第三章 南陽学院

第16話

「ま、まだ!? イコナ!」

「もう、少し……」


 イコナの指先を滑るように移動しながら、データの渦が秩序を取り戻していく。


 アマンダ、そしてフランの両手に紙ふぶきのような青い結晶が寄り集まってきた。

 弾倉、トリガー、ボディ、バレル。

 手元の方からゆっくりと、未知なる姿に橋をかけるようにして、武器が形作られていく。


 それは、仰々しい六連装のガトリング砲。

 『ミニガン』と呼ばれる拠点攻略兵器だ。


 隊の先頭がこちらに向かってくるのが見えた。敗走が始まっている。


「き、来たよ、イコナ」


 王楼学院、二十名弱が暗く狭い地下発電所になだれ込む。

 その後ろを猛追するように、色とりどりの火花が飛び交う。


 真鈴の姿が見えた。

 イコナと目が合い、小さく口元を緩める。


 王楼学院を追う白い煙の中から、白銀の甲冑を着た静紅のドール、ヘラクレスが姿を現した。


「OK」イコナがフランの尻をパンと叩く。「行ってきな」


「みんなっ、伏せろおぉぉ~!!」


 モーターが烈火の如く回り出す。

 Nリソースの青白い火花がパチパチと散り、風を切る音が甲高く唸った。


 狙い、前方、白木院学園全て。

 フランが、トリガーを強く引きしめる。


 四門のガトリング砲が一斉に噴火した。


 一様に伏せる王楼生の頭上をかすめ、怒涛の追い討ちをかける白木院生達に、光弾の流星が降り注ぐ。防御の間もなく、ドールもドレスも丸ごと貫き、体中を伝う電脳のネットワークをバラバラに粉砕していく。


 ヘラクレスの分厚い防磁鎧でさえもが、何十という弾丸を果敢に弾き返しながら、何百という嵐のような弾幕の前に、その身を砕かれ、地面に伏した。


 やがて全ての弾を打ち出したバレルが摩擦によって速度と音を落としながらゆっくりと停止し、場を静寂が支配する。


 そこに立つ者は、何もなかった。


 ──勝利だ。

 わっ、と王楼学院が盛り上がる。



 静紅は呆気に取られた顔で、喜ぶ彼らと無残な姿となった自分のドールを交互に見た。そして自分の不注意を戒めるように苦い顔をすると、姿勢を正して、真鈴を迎える。


「……完敗ですわ。対戦、ありがとうございました」

「こちらこそ」


 真鈴は差し出された手を強く握った。


────────────────────────────────────────


 冷たい風が、イコナの頬を撫でる。


 午前五時、少し前。

 暗闇に包まれた街は、静かに眠っている。

 数ヶ月前までは、この街が眠るなど信じられないことだっただろう。その全盛期に比べれば今の街の様相はあまりにも酷く、みすぼらしいものだったが、こうしてひっそりと寝静まった姿だけは、不思議な安らぎを与えてくれる。


 きっと彼女の生まれるずうっと前、そう、昔話に聞いたというものがこの東京にあった時代。夜というものはこのように静かで、街も人も、皆眠ることを知っていたのだ。


 白木院学園の駐車場は敷地内にあり門番も付いていたが、万が一を考えてイコナは太陽も昇らぬ未明に研究所へと出発する。

 足元に点在する花の形をした電灯を頼りに駐車場へと赴くと、六台のシールドバスが静かに並んでいた。


 壊されている形跡もない。イコナはほっと胸をなでおろす。


 そのうち一台に乗り込み、システムを自動操縦に切り替える。

 ゆっくりとバスが動き出した。


 窓を開け、守衛の男性に会釈すると、

「いってらっしゃいませ」

 とにこやかな敬礼を返してくれた。


 

 程なくして、バスは他校の占領地域へと突入する。


 その直後、バチバチと大きな音が車外から聞こえた。

 対車両用電磁トラップのようだ。確かにこれでは、茅乃たちの言うとおり普通のバスではあっという間にお陀仏だろう。


 限りあるNリソースを使ってこのような大規模なトラップを作るのはいささか効率が悪いようにも感じられたが、スモークガラスから外を見やればなるほど、近辺に事故を起こして廃棄された車両が五、六台。それなりの成果を上げているらしい。


 しかし、これではまるで盗賊だ。

 イコナは腹が立った。と同時に、ここまでして東京で生き残りたい彼らの気持ちに、不可解なものを感じた。


 ……いや、完全に分からないこともない。

 茅乃たちと共に二回の戦いを経て、彼女たちが限りなく強い意志で、この東京における生存競争を勝ち抜こうとしていることはわかった。


 ただ、その源が何なのか、イコナは未だ分からずに居た。




 紛争地域を抜け、研究所のある白沢四丁目に入る。

 白み始めた空に照らされる町並みは、姿形こそ変わっているが、恐らく一度見たことがあった。

 大通りを越えて二つ進んだ角が、指定された目的地だ。外観の写真のみが添付されている。


『目的地ニ到達シマシタ』


 シールドバスのAIがイコナに告げる。


 イコナは写真を手に周囲を見渡すが、該当の建物は見当たらない。

 否、確かに写真の風景は存在した。中央にあるはずの研究所の建物が、跡形も無く崩壊していることを除けば。


 彼女はバスから飛び降りる。


 そして、その研究所の瓦礫に佇む一つの黒い影を見た。


「お前は……」


 それは先の明北学院で折角譲り受けたシールドバスを破壊した、あの黒いドールだった。イコナの声に反応すると、瓦礫の山から飛び退き、退却しようとする。


亡霊ゴースト


 茅乃の呟いた言葉が頭の中で反復する。


 いいや、そんなオカルトはあるものか。

 確かに、この目で、今見えているのだ。


「逃がすか!」


 ナナの両手から青色の鞭が飛び出し、ドールの脚部を捕らえる。

 電磁拘束バインドだ。


 鞭を足がかりに、一気に距離を詰めた。

 ナナが、ブレードで一閃。黒いドールは明北学院の印章が入ったバリアを展開し、その一撃を弾いた。


 刃が交錯したことで、相手の情報がイコナの端末デバイスに表示される。


 ドール名・オーキス。

 アビリティは記載なし。

 懐中時計クロノドールと呼ぶよりはロボットと言った方がしっくり来る、細身で無駄のないフォルム。流線型の頭部に、二つの眼光が赤い軌跡を描く。


『外敵を確認、排除モードへ移行』、オーキスが電子音声で応える。


(やっぱり、亡霊なんかじゃない)


 二つ目のパッチをナナが起動し、出現した兵器を敵に向かって投擲する。

 槍の形をした特殊攻性パッチ。オーキスがそれをバリアで防ぐと、突き刺さった槍の先端から滲み出るようにして青い光が広がり、バリアを粉々に砕いた。


 吸収能アブソーバを応用した、貫通槍だ。


 慌てて回避行動を取ったオーキスが高く飛び、ナナがそれを追う。

 オーキスは空中で体勢を立て直すと、手元にぽうっと青い光を帯びた。


『パッチ、アクセプト』

「ナナ、シールド展開」


 ナナが一つ目のパッチに切り替え、ブレードに付属したシールドを張る。

 オーキスが手元に出現した武器を、ナナに向かって投げた。


「……!! ナナ、避けて!」


 イコナの声に反応し、ナナがシールドを捨てて回避行動を取る。

 取り残されたシールドを、オーキスの武器が粉砕した。それは、ナナがさっき放ったばかりの|貫通槍だった。


「コピーされた!? いや、まさか……」


 イコナの頬を、冷たい汗がひとしずく、流れた。

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