)
イコナは、二つ目のメモリースティックに掛かっていたロックを解く。ナナのブレードが、緑色の光を帯びた。
『パッチスクリプトを承諾。インフェクション・スタート』
赤と緑、二つの粒子が絡み合い、戦うように舞った。金属のこすれあうような音が鳴り響き、段々と大きくなっていく。
ブレードが、赤色の粒子を吸収し始めた。
『インフェクション・コンプリート』
鉄の塊がねじ切れるような激しい噪音と共に、オーキスの両手剣が砕破される。
槍の仕組みを応用し、相手の武器を侵食・分解して取り込んでしまう、今までの
ナナはそのままブレードを振り切り、オーキスの胴体に接触させた。
眩い火花が散る。
「入った!」
が、対武器を想定した作り故に、その一撃は浅い。
「オーキス。バック」
暗がりから男性の声が聞こえ、オーキスが後ろへ退く。
「逃げる気? ナナ!」
ナナが再び電磁拘束を強める。
が、オーキスの
スモークだ。
霧が晴れた頃には、捕らえたはずのオーキスもそのホルダーの姿もそこに無く、ただ崩壊した研究所の残骸だけが無機質に横たわっていた。
────────────────────────────────────────
太陽が昇る。
王楼学院は一同を従え、傘下に収めた明北学院の領地のうち、まだ発掘の進んでいなかった中沢新地に赴いた。
平時は高級住宅街として名高く、病院やショッピングセンターなども充実した都内の一等地である。
「もう、言ってくれれば付いていってあげたのに」
茅乃が頬を膨らませながら、ずんずんと先導して歩く。
今朝の遠征に一人で行ってしまったことが不満のようだ。
「仕事だったから」そう言ってイコナは茅乃をなだめる。
イコナはシールドバスを手に入れた以上この行軍に付き合う必要はなかったが、目的地が失われた今、研究所からの連絡が来ない限り動くこともできず、完全に手持ち無沙汰だったので発掘を手伝うことにした。
リソースも出来れば余裕があったほうが良い。
赤いレンガ畳の遊歩道に、綺麗な装飾の施された電灯とガードレール。
放置車両からはリソースが抜かれた形跡はあるものの、商店などの窓ガラスも割れておらず、他の地区と比べて荒れ果てた印象は受けなかった。
ただし
長く手入れされていなかった街路樹と低木はすっかり散ってしまい、さながら一晩で作られたゴーストタウンのような雰囲気を醸しだしていた。
発掘班は情報部員が一人と戦闘員二人の三人編成で、茅乃班は茅乃とイコナ、そしてミネットが帯同する。
イコナは勿論、ミネットも直接発掘作業に参加するのはこれが初めてであるらしく、初対面だった頃のようにおどおどと茅乃の後ろに引っ付いていた。
「あっ、こっち。来て」
茅乃が早速何かを見つける。
熟練者の勘はレーダーを見るよりも早い。錆だらけのシャッターが下がる煙草屋の前に、古い自動販売機が四台打ち棄てられていた。
「……反応があるわ。
「こっ、これですか?」
茅乃は手馴れた様子でパチパチと電源を入れて空のメモリースティックを差し、引き出したプラグを自動販売機と接続した。
「へえ、そうやってNリソースを」イコナが感心する。
「そう。コンバータを通せば、すぐにドールでも使えるようになるわ」
茅乃は満タンになったスティックを抜いて新しいものを差し込む。まるで採血のようだ。
「このコンバータは誰が?」
「自家製だけど……変換部分はブラックボックス(外から機構の分からないシステム)をそのままコピーしてるの。そっちは誰か分からない」
「そうでしょうね」イコナは考え込むようにして話す。「自販機で使われてるリソースは正確にはNVと言う独自規格で、本来互換性はないものだから。街路灯はNP、車両はNC……でも、全部それ一つで大丈夫なんでしょう」
「うん」
そんな高機能な
こんなものを作れるのはよっぽど腕が良く、かつ東京以外ではそれを行使しない稀有なハッカー、はありえないだろう。
すると残るは政府機関か、或いは電脳技術に造詣の深い、そう、例えばイコナの所属する研究機関──。
「OK、次行きましょう」
茅乃の声でイコナは我に返る。
自販機からは四本分のリソースを採取することができた。
二本ずつ使うナナからしてみれば、10分足らずで使い切る量だ。
労力に対して随分とささやかな量だが、それでもこの東京においては捨て置くことの出来ない命綱である。
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